53話◆魔女は精をつけさせたい
今度は小指方面に行こう。広場に生えている右手の木にはちょうど人間の手のように五本の太い枝が伸びている。それぞれ指の向く方向には獣道が続いているのだけど、私はその小指の方角へと足を伸ばした。
この道をしばらくいくと小さな泉がある。辺りは神秘的な美しさがあって、水もとてもキレイだ。ここで私は鬼灯の実に水を溜めている。赤く小さな鬼灯は中は空洞で、大きさも親指も爪くらいの大きさだ。でもその見た目以上に中に色んなものを溜め込むことができる。前回来た時に仕込んでいた鬼灯を引き上げて、空っぽの鬼灯を泉へ沈めれば、また次来た時に水で満タンになっているだろう。
「自分が病気になったことがないから、その手の魔草ってよくよく探したことないわね」
今心配されているのは続く高熱と衰弱だ。滋養のあるものと身体の熱を冷ますようなものがあればいいんだけど。
ちゃぽん、と水が跳ねる音がした。その方向に目を向けてみると、なんともまあお誂えの食材が出てきているではないか。神さまありがとう。これをヴィンセントに食べさせてあげなさいってお告げなのね。きっと彼は心底嫌がるだろうけど、意識朦朧としている今ならチャンスだわ。私はバッグから大きめの布袋を取り出すと、ゆっくり近づいて泉の縁で日向ぼっこしていたスッポンを捕獲した。
待っててね、ヴィンセント。美味しくできるかわからないけど、ひとまず精がつくもの食べさせてあげるから!
◇
それは私が泉から戻って広場に着いた時、なんとそこにはオブシディアンとエリザベスがいた。もちろんオブシディアンはこの森で出会ったのだから自由自在に行き来できるんだけど、エリザベスも一緒だということに驚きを隠せない。
「どうしたの二人とも」
近寄って行くが、二頭とも頭をあげない。足元を気にしているようだ。不思議に思って彼らの足元を覗くと、なんとオブシディアンもエリザベスも前足で走り茸を捕まえているではないか。
「うそ、すごい!」
オブシディアンとエリザベスはこのキノコを食べたかったんだろうかと一瞬思ったけど、きっと違う。彼らなりにヴィンセントの力になりたかったんだ。オブシディアンに走り茸をもらっていいかと聞くと、ふるると鼻を鳴らした。私はトドメを刺すか生け捕りにするか悩んだあと、生きたまま小さな布袋に入れた。走り茸を捕まえることができた。それも生きているやつを二匹も。
「ありがとう二人とも。これでロイから大金巻き上げるわね」
エリザベスはこのままオブシディアンと一緒にいた方がいいだろう。彼女をよろしくねと言って、私は先に家へと戻った。両手いっぱいに荷物を抱えながら。
◇
そういうことで私は大量の荷物と共に下屋にいる。これから仕分けや下ごしらえだ。現在夕方4時ごろ。クライブ達には今日はもう大丈夫だと告げて帰ってもらった。彼らにも家のことがあるから長時間の拘束はできない。トーマスが頑張って作ってくれたというスープはあとで大事に食べさせてもらうわね。ありがとう、大好きよ。
憎っくき走り茸は袋の中でいまだにジタバタしている。逃げられないように袋の口をしっかり結んでテーブルに置いた。目玉茸はもっとたくさん集めたかったけど10個が限界で、あとは水の入った鬼灯とスッポンと、それから瓶詰めのあいつ。それから目に付いた魔草をごっちゃに入れた袋。うん、なかなか大漁ね。
「まずはスッポン。あなたよ」
下屋の洗い場にまな板を出し、噛まれないように気をつけながらスッポンをひっくり返しておく。元に戻ろうと首を伸ばしたところを大きなナイフでひと思いに切り落とした。
「ごめんなさい。でもあなたの命、無駄にはしないわ」
逆さにして血抜きをする。血もあとで使うから別の容器に溜めた。あらかた出てしまったら甲羅に沿ってナイフをいれ、可食部分を切り分けていく。水を張った桶で身を洗ったら、今度は鍋に入れて煮込む。塩と臭み取りの香草を少し入れればそれだけで美味しくできる。……と思うきっと。料理は少し苦手だわ。
煮込む間に片付けをしていたらだいぶ陽が傾いてきた。もうそろそろ食べ頃かと考えていると、コンコンと玄関の扉を叩く音がする。
「こんな時間に誰かしら」
どなた、と声をかけながら扉を開けると、視界にプラチナブロンドの長い髪が目に入った。フィリップかと思った時には、私は彼にぎゅーぎゅー抱きしめられていた。
「ちょっと、フィリップ」
「師匠、目玉茸のまじないできたよ! 『暗視』だった! 褒めてくれるよね!」
どうやらこの大型ワンコは私に褒められたいらしい。黙っておけば儚い色男なのにもったいない。苦笑しながら背中をポンポン叩くとやっと離れてくれた。
「思ったより早くできたのね。すごいわ」
「つい他の仕事を後回ししちゃったよ。ところでヴィンセントは? 絶対引っぺがされると思ってたんだけど、彼今いないの?」
「それがね……」
フィリップには以前に呪いの件を話している。クライブやお医者さんには言わなかったことまで彼には細かく伝えた。そして熱が引かないこと、それが続くと危ないことを話す。
「師匠一人で看病しているの?」
「まさか。お手伝いを頼んでいる人がいるわ。明日も看病はその人に任せて、私はルキースに行こうと思ってる」
「ヴィンセントの屋敷に伝えるのかい?」
「あー、それもしなきゃだわね。したくないけど。いいえ、ちょっとロイにあれこれと売りつけようと思ってるのよ。あたし今現金が欲しいの」
現金という言葉にフィリップは驚いた顔をした。ごめんなさいね俗物で。でも生きるってお金かかるみたいなのよ。
「『暗視』は使えると思わない? 夜間警備にはぴったりだし、使い道はいろいろあるわ」
「それはすごく思った。夜目が効くのは重宝されるよ」
フィリップが突き止めた目玉茸のまじないは、上昇と掛け合わせれば『暗視』となり暗闇でも一定の視力を保てる。欲しいという人はたくさんいるだろう。
「目玉茸を今日採りに行ってきたの。幸運にも走り茸も用意できた。品質のいい叫び草だって用意できるし、なんならまじないの糸も色々ある。……ロイに高値で売りつけてやるわ」
「うう、僕も個人的に欲しい」
「じゃあフィリップが欲しいものをひとつあげるわ。その代わりしばらく手伝ってくれない」
「わかった。何すればいい?」
ぽんと返ってくる了承の答えに思わず笑ってしまう。
「今夜はここに泊まって。客間準備するわ。荷物があるならそこへいれてちょうだい」
「あ、しまった。荷物と言えば僕ロイ様から師匠へ荷物預かってきたんだよ。表で待たせてあるからちょっと行ってくる」
そう言って戻ってきた彼は、上等な布や大量の綿、裁縫道具に、ヴィンセントがくれたイブニングドレスを部屋に運ばせた。そしてフィリップは目玉茸の採集依頼書を私に手渡す。ざっと中身をみた私は思わず数度またたいた。
「どう、お金たくさんもらえそう?」
「ええ。大丈夫そうよ」
ロイは私が想像していたよりも、目玉茸を高く買ってくれるようだ。





