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魔女と騎士  作者: 猫の玉三郎


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45話◇騎士は味方を得る

 魔女に部屋にいるように言われ、門番のように内側の扉に張り付いていると何度か訪問があった。侍女の御用聞きならまだしも、文官の挨拶なんぞいらんだろう。全て断り、ついでに面会謝絶の旨を周知させる。屋敷に少し戻ろうとかと思ったがこの様子じゃ無理そうだ。離れた隙にまた魔女になにがあるかわからない。かと言って私がずっと一緒にいるのも魔女の外聞が悪くなるだろう。だれか信用できる侍女がいるとよいのだが。身動きがとれないと寝具を変えることもできない。私は部屋に用意してある紙とペンで領主様宛に急ぎ文を出した。


『客間に不備あり。客人憤慨、対応まずし。帰還要請でるも事無きを得る。人手不足につき至急信用おける侍女を送られたし』


 廊下に顔を出して、辺りを見回すと同僚の騎士が見回りの途中らしく近くにいた。確か私の味方をしてくれたこともあるから、きっと領主様に手紙を届けてくれるだろう。


「ヴィンセント様から直々に声をかけて頂けるとはっ……!! このマーソン・ジャコブ・コーク、必ずや領主様へお届け致します!!」


 さらっとフルネームを名乗られたが気持ちが重たいからやめて欲しい。しばらく部屋の中で待っていたら控えめに扉をノックする音が聞こえてきた。


「領主様から言われてお手伝いに参りました」


 さっそく侍女を寄越してくれたようだ。扉を開けて迎えると、大きなメガネをかけた小柄な女性がいた。派手な雰囲気は一切なく、まさしく群衆に埋もれるような容姿だ。領主様が信用できる人ということで送ってくれたんだろうが、大丈夫だろうか。


「急ですまない。私はヴィンセント・グスクーニアだ。少し手を借りたい」

「セシル・ウィルソンと申します。よろしくお願いします」


 ……ちょっと待て、今、ウィルソンと言ったか。


「もしかしてディーバの奥方か?」

「——ちっ」


 今舌打ちしたぞこいつ。ということはやっぱりあの脳筋熊男がその強さで一目惚れしたという、元暗殺者の……


「失礼いたしました。おっしゃる通り、ディーバ・ウィルソンの妻でございます」


 これはこれはとんでもない侍女が来てくれたようだ。彼女なら暗殺うんぬんは置いておいて信用がおける気がする。しかし今はこの客間を整えることが大切だ。不備を指摘し、まずは寝具を新しくしてもらうよう頼むと、セシル殿はテキパキと仕事をしてくれた。花も変えられ、カゴに新鮮なフルーツが入れられる。まずはこれでひと安心だ。この客間には小さな控え室が付いているため、セシル殿にはそこに待機してもらった。


 魔女はソファに小さくなって寝ている。ベッドに連れて行った方がよく休めるだろう。静かに近寄って声をかける。


「マリア。ベッドに行こう」

「……ん、」

「運ぶぞ」


 膝下と肩に腕を差し込んで持ち上げる。不安定な体勢が嫌だったのか、魔女はするりと腕を絡ませてくる。ピタリとくっつく身体は柔らかくて、思わず熱が湧き上がる。ドキドキと高鳴る心臓は無視して薄暗い寝室へ魔女を連れて行った。


 彼女が起きてセシル殿を紹介するまではここを離れられないな。先に夕食をとってもらうとするか。そう思って使用人の控え室に向かおうとすると、ドンドンと大きくノックをする音が聞こえた。


「ディーバ・ウィルソンだ」

「……ディーバ?」


 まさか奥方の匂いを嗅ぎつけてやって来たとかじゃないだろうな。扉を開けてディーバを迎えると、ちょうど控室からセシル殿も出てきた。


「セシル、領主様から聞いた。今日は泊まりなんだな」


 私を無視してそのまま奥方に話しかけるディーバだが、泊まりという言葉にホッとする。よかった。魔女を一人にしなくて済む。


「どうしてここに来た。仕事中だ」


 丁寧な言葉が崩れているが、きっと素はこんな感じなのだろう。強くて努力家でかわいいとディーバは評していたが、ぱっと見では強さも可愛さも感じられなかった。きっと彼だけが知っている一面があるんだろう。私だって私だけが知っている魔女の一面はあるぞ。


「俺も今日は泊まり込みの仕事にしてもらったから一緒に夕飯でもどうかと思って。いいか、ヴィンセント」

「かまわん。むしろ急にすまんな」


 私が了承すると渋々と言った感じでセシル殿はディーバに着いて行った。しかしディーバと二人並ぶ姿はなぜかぴったりとはまっていて、これが仲睦まじいというんだろうなと思った。



 ◇



 セシル殿が食堂に行ってしばらく後、寝室からマリアが出てきた。うっすらと腫らした目元が痛々しい。思わず駆けよってその顔に手を添えた。しかし目は合わせてくれない。


「……大丈夫か」

「のど乾いた」

「水を持ってくる。それとも果物がいいか?」

「お水がいい」


 彼女をソファに座らせてから自分でも驚くほど甲斐甲斐しく世話をやいているのに気づき、苦笑する。魔女の機嫌は治ってくれていると助かるのだが。


「……お前は嫌がるかもしれんが、侍女を一人つけてもらった。私の同僚の奥方で、信用がおける人だから安心していい。あとで紹介する。私もできる限りそばにいる」

「結婚している人ならいいわ」


 カップに水を入れてまず自分で少量飲んだ。へんな味も匂いもない。大丈夫だったので彼女へ渡す。マリアが座る場所を少しずらしたので私に掛けろと言っていると解釈し、隣に座った。すると彼女はぽてんと頭をもたれかけてきた。


「やっぱり帰っちゃだめ?」

「もう日が暮れかけている。危ないからここに居てくれ。今回のことは本当に悪かった」

「……もういいわ。私も疲れてちょっと気が立ってたみたい。こういうの初めてじゃないのに、ダメね、余裕がなかったわ」

「それはどういう——」


「ねえ、あなたって結婚しないの?」


 私の言葉を遮るように彼女は言った。唐突な質問になんと答えようかと迷う。


「あなたは貴族で、誉れある騎士で、見目麗しい年頃の男の子じゃない。婚約者の一人もいないなんて言わせないわよ」

「……いろいろあって、婚約はだいぶ前に破棄した。今のところ結婚の予定はない」

「あなたがいい男過ぎて周りからやっかまれたの?」

「そんなんじゃない。楽しくない話だが聞くか?」

「聞きたいわ」

「じゃあ、どこから話そうか……」


 私に婚約者が決まったのは確か12歳の頃だった。貴族の養成院に在学中だったが、見合いの申し込みはひっきりなしに来るし、絵姿はひと部屋埋もれるほど送ってくるしで両親は苦労したらしい。その中から年齢も家柄もつり合いのとれた令嬢と婚約が決まった。


「婚約が決まって嬉しかったのは、それを理由に他の女性からの誘いを断れるようになったことだな」

「分かる気がするわ」


 婚約者のことは好きでも嫌いでもなかった。結婚したあと愛情を育むんだろうなと思っていたし、実際、私はうまくいっていると信じていた。周囲の状況を鑑みて手紙の交換から少しずつ距離を縮めていった。ただ、当時の婚約者は私に一切話さなかったが、周囲から嫌がらせを受けていたらしい。逆に私の方は婚約したとはいえ、女性陣からのプレゼントや手紙が絶えることはなかった。まあ、婚約者がいるからと体良くお断りできたからそれはいいのだが、相手は気分よくなかっただろうな。そういうことが続いて、婚約者は徐々に心を痛めて歪めてしまった。


 そして15歳の時、私は婚約者に殺されそうになった。ホームパーティをしていた日の夜、抜け出した中庭で婚約者が馬乗りになって首を絞めてきた。


『あはっ。これでヴィンセント様はずっとずっとずっとずっとずっとずーっと私のものですわね。そうよ最初からこうすればよかったのよ。もう誰にもあげない、誰の目にも触れさせない。ああ、私だけのヴィンセント様! 』


 月が照らした婚約者の眼はどろりと濁っていて、その両眼がまっすぐ私に向けられていた。にたりとほくそ笑んでいるのに、彼女は泣きそうでもあった。


『……愛しています、ヴィンセント様。もう自分じゃどうしようもないくらいに』


 絞められて呼吸は出来ず、視界が酸欠で霞んでいった。愛という言葉にこの上ない恐怖感を植えつけられるにはもってこいの夜だった。


 幸い使用人がすぐ駆けつけてくれて私は命に別状はなかった。ショックでいくらか寝込みはしたが、事態を重く見た両親は婚約を破棄、その令嬢は幽閉された。所業を考えれば妥当なんだろうが、私は今でもその令嬢を憐れに思うこともある。そして周囲はさっそく次の縁談を持ってこようとしたが、私はずっと拒否した。あの事件があったからしばらくはそういう話を聞きたくなかったし、怖いと言えば両親もわかってくれた。それ以降結婚や婚約については放置された。この手のアプローチも初めてではなかったから、両親も慎重にならざるを得なかったんだろう。


「その手のアプローチって?」

「あなたを殺して私も死ぬ的な」

「情熱が過ぎるわね」

「まったくだ」


 一部マイルドに語ったし、脇でまた別に色々あったりしたがそれはまあいいだろう。


「今でも結婚をと周囲から言われる。私はグスクーニア家の跡継ぎでもあるから、いずれはせねばならん」


 騎士を勤める間は結婚しないと宣言しているからまだまだ先だ。しかしそのことを考えると憂うつになる。あんなに怖い愛を囁かれる結婚生活なんぞごめんだ。


「……あなたが」

「ん?」


 魔女が静かに言葉を紡ぐ。

 その声はひどく優しい。


「あなたがなにもかも嫌になったら。世間にうんざりして、傷ついて、どうしようもなくなったら」


 すり、と甘える子猫のように頭を擦り付けてきた。いつもより艶を増した赤毛が揺れて、自分と同じ香りがする。


「……あたしが逃してあげるわ。どんな手を使っても」


 その言葉にぐっと胸が詰まった。こいつは私の心を見透かしているんじゃないかと思うことが時々ある。どうしてそういうことを言ってくれるんだろうか。


「お前も一緒に逃げてくれるのか」

「その時はそうなるかしら」

「……なら悪くないな」


 不思議だ。こいつの言葉は私を怒らせもするのに、こんなにも胸をいっぱいにしてくれる。


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