46話◇騎士は問われる
食事を終えたセシル殿が戻ってきたのでさっそく魔女に紹介した。
「マリア、こちらが身の回りの世話をしてくれるセシル殿だ。熊みたいなでかい騎士ディーバ・ウィルソンの奥方でもある」
ちなみにお前の好みがディーバであることはしっかり覚えているぞ。前に指名したのもディーバだったしな。あいつは妻帯者だから諦めることだ。ふん。
「セシル殿。マリアは領主様の賓客だ。くれぐれも粗相のないように頼む」
「領主様からは身辺警護もかねて世話をするように伺っております。少し礼儀に不安がありますが、精一杯努めさせて頂きます」
ぺこりと頭を下げた侍女は何気に身辺警護と言っている。ディーバいわく彼女ほど強い女性は見たことがないらしいのでその点は任せて安心だな。
「マリアと呼んで。別にあたしは貴族でもなんでもないから礼儀云々は気にしないでいいわ」
「助かります。ではさっそく夕食を用意したいのですが、ヴィンセント様の分もこちらへお運びしてよいのですか」
どうするか。本来であれば護衛がその対象と一緒に食事をとることはまずない。また同じ部屋で食事をとるのは、それこそ夫婦か親しい間柄の者だ。以前の宿や魔女の家とは状況が違うし、なによりここは城の中だ。周りの目がある。あまり魔女の不利益になることはしたくない。
「私は別に食事をとるから不要だ」
「一人で食べるのは味気ないわ」
「一緒にいてやる」
いつの間にかセシル殿は用意のために部屋を出ていた。私はむすくれる魔女の頭にぽんと手をおく。ふわふわした彼女の髪は触り心地よくて好きだ。
「一応、我々も未婚の男女だ。城内で目立つとそれこそなにを言われるか分からん。私は全然構わないが、お前が悪く言われるのは嫌だ」
特に女性の醜聞関係は皆耳が早い。できる限りの悪意から魔女を守りたいが、口さがない人々を黙らせるのは不可能だ。噂は恐ろしい。真実といくらかけ離れていても、大多数がそう言えばそれが真実になることがある。
「あなた優しいわね」
「お前の騎士だからな」
……いつまでお前の騎士でいられるだろうか。跡目を継がずにお前の騎士であり続けたいと思う私は、親不孝者だろうか。
◇
魔女が食事を終えるのを見届けてから私はセシル殿に任せて一度屋敷に戻った。領城からさほど離れていない場所に貴族街があり、美しい庭や建物が並んでいる一画にひと際大きなグスクーニア家の屋敷がある。
「おかえりなさいませ若様」
エリザベスを預けて玄関へ向かうと、侍従のサムが迎えてくれた。
「ちょっと厨房に行きたい。モルツと少し話したいから呼んでおいてくれないか」
「かしこまりました」
私は魔の森で採ったカカオをモルツに託したかった。彼ならきっと使いこなせるだろう。魔女が美味しいと顔を綻ばせていた料理やお菓子は全て彼の仕事だ。……ということは魔女の好みに一番近いのはこいつか?
「やだー坊ちゃんに会えるだなんて! ちょっとー、ヒゲ剃ってくればよかったわぁ」
ディーバほどではないが、このモルツもいい身体をしている。本人いわく『美味しい料理の秘訣は筋肉と愛情よ♡』らしい。なぜ女口調なのかは知らない。
「モルツ、この間のアップルタルトも美味かったぞ」
「あぁーん嬉しい! もうアタシ死んでもいい!」
「いやいや死ぬな。ちょっとモルツに頼みたいことがあって来たんだ。いいか?」
「坊ちゃんの頼みとあればなんでも♡」
リアクションがいちいち大きい。私が肩に掛けていたバッグからオレンジ色の大きな実をゴロゴロと取り出した。
「……見たことない実だわ。坊ちゃん、これどうしたの?」
「魔女のところで見つけた。これが菓子の材料になるらしいんだ。モルツに作ってほしい」
「うぐぅっ……! 坊ちゃんのストレートなおねだりに私の心臓は破裂寸前よっ!」
床をなぐりつけんばかりに打ちひしがれているモルツだが、彼の心臓はぜったい他の者より丈夫だろう。安心していい。
「サム、ちょっとメモしてくれないか。下ごしらえの手順が多いんだ」
魔女から聞いた話によると、木の実は種の部分を使うらしい。試しにひとつ割ってみると果肉はなく、ワタに包まれた茶色い種がギッシリ入っていた。
「この種を綺麗に取り出してよく洗い、乾燥させる。それから丁寧にフライパンで煎るんだ」
「どれくらい火を入れるのかしら」
「私もそこは分からんのだ。色々試しながらやってほしい」
そしたら種の皮を全部取り除いて、粉状になるまですり潰す。
「粉挽き機でもいいのかしらね。手作業で粉にするのは筋肉は嬉しがるけど骨が折れそうだわ」
「すり潰す過程で油分が出るらしいんだ。その油も重要なんだと」
「なるほど。油をよく引き出すために煎るんだったらなんとなく加減が分かりそうね」
細かくすればするほど口当たりがいい。そして湯煎をすると油分が溶けて液状になるので砂糖などの甘味を入れてよく混ぜ、冷やす。すると油分が固まって固形状のお菓子ができるらしい。
「固形油分……バターみたいなものかしら。植物の油でそういうのはとっても珍しいわね。ふんふん、だいぶ掴めたわ」
「その分、ちょっとした温度差で舌触りが変わってくるようだ」
「料理人の腕の見せ所ね」
「ただこのカカオの種は我々が今まで食べたことがないくらいに刺激が強いらしい。アルコールと一緒で、純度の高いカカオを摂取すると気分が高揚したり興奮したりすると魔女が言っていた」
魔女が惚れ薬と言ったのはこの辺りのことだろう。食べさせたからって魔法のように相手に惚れるわけではないらしい。別に残念ではないぞ。
「あら、じゃあ夜の差し入れにぴったりじゃない」
「そういうことを言うな。えーとだな、だから魔女は最初は牛乳に溶かして飲んだり、お菓子の生地に混ぜて焼くなど少量から試してほしいと言っていた」
「うーん。キュートな坊ちゃんと憎たらしい魔女へのジレンマだわ。でも未知の材料ってのも燃えるわね。まってて坊ちゃん! アタシ、頑張るわ!!」
別に魔女は憎たらしい存在ではないんだが。この屋敷の使用人達は、私を心配してか魔女を目の敵かのように思っている節がある。腹は立つが悪いやつではないと説明するが「誑かされてはなりません」と真顔で諭される。なんだか魔女が誤解されていて辛い。私の言い方がまずいんだろうか。悪くない、とかそんな言葉じゃなくて、もっとポジティブな言葉で言わないとな。ちゃんと説明して誤解がとけるならそれに越したことはない。
「魔女は、いい奴だぞ。ちょっとワガママなところはあるが、優しいし……その、か、かわいい所もある」
言葉にしてしまえば色々と思い浮かぶ。強さの裏にある弱さも、ツンとしてるのに時おり甘えてくる所も、おいしいと笑う顔も、あいつのかわいい所はたくさんある。そう考えていたら胸がドキドキしてきて顔が火照ってきた。彼らに魔女のいい所を伝えようとして、自分でも気付いていなかった思いを知ってしまった。私はあいつをかわいいと思っているのか。
「坊ちゃん……それって、魔女に恋し——」
「黙れ」
静かに控えていたサムがモルツの口を覆った。サムの暗い色の髪が揺れる。長い髪を後ろで括った彼は、ニコリと笑うと私に退室を促した。
そのことに少々驚きながらも、私の頭の中はさっきのモルツの言葉の続きが勝手に再生されていた。何度も繰り返して頭の奥まで響く。
『魔女に恋してるの?』
恋している? 私が、魔女に?
自問自答した瞬間に出てきたのは、奥方を「かわいい」と言っていたディーバの姿と、深い緑色の森の中で鮮やかに赤髪をゆらす、マリアの笑顔だった。
すとん、となにかが落ちる音がした。





