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魔女と騎士  作者: 猫の玉三郎


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44話◇騎士は凄まれる

「俺とセシルの馴れ初め? なんだお前、結婚する奴でもできたのか」

「ぜんぜん違う。ちょっと気になっただけだ」


 ディーバと奥方は結婚してもうすぐ一年になる。奥方は城で侍女として働いているとは聞いているが、会ったことはない。ディーバから奥方の話を聞いたことはないが、この脳筋熊男は噂によると彼女のことがとても好きらしい。


「どうやって知り合った? 親から勧められたか?」


 だいたいの貴族は親から結婚相手をあてがわれる。両家の利益や後ろ盾など諸々の思惑が絡んだ結婚だ。しかしこいつの場合、そんな感じが一切しない。


「いんや。はじめて会ったのは俺の寝室だな。寝込みを襲われた」

「……は?」

「セシルはもともと暗殺家業でな。主からの依頼で標的が俺だったんだ」


 ディーバはだいたいがぶっ飛んでる奴だから大人しく見合い結婚するか怪しいと思っていたが、これは想像のはるか斜め上だ。元暗殺者とかどこに惚れる要素があるんだ。


「いやーアイツは強くてな。あんなにいい一撃を繰り出す女は他にいない。俺はその時に一目惚れしたんだよ」


 うでを組んでうんうんと頷くディーバ。そういう女性の見方もあったのかと目からウロコだ。強さか。うん、そういう意味なら魔女も負けてないぞ。なにしろ得体が知れないからな。


「セシルは身体も小さいし筋肉もつきづらい。そこをスピードと暗器、奇襲でカバーするんだ。頭もいいぞ。自分の不得手をものともしないその姿勢と努力。健気だよな」


 確かにそれは努力家だと言わざるをえないだろう。でもな、魔女もああ見えても頭良いし、刺繍の腕はピカイチだし、結構なんでもできるぞ。いやいや、いちいち魔女を比較に出す必要はないな。大事なのはディーバと奥方だ。


「……それで暗殺者を口説き落としたというのか?」

「まあそうなるな」

「どうやって」

「押して押して押しまくった」


 お前に押す以外の攻め手は無さそうだ。そこはイメージ通りで安心した。


「お前は貴族だろう。その、結婚は反対されなかったか?」

「文句ある奴はねじ伏せた! と、言いたい所だが、色々条件付けられたさ。だからセシルは行儀見習いで今城にいる」

「そうだったのか」


 暗殺者なら淑女のマナーをなにも知らなくても無理はなさそうだ。教育を条件に結婚が許されたかと納得していたが、そうすると近々、物理無双の強面熊夫と淑女の仮面を被った暗殺者な妻という最凶夫婦が爆誕するわけか。それはそれで面白そうだが。


「なぁ。三つ特徴をあげるなら、奥方はどういう人だ? 」


 私はフィリップとの会話を思い出してディーバに質問してみた。すると彼は「強い、素早い、努力家」と素早く答えてくれる。


「あともう一つ付け加えるなら?」


 フィリップいわく、この4つ目が建前抜きの本音。この脳筋男はなんと答えるだろうか。やっぱり強いのなんのと答えるのかと思いきや。


「……かわいい奴だ」


 その時の眉を下げてへらりと笑うディーバの表情は柔らかくて、とても印象に残るものだった。あの厳しい顔も、人を好きになるとこんな表情もできるようになるんだな。友人の人間味のある姿に思わず頰がゆるむ。なんだかうらやましいな。


「ちなみにだぞ。どんなアプローチをしたんだ?」

「襲いに来たところを毎回捕まえて、お前が好きだと何度も伝えた」


 そんなシチュエーションお前以外に無いだろう。全く参考にならん。しかし直球の告白に女性がどう反応するのかは興味がある。


「その時の彼女の返答は?」

「『うるさい死ね』だったな」

「……そうか」

「まあ今もそれは変わらん」

「…………」


 友人の結婚生活が若干心配になりつつも、私はディーバに礼を言い、魔女に会うために執務室を出た。


 幾分か足取りが早いのは、護衛対象の安否が気になるからだろう。彼女はゆっくり休めただろうか。まずはマリアの顔が見たかった。



 ◇



 魔女がいる客間に着くと素早くノックをして返事を待つ。いつもののんびりした魔女の声を予想していたのだが、聞こえてきたそれは全然違っていた。


「……今度はだれ。なんの用」


 不機嫌を隠そうともせず、声はかなり冷ややかだった。しまった、と背筋が凍る。本能がまずいと告げていた。中にいる魔女はなにかに対してとんでもなく怒っている。


「わ、たしだ。ヴィンセントだ」

「……入ってくれば」


 さっきより声音は柔らかくなったものの、依然として不機嫌なままだ。普段は理不尽で無礼で無神経な魔女だが、このように不機嫌な様子は初めてだ。一人にした間になにか起こったのだろうか。城内だからさほど危険はないと判断したのだが……


 ドアを開けて中に入ると魔女がソファに頬杖をついて寝転んでいた。堂々とした姿は女王のようでもあるが、その顔には不機嫌さがありありと刻まれており妙な迫力がある。扉ががちゃりと音を立てて閉まると、空気がいっそう重たいものになった。どうした、いったいなにがあった。なんでそんなに怒っている。


「ねえヴィンセント。あたしってロイに呼ばれたからここに居るのよね?」

「そ、そうだ」

「嫌だって言ったけどわざわざ遠いところから来てやったわよね? いわばお客さんよね?」

「そうだ。なにか、城の者が粗相をしただろうか……」


 やばいやばいやばい。フィリップの言葉が脳裏に思い浮かぶ。魔女がなにか思うことがあればすぐ姿を消すだろうと。あの言い分だと、私が不在の間に魔女の機嫌を損ねるようなことがあったに違いない。背中に冷や汗が流れる。


「疲れたからひと眠りしようとしてるのに何度も何度も人が訪ねてきては用聞きや挨拶という名の嫌がらせ。なんなのあの人たち。私が田舎者で器量なしなのは認めるわ。でもそれで人を馬鹿にして、見下して……心底不愉快だわ」


 思った以上にまずい。見たこともない侮蔑の色を浮かべた彼女の目は氷のように冷たい。まるで蛇に睨まれた蛙のようだ。身体がうまく言うことを聞いてくれない。それでもなんとか私は口を動かした。


「すまん、私の不手際だ。誰も部屋に通すなと言付けて行くべきだった。本当にすまん」


「帰る。オブシディアン連れてきて」


「……待ってくれマリア。お願いだ」


 早足でソファまで行くと彼女の前に跪いた。矜持も捨てて懇願する。今彼女を一人にしてはダメだ。どこか手の届かない所へ言ってしまう。触れるのも躊躇させるこの様子には真摯に謝るしか思いつかない。


「あたし、嫌な思いをしたわ」

「すまん」

「一人で心細かったわ」

「すまん」

「……どうしてもう少し早く戻ってきてくれなかったの」

「すまん、マリア」


 はぁ、と大きく息を吐くとマリアは寝返りを打って私に背を向けた。


「疲れたから少し寝るわ。あなたここにいて。お客が来ても追い返して。ロイとフィリップが来てもよ。今日はもう誰にも会いたくない」


 ……どうやら引き止めることはできたようだ。本当に肝が冷える。城のやつらは何を考えている。これは領主様にも懇々と問い詰めないと。夏場とはいえ城内はひんやりとしているのでマリアに薄い毛布でも掛けてやろうとベッドのある寝室へ行った。疲れているにならベッドで横になった方が身体も休まるだろうに、と思いながら毛布を手に取った瞬間、寝具の濡れている感触に思わず手を引っ込めた。


「……なんだ?」


 まるで花瓶の水をベッドにぶちまけたかのように寝具が濡れていた。これじゃ使えない。だから彼女はソファにいたのか? 他になにか異変はないかと部屋中を見渡す。一見掃除の行き渡ったキレイな客間だが、よくよく見ると違和感があちこちにある。花瓶に活けられた萎れかけた花。しかも客間に飾るには相応しくない種類の花まである。テーブルには普通ウェルカムフルーツが用意してあって客は自由に食べてよいのだが、籠の中は空っぽだ。彼女が食べた形跡もない。ここの部屋を準備したのは誰だ。歓迎とは程遠いこの部屋に私は彼女一人を放り込み、悪意にさらしていたのだろうか。昨夜は男に寝込みを襲われそうになった。三時間も馬に乗っての移動は辛いものがあっただろう。客として赴いたのに歓迎の意は感じられず、一人きりの部屋で休むこともできず。あのように怒るのも無理はない。むしろ私が引き止めたところで振りほどいて帰るだけの理由がある。


 ソファへ戻ると、背を向けた魔女が小さくなって休んでいた。


 私は自分の着けていたマントを外し、彼女にかける。その時に小さくぐすっと鼻をすする音が聞こえてきた。……泣いているのか。私に見つからないように背を向けて。もっとわめき散らしてもいいのに。ひどく八つ当たりをしてもいいのに。それをせずに魔女は一人隠れるように泣いていた。私に縋って泣いてくれた方がまだいい。でも彼女にとって私はそんな存在ではないのだろう。……今その傷ついた心を癒すことができるのなら、私はなんでも捧げてしまいそうだ。


「すまん、マリア」


 そっと彼女の頭に触れる。ふわりとした赤い髪の感触を確かめながら少しだけ撫でる。


「……すまん」


 ばかみたいに謝罪の言葉しか出てこない。

 あの家から連れ出してきたことを、深く深く後悔した。

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