43話◇騎士は背中を押される
魔女のことをどう思うか。そう聞かれたところでぱっと答えは出ない。あいつと関わるとよくも悪くも感情が振り回されるのは確かだが……
「憎らしいとも思ったり気がかりだったりはするが、よくわからん」
思っていることをそのまま言うとフィリップは足を組んで優雅にほほ笑んだ。白に近い淡い金髪がさらりと揺れる。
「じゃあ、師匠の印象を三つあげてみて。すぐ思いつくものでいいよ」
「無礼、無神経、食い意地がはっている」
思わず日頃思っていたことを即答してしまった。
「あはは、すごく潔い答えだね。——じゃあ、あともう一つ挙げるとするなら?」
質問の意図がよくわからないが言われて考え込む。あと一つ挙げるなら。
「……ちょっとだけ優しい、か? いや危なっかしくて放っておけない……ううん、やっぱりわからん」
私の答えを聞いて、フィリップは面白そうにほほ笑む。
「ふふ。これは人の心理を応用した質問でね、その四つ目が建前抜きの本音なんだってさ。つまり、君は普段はぶーぶー言ってても、本音のとこは師匠に対して優しいとかほっとけないって思ってるんだよ。……まぁ単なるテストだから実際にそうとは限らないけど」
否定はできないと思った。だがそう言われるとなぜかそわそわと落ち着かない。
「今君たちってどんな関係? 噂では師匠が君にベタ惚れしていて離さないって聞くんだけど」
「それはないな」
「だよね。どっちかって言ったら逆だもん」
「あ?」
「師匠は顔の美醜にあんまり興味なさそうじゃん。君にもそうでしょう? 周りの人みたいにキャーキャー騒がないし、どっちかと言ったらあっち行ってって感じ」
「……確かに」
途中聞き捨てならんことを言われた気がするが、まあいい。そう、私もそれは感じていた。あいつは私に過剰な反応をしない。そうは言ってもさすがに女性の全てが私に反応するとは思っていない。ここの助手だってフィリップにも私にも特になにも言わないし、私たちに興味がない人だってたくさんいる。しかしそういう人らの興味のなさと、魔女の興味のなさは少し違う気がするのだ。言葉にはしづらいが、達観しているとか一線を引いているというか。
「ヴィンセントは師匠とどうなりたい? 恋愛関係になりたいと思う?」
「……恋愛関係とか、そんなことは考えていない。ただ、」
愛をささやき合い、優しく笑いあって、互いに寄り添う。私の両親のように、時には人目をはばからずにベタベタと。——そんな想像は魔女相手にできない。無理だ。なにか違う。
「ただ?」
「……言うことを聞かせたい。あいつは危なっかしいんだ。危険に首を突っ込む前にやめろと言って聞かせたい。でもあいつは私の言うことなんか歯牙にもかけない」
別になんでも私の言う通りにしろというわけじゃない。私の話を流さずに真剣に聞いて欲しいんだ。特に身に危険が迫るようなことならなおさら。どうにもあいつは自分の命を軽んじているようで好かん。私は彼女の護衛だ。だから守りたい。自分の中のモヤモヤとしたものが少しずつ形どってきた。彼女を守りたい。……そうか、これが今あの魔女に対する想いだ。
問題はどうやって守るか。
どうやって言うことを聞いてもらえるかだ。
「じゃあ師匠を落とすしかないよ。師匠言ってたじゃん、あの時。『惚れた男の頼みなら、聞いてあげてもいい』って」
フィリップはにっこりと笑っていたが目は真剣そのものだった。その発言のあまりの衝撃に身動きがとれない。確かに魔女はあの時、そう言っていた。でもそれは、ありなのか?
「僕としてもヴィンセントには頑張って欲しいと思ってる。今のところ師匠は僕たちと関わることになんらメリットを感じていない。僕らがしつこいから相手をしているんだよ。彼女になにか思うことがあればすぐ姿を消すんじゃないかと僕は考えている」
まさか、と思うのと同時にその未来がくる可能性を感じた。そうだ。あの魔女は隙あらば引きこもろうとする。メリットの提示もせずに強引にことを進めれば嫌気がさすのは当たり前だ。そして彼女は逃げる術を持っている。
「今のところ魔の森に逃げられたら追えない。今彼女を逃すと、きっと一生捕まらないだろうね。僕は師匠を絶対に逃したくない。僕も彼女を繋ぎ止めれる存在になりたいと思ってるけど、足りないよ。きっと僕では彼女の一番欲しがるものはあげれないから」
魔女の一番欲しがるものとはなんだ。フィリップはそれが分かるのだろうか。
「師匠に関しては今のところ君だけが頼りだ。この際、惚れ薬でもなんでも作って盛ったらいい。——まあ周りが色々言ったところでモチベーションは上がらないよね」
フィリップは穏やかな風貌に反したギラついた瞳を私に向ける。
「ヴィンセント。師匠を守りたいなら……師匠に言うことを聞かせたかったら、惚れてもらうしかないよ」
その方程式がよく理解できないが、ひとまず私はわかったと返事をすることにした。僕の為にもお願いね、と笑っているフィリップに若干けしかけられた感もあるが、魔女を守るためという大義名分を得てしまった。
でもどうしよう。
どうしたらいい。
私はなにかしらアプローチしなければならないのか?
◇
女性へのアプローチとはなんぞやと疑問を抱きながらも研究室を後にした。これから領城に戻って報告書を書くつもりだ。工房を出て街中を足早で歩いていると、後ろから呼び止められた。
「ヴィ、ヴィンセント様! 急に呼び止めて申し訳ありません! あああ、あの、これ! 読んでください!!」
真っ赤な顔をしたご令嬢が、侍女を従えて私の元へ来た。差し出す手紙を受け取ると、令嬢はすぐさま走り去っていく。今までの経験からして恋文だろうか。懐にしまって私は再び歩き出した。なるほど恋文か。魔女に恋文を書く自分を想像してみた。——無理だな。書くことがない。却下だ。それからまたアプローチについて歩きながら考えていると、おおらかそうなマダムが声をかけてきた。
「あら、あなたとってハンサムねぇ。私がもう少し若かったらアプローチしているのに」
握手を求めたあとそのマダムは去っていった。ふーむ、容姿を褒めるのはありか。しかしアプローチというのは自分の好意を相手に伝えるものであって、言うことを聞かせる為に行うものじゃない。私が魔女にアプローチするには、私は魔女が好きという前提を作らないといけない。
魔女のことが好き? ……腹は立つが嫌いではない。嫌いじゃないなら、好きなのか。守りたいと思うのは本当で、その動力はどこから来るのかと考えるとドツボにはまる。この問いにはうまく答えが出ない。そんなことばかり考えながら領城へと足を早めた。
騎士団の執務室で報告書を書く。魔女について詳細な報告は必要なくなったので嬉しいが、魔の森に入ったことと夜に男から襲われたことは書かないといけない。森には魔草だけではなく危険生物がいた。犬より大きな蜘蛛が本気で襲ってきたら魔女がかなうわけがない。足場の悪さから起こる怪我も心配だし、一人きりでそんな状況になったら誰も助けてくれる人はいないのだ。せめて森へ入る時は私と一緒の時にしてほしい。あとは私の出向頻度をどうにかしてもらいたい。三日に一度では彼女を悪意から守りきれないじゃないか。それが無理ならば夜の安全を確保してやりたい。ドアに鍵を設置したり番犬を置いたりとなにか方法があるはずだ。今回の男の背後も気になる。奴は突発的に犯行に及んだが、気になるのは魔女のことを酒場で吹聴していた者だ。誰がなんの目的でやっているのか、十分に注意が必要だろう。確実に分かっているのは、そいつには魔女を陥れようとする意思があるということだ。これからは今以上に警戒と警護が必要になる。思いつくままに色々と書いたら紙が字で埋まってしまった。領主様が魔女の警備について一考してくれる事を願う。
長々と書類を書いていたのでだいぶ時間が過ぎてしまった。彼女はどうしているだろうか。懐中時計を確認すると今はもうすぐで16時。森から持ち帰ったカカオを屋敷に届けたいが、夕食の席が終わってからにするか。魔女の元へ行くために席を立つと、入口の扉からぬぅっと巨漢が現れた。あんなデカい身体はディーバしかいない。
「ディーバ」
「おう、ヴィンセントか」
ディーバの厳しい顔を見たらふと思い出した。そういえば彼は既婚者か。少し馴れ初めを聞いてみてもいいかもしれない。





