42話 ◇騎士は撃沈する
領都ルキースに出発する為の準備は粗かたすんでいる。魔女は森に行った時と同じようにチュニックと裾の大きなズボンだ。机に用意されたマントは「普段使い用」と本人が言っていたものだが、まじないがたっぷり施してあるようだ。もう隠すのはやめたらしい。馬に乗りやすい格好だとは思うが、庶民でこのような格好をしているものは見たことがない。だいたいはスカートであるし、ズボンを履くのはそれこそ乗馬を嗜む一部の女性貴族だけだ。そもそも彼女は乗馬のノウハウをどこで手に入れたのだろうか。頭の高い位置で髪をくくり、見事に馬を操るその姿はどこぞの騎馬民族のようだ。今回も髪をくくるらしく、テーブルであくせくしていたので見かねて櫛を取り上げた。艶やかな赤髪をひとつにまとめて飾り紐でくくる。
「お前がさっき……」
「ん?」
さっき言っていたロアニスとは誰だ? という言葉が詰まって出てこない。言いかけたものの言葉を濁して黙ってしまう。ロアニスはお前の好いた人なのか。もしそうだったらそいつは今どこにいるんだ。結婚の約束とか、していたのか。聞きたい事は色々あるのにうまく言葉にならない。
「お前はどういう男が好きだ」
気がつけばそんなことを口走っていた。言った後で口を抑えるも時すでに遅し。
「好きなタイプってこと? そうねぇ……」
聞きたいような聞きたくないような。だがそわそわと言葉の続きを待っている私がいるので、やっぱり気にはなるんだろう。いや別に知りたいという訳じゃなく、今後円滑な人間関係を築く上でお互いの好みは知っておいても損はなかろうし——
「見た目の好みなら、クマみたいに身体が大っきくて、クライブみたいなのほほんと優しそうな顔がいいわね。ほら人間って正反対の人に惹かれるって言うじゃない?」
グサッと鋭利なナイフが刺さった。理由はわからない。わからないが私はなにかとんでもないダメージを受けた。ディーバのような身体つきに、クライブみたいな顔が好き? ディーバに比べたら細いのは仕方ないとして、周囲には端正だと言われるこの顔は、お前の琴線には全く引っかからない……?
「あたしがわがまま言ってもウンウンって聞いてくれて、いっぱい甘やかしてくれたりとか」
二本目のナイフが刺さった。お前のわがままに笑顔で付き合う人間なんぞおらんだろう! クライブだってげんなりしていたぞ! それともなにか、すぐ腹を立てる私は好きではないのか。魔女のくせに生意気だ。
「あと、おいしいものくれる人も好き」
にぱっと笑う魔女はまるで少女のようだった。
……それは人柄うんぬんではなくただ餌付けされているだけだろう。悪い奴にお菓子でつられたらホイホイついて行きそうだ。大丈夫かこいつ。三本目のナイフは私が脱力している間に通り過ぎたらしい。男としての矜持がさらさらと崩れる感覚を味わいながら、私たちは領都へ向かう準備ができた。
◇
今回もオブシディアンとエリザベスを頼りに領都へ向かった。道中特に問題なく、三時間かけて城を目指す。急げば二時間で着くが、その分負担も大きいので気持ちゆっくりめだ。今回は客扱いになるので、領城の客室に泊まることになる。私もその間は城に逗留だ。
「客間で休んでいろ。あとで来る」
「わかったわ」
城に到着後、いったん魔女を侍女に預けて客間に案内させた。疲れているだろうからしばらく休めばいいと思う。私はそのまま領主様の執務室へ行った。到着の報告とともにこれからの予定をすり合わせる為だ。
「ごめんね、今ちょっと立て込んでいるから明日の会合で色々聞くよ。君も疲れているだろうからゆっくり休んでくれ。ああ、報告書は書いておいて! あとで読むから!」
報告したい事は山のようにあったが、領主様は忙しいということなのでその場を後にした。そのまま城を出てフィリップのいる研究室へ足を運ぶ。ここは私の憩いの場だ。女性の作業員に見つからないように研究室まで行けば、フィリップと助手の二人が仕事をしていた。
「すまんフィリップ、邪魔するぞ」
「やあヴィンセント。今カルバートンから戻ってきたの? なにかおもしろいことあった?」
「お前に土産を持ってきた。魔女からだ」
「——師匠から?」
作業中の手をパッと止めて、フィリップがこちらにやってきた。急いでいるようなのに優雅に見えるのはなぜだ。それよりも魔女のことを師匠と呼ばなかったかこいつ。私の顔にそう書いてあったのか、フィリップが苦笑しながら教えてくれた。
「師匠から言われたの。お嬢さんってガラじゃないからマリア嬢はやめてって。じゃあもう師匠しかないよね。ぴったりだもん」
「そ、そうか」
師匠ってガラでもなさそうだけどな。まあ本人達の問題だからいいか。私はバッグを漁って黒い革袋を取り出した。
「皿かトレーはあるか?」
「ちょっと待ってて」
助手が乗ってきた木製のトレーに革袋の中身をだす。ねちょりと糸をひいて出てきたのは、魔の森で採った目玉茸だ。6つの目玉が出てきたように見えて、フィリップ達は一瞬緊張したようだった。
「これは……キノコ?」
「魔女が言うには『目玉茸』だそうだ。まああいつが勝手に名付けているらしいが」
「うんうん、これは確かに目玉茸って名前がぴったりだよ。もしかしてこれ……」
まるで宝石を扱うかのように気色悪いキノコをつまむフィリップ。まじないが絡んで嬉しいのはわかるが、やっぱり私には理解できない世界だ。
「なんのまじないができるか当ててみなさい、と魔女が言っていたぞ」
「——そうなんだね! これは魔草の一種なんだ! すごい、初めて見たよ!! グラント、エミリー、ほら見て!!」
宝物を見つけた子供のように三人がキノコを囲んでいる。粘着質な糸を引く不気味なキノコをきゃっきゃ言いながらありがたがる光景に、心の距離が一歩開く。
「なんのまじないか当ててみろ、ということはなにかしらの現象があるのは確実だろう。グラント、上昇と下降の糸がどれくらいあるか確認してきて。……ああ、すごい、とってもワクワクしてきたよ。ありがとうヴィンセント、最高の土産だ」
それからしばらく話をした。魔の森に入ったことはまだ領主様にも報告していないので伏せたが、走り茸のエキスを絞った時の様子を教えたり、強脚のまじないの経過報告など話をしている間に助手の一人がお茶を入れてくれたので二人でひと息ついた。
「あー僕もやっと師匠のとこに行けるからうれしいよ。本当に君がうらやましかったから」
「まずはあのキノコの正体を調べてからだな」
「うん、楽しみだ」
機嫌がよいフィリップに、私は少し前から気になっていたことを聞いてみることにした。
「なあフィリップ。お前、魔女のことをどう思っている」
「うーん、言い方は悪いけど、歩くまじない百科事典。誰でも欲しいよね、そんなの」
話を聞いていた助手二人がうんうんと頷いた。いや誰でもは欲しがらんだろうあんな劇物。
「じゃあ、女性としては見てないのか? 以前求婚していたと思うが」
「師匠の場合、歩く百科事典がたまたま女性だったってだけ。君が期待するような色っぽい感情はないよ。ただ僕に惚れて情報をポロポロ落としてくれないかなって下心はあったね」
「そ、そうか」
「自分で言うのもなんだけど僕って結構モテるタイプだと思ったのにさ、全然なびかないんだよ師匠。素直に教えを請う方がよっぽど早そうだ」
「そうか……」
いろいろと複雑だ。フィリップの考えにホッとするような首を傾げるような。ただ彼が師弟関係に落ち着いたのだとすればそれは素直に嬉しいと思う。学問を追求する人は強いが時に孤独になりがちだ。魔女との関係がフィリップの成長に繋がればと願う。どこか心がモヤモヤするのは気のせいだ。
「ねえ、君はどうなの? ぶっちゃけ師匠のことどう思っているのさ」
自分でも考えないようにしていた事を、目の前の色男は平気で投げかけてきた。このやろう。





