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魔女と騎士  作者: 猫の玉三郎


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36話◇騎士は森へ行く

 魔女の所から帰ったら、翌日に報告会という名の招集がある。メンツはいつも同じだ。工房長のジャック、研究室長のフィリップ、領主様とその補佐官、それから文官が数人。フィリップに会えるのはうれしいが、この報告会はいつも気が重い。


 ところがだ、今回はいつもと様子が違っていた。領主様は苦々しい顔をしていて、逆にフィリップはとても機嫌よさそうにしている。いったいなにがあったのだろう。フィリップは魔の森の調査隊として選抜されていた。途中経過を聞く限りうまくいっていたと思えないのだが、その後なにかいいことがあったんだろか。


「ヴィンセント、ひとまず報告頼むよ。報告書は読んだけどその他に気づいたことがあれば教えてほしい」


 私はひとまず特に報告すべき事案はなかったと言ったあと、そういえばクライブ達が来ていたと思い出した。それも加えて言ってみたが、大した報告にはならなかった。フィリップ達の魔の森の調査報告中にあの妙な実験を思い出したが、それもなんとなく言いたくなくてそのまま胸に秘めていた。……ああ、本当はこんなことダメだ。なんのために専属騎士に選ばれたと思っている。あいつがやったこと言ったこと、全部報告しないといけないんだ。


 フィリップからは思わしくなかった森の調査結果をひと通り報告を聞いて、領主様は大きくため息を吐いた。「やっぱりマリアは侮れないな」と小さく呟く。フィリップは続いて魔女マリアと会ったことを話した。彼女はこの程度のまじないでは森に入れないと指摘し、自身の着ていたマントを見せてくれたという。今の私達のレベルでは少し難しいくらいのまじないだったそうだ。


「はぁー……ヒントくれたのはよかったんだけど、ついでに痛い所突かれちゃってさ。ヴィンセントに密偵まがいなことさせるなってマリアに言われたんだよ。護衛に専念させろって。その分、まじないに精通しているフィリップをマリアの所にやっていいって。どうする、ヴィンセント」


 この妙な気持ちをどう表現したらいいだろうか。重要な仕事を取られたというショックと、重荷から解放されるという安堵がゆらゆらと折り重なる。ひと呼吸ののち、客観的に見て私は護衛、フィリップは情報の収集と分けた方が効率的である気がした。そのことを告げると「一理ある」と納得してくれたが、領主様の表情は晴れない。


「私としては目立つ人物をこれ以上マリアの側にやりたくないんだよねぇ」

「領都にいるから目立つんだよ。僕があっちに引っ越せば丸く収まるでしょう? もともとこの国の人間じゃないし、みんなそのうち忘れるよ」

「うーん……」


 魔女の存在が世間にでるのは領主様も嫌なのだろう。なのに隠しておきたい人物には護衛として悪目立ちする私がついている。これからさらにフィリップもつこうとしている。……朝の騒動を考えると、大きくなるのは魔女の悪評だろう。フィリップの言う通り、行ったり来たりするから目立つのだ。私だってあそこに移り住んだらこのように騒がれはしないと思う。


 結果的に領主様は魔女の要求を飲むことにしたらしい。むしろ明確なデメリットはないのでこれでよかったのかもしれない。じわりと安堵の気持ちが大きくなって行く。


「ヴィンセント、今後君はマリアの護衛に関しての報告でいいよ。そういう約束だからね。そういうの破ったら怖そうだもん彼女」

「承知しました」

「その代わりフィリップ、頼むからね」

「はい。じゃあマリア嬢に届けるんでここに一筆お願いしますよ、ロイ様」


 ずいっと机に紙を差し出したフィリップはニコニコとしていて今にも飛んでいきそうだ。はぁーと憂鬱そうにカリカリとペンで書き綴る領主様とは対照的で、フィリップは書きあがった書状をそれは大事そうにしまっていた。まじないが好きだからこそ、それをよく知る魔女の元へ行けるのが嬉しいんだろう。彼はいつも魔女のことを聞いてきた。家の中になにがあったとか、畑にはなにが植えてあったとか。それを実際に目で見れるのだから、はしゃぐなという方が無理だろう。そんなフィリップを見て少しだけ心がモヤつくのはなぜか。


 今後の方針として、魔の森へ入る為のまじないの強化、ローザでの早期拠点作り、移動用の馬達の厩舎と放牧地の整備が挙げられた。それに伴い、人員の手配やローザへ常駐するか否かの話合いが始まる。私が口を挟むことはないので成り行きを静かに見守っていた。



 ◇



「——という訳で領主様がお前と話がしたいそうだ。少し急だが明日出発する」


 三日ぶりに会った魔女に開口一番でそれを告げた。手紙も預かってきたのでそれも渡すと、魔女は心底イヤそうな顔をした。


「えーイヤよ、面倒だわ」

「道中の世話はまたこちらがする」

「ロイがこっちに来ればいいじゃない」

「マリア」

「……わかったわよ、行けばいいんでしょ。行けば」


 承諾を取り付けたのでホッとする。「嫌がるならどんな手を使ってもいいから連れて来てね」と領主様に言われていたので対策を考えていたのだが、思いの外聞き分けがよくて助かった。私はロープの入った袋をそっと後ろに隠した。


「ふん。その代わり、今日はいろいろと付き合ってもらうからね」


 なにをするつもりだと言うと、魔女はさらりと答える。


「魔の森に行くわ」


 うふふ、と怪しく笑う魔女を前に、私はがっくりと肩を落とした。報告がなくなったとたんこれだ。後からうるさく言われそうだと思いながら、私はうきうきと準備を始めた魔女を恨めしげににらんだ。


 そんな所に出かけるとなれば私も荷物の整理をしたい。今回はちょっと荷物が多いのだ。それを言うと魔女は「客間を使って」と言ったのでお言葉に甘える。二度目になる客間は以前と変わりなくきれいに整えられていた。木製の寝台に寝具はないが、それさえ用意すれば心地よく過ごせそうだ。せまいのは仕方ない。私は寝台を机がわりにして大きな肩がけバッグの中身を整理する。森に入るなら水と食料はいくらかあった方がいい。薄い毛布にランプ、それと皮袋に……


 準備が終わり部屋を出ると、魔女も万端なようだった。いつものワンピースとエプロン姿ではなく、シャツに裾が大きいズボンという動きやすい服だ。馬に乗るときもこの格好だったな。魔女は私にマントを渡した。花の刺繍があるのでどうみても女ものだ。


「森に行く時、まじないのかかったマントは必須よ。これはあたしの普段使い用で、こっちが森に行く時用」


 机の上にあるもう一つのマントは魔女が着るらしい。私の方のマントは裾には品良く施された花柄の刺繍とされているが、魔女の方は同じような花柄の刺繍の量が倍くらいある。これマントを仕上げるのにいったいどれくらい時間がかかったのだろう。


「これ着ないと森の中までついてこれないわよ? 護衛対象とはぐれたって報告したくなかったらちゃんと着てね」


 腹ただしい言い方にムッとして顔をしかめてしまった。本当にかわいげがない女だ。他のご婦人相手に顔をしかめるなどしたことがないのに。しぶしぶマントを身にまとうと、魔女は嬉しそうに笑った。


「ふふ、お揃いね」


 だからどうしたと思う。しかし、目の前で機嫌よさそうにニコニコする魔女と、その彼女が作ったマントを私が着ているという落ち着かない状況に妙な気恥ずかしさがあって、私はふんと鼻を鳴らしただけだった。


 裏庭から森へ入るらしく、私と魔女は霧の立ち込める木々の間に足を踏み入れた。気温や季節などお構いなしに発生するこの霧は厄介この上なく、森へ入ろうとする人間を拒絶しているかのようだ。


 はぐれないように、と手を取られる。魔女の細い指先の感触はいつかの馬車を思い出した。一歩進むごとに植物の濃い匂いが鼻先をかすめ、小枝や落ち葉を踏み歩く音が耳に響く。視界の悪い中、魔女に手を引かれて奥へと進む。彼女の赤い髪はこの森ではいっそう鮮やかで存在感を増すようだ。


 一歩先を進む魔女に置いて行かれまいと、私は彼女の手をきゅっと強く握った。

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