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魔女と騎士  作者: 猫の玉三郎


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31話◇騎士は屋敷に帰る

 驚いたことに、いつも三時間かかる道のりが二時間に縮まった。これはひとえにエリザベスにかけられたまじないのお陰だと思う。その威力を目の当たりにして、やはり魔女のすごさを再確認した。


 私がこれまで魔女マリア・ガルブレースと接して感じたことはたくさんある。


 まず見た目の派手さに対して感じる印象に違和感を持つことは以前も述べた。その件に関しては今でもそう感じているが、未だ原因や背景はわからない。


 次に、彼女の家はカルバートンの端、旧コンキース村であり、多少裕福そうだが家は庶民のものと変わりない。本人も庶民だと自分を評することがある。しかしその所作や考え方、知識に疑問を抱く時がある。文字の読み書きはもちろん、テーブルマナーやカトラリーの使い方は庶民には縁遠いはずだ。それなのに彼女は知っていた。多少おぼつかないところはあるが、その程度のものだ。なぜ彼女がそれを知っているのか。考えられるのは、庶民を装っているが本当はよいところのご令嬢。もしくはどこかに行儀見習いに行ったことがある子女、だが……正直どちらもピンとこない。令嬢にしては粗野過ぎるし、あの環境で行儀見習いに行くようなツテがあるとも考えにくい。


 とにかく、彼女にはまじないの知識とは別に淑女としての知識がある。それだけは間違いない。……無礼で無神経なのも間違いないが。


 魔女と自称するだけあって、まじないに関しての知識はすごいらしい。私は門外漢なのでこれはフィリップの意見なのだが、脚力を底上げするまじないの件で、魔女は走り茸という魔草を見て性質を『脚力』と判断し、手順を間違えることなく糸を作り上げた。これは予備知識がないと無理で、とんでもない偉業だと興奮してまくし立てていた。はじめて手に入れた魔草を一発でまじないの糸に仕上げるなど、初見のキノコをためらわずに口に入れるほど無謀なことだとフィリップは言う。彼女が走り茸の存在や使用法を知っていたとするなら、他にどれほどの情報を持っているのだろうか。


 彼女はどこでそれらの知識を手に入れたのか。

 彼女は一体何者なのか。

 そして魔女とはどういう意味なのか。


 分からないことだらけだ。


 少し気になるのは、魔女は他人と関わりあうのをひどく恐れている点だ。それと同時に寂しさを感じてるいるようで、その相反する欲求に板挟みになっている。……過去になにかあったのだろう。それが原因で心に傷を負い、自分を守るために他人を寄せ付けずに過ごすが、それによって孤独で心が弱っていく。考えられるのはこんな感じかだろうか。過去に起こったなにかというのは、やはり魔女であることが発端なのだろうか。


 日誌のような報告書を書きながらそんなことを考えていた。


『……なにかの揶揄じゃない。あたしは人ならざる者。なにがどうして、とは言いたくないわ。きっとあなた達も次第に気づく』


 あの日言っていた言葉。人ならざる者とはどういう意味かと日々考える。片鱗を見たとするなら、王子と相対したときに起こった暴風だろうか。もし、絵物語で見る魔法のようなものが使えるとしたら……。あの件に関して魔女は「企業秘密よ」と甘い声で抜かしているので、真相はわからない。


 それとまじないについての知識があいつが言う魔女の正体なんだろうか。


 それらを抜きにしたあいつは、無礼で無神経で食い意地が張って、人を小馬鹿にする……ただの寂しがりの女だ。私相手にきゃーきゃー騒がないのは助かるし、エリザベスへのお守りといい、私の呪いの件といい、まじないに関しては多少なりとも信頼を寄せている。


 報告書にカリカリとペンを走らせながら思う。どこまで報告が必要か分からない。今日魔女と二人でそれぞれ作業をしてお茶を飲んだ、というのは不必要な事だと思う。しかし私が上司の立場なら、どんな些細な事でも報告しろと言うだろう。魔女と一番に接する私には多大な期待がかけられている。未知の情報は我々がどこまでも欲する所で、魔女が素直に教えてくれないのなら、見てかすめとるしかない。『強脚』の件は上部からよくやったと労いの言葉を頂いた。材料さえ揃えれば、こちらでも生産できる可能性が高いからだ。男として、仕事の手腕を褒められるのは嬉しいものだが……なぜかあまりよい気分にはなれなかった。私を頼りはじめた魔女との間の信頼を切り売りするようで、魔女に対し後ろめたい気持ちになるのだ。


 領城にある騎士団の執務室で一人紙にペンを走らせる。


 フィリップと共に魔女の家に向かったこと。カルバートンへの道中で気づいた領地の様子。到着後、魔女とフィリップが個人的な話をいくらかしていたこと。実際の『強脚』の効果。それらを出来るだけ客観的な視点で書き連ねた。……だが、魔女とお茶を飲みながらゆっくり過ごした二人の時間は、報告書には書かなかった。



 ◇



「あーん、リウちゃんおかえりー!」


 屋敷に帰ると私と同じブロンドヘアの女性が突進してきた。そしてぎゅーぎゅー苦しいくらいに腹に抱きついてくる。


「人前でその名前は呼ばないでと言ってるではありませんか母上」

「だってーリウちゃんとなかなか会えないんだもの」

「母上」

「分かったわよ、もうヴィンセントったら意地悪ねぇ」

「ついでに離してください。動きづらいです」

「いーやー」

「淑女のなさることではありませんよ」

「今はかわいい我が子の温もりを堪能しているのー。母親のごく自然な行動ですー」


 まったく、とため息にも似た息を吐くと、腰に母上をくっつけたままズルズルと玄関から移動した。出迎えた使用人たちが微笑ましそうにこちらを見ている。もうエントランスまで来たのだからいい加減離れてほしい。私は子供ではないんだから。


「セブはいるか」

「はい、坊っちゃま。お呼びですか」


 家令を呼ぶとどこからともなくスッと現れた。相変わらずセブは神出鬼没だ。


「以前魔女にドレスを用意したが、また頼みたい。今度は私も少し選びたいから仕立て屋を呼んでおいてくれ」

「新しくお作りになるので?」

「ああ」

「……かしこまりました」


 家令はそう言うと下がり、腰についている母上がまた喋り出す。


「あらヴィンセント。だれかにドレスを贈るの? 大丈夫? 嫌な思いしていない?」

「大丈夫です。心配いりません」

「ならいいけど。大事になる前に相談してね」

「本当に心配いりませんよ。うまくやってます。それよりもういいでしょう、離れてください」

「まだダメー」


 ああもうこの人は。両親の愛情はありがたくもあるが、少し度を越しているようにも思える。もう少し適度な距離感というのは無いんだろうか。


 夕食を終え自室に戻るとわずかに緊張した。魔女は屋敷の中も注意が必要だと言っていたので、あれ以来なにかと理由をつけて領城にある宿舎に泊まるようにしていたのだ。今日は久しぶりに屋敷に帰ってきたのだが、プライベートな空間に緊張する日が来るとは思わなかった。私の部屋は手前に書斎、奥に寝室がある。しばらく考えたあと、寝室から毛布だけとって書斎のソファに寝転がる。特に体調に違和感はない。


 母上が言っていた『リウ』とは私の名前で、トゥルーネームと呼ばれるものだ。平たく言うと真名(まな)

 リウ・ヴィンセント・グスクーニア。

 これが私の正式な名前になる。ヴィンセントはミドルネームだ。リウという子どもっぽい響きはあまり気に入っておらず、両親以外には呼ばせないし、そもそも教えない。貴族から庶民までトゥルーネームは持っており、ミドルネームと使い分けている。だいたいは家族や恋人にこっそりと伝えるものだ。本来の名前には特別な力があり、その名を握られている者は命も握られていると言い伝えられている。だから大事な人にだけこっそり教える。許可もなく真名を呼ぶのは重大なマナー違反だ。




『リウ……』


 赤毛の女がこちらを見てそう呟く。

 ぎしり、とたんに軋む私の心臓。


 頭の中に湧き出た想像を慌てて追い出し、深呼吸をした。あまく痛む胸は気のせいだと自分に言い聞かせてさっさと眠りについた。


 夢の中では魔女と二人で街に買い物をしていた。アレもコレもと買い込む魔女にあきれて怒る夢だ。怒られてもヘラっとしている魔女にまた腹がたつ。


 突如、魔女が真っ暗な空間に囚われた。手を伸ばして私に助けを求めている。泣きながら、助けてと叫ぶ魔女。今すぐ駆けつけたいのに私の身体は動かない。その間に魔女は暗闇に溶けて消えてしまった。絶望と虚無に身が包まれていく。


 その夢の衝撃で目が覚めた。まだ夜明け前の暗がりだったが、ソファで寝ていたことを思い出し、ホッと胸を撫でおろす。


 だが起き上がろうとして違和感を感じた。私は昨夜毛布だけを取ってきたはずだった。しかし、あるはずのないクッションが頭の下に差し込まれていた。寝室のベッドに置いてあるクッションだ。白と黒の刺繍がいやに目に付く。


 背筋が粟立つ。


 以前だったら、見かねた使用人がクッションを敷いてくれたんだと思っただろう。しかし今はそうだと思えない。誰かが勝手に部屋に入ってきた。無防備に眠る自分になにかをしていった。どうしようもない不快感と気味の悪さで、胃液が込み上げてきそうだった。

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