32話◆魔女は物申す
ヴィンセントが帰った翌々日、私はフィリップに会うために出かける準備をした。いつもの来幸と厄除け仕様のマント、きれいなモスグリーンのワンピース。首には印象をグッと下げるまじないがかかったスカーフを。刺繍入りの白いエプロンを巻けばすっかり準備万端だ。手にはカゴを持って、帰りにはついでに買い物しようと思っている。
「さてさて、どう転ぶかしらね」
テクテク歩いてギルドへ向かう。実は月に一度はこうしてお忍びでカルバートンに足を運んでいる。誰も私のことを気にかけないように注意を払いながらだと、案外いけるものだ。三十分かけて歩き、目的のギルドへ着いた。受付のお姉さんに領都から来たフィリップはいるかと聞くと、すぐ聞きにいってくれる。ほどなくしてフィリップが現れた。相変わらずキレイな男、なんて凡庸な感想が出る。ゆるく編まれた三つ編みを揺らしながら彼が部屋に案内してくれた。
「さあマリア嬢。二人きりだし、存分にお話ししよう」
猛禽類かのような目に若干引いちゃったのは内緒だ。ここからは『薄影』のスカーフはいらないのでしゅるりと首から抜き取った。
「ごめんマリア嬢、先に聞いてほしい話があるんだ。今回の調査についてなんだけど」
「いいわよ」
まあ予想はつくけどね。話を聞けば案の定、今度の調査結果は思わしくなかったとのことだった。私のアドバイス通り、来幸と厄除けのマントを用意しいろいろと検証したそうだ。
「君の言うとおり、最も効果があったのが来幸と厄除けの組み合わせだ。手応えは強く感じたよ。でもどうしても森の中へは行けなかった」
困ったように話すフィリップはその時の情報を細かく説明してくれた。
「あたしのマント見てみる?」
畳んで横に置いておいたマントを差し出すと、フィリップは目の色を変えて見入った。あたしとあなた達の差に気付けるかしらね。生成りの生地で作ったマントには白と赤の二種類の糸で刺繍をしてある。マントの縁に彩られた花と葉っぱは私の自信作だ。
「え、この刺繍ってもしかして……全部まじないの糸なの? 質もすごくよさそうだ……もしそうなら、これは僕達が用意したマントよりもよっぽど上等なものじゃないか!」
「あらわかる? でもね、森へ行く時のマントはもっとすごいのよ。最低でもこのマントくらいのを作らないと森には入れないと思うわ」
「ウソだろ……」
絶句したフィリップを見てなんだか鼻をあかせたみたいで気分がいい。私は別にウソなんかついてないんだからね。小さく鼻をならして、今度は私がフィリップを狙い定める。
「仕事の話だったら私も言いたいことがあるわ」
とたんにピリッとした空気になる。フィリップの面持ちが真剣なものに変わった。
「ロイに伝えなさい。あたしの騎士に密偵まがいなことをさせないでって」
「それは、」
「彼はあたしの護衛が仕事よ? なら報告は『本日も無事任務遂行』で毎回こと足りるはずだわ」
「まって、彼の持ってくる情報はとても大事なんだ……」
ほーらね。気にくわないのよ、そういう所。だけど拒否するだけじゃ相手は折れてくれない。ヴィンセントのことを考えたら妥協案を差し出すところまでがセットだ。例え私が割りを食うとしても。
「そんなにまじないが知りたいなら、フィリップ。あなたが来ればいいわ」
え、とフィリップの顔が驚きに染まった。そんなことを言われるだなんて夢にも思ってなかったって顔だ。
「あなただって人伝ての報告なんてイヤでしょう? 一番あたしにまじないのことを聞きたいのはあなたじゃない」
首を傾げて相手をみる。ふふ、と口元に笑みを浮かべれば、フィリップがごくりと喉を鳴らしたのがわかった。
「どうせ廃墟の整備だとか言いながら、後々研究所でも建てるつもりなんでしょ。だったら早いとこ最低限の形を整えて、あなたがあたしの所へ来なさいよ」
「……いいの?」
本当は研究所とか絶対イヤ。私の平穏な生活が脅かされるもの。いざとなったらあの家を捨てて出て行くつもりよ。だけどその前に——
「そのかわり、ロイに一筆書かせなさい。あたしの騎士は護衛に専念させますって」
「わかった。必ずそうする」
「その書状を持ってこれたらあなたを歓迎するわ。よろしくね。呪いの話もしたかったけど、今度会った時でいいわ」
にこりと品良く笑えば、フィリップは大きく頷いた。これでロイに仕返しができるだろう。しばらくの間フィリップに詰め寄られるロイを想像して可笑しくなった。あはは、いい気味。彼にそんなことさせるからいけないのよ。ヴィンセントは私の騎士。守ることだけを考えていればいい。……誰かに利用されたり、別のことで頭を悩ませるなんてのは、しなくていいのよ。
呪いの話はまた次の機会になってしまったのは残念だけど、この件の後では正直うまく話せる自信がない。次回にはちゃんと話を聞いて、それまでは自分でいろいろと試しながら探ってみよう。
「あ、ねえマリア嬢。その小指にしている指輪もまじないなのかい?」
「やーね、ただの指輪よ。さすがのあたしでも指輪は作れないわ」
じゃあ今日はもう帰るわ、と声をかけて部屋を出た。フィリップったらやっぱりいいところに気づくわね。首にまた『薄影』のまじないを施したスカーフを首に巻く。このお守りをつけておくと、私に会った印象がごくごく薄くなる。以前オブシディアンにつけたものと一緒だ。なんといっても赤毛は目立つので、人々の記憶に残らないようにしてくれるこのまじないはとても助かっている。唯一難があるとすれば、お守りを持つ以前に知られていたり興味を持たれていると意味がないことだ。だからヴィンセントもオブシディアンを覚えているし、エリザベスは今でも彼に強烈に恋をしている。
広い廊下を歩いていると、向かい側から数人とすれ違う。その中の一人は白い口髭をたっぷり蓄えたご老人だ。きっとここのギルドの長だろう。私を視界に捉えたのか、すれ違いざまにぺこりと頭を下げていった。丁寧な人だな、と思いながら私も会釈を返す。『薄影』は相手の認識を阻害するわけではないので、このように通りすがりに挨拶をされたり、話しかけられたりはある。ただ、次に会った時に覚えていないだけ。そのことを少しだけ寂しく思いつつ、私はギルドを後にした。
◇
商店街で食料品や日用品を物色しながら歩くのは好きだ。お金を無駄遣い出来ないからこそ、見て回ってじっくり選ぶのがとても楽しい。あちこちお店を覗いて買い物を終わらせたあと、私は家に帰る。魔の森が間近に迫ってくると妙な安心感に包まれた。と、同時にぽつんと一人残された廃墟の村を恨めしく思う。
石橋を渡ると伸び放題の雑草が短く刈られ、落ち葉が掃いてあり、ちゃんと道のようになっていた。今までの獣道が嘘のようだ。橋の一番手前にあった廃墟はだいぶ解体されていた。たくましい男の人たちが汗を流しながら働いているのを遠目で見ながら我が家へ帰ったのだった。
「はぁー疲れたわぁー」
大したことはしていないけど疲れた。精神的な疲れかしらね。こんな時は可愛いトーマスの笑顔で癒されたい。それかクライブに美味しいご飯を作って欲しい。ご飯作るのも面倒だわー。何か食べたいわー。喉もかわいたわー。
「……お茶いれてよヴィンセントー」
だーれも居ない家の中に、私の声だけが響いた。仕方がないので、自分で鍋に豆と麦と水をブッ込んで火鉢にかける。お茶は飲まなくても死にはしない。甘いお菓子も食べなくたって生きていける。欲しい欲しいと欲張る心にグッと蓋をするのは得意だ。少しだけ仮眠をとったあと、私はいつも通りの午後を過ごした。





