30話 ◆魔女は針仕事をする
フィリップは調査隊のメンバーと合流の為にカルバートンまで戻ることになった。また騒がれてはたまらないとヴィンセントはここにいることを宣言し、二人で彼を見送る。
小さくなっていくフィリップの後ろ姿をみていたら、どこからともなくトントンかんかん、どっさどっさと音が聞こえてきた。木を打ち付けるような音だ。
「ねえ、なんの音だと思う?」
「朽ちた家の撤去作業だろう。橋の近くの家を壊していたからな」
なんと。もう解体作業に取りかかってくれているらしい。さすがロイ、出来る男は仕事が早いわ。さすがね。その調子でどんどん仕事なさい。
小さな村があったこの場所はローザという名前になって生まれ変わるらしい。この先いったいどうなるんだろうと、期待半分不安半分だ。
「……フィリップがお前に求婚するとは思わなかった」
独りごとのようなヴィンセントの声が聞こえた。それには全く同感だ。
「あたしもよ。でも彼が好きなのはまじないだからね、あたしじゃないわ」
「……べつに、結婚は好き嫌いでするものじゃなかろう。お互いにメリットがあるなら結婚して、それから愛情を育むものだ」
「さすがお貴族さま」
「ふん。そう言われて育ってきたんだ。仕方あるまい」
よく考えたら庶民でも恋愛結婚するのは半々か。嫁取りだ婿取りだで親同士で決めた結婚も多いし。むしろそういう人達は結婚してから相手に恋をしている感じだったな。
玄関付近の木につながれていた白く美しいエリザベスの横に、真っ黒な巨体のオブシディアンが寄り添う。
「確かに、きっかけはなんでもいいのかもね。あの二人みたいになれるんだったら」
見ていてとてもほほ笑ましい。幸せな思いがこちらにまで届きそうだ。
「……じゃあフィリップの求婚は受けるのか?」
「それとこれとは別問題よ」
むしろ結婚とか私にもっとも縁遠いイベントだと思うわ。まじで。
「あ、そうだ。エリザベスへのお守りできたのよ。つけてあげてもいい?」
「いいぞ」
ヴィンセントがそう言ってくれたので部屋にすぐさま取りに行った。強脚の糸と持久の糸を組み合わせたスペシャル版ブレスレット、つまり『魔女特性・速度アップ+スタミナアップ!』のお守りだ。これでルキースからローザまでの往き来の負担が減ることを願う。
「エリザベスが怪我をせずに、ここに来られますように」
思ったよりエリザベスの前脚が太かったがなんとか結べた。固く結んだからきっと千切れるまでは取れないだろう。よく分からないという顔をしているエリザベスだったが、オブシディアンからの贈り物だと知ったら嬉しいだろうな。大事な人からのプレゼントはなによりの宝物だもん。
「マリア」
呼ばれて振り向くと、むすっとした表情のヴィンセントがいた。
「この間も言ったが、お礼がしたい。なにか欲しいものはあるか」
「それはあたしのワガママを聞いてもらったでしょう?」
「あれはお礼のうちに入らん」
「そう言われてもパッと浮かばないわねぇ」
むーん、とあごを指で刺して考えてみる。またお菓子でもねだろうかしら。マドレーヌは鉄板だけど、なんとかの飴がけも美味しかったし、クッキーもいいわね。
「……じゃあ、ドレスでどうだ」
「え?」
甘いものに心ときめかせていると、予想だにしない言葉が落とされた。
「今後、領城へ招かれる事もあるだろう。そういう時の為に何着か持っていた方がいい」
「うーん確かにそうだけど」
「じゃあ決まりだな。勝手に見繕う。できたら届ける」
「う、うん。ありがとう……」
「なぜ歯切れが悪い」
「いえ、ビックリしただけよ。嬉しいわ」
そりゃ歯切れも悪くなるわよ。だって男性が女性に服を送るって、普通は恋人とか結婚の約束した人へじゃない。しかもドレスってものすごくお値段するんでしょう。腰が引けちゃうわ。この前は状況が特殊だったから気にしなかったけど、ああ、貴族は庶民と違ってあちこち服をプレゼントするのかな。施しってやつ? 黒いドレス一着でも私はよかったんだけど、まあ彼がいくつかあった方がいいって言うんなら、ありがたく頂きましょう。
◇
ヴィンセントに今日はなにをするのかと聞かれて、一瞬森に行こうかと思ったけどやめた。家でお針子しよう。
「あたしは家の中で裁縫するわ」
「まじないのか?」
「ううん、ふつうの婚礼衣装よ。たまに仕事としてそういうの引き受けているの」
「そうなのか」
居間にある大きなテーブルは、私の作業台でもある。裁縫道具や作成途中の衣装を机にのせて椅子に座り、チクチクと作業を始めた。
「あたしはここにいるから、あなたもゆっくり過ごすといいわ。散歩してきてもいいのよ? 」
「……少し机を借りてよいか。私も作業したいことがある」
「ええ、かまわないわ」
ヴィンセントは客間においていた甲冑をパーツ毎に持ってきた。布と小瓶を取り出して、そのパーツをひとつずつ磨いていく。私も黙々と作業しているし、ヴィンセントも静かに手を動かしていた。無言だけど心地いい空気が二人の間に流れる。
作業に没頭していたら身体のあちこちがこり固まる。ぐーっと伸びをしたあと、休憩のためにお茶を入れることにした。
「休憩がてらお茶をいれてくるわ」
「……待て。お前がいれるお茶は信用ならん。私がいれるから座っていろ」
ぱちくりと目を瞬く。
「——え? できるの? どう考えてもあなたはお世話される側の人間でしょう」
「そんな私にお前は叫び草を飲ませたな」
「不味くはなかったでしょ」
「うるさい。台所借りるぞ」
そう言うとヴィンセントはすたすた歩いて台所に行ってしまった。気になって着いて行くと、本当にお茶を入れる気まんまんのようで、ケトルに水をいれ網を敷いた火鉢の上に置いた。
「合ってるか?」
「ええ。すごいわ」
なんのお茶をいれるのかと思っていたら、ヴィンセントは手に見知らぬ布袋を持っていた。あなたこそ私になに飲ませる気よ。そう思っていたんだけど、袋を開けた瞬間漂ってきた香りに、いつぞや頂いた紅茶だとわかる。もしかして家から持ってきてくれたのか。
ケトルに直接茶葉を入れちゃうのが庶民流。宿で見たお茶専用のポットなんてないもの。ついでに超高級そうなティーカップも。色気のない黒い陶器のマグカップにとぽとぽとお茶を入れれば、ヴィンセントはそれを私に差し出した。
「ほんとにできちゃうのね」
カップから香るいい匂いにほうっと息を吐く。まさか家でも飲めるなんて思ってなかった。
「従騎士時代に叩き込まれたからひと通り出来ると言っただろう。粗忽者のお前だったら私でも世話できるぞ」
「うふふ、それはいいことを聞いたわ」
テーブルには衣装やら兜やらが乗っているので、私達は台所でそのままお茶を飲んだ。こういうのもいいわね。ひと息ついた所で二人とも作業を再開した。
「……ねえ、その甲冑ってあなたの?」
「そうだ。きれいだろう。シェフィール領騎士団の甲冑の意匠は素晴らしいと評判なんだ」
「いつ使うの?」
「式典の参列には必ず使うな。あとは領対抗試合には着用が義務付けられているし、訓練の時にも使用する」
「思ったより頻繁なのね」
「ああ。この甲冑を着たくて武の門を叩く奴は多い。甲冑は世の男子の憧れだ」
「あなたも好き?」
「頭までこれを着けて軍の行事に参加すると周りに埋没できる。個ではなく全になれる感覚が好きだ。もちろん、姿形が強そうで格好いいのも気に入っている」
「ふふ、そうなのね」
そんな他愛もない話をしながら私は裁縫を、彼は甲冑磨きをした。時間はあっという間に過ぎる。ヴィンセントは甲冑を身につけエリザベスにまたがる。視界確保のために兜は着けていなかったので顔が見える。全身金属鎧に身を包んだ彼はなるほど、強くたくましい印象が強くなった。
「ほんと、甲冑姿はカッコいいわね」
「……ふん」
「道中気をつけて」
「また、三日後に来る。……では」
後ろ姿を見送る。おまじないが効いているのか、エリザベスの足取りが軽いように見えた。





