29話 ◆魔女は求婚を断る
朝ごはんは昨夜クライブが作ってくれていた。お肉や野菜が入ったスープにゆで玉子、まだ硬くないパンだ。わぁー豪華。スープを温めながら下屋に出て、顔を洗うと、ぐぅーっと伸びをする。いい朝だわ。今日はなにをしようか、と考えながら朝食を終え、まずはいつもの仕事に取りかかることにした。
「アルバート、おはよ」
「メヘェェッ」
ブリキ製のバケツにいつものヤツを放り込む。いつもありがとうアルバート。おかげで薪を用意する手間から解放されたわ。
掃除や畑の水撒き、その為もろもろ終わらせれば午後のフリータイム。今日はなにしよう、そうだ魔の森に行こう、と考えていたところで、玄関のドアがドンドンと強めに叩かれた。ほのかに聞こえる金属音に首を傾げる。クライブはこんなドアの叩き方なんてしないし、不気味に響くガチャガチャとした金属音は気になる。
そぉっと近づき、ドアをちょっとだけ開けた。するとその隙間から金属の指がぬっと出てくる。ひえ! と驚くまもなくドアが開けられた。そこにいたのは金属製の大きな人間。頭のてっぺんから足先までピカピカの金属で覆われた人の形をしたものだった。
「お、押し売りは間にあってるわよ」
よくしゃべれたわ私。グッジョブ。
「……勘違いするな、私だ」
くぐもった声はそう言うが、全く、みじんも、あなたのことなんて知らない。
金属人間はガチャリと顔を開けた。顔を開けるという表現が正しいか疑問だけど、そうとしか言えないもの。金属板がスライドして、顔の中身が見えた。人間のように二つ目が付いている。……暗くてよく見えないけど、緑色の瞳は見覚えがあるような……
「ヴィンセント、甲冑を解かなきゃさすがに誰かわからないよ」
ふと横から声が聞こえた。そこにいたのは白に近い金髪をゆるく三つ編みにした青年。ここで見るとは思ってなかったその人の登場に思わず目を見開いた。
「……フィリップ」
フィリップ・オーネル。その儚い見た目とは裏腹にまじないの研究に対する情熱は他の追随を許さない。若き研究所の責任者である彼がそこにいた。
「やあ、マリア嬢。久しぶりだね」
ぱちんとするウインクの様になること。逆にシラけてふんと鼻をならしてしまった。いけない、出会い頭にする態度じゃないわね。
「ここに来るとは思ってなかったわ。あたしも会いたかったの」
「僕もだよ。……あー、マリア嬢、となりの彼にも声をかけてあげてよ」
「あ」
ギギギと軋む首をうごかして、となりに立つ金属製人間、もとい全身甲冑姿のヴィンセントを見上げた。いるならいるって言ってよ。ていうか最初に名乗ってよ。わかるわけないじゃない、そんな姿で。恨めしく思って唯一見えている目元をのぞいて見る。
表情はまったく分からないけど、ご機嫌じゃないことは確かね。あはは。
「きょ、今日はいつもと雰囲気違うのね」
「……ああ」
あーんもう、助けてよフィリップ。 この人いつもよりつっけんどんよ。どうしたらいいの。
「とりあえず中に入れてくれる? ヴィンセントも甲冑脱ぎなよ。ここだったらもう安心だろう」
助け舟を出してくれた。いい人ね、あなた。
◇
普段誰も使うことがない客間に甲冑男を案内し、その間にフィリップに話を聞くことにした。お茶を入れようとしたら「ぜひ叫び草のお茶を」と言われた。もう、ヴィンセントったらおしゃべりね。残念ながら今日はないと伝えると、フィリップはこれ見よがしに肩を落とした。それよりここに来たことをちゃんと説明しなさいよ。
「うーん、どこから話そう。今日は僕は魔の森の調査でカルバートンに来たんだ。ヴィンセントにくっついて来たのは君に会いたかったから。えー、それで彼の甲冑なんだけど……」
おお、ついにロイは調査隊を送り込んできたわね。マントの準備ができたって事だろうけど、どの程度通用するか私も楽しみだわ。
「僕とヴィンセントって見た目が目立つじゃない。僕らが二人いる所を見たら女の人たちがすごいんだよ騒ぎ方が。それで今朝、二人で馬やら道具やら用意してたんだけど、どこから話を聞きつけたのか女性達が領城の門に群がっていて……」
工房の刺繍室で女性達が発狂していたのを思い出して、すんと納得した。あり得そうだわ。ヴィンセントは騎士ということもあってもともと目立っていたのだが、フィリップは研究命で引きこもる事が多く、そもそももっと北の生まれで今まであまり注目されていなかったらしい。それがヴィンセントという劇物と触れたが最後、あれよあれよと新たな美男の噂が広がり、二人揃ったらその場は阿鼻叫喚の地獄絵図となるらしい。……なんて恐ろしい子たち。
「それでヴィンセントが全身甲冑なら顔が出ないから良いんじゃないかって言い出してね。その発想がおもしろかったから彼の好きにさせたんだけど、もう僕と二人いる時点で、というか白馬に跨っている時点でもうヴィンセントだとバレてたよ。もうすごかったんだ。……ほんと、すごかった……」
遠い目をしたフィリップが本当にくたびれていたのでただただ同情するしかなかった。
「僕はねー、別に騒がれるのは気にならないんだよ。悪い気はしないし、ニコニコしてて相手が優しくしてくれるんならラッキーじゃん。だけどヴィンセントは嫌みたいだね」
がちゃりとドアが開く音がして、振り返るとヴィンセントが立っていた。膝から下は金属のままだ。しっとりとかいた汗と気怠げな表情でいつもよりグンとフェロモン指数が上がっている。あなた、この場にいるのが私であることに感謝しなさいよ。
「……大変だったわね、お疲れさま。今日はもうゆっくりしてたらいいわ」
不機嫌そうな騎士さまは、うんともすんとも言わずに無表情のまま私達のいるテーブルに着いた。
「で、マリア。二日後なんだけどギルドの方に来れるかい? 午前中が良い」
「いいわ。十時半くらいに着くようにいくわね」
「おい、なんの話だ」
ヴィンセントが突っかかってきた。
「ちょっとマリア嬢に相談があるんだよ。調査の報告もしたいし、ちょっと時間もらったの」
「そうよ。心配しなくてもカルバートンのギルドなら大丈夫よ。何かあればクライブもいるし」
ヴィンセントはしばらく黙っていたが「ならいい」と言って無表情に戻った。
「それより聞いたよ。マリア嬢、また僕の知らないまじないを作ったんだろう? 脚力の上昇だなんて、どうして知っていたの?」
子供のように目を輝かせるフィリップにわずかに腰が引ける。そんなスゴイものを見るような目で見ないでよ、恥ずかしいじゃない。
「ひ、み、つ。女の八割は秘密でできているのよ。暴こうなんてしたら後が怖いからね」
冗談まじりに言うと、フィリップはますます目を輝かせた。まるでオモチャを目の前にした子どものようだ。欲しい、遊びたいって目。その感覚にずくんと身体が震える。
「……ねえ、僕と結婚しないかい?」
ガタッと音を鳴らしたのは目の前の騎士さまだった。隣に座るフィリップをまるで信じられないという目で見ている。
「ごめんなさいね。会って間もない人からのプロポーズはお断りする事にしているの」
ふん、と鼻をならしてもフィリップは動じない。むしろどうやって攻略してやろうかと算段をつけているようにも見える。その情熱は嬉しいけど、彼が求めているのは私ではない。
「あなたが欲しいのはあたしじゃなくて、まじないの知識でしょう?」
フィリップは優しげな顔でほほ笑んだ。これは女性を落とす時のキメ顔と見た。はん、私をその見た目だけで落とそうとしないことね。
「僕はそのまじないの知識が詰まった君に大いに興味がある」
「ふふ。じゃあ、あたしを一瞬で惚れさすようなまじないを作ってごらんなさいな。惚れた男の頼みなら、聞いてあげても良いわよ」
ヴィンセントが幽霊を見るかのような目で今度は私の方を見た。え、なんでそんな目で見るの。断ってるからいいじゃない。もしかしてくっついて欲しかった? それとも麗しいフィリップの求婚を断る奴がこの世にいたのか、とかそんな感じ? そもそもこれ真面目なプロポーズじゃないわよ。
「その言葉、覚えておくよ」
「せいぜい頑張りなさい」
この私にプロポーズしてくる人がまだいるなんて、世の中分からないものだ。私にはそっちの方が驚きよ。





