23話◇騎士も腹を決める
「若様、どうなされました」
宿に戻ると侍従のサムが駆けよってきた。きっと私が抱えているモノをみて驚いたのだろう。
「魔女が暴れて抵抗したので拘束した。心配ない」
「……左様ですか」
「サム、魔女をカルバートンへ送る。屋敷に戻ってエリザベス達の準備を頼む。それと持ち運べる軽食を二人分。……ああ、コックに頼んでいたものが出来上がっていたらそれも一緒に頼む」
「かしこまりました。二時頃には準備が整うかと思います。でき次第こちらへ伺いますので、それまでしばらくご休憩ください」
そこまで言うと侍従は私の顔色が少々よくないのに気づいたのか、控えめに伺ってきた。
「若様、魔女を誰かに見張らせるよう言いましょうか? 」
「問題ない。準備を頼んだ」
「……承知しました。では失礼いたします」
ぱたん、と扉が閉められる。私は脇に抱えていた魔女の簀巻きをソファに下ろす。変なことを口走らないように覆っていた布を外すと、魔女はぷはっと息を吐いた。
「ちょっとー、お坊ちゃんなによこれー」
なにと言われても、魔女の簀巻きだ。それ以上でも以下でもない。馬車で両手足を拘束したあと、薄い毛布でグルグルに巻いてさらにロープで固定してある。今魔女で稼動できるのは首から上くらいなものだろう。無様だな。
「腹はすいていないか?」
「ちょっと空いたわ」
魔女が空腹を訴えたのでテーブルに置いてあった果物籠をあさる。林檎があったので籠ごと持ってソファへ戻った。ソファは三人掛けのもので、上質な布張りのよい品だった。ソファの前にあるローテーブルに籠を置き、簀巻きの魔女の横に座る。果物ナイフを取り出して林檎の皮をしょりしょりと剥くと、真っ赤な皮の奥から瑞々しい白い実が出てきた。小さめに切ったそれを口元へ持っていく。
「ほら」
「え、このまま? むぐっ」
いったん口に入れると魔女はそれをおとなしく食べる。気に入ったのか「もっとちょうだい」と催促してきたので言われるがまま林檎を食べさせた。ベトベトになった自分の手と魔女の口元を水で濡らしたハンカチで拭った。
「ねえ、私暴れてないし抵抗もしてないわよ? もうそろそろこれ外してもいいんじゃない?」
「いやだ」
きっぱり断ったがそれに魔女が文句を言うことはなかった。仕方ないわね、と言い出しそうな顔である。私はしばらく考えたあと、横にある魔女の簀巻きに手を伸ばした。その上半身を後ろから抱き込むように自分にぐっと引き寄せる。
「……これは魔女の簀巻きだ。女性ではない」
「いやいや立派な女性よ」
「女性ではないから、私が不用意に触れても、無礼にはならない」
「なるわよ、バカ」
「……ならないんだ」
簀巻きを抱く腕にぎゅっと力を込めると、魔女の体温が少しだけ伝わってくる。秋の美しい紅葉を思わせる魔女の赤い髪はフワフワとして柔らかく、そこに顔を埋める。ほのかに香ってくる他人の匂いに、いくらか安堵を覚えた。
「……どうしてお前は……領主様との取り引きを終わらせるような事を言った? 」
結局は取り引き継続となったが、私にはなぜ魔女があのようなことを言い出したのか不思議だった。領主様はああ言ったが、森への入り方を教えてもらったのなら胡散臭い魔女から引き離し私を騎士団に戻した方がよいという人は確実にいただろう。
「あたしにもいろいろ考えがあるの。あなた達の思惑も知りたかったし、それで関わりがなくなるならあたしにとって都合が良いもの」
魔女がふん、と鼻をならす。後ろから抱いているので表情は分からない。怒った顔をしているのか、それとも悲しそうな顔をしているか。
「私達と関わるのはいやか?」
「あなた達に限ったことではないわ。……あたしは、出来るだけ他人と関わりたくないの」
「なぜだ」
不思議な強さを持つこの魔女は、時々えらく弱い雰囲気をまとう。その理由がそこにあるのだろうか。
「……怖いのよ」
「怖い? 」
意外な言葉が返ってきた。
「そう、怖いの。人の悪意に触れるのが、傷つけられるのが怖いの。もう二度とあんな思いはしたくないのよ」
「大丈夫だ、誰もお前のことをそんなふうに思わない」
いつも気丈な魔女の声が震えていた。そんな悲しいことを言って欲しくなかった。抱えていた腕の力を込める。
「……あなたは、その容姿で皆から慕われもするし、妬まれもしたでしょう? 自分は知らないのに相手は知っている。外側ばかり見られて、自分の人となりはほったらかし。遠巻きに見られて、その輪に加われない。人はたくさん居るのに、孤独を感じる」
そばで見てきたかのように言われ、思わず身体が緊張した。なぜわかるんだ。
「あなたは皆より美しいというだけでそうなるのよ。あたしはもっとすごいわ」
「どうして、」
「あたしが本物の『魔女』だからよ」
その言葉がえらく重たい響きを持って私の身体を打った。後ろから抱いていた魔女の身体をくるりと横に向けて、横向きに抱え込む。魔女の顔を覗きこめば、そこには自嘲気味に笑う彼女の姿があった。青い瞳は悲しみに濡れているが、決して他人には近づけさせないような壁を感じる。だが、それはとても綺麗だと思ってしまった。
「……なにかの揶揄じゃない。あたしは人ならざる者。なにがどうして、とは言いたくないわ。きっとあなた達も次第に気づく」
彼女の目尻に涙がたまる。しかし強がっているのか、弱々しいそぶりは見せない。泣きつかないし、頼ろうともしない。その様子を見ていると胸が苦しくなってきた。
「魔の森の淵でひとり暮らすのはさみしいわ。誰かと一緒に過ごせたらと考える時もある。でもね、無理なの。それは……無理なの」
ぽろ、とついに魔女の瞳から涙がひと筋流れた。
「……泣くな、マリア」
腕を伸ばして顔に手を添え、自分の親指で彼女の涙を拭う。すり、と彼女が頰を擦り付けてきたように思えた。こいつは誰とも関わりたくないと言いつつも、本当は人の温もりに飢えているんだと思った。かわいそうなくらいに焦がれているんだ。
「私が、いる」
ゆっくりと空色の瞳と視線が交わる。大きく見開かれた目からまたぽたりと涙がこぼれた。彼女は私の言葉を待っている。この気持ちが伝わるといいと思う。
「私はお前の護衛騎士だ。お前を守るために存在する。……そばに、いる」
心の底からの言葉だった。領城のバルコニーで交わした時とは違い、建前も本音も全てこの言葉で伝えることができる。孤独にあえぐ魔女に届くだろうか。手を取ってくれるだろうか。しばらく見つめ合うと、魔女が困ったように笑った。
「……あたしはもうしばらくロイに関わるって決めた。だから嫌でもそうしないといけないの。そしてその間、あなたはあたしの騎士だわ」
そうだ。私はお前の騎士だ。
「ねえ、あたしを守ってくれる?」
「もちろんだ」
「お仕事の間は、ずっと一緒にいてくれる?」
「ああ」
感極まってなのか、また涙がぽろりと出る。涙すらも美しく見える私はどうしてしまったんだろう。
「……そばにいる。だから、私の名を呼べ、マリア」
こいつはずっと私の名前を呼ばなかった。きっとそれは深く関係することを恐れてたんじゃないかと今なら思う。だから呼べと私は言う。
「私と関わる覚悟を持て」
お前の人生に関わらせろ。領主様がよくて私がダメなんて許さない。マリアは驚いたように何度か瞬きすると、少しだけ目を閉じた。そして再び開いた青い瞳は、暖かだった。
「——ありがとう、ヴィンセント」
凡庸だが、にこりと笑った顔を素直に美しいと思った。空色の瞳はうれしそうに細められている。小さい鼻、そこに浮かぶ薄いソバカス、ふっくらとして赤く色付いた唇はにこりと弧を描いている。そしてその唇に、するすると吸い寄せられた。口付けをしたい、と思ってしまった。私がそこに唇を寄せたら魔女はどう思うだろうか。さっきみたいに「しょうがないわね」という顔をして許してくれるだろうか。
そんな馬鹿みたいな事を考えながら魔女の首すじに顔を埋めた。自分の唇をそっとその肌に吸い付ける。ただ当たっているだけだと思われるように、ごくひっそりと。そして大事な宝物を抱え込むように、強く強く彼女を抱きしめた。
これは魔女の簀巻き。だから女性ではない。女性ではないから、肌に触れても問題ない。誰かが首すじへのキスは執着の現れだと言っていたが、これはただの簀巻きだから、関係ない。
関係ないったら関係ない。
第一部 魔女と騎士の出会い 完





