22話◆魔女は腹を決める
「これで終わりにしてくれない?」
まだ日の浅い付き合い。ここで終わりにしてくれたら私はまた森でひっそり暮らせるだろう。この人達の記憶からも徐々に消えるはずだ。
「……さみしいことを言わないでくれよ、マリア」
領主さまの鳶色の瞳が私をジッと探る。でもそれは嫌なものじゃなかった。どこか怪我をしていないかを見るような、優しい眼差しだ。
「選択できるのなら、私は迷わず継続を求めるよ。まじないは決して金儲けのためじゃない。人々の生活を守れるよう、明るく暮らせるように私はそれを使いたい。それにはマリア、君の知恵が必要だ」
「……まじないの持つ正負の力を正しく理解して使わないと、滅するのは自分よ。私は破滅に付き合う気はないわ」
「忠告、感謝する。では、私が道を踏み外さないよう、力の取り扱いを違えぬよう見ていて欲しい。まじないに関してのよき相談相手となってくれないか?」
どうやらこの人たちは私を離してくれそうにないようだ。どうしよう。人と関わるなんて後で困った事になるのは分かってるのに。……でも、どこかで必要とされていることに喜びを感じている。引きこもりぼっちの弊害かしらね。
「……あたしがそれで得るメリットってなにかしら」
「ささやかな幸せだよ。私の仕事はこのシェフィール領を豊かにすることだ。領民達のささやかな幸せの生活のために、君の協力が必要だ。もちろん、幸せを享受する領民にはマリア、君も入っている。君がささやかな幸せを感じれるように私は努力する」
「ふふ、なぁにそれ」
思わず笑ってしまった。ささやかしかダメなの? でもそれが妥当かもしれない。私達はなかなか罪深くできている。今あるもので満足できず、もっともっとと言いたがる。その中で感じるささやかな幸せって、本当はとても贅沢なものなかもしれない。……彼がくれる甘いお菓子を食べた瞬間とか、ね。
「魔女との取引はよく考えた方がいいわよ。生半可な気持ちじゃ後悔するわ」
「そう言われると挑戦したくなるのが男の性でね」
「……言ったわね?」
片眉を釣り上げて笑いながらもにらむ。
ここは腹をくくるしかない。
あなたも私も。
「仕方ないわね。もうしばらく付き合ってあげるわ、シェフィール領、領主ロイ・ワグスタッフ。必要ならその時々に相談に乗ってあげる。でも気をつけた方がいいわよ。あたしは魔女マリア・ガルブレース。使い方に気を付けないと自分も危うくなることを覚えておきなさい」
領主さまの前に手を差し出す。昨日とは反対ね。鳶色の真剣な瞳がまっすぐに私を貫く。
「それでもいいならもう少し一緒にいてあげる。……ささやかな幸せの為に」
間を置かずに交わされた握手は力強いものだった。途方もないことをしてしまった、と少しの後悔もある。これから先の不安だってより大きくなった。だけど——
「よろしく頼むよ、マリア」
「あんまり頼まれたくないわね、ロイ」
だけど、今この時は目の前の男を信じよう。この人と関わることを決めたから。
私が名前を呼びすてにしたのが不思議だったのか、ロイは少し驚いた表情をしたあとくつくつと笑っていた。
◇
「今日はもうカルバートンに帰るわ。しばらくは引きこもるから。なにか用ができたら来て」
引きこもりに長期外出は無用よ。家の様子が気になるし、留守を任せたクライブが心配だ。
「分かった。遠いのにわざわざ出向いてくれてありがとう」
ロイはにこやかにそう言ってくれた。なにを言われても帰るつもりだったけど快諾されるとやっぱりホッとするわね。宿に荷物を取りに行ってドレスやら靴やら返して……そういえばお坊ちゃんの扱いって私の護衛だけど、これからどうなるんだろう。そうぼんやり考え事をしていたらロイが呆れたように声をかけてきた
「ねえマリア、君の騎士が泣きそうな顔をしているよ? いらないとか言っちゃうから」
え。
あーあー知らないよー、とかいい年したおじさんが言ってる。本当だったらマズイ。というかあの殺人視線を浴びせられて私が泣きそうの間違いじゃなかろうか。怖くて振り返れないじゃない。
あ、そうだ。
「ねえ、お兄さん! 三つ編みのお兄さん!」
現実逃避とばかりに私は大きな声を出した。するとテーブルから離れ工房長と何やら話をしていたこちらに彼が振り向く。
「僕のこと?」
「そう、ねえちょっと話があるの。来て」
大っぴらに聞かれたくない話なので彼の手を引っ張って部屋の隅っこへ行く。ちょいちょいと手招いて屈んでもらうと、彼の耳元に顔を寄せて話した。声が漏れないように手をあてて、ごく小さな声で。
「あたしも知らない呪いを見つけたの。調べるのに協力して欲しい」
お兄さんは静かに瞠目した。
「ロイには報告してもいい。けど私の騎士さまには絶対に知られたくないの」
そこまで言うとお兄さんは私と向き合った。信じられないといった顔をしている。
「それはまさか、」
「おねがい」
切羽詰まった声になるのは仕方ない。私がお坊ちゃんと離れたら、また彼は呪いの脅威にさらされるだろう。犯人は身近にいるのだから。
「わかった」
お兄さんは私の耳に顔を寄せた。
「じゃあ僕のおねがいも聞いてくれる?」
こくりと頷く。予感がする。フィリップ・オーネル。きっと彼とは今後、まじないについてお互いの知識を共有する間柄になるだろう。
「まずは二人きりで話す時間が必要だね。連絡を寄越すよ」
「ええ、おねがいね。フィリップ」
私がそう言うと彼はぱっと離れた。よかった、ちょっと耳元で彼の声を聞くのはちょっと心臓に悪い。そう思っていた瞬間、腕を引かれた。
「ほぇっ」
そのまま腕を強く引っ張られ、部屋から連れ出される。犯人はもちろん私の騎士さまだ。部屋から出る瞬間ロイが「仲良くねー」と呑気に声をかけてきたが、殺されないようにねの間違いじゃなかろうか?
ここは領城じゃない。城下にある工房だ。でも勝手知ったるかのようにズンズン歩く彼に引っ張られ、つんのめりながら連行されていく。気分はまさしくお説教部屋に連れて行かれる子どものようだ。外に出たら待機していた馬車に放り込まれた。
向かい合わせで座ったらまた正面からにらまれる、のかと思いきや。彼は意外にもずっと視線をそらしていた。怒っているのかと思ったらそうじゃない。普段とは違う弱々しい雰囲気。下がった眉に悲しげに伏せられた瞳。……傷ついているんだ。
そして傷つけたのは、きっと私ね。
なにか言葉をかけようとしたけど、
その前に彼の言葉が遮った。
それは弱々しく、悲しそうな声で。
「簀巻きになる覚悟はいいか……?」
んん? ……すま、うん?
簀って死体包むやつよね。
優しめの殺害宣告なの?
「……え、あの、」
待って、手に持ってるロープはなに?
申し訳なさそうな顔してなにする気なの!?





