21話◆魔女は初仕事する
テーブルに着いているのは私、領主さま、工房長、そして三つ編みのお兄さんだ。お坊ちゃんは護衛なので私の後ろで立っている。最初に栽培した魔草について工房長に説明してもらった。私がだいたい知っている通りだ。
「分かったわ。とりあえずまじないの方も先に教えて」
そうするとお兄さんが嬉々として話しはじめる。
「我々が把握しているまじないは現時点で八種類だ。下染の上昇、下降。上染の腕力、護り、幸運、悪運。これらの組み合わせで八通り。残念ながら独自のまじない開発にはまだ至ってなくて、それをマリア嬢に指導してもらえないかと思っているんだ」
これも私の認識と差異はない。すごいことに効果については資料に数値で表してあった。運なんていう不確定なものは測定不可だけど、護りと腕力の上昇下降は独自の測定器を使っていて客観的なデータになっていた。握力計は何となく分かるけど、衝撃試験ってどんなものかしら。ふんふんと資料を読んでいると領主さまから感心したように声をかけられた。
「すごいね、字や数字が読めるんだね」
「勉強する時間があったから」
私が一人で試行錯誤してた時間がばかに思えるくらい、この研究室の仕事ぶりはすごい。さすがだ。しかも大量生産したまじないだから効果はほぼ一定を保っている。これはこれでスゴいことなのかもしれない。
「このまじないを使った応用品とその普及率はどれくらい?」
これに答えたのは工房長だった。まずは領軍に所属する兵士達への支給品として『護身』のまじないが入った革鎧と『剛腕』のまじないが入った籠手があると言う。これはちょっと前に私も騎士さまから剥ぎ取った時に確認しているからすぐ理解した。ただしものすごく高価らしく、領軍以外は一部の富裕層しか購入していないようだ。
「逆に『厄除け』は量産体制が整っていますから貴族や庶民にも浸透しています。この工房以外にも製作所はありますし、糸だけ購入して自分でまじないを掛ける人や全てオーダーメイドで仕上げる人もいらっしゃいます」
「糸も販売しているの?」
「ええ。護身と豪腕、厄除けの三種類です」
「じゃあマイナスの効果を持ったまじないの扱いはどうなってるのかしら」
いわゆる呪いのアイテムだ。八種のうち半分は呪いに使える。非力、薄護、薄幸、来厄。考えるだけで憂鬱になるラインナップね。でもこれが実際に効力があるから扱いを間違えてはいけない。
「それに関しては領内で法律を作った。いわゆる『呪物』の製造販売は厳しく規制している。勝手に作って売るのはご法度だよ」
これは領主さまのお言葉だ。確かにそういうことを決めておかないと大変だものね。ここは大きな街だし、良からぬ考えを持った人はどこにでもいるわ。
「じゃあ個人が趣味でたしなむ範囲は大丈夫なのね」
「法律が縛れるのは金銭が絡むところまでだね。そして呪物の使用についての法律はない。極端な話、売るのも買うのも許可がいるけど、使う分にはお咎めはない」
「そう……」
じゃあ、お坊ちゃんに呪いを掛けた奴も無罪ってことじゃない。腹だたしいわ。
「ねえマリア嬢、これ知っているかい?」
話が途切れた隙を狙ってお兄さんが見せてくれたのは見覚えのあるブレスレットだった。うすい茶色の飾りひも。ああ、これこれ。よく覚えている。ひらめいちゃってどんどん作ったものだ。
「ええ、もちろんよ。ちょっと楽しくて作り過ぎちゃってね、クライブに売りに行ってもらったの」
私の言葉にフィリップと工房長、そして領主さまもが跳ね上がった。
「ええーっ!! そんなノリなの!? え、もちろんこの効果のこと分かって言ってるんだよね。僕このまじない見たとき本当にびっくりしたんだよ。だって全然知らない効果だったんだから」
あらあら、彼はよく気づいてるわ。素晴らしい観察眼だこと。ぱっとみの効果は『護身』とこれはよく似ている。けど、お坊ちゃんにも作ってあげた『森の守護』の効果は全くの別物。正確に言うなら対象と範囲が違う。その違いを見つけられるなんて。
「よく調べたのね。すごいわ」
出来のいい生徒を見ている気分だ。頭をナデナデしたくなる。プラチナに輝く彼の髪は艶があってサラサラしているし、すごく綺麗。実際にナデナデなんかしたら彼のファンに殺されるでしょうね。やめときましょう。
あ、なんだろう。私の背後から無言の圧を感じる。私の心の中読んだ?
「……あ、そうだわ。王子さまってどうなったの? あたし無礼打ちされない? 大丈夫?」
ふと思い出した先日のひと幕。今の今まで忘れてたけど、そういえば色々とやらかしてるんだった。思わず領主さまの顔を見ると、困ったような笑顔を浮かべていた。
「あー、うん。大丈夫、無礼打ちはないよ。こちらも不躾なことをしてしまったからね。ただ王子は君によくも悪くも興味を持たれて……あーいやいや気にしないで、こっちのこと。えっと、直接のやり取りは我々がするから君は気にしなくていいからね」
ああーやだー、はやまったかなぁ。隠し玉まで使って派手にやっちゃったもんなぁ。でもね、あの場ではああするのが一番だと思ったの。仕方ない。
あ、また背後から無言の圧が強まった。
だから心読んでるでしょう、あなた。
「さて……現状は把握できたわね。じゃあそれを踏まえて、あなた達に益がある情報をひとつ教えるからよく聞いて」
ふっと小さく息を吐き気合いを入れればスイッチが入る。勝負どころだ。
「魔の森への入り方よ」
誰も彼もが目を丸くした。彼らは言ってたものね。何度も調査チームを送ったけどダメで、ろくな調査が出来ていない。だから森の外に生えている魔草しかとれないし、それ以外を知らない。
「あたしは魔の森によく行くわ。魔草をさがしたり探検したり、結構おもしろいものがたくさんあるのよ、あそこ」
ふふ、と妖しくほほ笑むと、皆の視線が一気に集まる。聞きたくてしょうがないわよね。未知の領域にお宝が眠っているんだもの。一度ゆっくり目を閉じて気持ちを落ち着かせる。そして狙いを定めた大鷲のように、しっかり相手を見据える。
「……マントにたっぷりまじないを施しなさい。『来幸』と『厄除け』よ。あたしはそれであの霧の中を進めたわ。運よく行けたし、途中悪いことは起きなかったし、運よく帰れちゃうの」
「貴重な情報だ、感謝するよマリア」
領主さまが鼻息荒く返事をする。この情報の価値は計り知れない。森への入り方、すなわち森の資源の入手法だからだ。
「ええ、取り引きのうちですもの。森の中には高品質の魔草も、あなた達が知らない魔草もあるわ。研究しがいがあるわね」
「ああ、早速準備に取りかかりたい」
「焦らなくても森は逃げないわ。……だからおねがいよ、領主さま」
にやりと笑う私はどう見えるだろう。
やっぱり得体の知れない魔女かしらね。
「あたしの仕事はここまでにしてくれないかしら。森へ帰るからもう二度と関わらないで。後ろの騎士さまも返すわ、いらないもの。でも大丈夫よね。森への行き方は教えたし、彼ほど優秀な人材ならすぐ新しいまじないを開発できるわ」
彼、と指したのは三つ編みのお兄さん。まじないに対してあれほどの熱意と才能がある彼なら、私なんかいなくても次々にまじないを生み出していく。
「報酬分の仕事は充分したわ。残りは返してあげる」
私はこの中の全員を信用していない。最初から利用して捨てる気ならここで終わりにして欲しい。その為に私がいなくても富を得る方法を教えたんだから。
「これで終わりにしてくれない?」
温度のない声が部屋に響く。





