20話◆魔女は帰りたい
ドアをノックする音で目が覚めた。なんだろうと思いつつ上半身を起こすけど、ノックに続く言葉はなかった。朝ごはんの準備ができたのかな。怒られた教訓を生かし、ちゃんと素っ気ないワンピースに着替えて部屋をでる。するとテーブルにはすでに朝食が用意されていた。ただ配置がおかしい。なぜかお坊ちゃんが座っている隣に私の分も用意されている。そしてお坊ちゃん、安定の腕組み。眉間のシワは刻まれたままで、視線は厳しいんだけど昨日のような見るもの全て刺し殺すような氷結視線じゃない。
「おはよう。昨日はまたベッドまで運んでくれたのね」
「…………」
文句のひとつでも言われるかと思ったけど、これも安定の無視だった。ううん、なんか寂しいなぁ。
戸惑いながら席につき食事の挨拶をする。やっぱりお坊ちゃんは動かないので、仕方なくまたひと口サイズにした食べ物を彼の口元へ持っていく作業に没した。その年で彼は腕を動かすこと一切を放棄したんだろうか。
よく見ると昨夜勝手に取り付けたお守りは外されていなかった。ちょっとだけ気持ちが弾んでしまうのは、きっと作った甲斐があったからだ。
朝食の後、また領城へ向かう為に準備をする。昨日のドレスは使用人さんに没収されなかったのでまた着ていいってことだろう。自室でもごもご着替えていたが、やはり限界がきた。首の後ろのボタンがつめられない。昨日は手伝ってもらいながら着たからいいんだけど、今日は誰もいないから自分でしないといけない。ほら、私ってば屋敷の人たちに嫌われちゃったじゃない?
恥をしのんでお坊ちゃんに頼むべく部屋の外へでる。そこには騎士服に着替えたお坊ちゃんがいた。眉間のシワは健在だ。
「ねえ、うしろのボタン、とめてくれない? 一人じゃできなかったの」
おねがい、と懇願すると基本紳士なお坊ちゃんは動いてくれた。作業しやすいように髪をまとめて横にどけると首筋が表に出て一瞬冷やっとした。
上のボタン3つをとめてもらう。ぷち、ぷち、と2つはすぐ終わったんだけど、最後のひとつをとめてくれない。変なことを頼んだから怒ったのかしら。え、殺意がわいてこのまま首を絞められるとか?
「……お前は、なんであの時ディーバを選んだ?」
聞こえたのは掠れるような声だった。不本意だけどこれだけは聞いておかないとっていう感じ。というかディーバって誰かしら。もしかして熊みたいな人かしら。返答を間違ったらただじゃおかないって空気がばんばんするわ。それこそひと思いにヤラれそう。
「嫌がらせよ、嫌がらせ。ちょうだいって言われて困るような人を選んだだけよ」
「じゃあどうして私ではない。私だって重宝されている」
なによその言い分。自分じゃないのがよっぽど嫌だったのね。かわいいところあるじゃない。
「あの時はああ言うのが一番だと思っただけで、他意はないわ。だから結果的には嬉しいのよ。あなたとまたこうして一緒にいれて」
「……どうしてだ」
「あなた美味しいものくれるもの」
「…………」
あ、しまった。素直に言い過ぎた。しーんとした空気がつらい。あんもう、また怒らせちゃったかしら。大きく息を吐かれたけど、プチっと最後のボタンをとめてくれた。
「……髪、結ってやる。まじないのひもを持ってこい」
意外にもお坊ちゃんの言葉は優しいものだった。声音は厳しいままなんだけどね。そういう優しいところは素敵だと思うわ。彼の気が変わらないうちにお願いしちゃいましょ。
◇
支度を終えてまた馬車に乗り込み、ドナドナされながら領城を目指す。騎士さまは無言で眉間にシワは変わらないんだけど、腕組みは解いてくれた。きっとご飯ももう一人で食べてくれるだろう。よかった。
今日の打ち合わせさえ終われば家に帰れる。クライブには無理を言って悪かったし、どこかでお土産とか買えないかな。
「オブシディアンは元気かしら」
「……エリザベスと一緒にいる。いい子にしているそうだ」
あら返事をしてくれた。私も「良かった」と素直な声を漏らす。エリザベスも彼と一緒にいれて嬉しかったかな? だけど私達の帰るところはあの森の淵だもの。ずっと街では暮らせない。
「今日は絶対カルバートンへ帰るわ。あたしとオブシディアンだけでもそうするから」
「…………」
今度は返事をしてくれなかった。
◇
領城に着いたんだけど、また慌ただしく移動になった。なんでも研究室のお兄さんの職場であるまじないの工房で本日の打ち合わせをやるらしい。糸の染色や刺繍の過程、研究のアレコレをまとめて知ることが出来るのでまあいい。パパッと終わらせてパパッと帰りましょうね。
領主さまと一緒に馬車でドナドナされ、着いた先の工房ではお兄さんがお出迎えしてくれた。
「また会えて嬉しいよ、マリア嬢。今日はたくさん話をしたいな」
こういうこと言われて嬉しくない女子がいないと思います? 思いませんよね。このお兄さんも油断してると別の意味で痛い目に合いそうだわ。
「ええ、よろしくね」
工房長という人が自己紹介をし、館内をまず案内してくれる事になった。お兄さんとお坊ちゃんは私のすぐ後ろにいて、なにやら楽しそうに話をしている。どうやらこの二人、友人関係のようだわ。わー、二人並んだらすごく目の保養になるんじゃない? 力強くて凛とした佇まいのお坊ちゃんと、色気のある柔らかな雰囲気のお兄さん。タイプは違うけど世の女子には刺激が強いくらい二人とも素敵ね。よく見たら、作業してる人達みんなあの二人に釘付けだもの。ほらほら手元見てよ、火傷しちゃうわよ。
染色室で行われていた作業はさすがだった。効率化のための分業はさすが大きな工房ならでは。うちでは考えられないような大きな鍋や専用の道具は圧巻だった。工程を見るからに大きな問題は無さそう。むしろ、いかに品質よく仕上げるかを工夫されてるから私の方が参考になったくらい。あの定着剤、少しもらえないかしらね。
次は刺繍室だった。私達が入ったら、というか後ろのお兄さんとお坊ちゃんが見えた瞬間、一気に黄色い声が爆発した。
「キャーーーーッ! やだ、ちょ、キャーッ!」
「いやぁ、いやぁぁああ! フィリップ様とヴィンセント様のツーショットなんて、私、私、あああーーっ!!」
「あああお二人とも麗しいわーー! 生きててよかったぁぁああ!!」
「こっち見た!? ねえ私の方見なかった!?」
「ヴィンセント様ぁーっ!こっちにも視線くださぁーーーいっ!!」
私達は笑顔のまま、そっと部屋を出た。工房長が絶句している。従業員が業務放棄して歓喜する姿は見たくなかっただろう。ドンマイよ、そのうちいいことあるわ。悪いのはそこの二人だから気にしなくていいの。ここの刺繍の腕は文句なしに美しいから別に作業は見れなくても構わないわ。なんなら後日技術交換したいくらい。それにしても野太い男性の歓声も聞こえてきたし、うーん、やっぱり美しいとは罪ね。チラリと視線をやると、二人ともすごくバツの悪そうな顔をしていた。
青ざめながら謝罪する工房長にさっき思った言葉をかけながら、最後に案内されたのは研究開発室とかかれた部屋だった。お兄さんの仕事場であり、本日の打ち合わせ場所である。





