17話◇騎士は茫然とする
握手の後に再度着席したが、皆の顔色は悪かった。
「なぁに、みんな辛気くさい顔して。いいわ、私も外の空気を吸いたいから誰か案内してくれる? その間に休憩するといいわ」
そういうと魔女は席を立ったので「なら私が」と慌てて私も立ちあがる。領主様のほうとチラリと見ると分かりやすく「ありがたい」と顔に書いてあった。控えていた使用人にお茶の用意をと告げ、私は魔女をエスコートするように扉を開け、廊下にでた。
「外が見たいわ。どこかいいところある?」
「バルコニーへ案内しよう」
貴族の男達が令嬢のエスコートでそうするように、一瞬手を出さそうかと思った。だが止めた。私が案内のために一歩先を歩くと彼女もそれについてくる。コツコツとヒールの音が城内に静かに響いた。
二階の応接間から北館へ向かう。途中の廊下にあるバルコニーは、小さいながらも庭園が設けてあるのだ。息抜きにはちょうどよかろう。
「……きれいね」
備え付けあるベンチに腰掛けると、魔女は庭園に目を向けた。こちらは一切見ない。
「こんな魔女にずっと着いて回らないといけないなんて、あなたも大変ね」
「護衛だからな」
「見張りでしょ」
冷たく言い切る魔女に、私は是とも否とも言えなかった。その事実に急に心臓が苦しくなる。
「……脅威からお前を守ることに変わりはない。敵がお前の前に立ち塞がるのなら、私はそれをなぎ払う」
「あら、あなたは敵だと思ってたわ」
こちらを見ようともしないまま放った魔女の言葉が、私の心に深く刺さる。私は魔女を利用したいとする側だ。決して心からの味方ではない。いくら物理的な距離が近かろうとそれは変わらず、そしてそれは魔女も充分理解していた。悲しいほどに。宿で過ごした優しい時間が、急に遠い過去のように思えくる。
「守ると言うなら、今すぐ家に帰してよ。……あたしに関わらないで」
か細く、泣きそうな声だった。さっきまでの威勢のよい彼女とは大違いで、不安そうなその様子は馬車の中での姿と一緒だ。どちらが本当の彼女だろうか。……違う。どちらも正しく魔女マリアだ。弱くもあり強くもある。彼女もまた自分を守るために戦っているのだ。誰に頼ることもできず、必死に。
「……マリア」
そっぽを向くマリアの目の前に行き、膝をつく。これで目線は近くなったが、マリアは絶対にこっちを見ない。馬車のなかでもそうだった。弱みを見せたくない彼女の強がりなのか、その姿にやはり彼女は普通の女の子なのだと思い知る。私は懐から包みをとりだして、中身を彼女の唇に押し付けた。
「食べろ」
小さな菓子が口の中に消える一瞬、私の指先が彼女の唇に当たった。しっとりとした柔らかさに思わずどきりとする。
「……あまくて美味しいわ」
「キャラメルだ。高いんだぞ」
「あとでまた食べたい」
「ああ、たくさん用意してやる」
先がどうなるか分からないこの状況で「あとで」の約束を守れる保証もない。だが言いたかった。そうする事で私も魔女も、不安がほぐれると思ったから。立場的に味方にはなれないが、少しばかりなら彼女の支えになりたいと思う。こんな卑怯な考えをするなんて私はどうにかしている。きっと悪い魔女のまじないにかかったのだ。そう思いたい。
「……もしお前が窮地に陥っても、きっと大丈夫だ。私を人質にして逃げるとか、やりそうだからな」
決して魔女は私を見ないが、その口元には笑みがあった。私が結んだまじないの髪紐が、風に吹かれてふるふると揺れる。
どうか彼女の幸先が良からんことを。
◇
行きよりも軽い足取りで応接間へ戻った。第二王子アレクセイ様は退室しており、魔女との交渉は領主様が改めて行うこととなった。これでひとまず王子に引っ掻き回されることはなくなった。ほっと胸をなで下ろす。
「マリア、気遣いありがとう。我々もひと息つけたよ。アレクセイ様は所用のため戻られたので、私が取り進めるが良いかな?」
「かまわないわ」
「よかった。それでは本題に移ろう」
まずはカルバートンの魔草についてだが、と領主様が魔草栽培の現状について静かに話をしだす。しかし魔女がそれをさえぎった。
「待って。単刀直入に聞かせて。あなた達が知りたいのはなに?」
「……君も私のペースでさせてくれないんだね」
おじさんは悲しいよ、と嘆く領主様だがこの場でそういうことを言えるあなたも大概すごいと思う。
「こほん。えー、私達が知りたいのは大まかに四つ。天然魔草の効率的な採取方法、栽培魔草の品質アップ、既存のまじないの応用と強化、そして新種のまじないの有無だ」
「じゃあそれにひとつずつ答えるわ。ここに来るまでそこの騎士さまはあたしを甲斐甲斐しくお世話してくれたから、そのお返しよ」
「……なっ、」
何てことを、と声に出しかけて留めた。事実として間違っていない。下手に私が出しゃばってはいけないのだ。ただ言われた言葉が妙に気恥ずかしくて顔に熱が集まるのが自分で分かった。……やめろ、そんな「よくやった」みたいな顔で頷くな領主様!
「まず天然の魔草ね。魔草に天然もなにもって感じはするんだけど、あたしの採取方法はシンプルよ。魔の森に入って採るの」
「えっ、魔の森に入る?」
領主様は驚いて目を見開いた。今まで何度も調査チームを森へ送っては惨敗してきたのだ。それをあっさり「入って採る」とはどういうことだ。我々は話の続きを期待していたのだが、それをことごとく潰していくのが魔女スタイル。
「じゃあ次ね。栽培魔草の品質向上は今この場ではなんとも言えないわ。現状の品質と天然ものの品質を比べてからのアドバイスはできるかもしれない」
「ちょ、まっ、」
領主様が慌てて止めようとするも魔女はマイペースに続ける。議事録を書くために控えていた文官がすごい勢いでガリガリとペンを走らせていた。
「えーとそれから既存のまじないの応用と強化……これもそちらの研究の成果を見てからね。あなた達が身にまとっているまじないを見る限り改善の余地はあるわ」
これに食いついたのは研究室のフィリップだ。「なんだって」と椅子から勢いよく立ち上がった。まじないについての可能性を提示されたら食い尽くしかないだろう。
「最後は……新種のまじないか。まじないに新種か旧種かっていうのも違和感はあるけど。あなた達が知らないまじないを私は知っているわ」
「はやい、はやいよ! え、本当に!?」
こうして親切だか不親切だか分からない魔女の質疑応答が終わった。全員が呆気にとられた顔をしている。しれーっとした表情でお茶を飲む魔女は、やはりとんでもない女であることは間違いない。領主様やフィリップが何を言っても返答せず、のんびりとお茶を楽しんでいる。しかし、かちゃりとカップを置いた後、その顔に妖艶な笑みを浮かべて彼女は言い放った。
「……以上のことを踏まえて、あなた達と協力体制をとってもいいわ。ただし条件がある」
ゆっくりと全員を見回す彼女。誰もがその言葉の続きを固唾を飲んで見守る。
「まず、この中から一人、あたしにちょうだいな。それがダメならこの話は無しよ。……そうね、彼がいいわ」
そう言って魔女が指名したのは、私。
……ではなく、
仁王立ちする熊のような騎士、ディーバ・ウィルソンだった。筋肉至上主義の脳筋男、厳しい顔に盛り上がった肉体。私とは全くタイプの違う野性味あふれる男。
「あたし、強い男の人好きなのよね。だめ?」
……魔女の言葉が理解できない。なにかが自分の中で崩れていく感覚に陥った。私じゃない? 強い男が好き? 単語のみが頭の中で響き、この場にあるもの全てかすみがかって遠くにあるように感じた。





