16話◇騎士は困惑する
領城の一室にある少人数用の応接間。そこに私たちは座っている。メンバーは錚々(そうそう)たる者で上座から第二王子アレクセイ様、領主様、まじない研究開発室のフィリップ、そして魔女マリア、私となる。一応私は魔女側にいる。
護衛として室内にいる騎士の一人、ディーバ・ウィルソンは仲間であり数少ない友人である。熊のように厳つい身体と、泣く子に火が付く厳しい顔の筋肉至上主義の脳筋騎士だ。よって彼との間には顔の美醜は一切関係なく、拳で語られる友情にとても感謝している。
そんな立場や実力がある彼らだが、魔女以外の全員がぐったりとした表情を隠しきれていない。……いや、フィリップは目を輝かせているな。挨拶して早々、我々は魔女とやり合ってしまった。怒らせたと言った方が正しいのか。
王子は青ざめ、領主は放心間際、騎士達は怯え、私は混乱している。ああ、ディーバも目を爛々(らんらん)とさせているか。
ことの顛末は以下の通りだ。
◇
最後に入室した私と魔女は領主様が立って迎え、それぞれの紹介をして下さった。
「はじめまして。私はこのシェフィール領を任されているロイ・ワグスタッフだ。君が噂の『カルバートンの魔女』だね」
「あなたが探している人かどうかは知らないけれど、まあ魔女と呼ばれることに心当たりはあるわ。マリアと呼んで」
「ああ、そうさせてもらうよマリア。今日のドレスは素敵だね」
「私も気に入っているの。ありがとう」
にこやかに始まった会合に安堵を覚える。魔女はふつうに喋れるんだな。よかった。
「騎士ヴィンセント・グスクーニアの紹介は不要かな? 彼はこの領と私をずっと支えてくれているグスクーニア子爵家の子息だ。君の護衛も兼ねて付き添ってもらったが、道中不備はなかったかい?」
「ええ、とてもよくしてくれたわ」
さらりとだが領主様は私の家も紹介してくれた。どうだすごかろう。魔女よ、もっと私に敬意を払え。
「結構。そしてこちらに在わすが我が国の第二王子であるアレクセイ様だ。ご多忙の中、我が領地に足をお運びくださった」
「……そなたが魔女か。真っ赤な髪に真っ黒のドレス。童話からそのまま抜け出たような姿だが、もっとシワシワのお婆かと思ったぞ」
アレクセイ様はわりとかわいらしいお顔をなさっているのに、どうして口を開くとそう残念なのか。魔女の反応に面々が固唾を呑んだが、彼女は「どうも」とひと言だけ返しただけだった。
「え、えーと、こちらの銀髪の貴公子は実はまじないのことに詳しくてね。今日はマリアが来ると聞いて参席させてほしいと要望があったんだ。名はフィリップ・オーネル」
領主様は次にフィリップを紹介した。柔らかな表情でほほ笑む彼は、自分の使いどころをよく分かっているようだ。
「会えるのを楽しみにしていたよマリア嬢」
「ええ、よろしく」
笑顔で対応した魔女を見てざわりと心が動いた。……魔女は美少年好き、という噂があったことは前聞いたがもしやフィリップのことが気に入ったとか。いや私に反応しなかったのだぞ。だがフィリップの様子は私と違って優しげだし、ただ魔女の好みが私ではなかった可能性も……。そこまで考えて頭を振った。うだうだ考えたところで無意味だ。別に魔女が誰を気に入ろうが関係ない。
王子相手には一瞬ヒヤリとしたが、まあそつなくこなした魔女はすごいと思う。今まで森で引きこもっていたとは思えないほど肝が座っている。挨拶もひと通り終わり皆が着席した。私の横にいる魔女をちらりと横目で見ると、何かを握りしめるように左手を結んでいた。緊張しているのだろうか。この後も領主様主導で話を進める予定なのだが……一応アレクセイ様には大人しく聞いててもらうようお願いしたが一抹の不安が残る。どうか大人しくしていてくれ。
「今回このような場を設けたのは君の話が聞きたかったからだ。よかったら——」
「まどろっこしいぞ、ワグスタッフ伯」
まずい。王子が横槍を入れてきて領主様も焦りの表情を浮かべている。相手が王族だけにやりにくい。どうにかこの場の主導権をと思うよりも先に王子が先に口を開いてしまった。
「魔女よ、我が王国と王家に忠誠を誓え。そして私のためにその腕をふるえ。望めば褒美はとらす」
——最悪だ。
是と言えば魔女は王家のもの。
否といえば言わずもがな。
「イヤよ。どうしてあたしがそんな事しなくちゃいけないの」
「……無礼な女だな。この場でとらえて首をはねてもよいのだぞ」
ピリピリとした空気が頰を切る。魔女も魔女だ。どうしてそんな物言いをするんだ。それじゃ本当に捕らえられてもおかしくないんだぞ。斬首された魔女の姿が頭に浮かび、全身に悪寒が走った。
「あら、今度は脅し?」
侮蔑のこもった魔女の応戦に、場の空気が凄まじい速度で凍りついていった。魔女は立ち上がり、王子に向かって不敵な笑みを浮かべた。王子の護衛達が静かに剣の柄に手をかける。
なにをするつもりだ、と全員が思った直後。
彼女が右手の指をパチンと鳴らした。と同時に、室内にとんでもない風が巻き起こる。まるで先日の嵐のようだ。魔女を中心に吹き荒れる風にみな度肝を抜き、その圧に一歩二歩と体が押される。騎士たちは剣を抜き、要人達を守るように立ち塞いだ。
「あたしは魔女よ。誰の言いなりにもならないわ」
この場で響くのは若い女の不遜な声のみ。
これは誰だ。
いったい私たちは、森から何を連れ出してしまったんだ。細い手も、赤く柔らかな髪も、あの笑顔も、本当に目の前の魔女と同一人物なのか? 馬車の中で見たあの不安そうな女は私の作り出した幻想だったのか。
彼女は狙いを定めた捕食者のように、鋭い眼差しを向ける。怖いくらいの笑顔を貼り付けて。
「でも……そうね、あたしの知識が必要だと言うのなら取り引きしましょう。あたしは知識を、あなた達はそれに見合った対価を。立場は対等よ。どう?」
風はだんだんと収束し、柔らかな風となって消えた。魔女が答えを求めている視線の先には領主様の姿。他の誰でもない、シェフィール領領主ロイ様にその返答を求めた。
「……ああ、ぜひ頼む」
ヨロヨロと立ち上がった領主様は、血の気を無くした顔だったがなんとか答えた。得体の知れない怪物でも見るかのように、その目にはいくらか怯えも感じる。領主様は魔女に手を差し出す。彼女がこの手を取ることで我々はやっとスタートラインに立つ事ができる。まだ魔女からなにひとつ引き出せていないのだ。
「いいわ。お話しましょ?」
上等な黒いレースとベルベットの美しいドレスを身にまとった赤毛の女は、領主様の手をとった。
「ふふ」
この状況で蠱惑的に笑う彼女は、確かに魔女そのものだった。





