18話◆魔女は丸め込まれる
「あたし、強い男の人好きなのよね。だめ?」
そう言った後の空気はすごかった。もちろん自分の言葉がどれだけ非常識かわかっている。わかって言っているもの。隣に座るお坊ちゃんから怖ーいオーラが出ているけど気にしない気にしない。自分が大事。命大事。
「……え、そっち? 厳つい系なの? あーいやいや待ってマリア。彼は結婚しているんだ。さすがの君にもあげられないよ。と言うかそもそも人を物のように言っちゃダメでしょう?」
呆気にとられた領主さまはめちゃくちゃマトモなことを言っているわ。でもね。
「じゃあ仕方ないわね。この話はなかったことに」
別にあの熊さんみたいな騎士さまが本当に欲しいとは思っていない。ただ重要ポジションにいそうだったから言っただけだ。こんな怪しさ満点の女に大事な騎士をポンと差し出すなんてしないはずだもの。まあこれで慇懃無礼なお貴族様が引いてくれるかは微妙な所だけど、動揺したところをたたみ込んでテキトーに情報を落とした後にこの場をお開きにしつつ金輪際魔女には関わるまいという恐怖心を植え——
「ヴィンセント・グスクーニアは?」
「へ?」
思ってもみなかった言葉につい気をとられる。そして隣にいる彼が領主さまの言葉にピクリと反応した。あ、と思った時には時すでに遅し。領主さまがチャンスとばかりに攻めこんでくる。
「彼はなかなかいい男だろう? 甲斐甲斐しく世話もできるようだし悪い話ではないよね。彼をあげることはできないけど、君の護衛騎士として任命しよう。これからマリアは我が領にとって大事な人材だから」
「え、でも彼、小うるさいし」
やばい。主導権をとられた。焦って彼の文句を言ったところで、この領主さまは全く取り合わない。
「強い男が好きと言ったね。彼はこう見えてディーバと肩を張る実力を持っている。相手に不足は無しだよ。しかもグスクーニア子爵家のご子息だから後ろ盾もバッチリ。顔も良い、力もある、地位も高い。マリアにとってこれ以上ふさわしい人はいないよ」
「えっと……」
本当にまずい、そんなに言われたら否定しようがないじゃない。あー冴えないオジさんかもと思って油断した。
「欲しいと言ったのは君だものね。取引成立だ、マリア」
にっこりほほ笑む領主さまは、手を差し出してきた。逃げられないと本能が告げる。隣もやばい。殺気を感じる。ゴゴゴォと闇のオーラが吹き出し、何をしても、何を言っても、私に被害が降りかかるのは確実だ。なら彼を仕事で縛ってしまえば、私に命の危険は及ばないわよね? だって彼、護衛になるんだもんね? そうよね? そうだって言って!
あーーもう、なるようになれよっ!
ヤケクソでガシッと掴んだ領主さまの手は温かかった。それと同時に背中に刺さるブリザードの視線。気にしたらおしまいだ。
「はぁー、やっとお仕事させてもらえた気分だよ」
ほへーと息を吐くオジさん、もとい領主さま。いかにも頼りなさげな発言だけど、私は知っている。瞳の奥は油断なくギラギラしていることを。こいつ、なかなか侮れない……!
◇
こうして私は超絶不機嫌な顔をした騎士さまを手に入れた。
手に入れたという言い方は語弊があるか。あの後すぐさま、その場で任命され、騎士ヴィンセント・グスクーニアさまは私の護衛騎士となってしまった。背後に立つ彼からすさまじいほど恨みがましい視線が注がれる。無言の圧がすごい。ごめんなさい、悪かったわ。正直こうなるとは心の中でちょっとだけ予想はしてたんだけど抗えなかったの。
私はいったん家に帰りたいと領主さまに真摯に打ち明けたけど却下された。明日また詳しい打ち合わせをしたいから、あと一泊だけして欲しいと懇願されたからだ。そもそも私が家に帰る時って騎士さまどうなるんだろうと考えてなにか嫌な予感がしたので、私はその提案を受け入れる事にした。
正直、疲れたわぁ。
あと一泊くらいゴロゴロだらだらして過ごすのも悪くないわねぇ。
領主さまと研究室のお兄さんは魔草とまじないに関する現時点での成果を報告する資料をまとめる為に、すごい早さで部屋から出て行ってしまった。明日の打ち合わせに必要らしい。別にそんな急がなくていいのに。私と騎士さまもここに居ても特にすることは無いので、もといた宿へ戻ることになった。
再び馬車でドナドナドーナー。
その間もずっとお坊ちゃんは口を聞かない。そのくせ氷点下の視線を突き刺してくる。これ私どうしたらいいの。宿に戻ると鍵を受け取ったり扉を開けてくれたりとテキパキ動いてくれるんだけど、やっぱり無言&視殺。
「ごめんなさい、ちょっと疲れたから休むわ。あなたも適当に休んで」
圧に耐えきれなくなって寝室へ逃げ込んだ。黒いドレスはもう脱いでしまおう。首のうしろに着いているボタンが取りにくく、いっそお坊ちゃんに手伝ってもらおうかと考えていた所、居間の方から声が聞こえてきた。そっと扉へ近づいて耳をそばだてる。
「若様、あのような不気味な魔女の護衛なんて……」
男、の声だと思う。サムと呼ばれた侍従だろうか。
「言うな。個人的に魔女に腹を立てているだけであって任務自体に忌避はない。またしばらく屋敷には寄り付かなくなるだろうから皆によろしく言っておいてくれ」
「かしこまりました。……ああ、魔女が心底憎らしく思えます」
「口が過ぎるぞ。魔女の扱いは賓客と同様だ。私怨で手を抜くようなことはやめてくれ」
「申し訳ありません。出過ぎたことを申しました」
「……いい。お前達が私を大事に思っている事は知っている。いつも苦労をかけてすまんな」
「もったいないお言葉でございます」
あーあ。愛されてるなぁ、お坊ちゃん。そして私は屋敷の使用人さん達に嫌われてしまったもよう。仕方ないわね。しかも隠れて会話を聞くなんて悪い事をしてしまった。しかし、そっとドアから離れようとした瞬間気になる言葉が聞こえたので、また私はドアの方に吸い寄せられた。
「……ところで、体調の方は大丈夫でございましょうか?」
おずおずと伺うような言葉。ただ体調を気遣うだけにも聞こえるが、どことなく違和感を感じる。
「ん? ああ、問題ない。調子良いくらいだ」
「……左様でございますか」
若干気落ちしたように聞こえたのは私の聞き間違いだろうか。扉の前では安堵の笑顔を浮かべているんだろうか。
まだお坊ちゃんを狙う呪いの件は終わってない。屋敷からくる使用人は全部気をつけて見ておかなければならない。あの気持ち悪い呪いは絶対に突き止めてやめさせてやる。巻き込んでしまった彼に対してせめてもの償いだと、私は意気込んで心に誓った。
ドレスをなんとか脱いで、質素なワンピースに着替えた。高ぶった気持ちが少し落ち着く。はぁー、豪華なドレスもいいけど、やっぱり普段着は安心するわね。まじないの刺繍が何にもないのが不安だけど。
ついでだからと朝見つけた呪い付き針を小さな文机に並べて観察する。ドレスにこれでもかと刺してあった針は五本。その全てに負の力をまとった糸が通されている。糸の先を玉結びにして針から外れないようにしてあるけど、時間があったら絶対なにか刺繍してたはずよ。やり口が陰険ね。
「あー、これ絶対犯人同じだわぁ……」
私はその一つを指でつまんで持ち上げる。
黒くて長い、禍々しい糸。
いや、糸って言ったら失礼ね。
髪の毛だもの、これ。





