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12話◇騎士は見張る

 魔女マリアを領城の待合室で待たせ、私は領主様へ今までの報告と交渉の打ち合わせをしていた。その中で領主様が苦々しい表情であることを告げる。


「第二王子がここへいらしてるんですか?」

「そう。しかも間が悪いことに魔女のことも耳に入ってね。交渉の席に自分も着くと言っておられる」

「それは……」


 大丈夫なのだろうか。思わず口に出してしまいそうなのをギリギリでこらえた。領主様も考えていることは同じなのか、力なく息を吐く。我が国の第二王子アクセレイ様は最近、実績を残そうと焦ってらっしゃる。すでに王位は兄である第一王子が継ぐことが決まっているのだが、適当な領地を任せて臣下にくだるか、王位継承権を持ったまま王都で執務を行うか、あるいはどこかの国へ婿へいくかの岐路に立たされている。もちろん王都に残りたいアレクセイ様は実績づくりに躍起(やっき)なのだ。


 そしてそれは焦らないといけないほど難航しているとのもっぱらの噂である。


 第二王子が手柄欲しさに魔女をかっさらう可能性もあるし、魔女の無礼に腹を立てて衛兵を差し向けることも考えられる。逆に、王子の態度であの魔女の機嫌を損ねるのも大いにありえる。どれをとってもシェフィール領にはマイナスだ。


「今日の顔合わせは見送るよ。王子がどう出てくるかわからない。あー今日中に王子帰ってくれないかなぁー」

「領主様、声が大きいです」

「うん、ごめんね。では魔女との席は明日の午前十半時からとする。参加者は第二王子と領主である私。それと本人のすさまじい要望によりフィリップ・オーネル」


 フィリップの名前を出したとき見せた領主様の表情から察するに、フィリップはだいぶ無理を言ったようだ。まじないに関係することはいやに情熱的になるらしい。


「ヴィンセント、君もテーブルに着くんだからね?」


 それは覚悟していたことなので問題ない。こくりと頷くと領主も安心したようだった。


「出入り口には衛兵を数名、室内には騎士を数名配置しようと思う。ところで魔女殿は顔のいい男子は好きそう? そうなら人選を考えるけど」


 思い返してみても、私の容姿に過剰に反応したことはなかった。あの民芸品店で出会った母娘ほど意識してくれたら簡単にことが運んだろうか。私に目がくらんで秘密をすべて差し出す魔女の姿がパッと浮かんだが、なぜか鳥肌がたった。ないない。あり得えない。


「自分の容姿には特に反応はありませんでした」

「えーヴィンセントでダメなの? じゃあ魔女は美男子が大好きって噂はデマか……」

「え」


 初耳だ、そんな噂があったとは。だから私に白羽の矢がたったのか。じとーっと恨みがましく領主様をにらんでもどこ吹く風。この太々しい態度はどこかの誰かにそっくりだ。「いつも通りディーバ・ウィルソンを筆頭に護衛を組もうかな」と独り言のようにつぶやくと領主様はカリカリと書類にペンを走らせる。


「君から見た魔女の印象は?」

「得体の知れない女です。なにか知っているのは間違いないようですが、それをむざむざ私達に見せるようなことはしないと思います」

「住んでいたのは魔の森のすぐそば、朽ちた廃村の中と言っていたね。彼女一人暮らしかい? 」

「見た感じそのように思いました。クライブ・カルマンという男が出入りしているのですが、もしかしたら恋人関係かもしれません」

「ふーん……」


 しんとした執務室にカリカリとペンの音が響く。書類に目を向けたまま領主様は質問を続けた。


「ねえ、魔女って美人?」

「……自分には女性の美醜はよく分かりません。目立つ赤髪ではありますが、特出して美しいとか醜いといった印象は持ちませんでした」


 ただあの赤い髪と空色の瞳はきれいだと思う。


「彼女の良いところは?」

「特に思いつきません」

「じゃあ悪いところ」

「人の名前すら覚えきれない低脳さと神経の図太さは他に類をみません。また甘味に異様に関心を持つ姿ははしたなさすら感じます。いちいち人を小馬鹿にした態度も好きません。ずる賢くて、無礼で——」

「わ、わかった、もういいよ」


 領主様がペンを置いてトントンと書類をまとめる。


「……君が早馬を使って魔女のことを知らせてくれた時は驚いたよ。本当に有能だね、君は」


 領主様はそう言って笑ってくれた。容姿でも家柄でもなく、自身の仕事ぶりが認められた。褒められて嬉しいのと、任務が完了してよかったという安堵で口元が勝手にほころぶ。


「いつもそういう顔してくれると可愛げがあっていいのになぁ」

「余計なお世話です」


 ピシャリと言い放って私は執務室を後にした。



 ◇



 領城を出て、魔女と共に再び城下町へでた。今日の宿へ行くためだ。ちなみに二人とも目深にフードをかぶって移動しているのは目立ちたくなかったからである。


「私の屋敷でもと考えたのだが……色々と考えてやめた。お前も貴族の屋敷は堅苦しいだろう?」

「そうねえ、ちょっと中を見てみたい気もするけど……でもあなたの家に行くだけで厄介ごとに巻き込まれる気がするわ。目立ちすぎるもの、あなた」


 昼間の市場散策でもうすでに二人の関係についてまことしやかに噂されていた。おおかた魔女も待合室でなにか言われたのだろう。私と二人で街へ行くと言ったらとても微妙な顔をされた。とても失礼な奴だと思う。


 領主様の手配で宿は二人分とってある。受付で鍵をひとつ預かり部屋に行くと、寝室が二つと居間がひとつに分けてあるタイプの部屋だった。こういう部屋を取ってあるのは言わずもがな魔女の監視のためであるので、決して仲むつまじいからとか仲を深めたいとう理由ではない。魔女にそう思われるのも心外である。しかし正面切って「おまえの監視のために仕方なくだ」と言うわけにもいかないので、魔女の心情をくみつつ「慣れない街で一人にさせられない」というもっともな理由で承諾してくれた。恐らく魔女は庶民の出なので、貴族のように「未婚の男女が二人で宿泊とは〜」とは思わんだろう。彼らはわりとその辺りおおらかだと聞いたことがある。


「別に同じ部屋でいいわ。あなたと話したい事もあるし。もちろん美味しいものも食べさせてよね」


 下から覗き込むように魔女に言われる。平凡な顔つきだが、こういうあどけない姿は悪くないと思った。キラキラした青い宝石のような瞳。まつ毛も濃い赤色なのだなと考えながら、視線が離せなかった。


 彼女の容姿は平凡だと思っているが、心のどこかでは違和感を覚えている。まずこの目立つ色彩の女が平凡という感想では終わらないと思うのだ。顔の美醜とは関係なしに、この赤く華やかな髪は目立つ。だとしたらこの魔女の印象は『赤髪の平凡な女』ではなく、『派手な赤髪の女』になるのではないか?


「……ねえ、そんなに見つめられたらさすがに恥ずかしいんだけど」


 言われて気付いた。どうやら不躾に見ていたようだ。二、三歩慌てて後ろに下がる。貴族ではないと油断しすぎていたみたいだ。相手は魔女だが、性別的にはひとりの婦女子。無礼がないよう気を引き締めないといけない。


「すまん」

「気にしなくていいわ」


 窓から差し込む夕陽に照らされた魔女は、いつもと違って控えめでおしとやかに見えた。(うれ)いなんて一切なさそうのに、少し寂しげな表情がそうさせるのか。完全なる見間違いだろうが脳がそう錯覚しているからタチが悪い。


 ふぅ、と小さく息を吐くと魔女はうつむき、悲しげにつぶやいた。


「……お腹へったわ」


 ほらな、こういう女だ。


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