11話◆魔女は出発する
太陽が真上に来たころ、エリザベスとともに騎士のお坊ちゃんが来た。真っ白で美しいエリザベスにまたがる騎士さま。髪は黄金の穂のように輝き、緑色の瞳は美しく凛とした光を放つ。まさしく白馬に乗った王子さまだ。こんな恐ろしい廃村にいること自体ミスマッチ。ついでに私を迎えに来ているという事実もミスマッチ。
王子様はエリザベスから降りて私の前に立った。私は背が高い方だけど、この人はそれ以上に高いのね。見た目だけなら抜群に麗しいわ。
「魔女マリア、時間だ。行くぞ」
「ねえ、わざわざ魔女ってつけないで」
「イヤか?」
むしろ魔女って呼ばれたい人がいるなら教えてよ。ゆずるわ。
「毎度ご丁寧にそう呼ばれるのは好きじゃないわ」
「そうか、分かった」
なにを思ったのかお坊ちゃんは私に手を差し出した。まるで手を取れと言わんばかりに。ビックリして彼を見上げると、昨日のような不機嫌さはなく、無表情な顔がそこにあった。
「行くぞマリア」
名前を呼ばれてトクンと心臓が跳ねたのは、きっと気のせいだということにする。恐る恐るその手に取ろうとした瞬間、大きな嗎が辺りに響いた。オブシディアンだ。
「あ、ねえ。オブシディアンも一緒に連れて行きたいわ。あたしが乗るの。鞍もあるわ、いいでしょ?」
お坊ちゃんは片眉を釣り上げるとオブシディアンの方を見た。すると後方にいたエリザベスがフンフンと鼻を鳴らして主人の背中を押す。彼女もまた「いいでしょ?」と言っているようだ。オブシディアンはジッとたたずみ、騎士さまの視線を受け入れている。
「そうだな、エリザベス一頭だと負担になるのは確かだ。お前の同行を認めよう。……あ、こら、エリザベスやめなさい、マントを噛むんじゃない」
あらあらエリザベスったら嬉しいのと恥ずかしいのがゴッチャになっているのね。
オブシディアンは身体が大きい。だから乗り上げるのも本当はとっても大変だ。しかし、気合いを入れていざ! という時に私はマントの裾を掴まれた。何事かと思ってみると、エリザベスが私のマントをくわえていた。それはもう妬ましいという表情で。
「もしかしてオブシディアンに乗って欲しくないの? あらあら、エリザベスは妬いているのね。だったらあなたが乗せてくれる?」
彼女はふんふんと勢いよく鼻を鳴らしている。彼に乗るくらいなら私に乗んなさいよってことなのね。もう恋する乙女なんだから。
「おい、何を勝手に……」
「良いじゃない、乗せてくれるって言うんだもん。それにオブシディアンの方が体格がいいわ。あたしが乗るよりあなたの方がサマになるわよ」
そう言うとお坊ちゃんもしぶしぶ納得してくれたみたい。白馬の王子様もいいけど、黒馬も素敵よ。
「……マリア」
「なぁに」
お坊ちゃんが何か言いたげな顔でこちらを見ている。その眉間のシワをぐりぐりと伸ばしてやりたい。
「……いや、いい」
「なによ、男らしくないわね」
「なんだと」
「ああ、そういえば。あなたの呪いのことなんだけど」
話題を変えようとわざとらしく言うと、彼はピタリと動きを止めた。まあ自分が狙われているとわかったら普通気になるわよね。
「マドレーヌで手を打ってあげるわ。とってもとっても美味しかったから。お願いね」
そういうと私は照れくさくってヘラりと笑った。格安の情報提供にここは笑顔でお礼を言うべき所なのに、なぜかお坊ちゃんは盛大にため息を吐いた。なぜ。魔女は解せぬよ。
◇
そんなこんなで私たちは出発した。エリザベスは私、オブシディアンはお坊ちゃんを乗せて。休憩をはさみながらも速足で進む彼らの走行距離に驚きを隠せない。ついでに普段使わない筋肉達がずっと悲鳴を上げている。お坊ちゃんの話では馬車を使ってゆっくり来た時は約5時間かかったが、このペースだと3時間で着くようだ。
弾丸ツアーの甲斐あって、ヘトヘトな私とエリザベス、涼しい顔のオブシディアンとお坊ちゃんが領都シェフィールへと到着したのだった。なぜ彼らは疲労感がないんだ! と恨めしげな視線をエリザベスと共に送ったのだが気付いてもらえなかった。悲しい。
お馬さんたちは先にお坊ちゃんのお屋敷で休むそうで、二頭仲良く馬丁に連れられて行った。私達はこれから領主の城へ行くんだけど、その前にちょっとだけ観光させてもらう。だってこれを逃したら出来なさそうなんだもの。
初めて見る都の市場は活気にあふれていた。建物はひしめきあい、この全部に人が住んでいると思うと目眩がしそうだ。露店だってスゴい。ごった返す人混み、珍しい商品、食べたことのない果実、鮮やかなタペストリー。何種類もある豆の袋に、カゴにはいった綺麗な鳥。キョロキョロと見回していると隣にいる小うるさいお坊ちゃんから「落ちつけ」と注意される。仕方ないじゃない! すごいんだもの!
私が田舎者だからか、隣のお坊ちゃんの容姿が無駄にいいからか、視線が集まってしょうがない。きっと両方が原因だけど比重としては後者が圧倒的に重そうだ。彼は感情をださないようにはしていたけど、ずっと居心地悪そうにしていた。きっと私が見てみたいと言ったから付き合ってくれているんだろう。まじめで仕事熱心なのは認めてあげる。
ふと隣に立つお坊ちゃんを仰ぎ見る。この前みたいに不機嫌な顔でもなく、感情を極力抑えたような表情。やっぱりその整った顔立ちは群を抜いて美しい。スラリとした体躯だが騎士らしくちゃんたくましく、また貴族だからか細かな所作に品があった。……これは本人が望む望まないは関係なく目立つわねぇ。
「あなたも大変ね」
「なにがだ」
「無駄に見目がいいからイヤでも注目されるわ」
「……無駄ではない。両親からちゃんと引き継いだものだし、時に有利に働く」
そうね。あなたが何しても大抵の事は許されそうだわ。いろいろと想像したらおかしくなって思わず笑いが漏れた。バレたのか彼が上からにらんでいるんだけど、私には効かないわよ。
「ふふ、じゃあその麗しの美貌でせいぜい悪い魔女をたぶらかしてごらんなさいよ」
お坊ちゃんはなにも言わず、酷くバツの悪そうな顔をした。大方上司からにでもそう言われているんでしょう。私が上司の立場ならそうするもの。
……どんなに美しくても、よくしてくれても、私の平穏を脅かすあなたは敵。これだけは心に留めておくわ。みじめな思いをするのはもうたくさんよ。
「おい、ちょっと止まれ。ここの店に寄る」
あったのは小さくも洒落た外装の店だった。店先には花が置かれ、開けられた扉からは甘くて良い香りが漂ってくる。よく見るとこの辺りは先ほどの雑多な市場とは違い、品のあるお店が並んでいた。お坊ちゃんは構わず中へ入ってしまったので私も慌ててあとに続く。店内は調度品も美しく、庶民が気軽に入る店ではないと直感が告げる。……私、服はこれで大丈夫かしら。お坊ちゃんは慣れたように注文してお金を払うので、こういう買い物に慣れてる貴族さまなんだなぁと改めて感じだ。
店を出るとお坊ちゃんは包みをポイっと私へ寄越した。無表情でなにを考えているか分からないが、眉間にシワがないので不機嫌ではないのだろう。あまい匂いにつられて中身を見ると、琥珀色のキラキラした綺麗なものがあった。
「アーモンドの飴がけだ」
まったくこの男は……なんでその美貌で色仕掛けをせずに私を餌付けするの。それが有効だってバレているの? もちろん頂くけど。私はひとつだけ手にとって口に入れる。入れた瞬間に香ばしい甘さが溶け出し、噛むと中から煎ったアーモンドがほろっと崩れた。こ、これは、マドレーヌやクッキーとは趣が違うけど……!
「おーいーしーいー! 」
「うるさい黙って食え」
怒られた。
私の知識を利用したいんでしょうが、私も存分にあなた達を利用させてもらうわ。加減が難しいことは分かっているつもり。一歩間違えたら投獄も有り得る。だけど私は私の自由と平穏、そして人としての尊厳を守るために戦うの。
その間はせいぜい私に美味しいものを貢ぎなさいな。
シェフィールの麗しの騎士さま。





