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親も国も人権も、全てを失った私たちが、ご主人様に救われるまで  作者: 平元桜央
役立たずの王女

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7/15

悪夢

彼と初めてまともに会話をした日の夜。


私は自室のベッドに腰掛け、昨日のやり取りについて延々と考えていた。


『い、いやぁ……ちょっとお金を増やしたいんだけど……どこの会社に投資すればいいか分からなくて……』


『ご、ごめんね。僕、投資について全然知識がなくてさ……』


「……わけが分かりません」


思わず、ため息が漏れた。


金儲けがしたいのなら、なぜ何も分からない投資の世界に手を伸ばそうとするのだろう。


知識もないまま大金を投じるなど、最も避けるべき行為のはずだ。


そもそも、資産を増やしたいのであれば、自分が手がけている事業に力を入れればいいのではないか。


パーティーへの出席や、貴族とのコネクションを利用することすら思いつかない。あの振る舞いからは、とても貴族とは思えなかった。


……いや。


そもそも、彼は本当に貴族なのだろうか。


彼の階級は?


どのような事業を営んでいる?


普段は執務室にこもって、一体何をしているのだろう。


「……あの人は、いったい何なのでしょう?」


考えれば考えるほど、彼の正体は霧の中へと消えていくようだった。


『もしよろしければ、私がお手伝いいたしましょうか?』


あのとき、私は彼に探りを入れようとしていた。


薬品会社の社長と面識があることをほのめかせば、彼は私を利用しようとするかもしれない。


そうなれば、彼が何を考えているのか、少しは分かると思ったのだ。


アイという人間を見極めるために。


けれど――。


『ここからは僕の力で何とかするよ。でも、ここまで教えてくれてありがとう!』


「…………」


どうして?


なぜ、私を利用しようとしないのだろう。


コネクションを手に入れる絶好の機会だったはずなのに。


理解できなかった。


私たちを利用するつもりがないのなら、なぜ大金を払ってまで買ったのだろう。


彼は、私たちに何をさせたいのだろう。


そもそも――。








私たちは、あなたにとって、何なのだ。









「…………」


いくら考えても、答えは出なかった。


同じ疑問ばかりが頭の中を巡り、私は深いため息をついた。


探りを入れたはずなのに、かえって彼という人間が分からなくなってしまった。


「……っ!」


その瞬間、頭の奥を激しい痛みが駆け抜けた。


「っ、あ……!」


こめかみを押さえ、私は顔をしかめた。


痛い。


先ほどまでとは比べものにならないほど、激しい痛みだった。


「…………」


──もう、疲れました。


何もかもが分からない。


考えても、考えても、何一つ答えが出ない。


私は力なくベッドに倒れ込んだ。


もう、何も考えたくない。


何もかも忘れて、眠ってしまいたかった。


私は目を閉じ、ゆっくりと呼吸を整える。


このまま、何も考えずに眠れたら。


そんなことを願いながら、意識が沈んでいくのを待った。







***








『貴様のせいだ』








──ごめんなさい。








『我々は滅ぼされた』


『私の息子は、燃え盛る業火に焼かれた』


『俺の妻と娘は、敵兵に蹂躙された』


『パパもママも、誰もいなくなった』


──ごめんなさい。


『誰のせいだ』


『誰のせいだ』


『誰のせいだ』


──ごめんなさい。


『貴様のせいだ』


『死ね』


『死ね』


『死ね』


──ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……。









『貴様も死ね』









***




「う……っ、はぁっ……! はぁっ……!」


目を覚ました瞬間、私は激しく息を吸い込んだ。


心臓が、壊れそうなほど速く脈打っている。


胃の奥から吐き気が込み上げ、頭には鈍く重い痛みが残っていた。


……まただ。


いつもと同じ、最悪の目覚めだった。


全身に、びっしょりと汗をかいていた。


寝間着が肌に張りつき、不快な感触がまとわりつく。


「……はぁっ、はぁっ……」


呼吸を整えようとしても、うまくいかない。


喉が渇いていた。


水が欲しい。


私は震える手で時計を確かめた。


午前2時。


つい先ほど、ようやく眠りについたばかりだったはずだ。


あれから、まだ1時間も経っていない。


『あの日』から、まともに眠れた日は一度もなかった。


目を閉じれば、あの光景が蘇る。


耳を塞いでも、あの声が聞こえてくる。


眠ることさえ、私にとっては苦痛だった。


「……みず……」


掠れた声を漏らし、私はベッドから起き上がった。


身体が重い。


手足に力が入らず、立ち上がるだけでも一苦労だった。


壁に手をつきながら、どうにか鏡台の前まで歩く。


鏡に映った自分の顔を見て、私は息を呑んだ。


汗で化粧が崩れ、頬には黒ずんだ筋がいくつも流れている。


目の下には濃い隈が浮かび、顔色もひどく悪かった。


……酷い顔。


けれど、化粧を直す気力など残っていなかった。


今は、それどころではない。


水を飲まなければ。


私はふらつく足取りで部屋を出た。


誰にも見つかりませんように。


誰にも、この姿を見られませんように。


そんなことを願いながら、薄暗い廊下を進んでいく。


幸い、周囲に人影はなかった。


私は壁に手をつき、何度も足を止めながら、ようやく洗面所へとたどり着いた。


蛇口をひねり、流れ出した水を手ですくう。


そして、そのまま口に含んだ。


「……っ! うぇ……」


吐き気が込み上げ、私は慌てて口元を押さえた。


ただの水のはずなのに。


まるで、腐った泥水でも飲んだかのような味がした。


「……はぁ……はぁ……」


それでも、喉の渇きは少しだけ和らいだ。


私は口元を拭い、洗面所を後にした。


部屋へ戻らなければ。


誰かに見つかる前に。


そう思って歩き始めたものの、数歩進んだところで、また、『あの声』が聞こえてきた。


目を覚ました後も、あの声が耳から離れなかった。


『貴様のせいだ』


『死ね』


何度も、何度も、頭の中で繰り返される。


耳を塞いでも、目を閉じても、消えてくれない。


「……違う……私は……」


声に出して否定しようとした。


けれど、その先が続かなかった。


何を否定したいのか、自分でも分からなかったからだ。


胸が苦しい。


息を吸っているはずなのに、十分に空気を取り込めていないような気がする。心臓は激しく脈打ち、身体中から汗が噴き出していた。


もう、嫌だ。


眠りたくない。


けれど、目を覚ましていることさえ苦しかった。


「……もう、やめて……」


誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。


私は壁に手をつき、どうにか身体を支えた。


早く部屋に戻らなければ。


誰にも見られないうちに。


そう思って歩き始めたものの、数歩進んだところで、急に足元が揺らいだ。


「……あれ……?」


力が入らない。


身体がひどく重く、立っていることさえ難しかった。


私は壁にすがりついた。


けれど、指先に力が入らず、身体を支えきれない。


──まずい。


このままでは、誰かに見つかってしまう。


せめて、化粧だけでも。


そう思ったところで、視界が暗くなった。


意識が遠ざかっていく。


私は何とか立ち上がろうとした。


けれど、もう身体は動かなかった。


そのまま、私の意識は深い闇へと沈んでいった。

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