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親も国も人権も、全てを失った私たちが、ご主人様に救われるまで  作者: 平元桜央
役立たずの王女

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4/15

好待遇

「湯浴みがお済みの方から、こちらへどうぞ」


風呂場で身を清めた後、私たちは再びメイドに案内されていた。


清潔な服に着替え、温かい湯で身体の汚れを落とした。しかし、首元に残る冷たい首輪が、その感覚を台無しにしていた。


どれほど身体を綺麗にしたところで、私たちが奴隷であるという事実は変わらない。


「こちらです」


メイドが扉を開く。


その先にあったのは、広々とした食堂だった。


長いテーブルの周囲には椅子が並び、その上には、すでに豪華な料理が用意されていた。


そして、食堂の奥では、アイが私たちを待っていた。


「お腹空いているよね。みんなでご飯を食べよう」


目の前に広がる光景に、私は思わず足を止めた。


暖かそうなコーンスープ。湯気を立てる七面鳥の丸焼き。焼きたてのような香ばしいパン。色鮮やかな野菜が盛りつけられたサラダ。


ほかにも、肉料理や果物など、数え切れないほどの料理が並んでいた。


どれも、私たちのために用意されたものなのだろう。


目の前の料理を見て、何人かの少女が目を輝かせていた。


無理もない。


私たちは、ここへ来るまで昼から何も食べていなかったのだから。


ぐう、と。


誰かのお腹が鳴った。


その音が聞こえたのか、アイが小さく笑う。


「それじゃあみんな、空いている席に自由に座って――あれ?」


そこで、彼は何かに気づいたように私たちを見回した。


「……なんか、少なくないかな?」


食堂に入ってきたのは7人。


10人いるはずなのに、3人足りなかった。


食事を拒んだ少女たちは、先ほどの大広間に残っている。


何が入っているか分からない食事など、口にできるはずがない。


そう考えているのだろう。


「……そっか。仕方ないね。ちょっと僕から声をかけてみるよ」


アイはそう言って席を立った。


「あ、僕は待たずに食べてていいからね。みんなお腹空いてるだろうから、たくさん食べて」


それだけ言い残し、彼は食堂を出ていった。


扉が閉まる。


再び、静寂が訪れた。


誰も、料理に手をつけようとしなかった。


お腹は空いている。


目の前の料理は、どれも美味しそうだった。


けれど、だからこそ警戒してしまう。


毒が入っているのかもしれない。


あるいは、何か別の目的があるのかもしれない。


……いや。


毒を盛る可能性は低いだろう。


あの男は、私たちを買うために金貨40万枚もの大金を支払った。


わざわざ大金を投じて手に入れた奴隷を、食事で殺すとは考えにくい。


それでも、信用する理由にはならなかった。


これまで、私たちは何度も人間の悪意を見てきた。


表向きは優しく接しながら、裏では何を考えているか分からない人間もいる。


甘い言葉を信じた結果、さらに酷い目に遭うことだってある。


だから、私は簡単に信じない。


信じて、裏切られるくらいなら。


最初から、何も期待しない方がいい。


「…………」


このままでは、いつまで経っても食事が始まらない。


私はテーブルへ視線を落とした。


目の前に置かれたコーンスープは、まだ温かそうだった。


……私が、毒味をすればいい。


もし毒が入っていたとしても、被害を受けるのは私だけで済む。


ほかの少女たちに食べさせる前に、確かめればいいのだ。


私はスプーンを手に取った。


少女たちの視線が、一斉に私へと集まる。


スプーンでスープを掬い、ゆっくりと口に運ぶ。


「…………」


毒は、入っていないようだった。


けれど、それ以上に驚いたことがあった。


私はスプーンを置き、少女たちを見回した。


「……大丈夫ですよ。毒などは、入っていないようです」


そう告げると、少女たちは互いに顔を見合わせた。


そして、恐る恐る料理へと手を伸ばす。


最初にスープを口にした少女が、目を見開いた。


「……!」


「美味しい……!」


その声をきっかけに、少女たちは次々と料理を口に運び始めた。


パンを頬張る子。


肉料理を夢中で食べる子。


何度もスープを口に運ぶ子。


先ほどまでの警戒心は、空腹と料理の美味しさに押されるように、少しずつ薄れていった。


「おいしい……おいしいよ……」


そう呟きながら、涙を流している少女もいた。


その姿を見て、胸の奥が締めつけられた。


この子たちは、どれほど辛い思いをしてきたのだろう。


ただ温かい食事を与えられただけで、涙が出るほど追い詰められていたのだろうか。


「…………」


私は、少女たちの姿を黙って見つめていた。


彼女たちが食事を楽しんでいることに、安堵を覚えていた。


けれど、私自身は、ほとんど食べられなかった。


数口だけスープを口に運び、私はそっとスプーンを置いた。


***


「それでは、寝室にご案内いたします」


食事を終えた私たちは、再びメイドに案内され、屋敷の奥へと向かった。


長い廊下を進みながら、私は周囲を見回す。


壁には美しい装飾が施され、足元には柔らかな絨毯が敷かれている。


どこを見ても、贅を尽くした造りだった。


「皆様には、お一人につき一部屋ずつご用意しております。何かございましたら、メイドをお呼びください」


「…………」


1人に、1部屋。


思わず、耳を疑った。


奴隷に個室を与えるというのか。


私たちがどれほど高級な奴隷として扱われていたとしても、ここまでの待遇は想像していなかった。


「アリナ様はこちらです」


メイドに促され、私は1つの扉の前で足を止めた。


扉が開く。


そこには、豪華な客室が広がっていた。


天井には巨大なシャンデリアが吊るされ、壁際には無数の照明が並んでいる。琥珀色の光を放つランプが、部屋全体を柔らかく照らしていた。


黒檀で作られた衣装箪笥。


金銀の細工が施された鏡台。


そして、部屋の中央に置かれた大きなベッド。


純白のシーツには皺ひとつなく、ふっくらとした寝具が整えられていた。


まるで、王族や大貴族が客人を迎えるために用意する部屋のようだった。


「それでは、ごゆるりとお休みください。朝食の時間になりましたら、お呼びいたします」


「……はい」


私が返事をすると、メイドは一礼して部屋を出ていった。


扉が閉まる。


ようやく、1人になった。


「…………」


私はベッドの端に腰を下ろした。


身体が、柔らかな寝具に沈み込む。


その感触に、思わず息が漏れた。


……こんなに柔らかいベッドに寝るのは、いつ以来だろう。


牢獄の冷たい石畳とは、比べるまでもない。


「…………何を考えているのだろう、私は」


いったい、あの男は何者なのだろう。


どうして、奴隷である私たちに、これほどの待遇を与えるのだろう。


豪華な食事。


1人1部屋の寝室。


まるで、私たちが奴隷ではないかのような扱いだった。


まさか、本当に私たちを普通の人間として扱うつもりなのだろうか。


「……いや」


そんなはずはない。


私は小さく首を振った。


これまでの経験が、そう告げている。


どれほど優しい言葉を口にしていても、どれほど親切に振る舞っていても、その本性は別のところにあるのかもしれない。


……でも。


では、あの男はいったい何を望んでいるのだろう。


「…………」


考えても、答えは出なかった。


「……もういい」


今日は、もう何も考えない方がいい。


今の私に分かることなど、ほとんどないのだから。


ここで過ごしていれば、いずれあの男の本性も見えてくるだろう。


そのときこそ、私の出番だ。


私はベッドの上で、そっと拳を握りしめた。


絶対に、あの子たちに手を出させない。


どんな手を使ってでも、私が守る。


絶対に。

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