私を買った男
あの伝説のオークションの、翌日。
夕方に、私たちはオークション会場を出発した。
奴隷10人。
馬車に揺られて、私たちを買ったあの男のところへ。
「……」
馬車で揺られること数時間。
私は馬車の外を見た。
ここは平民街だ。
外はセシュリア国の国民たちの活気で溢れている。
どうして、貴族街ではないのだ?
私たちを大金叩いて買ったことから、彼は貴族のはずだ
平民に私たちを買うお金なんてない。
じゃあ、何故こんなところに……
「着いたぞ。降りろ」
馬車が止まり、私たちは降ろされる。
ここは、平民街の外れ。こんなところに、彼の家が……?
「……!」
目の前にあったのは、平民街にあるにはとても不自然な大豪邸だった。
視界いっぱいに広がる、巨大な屋敷。
左右に広がる建物は、まるで小さな城を思わせるほどの規模を誇っていた。
正面玄関へと続く石畳の道は長く、その両脇には丁寧に手入れされた庭園が広がっている。
屋敷を囲むように植えられた木々は美しく整えられ、噴水からは絶え間なく水が流れ落ちていた。
ここが、あの男の屋敷……
「お待ちしておりました。皆様」
正面玄関の前でメイドが1人、待機していた。
彼女は私たち奴隷に対して、恭しく礼をする。
「私はこの館のメイド長を務めさせていただいております。どうぞ、お見知り置きを」
黒い髪を後ろに束ねた、二十代くらいの若い女性。顔は無表情で、何を考えているかわからない冷たさを感じた。
「どうぞ、此方へ。ご主人様がお待ちです」
メイドの手の方へ、私たちは歩く。
案内されたのは、パーティーなどに使用される大ホールだった。
テーブルなどは退かされ、カーペット以外何もない大ホールだった。
「ご主人様を呼んで参りますので、今しばらく、お待ちください」
メイドは私たちを残し、ホールを後にする。
部屋は、静寂に包まれていた。
しかし、徐々に少女たちの啜り泣く声が響く。
「ぅ……ひぐ……」
「私たち……これからどうなっちゃうの……」
泣いている子
絶望している子
ここで始まる生活がどんなものなのか、恐怖で仕方がないのだ。
「……」
できることなら、声をかけたかった。
彼女たちを元気づけられる言葉を。
でも、私がこの現状を作った元凶なのだ。
どんな綺麗事を私が言っても、この子達の心には何も響かないだろう。
私は、もう、王女でもなんでもないのだから。
扉が開いた。
全員の視線が、その扉に集まる。
そこから入ってきたのは、あのオークションで私たちを買った男だった。
「こ、こんにちはー」
……若い。
男は青年のような顔立ちをしていた。
少し長めの黒髪に、ただのTシャツとズボン。
害がなさそうな笑顔で、私たちの前に立つ。
「……」
オークションで見た通り、彼の瞳は、やはり普通の瞳だった。
我々のような超高級奴隷を全員購入したというのに、大物には、何故か見えなかった。
「えっと、はじめまして。僕はアイって言います。一応この屋敷の持ち主で、名義上は、君たちの主人ということになってるよ」
ピンと張り詰めた空気の中、彼は自己紹介を始める。
アイ……それが、彼の名前。
私たちにいったいどんな命令をしてくるのか。
恐怖で全員が下を向いて、彼の次の言葉を待っていた。
「いきなりここにきて、僕を怪しんでいる人や怖がっている人もいると思う。でも、僕から君たちを傷つけることはしないと約束するよ。だから、安心して欲しい」
「……ぇ」
誰かの、呆けた声が聞こえた。
「今日から、ここが君たちの家だ。みんなには、いろんなことがあったと思うけど、少しでも安らげられるように、自分の家だと思ってくつろいで欲しい」
「「「「「……」」」」」
そんなことを口にする彼の言葉を聞いて、私たちは顔を見合わせた。
驚き
困惑
疑問
そんな感情が、私たちの中を駆け巡る。
私たちは今、人権がないのだ。
人として見られないため、彼が私たちに何をしようと許されるのだ。
殴られようが、蹴られようが。
それ以上のことをされようが。
「……それって……ぁ……」
一瞬だけ、何人かの女の子たちの目が輝いたが、すぐさま我に帰って、首を振った。
そう、そんな言葉、信じられるわけがない。
我々を油断させようとしているのか?
希望を与えてから、そこからさらに絶望させようとしているのか?
とにかく、こんな甘い話があるわけない。
奴隷の私たちが、普通に生活できるなんて。
「と、とりあえず、みんな疲れたよね。お風呂に入っておいで」
誰1人信じていない。
そんな空気を感じ取ったのか、男は焦って再び声を発する。
「メイドの人たちを脱衣所や浴室に控えさせておくから、何かわからないこととか、困ったことがあったら聞いてね」
彼はメイドにアイコンタクトを送る。
「それでは皆様方。浴室はこちらです。どうぞお足元にお気をつけてついてきてください」
私は、メイド長に先導され、浴室へと向かった。
「……」
信じられるわけがない。
私の首に光っている首輪がついている限り。
この首輪に、あの男が念を込めるだけで、電流が流れる。
もしくは、私たちがあの男に危害を加えようとしたら。
今、彼は私たちの喉元に、ナイフを突きつけているのと同じだ。
そんな状態で、彼がいくら『安心して欲しい』『危害は加えない』なんて言っても信じられるわけがない。
私たちは、もう人間ではないのだ。
殴られても、殺されても、なにをされても。
法は私たちを守らない。
「……」
なら、せめて
私は目の前にいる、今着替えている子たちを見つめた。
この子達は、私が守らなければならない。
たとえ、私がどうなろうとも。




