伝説の夜
オークションが始まった。
1人、また1人と、少女たちが舞台へ連れ出されていく。
そして、落札されるたびに、彼女たちは別々の場所へと連れていかれた。
もう二度と、会うこともないのかもしれない。
そんな考えが頭をよぎる。
けれど、私は何も言えなかった。
彼女たちを引き留める資格など、私にはなかったから。
やがて、最後の出番が訪れた。
私の番だ。
いったい、どんな人間が私を買うのだろう。
奴隷オークションに足を運ぶような人間だ。
きっと、ろくでもない人物に決まっている。
私の容姿を気に入り、好き勝手に扱うつもりなのかもしれない。
あるいは、元王女という肩書きを利用して、私を見世物にするつもりなのかもしれない。
……どうでもいい。
どんな人間に買われようと、私の人生はもう終わっているのだから。
「……?」
そのとき、舞台袖から感じ取った会場の雰囲気に、私は違和感を覚えた。
何かがおかしい。
会場が、異様なざわめきに包まれている。
先ほどまでとは明らかに様子が違った。
いったい、何があったのだろう。
疑問を抱いたまま、私は舞台袖で待機していた。
やがて、その疑問をかき消すように、司会者の声がホールへ響き渡る。
「それでは参りましょう! 本日のラストにして、最高の目玉商品!」
シャンデリアが煌めく会場。
目の前には、赤い絨毯が敷かれている。
客席からは、貴族たちの下卑た笑い声が聞こえてきた。
照明が落ち、華やかな音楽が微かに流れ始める。
「滅亡国、アルセリオ王国第一王女! アリナ・アルセリオです!!」
スポットライトが、私を照らした。
その瞬間、会場は大歓声に包まれた。
「皆様も耳に新しいことでしょう! 我々セシュリア王国が徹底的に滅ぼし、すべてを奪った滅亡国アルセリオ! その王族で唯一の生き残りである、元王女! アリナでございます!」
「ほほぉ、あれが王女アリナか……」
「どうしても欲しい! 今度こそ私が手に入れるぞぉ!!」
「奴に渡すな! 最後の商品だけは俺のものだ!!」
「…………?」
歓声を浴びながら、私は会場を見渡した。
おかしい。
何かが、おかしかった。
私が姿を現した直後、貴族たちの視線は確かに私へと向けられていた。
けれど、今は違う。
会場にいる人々の目は、私ではなく、ある1人の客へと集中していた。
客席の中央付近。
そこに座っていたのは、25番の番号札をつけた男だった。
異様な雰囲気だった。
まるで、会場にいる全員が、その男の動向を監視しているかのようだった。
「それでは、落札額を提示してください! 金貨1000枚から!」
「金貨1500!」
「金貨1800!」
「金貨4000」
25番の男が、淡々と金額を告げた。
その途端、会場にどよめきが広がる。
「25番、金貨4000枚です! ほかにいかがでしょうか!」
「金貨8000!」
「57番、金貨8000枚です!」
25番の男が提示した金額を、いきなり倍にまで引き上げる者が現れた。
「…………」
貴族たちは、金額を提示するたびに25番の男の様子を窺っている。
その後も、男の提示額を引き離そうとするかのように、次々と声が上がった。
「金貨5万!」
「金貨8万!」
「金貨10万!」
「25番、金貨10万枚です!」
「…………?」
金額が、異常な勢いで跳ね上がっていく。
金貨10万枚。
それは、公爵家が何十年もかけて得る収入に匹敵するほどの大金だった。
いくら隣国の王女とはいえ、私にそれほどの価値があるとは思えない。
それほどの金額を出せるのは、大貴族か、あるいは王族くらいのものだろう。
会場にいる者たちは、全身全霊をかけて私を手に入れようとしている。
……いや。
違う。
彼らが本当に躍起になっているのは、私を手に入れることではない。
「金貨18万!」
「25番、金貨18万枚!」
彼らは、25番の男に私を買わせまいとしているのだ。
「金貨25万!」
「32番、金貨25万枚が出ました! ほかには……」
「金貨30万枚」
……!
「に、25番、金貨30万枚が出ました!」
金貨30万枚。
その金額は、王国の国家予算の10%にも相当する。
「…………」
私は、客席の中央に座る男を見つめた。
何者なのだろう。
あの25番は。
どうして、そこまでの大金を私に出せるのだろう。
そして――どうして、そこまでして私を手に入れようとするのだろう。
「25番、金貨30万枚! さあ、いかがでしょうか! ほかにいらっしゃいませんか!?」
いつの間にか、会場から熱気が消えていた。
圧倒的な落札額を前に、誰も声を上げようとしない。
先ほどまでの熱狂が嘘のように、会場には息を呑む音だけが響いていた。
「……そ、それでは25番! 滅亡の象徴、アリナ・アルセリオ王女を、金貨30万枚にて落札です!!」
司会者が宣言した瞬間、会場のどこかから、まばらな拍手が聞こえた。
それは少しずつ周囲へと広がっていき、やがて会場全体を揺るがすほどの歓声と拍手に変わった。
「なんと! 25番のお客様が、本日出品されたすべての奴隷を落札されました!」
「……!」
すべての奴隷を……?
先ほどまで会場を支配していた異様な空気。
その理由が、ようやく分かった。
彼らは、私を買うために競い合っていたのではない。
25番の男に、これ以上買わせまいとしていたのだ。
「10人の奴隷の落札合計金額は、金貨40万枚!! 今宵、この場に伝説が生まれました!!」
会場が沸き立つ中、私はただ、男を見つめていた。
男は仮面をつけており、表情は分からない。
分かるのは、若い男らしいということと、仮面の奥から覗く瞳だけだった。
やがて、男がこちらを向く。
そして、私と目が合った。
「…………」
その瞳は、とても大物のものには見えなかった。
少なくとも、私にはそう思えた。
どこにでもいそうな、普通の男の瞳。
莫大な金を持ち、会場にいる貴族たちを圧倒した人物とは、とても思えなかった。
……この男は、何者なのだろう。
私を買って、いったい何をするつもりなのだろう。
その答えを、私はまだ知らなかった。




