真実
「違う、世界……?」
「う、うん……」
彼は、この世界とは違う世界から来たのだという。
こちらへ来る際、元の世界で働いて貯めたお金を、こちらの通貨に換えて持ち込んだらしい。
あまりにも意味不明な話に、私は呆然としていた。
そんな私を見て、彼は「証明にはならないかもしれないけど……」と前置きし、自分のいた世界について語り始めた。
馬車とは比べものにならない速度で走る、自動車という乗り物。
遠く離れた場所の映像を映し出すことができる、テレビという箱。
鳥のように空を飛ぶ、飛行機という鉄の塊。
携帯電話、インターネット……。
「ほかにはそうだな……ロケットとか、宇宙旅行の話でも……」
「……もう、お話は結構です」
荒唐無稽な話の数々に、私は頭が痛くなってきた。
「ほ、ほら、信じられないでしょ? だから話したくなかったんだって……」
「もういいです。信じます」
「へ?」
信じられるはずがない。
けれど、今はそう言うしかなかった。
そもそも、私には彼の話が真実かどうかを確かめる手段がないのだ。信じるにせよ、疑うにせよ、今のところは何も変わらない。
「というより、信じることにします。よく考えれば、貴方のお金がどこから来たのか、貴方が何者で、どこの出身なのか……今の私にとっては、それほど重要なことではありません」
「えぇ……じゃあ、なんで聞いたの……?」
「今の私にとって大切なのは、貴方が……その異世界から来たという平民の貴方が、なぜ私たちを大金を叩いてまで買ったのか、ということです」
私が知りたいのは、彼の出自そのものではない。
彼が何を考え、何を目的として、私たちを買ったのか。
それだけだった。
「だ、だから、理由なんてないって。君たちをただ助けたかっただけで……」
また、同じ答えだった。
私はため息をついた。
「貴方の出自まで聞いたのです。もう、私たちの間に隠し事はなしではありませんか?」
「いや、隠してなんてないって……僕は本当に、君たちを……」
「金貨40万枚ですよ?」
私は彼の言葉を遮った。
「大切な人を助けるためなら、まだわかります。ですが、顔を合わせたことすらない人間、それも、もともとは別の世界にいたという人間を助けるために、そんな大金を払う人がいたら……大馬鹿者だと思いませんか?」
「ば、馬鹿って言わないでよ……! 僕だって、君たちを助けるのに必死で……!」
「……あくまで、しらを切るのですね……!」
胸の奥から、苛立ちが込み上げてくる。
なぜ、そこまでして、ただ助けたかっただけだと言い張るのだろう。
「そんな話、あまりにも荒唐無稽だと言っているんです! 見ず知らずの人間から、『貴方を助けるためだけに金貨40万枚を払いました』なんて言われたら、信じられますか!? 何か裏があると思うのは当然でしょう!?」
「荒唐無稽って、そんなこと言ったら、さっきの異世界の話だってそうだったでしょ! なんで異世界から来たことは信じて、僕が君たちを助けたかったって理由は信じてくれないの!?」
「異世界の話だって、まだ半信半疑ですよ!!」
「さっき信じるって言ったじゃん! 言ってることが支離滅裂だよ! じゃあ、何を言っても無駄じゃないか! 嘘でも君が納得するような答えを言わないと、信じてくれないの!?」
……そうだ。
自分でも、言っていることが矛盾しているのはわかっていた。
彼の言うとおり、私の主張は支離滅裂なのかもしれない。
それでも、どうしても納得できなかった。
──あぁ……どうして、この人を見ていると、こんなにも心が苛立つのでしょう。
「そんなお人好しが、どこにいると言うのですか!」
「ほっといてよ! 僕だよ!」
「……っ!」
私らしくなかった。
どうして、こんなにも声を荒らげてまで、この人を否定しようとしているのだろう。
わからない。
けれど、口を閉ざすことができなかった。
「では、なぜほかの奴隷は助けようとしないのですか!? なぜ、私たち10人だけを助けたのですか!?」
胸の内に溜まった感情を、私は彼にぶつけた。
そして、次の瞬間。
彼の口から、思いもよらない言葉が飛び出した。
「それは、君たちを助けるために、ほぼ全財産を使っちゃったからで……!!」
「……え?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
彼にとっては、無意識に口をついて出た言葉だったのだろう。
けれど、私にとっては聞き逃せない一言だった。
「全財産を……使って……?」
「……あ!」
彼は慌てて口を押さえた。
けれど、もう遅い。
私は彼の目をまっすぐに見つめた。
「……詳しく、説明をお願いします」
もう、脅す必要などなかった。
彼は青ざめた顔でうなだれ、ついに観念したようだった。
そして、これまで隠していた事情を、すべて話し始めた。




