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親も国も人権も、全てを失った私たちが、ご主人様に救われるまで  作者: 平元桜央
役立たずの王女

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10/15

何のために

私の悪い予感は、現実のものとなってしまった。


セシュリア王国は、我々との同盟を一方的に破棄し、宣戦布告すらせずに攻め込んできたのだ。


彼らの侵攻は、あまりにも迅速だった。


平民街を呑み込んでいく炎。


逃げ惑う人々。


次々と倒れていく国民。


悲鳴や断末魔が、絶え間なく耳に響いていた。


私はただ、それを城のテラスから眺めることしかできなかった。


やがて、城下町を焼き尽くした敵兵は貴族街にも押し寄せ、この城にも侵入してくるだろう。


それまで、そう長くはかからないはずだった。


「……どうして」


なぜ、こんなことになってしまったのだろう。


何百年にもわたって受け継がれてきた歴史が、今まさに終わろうとしている。


それなのに、私は何もできなかった。


守りたかった。


私が王女から女王となり、国民を、この国を、どんなものからも守り抜く。


それが、幼い頃から思い描いてきた夢だった。


私は、どうすればよかったのだろう。


運が悪かったのか。


生まれた時代が悪かったのか。


それとも、すべてを父のせいにしてしまえばいいのだろうか。


……違う。


滅びゆく国を目の当たりにして、私はどうしても考えずにはいられなかった。


『私には、本当に何もできなかったのだろうか……』


民を、みんなを救う力が、私にはあった。


正確には、今の王国で民を救える可能性があったのは、私だけだった。


それなのに、私は年齢を理由に、ただ祈っていただけだった。


何も行動を起こそうとしなかった。


もっと、ほかにやりようがあったのではないか。


私がもっと必死になっていれば、この結末を避けられたのではないか。


私が。


私が、もっと……。


「王女様」


不意に声をかけられ、私は振り返った。


そこには、セバスが立っていた。


「……セバス」


背後では、城下町を覆う業火が勢いを増していた。吹きつける熱風に、背中が焼かれているような錯覚さえ覚える。


それでも、私は炎から目を逸らせなかった。


「……セバス。もう、終わりです。この国は……」


今さら後悔しても、もう遅い。


私たちは、取り返しのつかないところまで来てしまったのだ。


「……お父様に、すぐにセシュリア王国へ降伏するよう進言してきます」


降伏したところで、セシュリア王国が受け入れるとは思えなかった。


宣戦布告すらせず、これほどの虐殺を行う国だ。今さら降伏を申し出たところで、攻撃をやめるとは考えにくい。


それでも、わずかな可能性に賭けるしかなかった。


今なら、まだ戦火が届いていない遠方の村もある。


王国が降伏すれば、せめてそこに暮らす人々だけでも、セシュリアの手から逃れられるかもしれない。


「セバスは、どうか安全な場所へ逃げてください。今まで、王族を支えてくださってありがとうございました」


私は別れを告げ、彼の横を通り過ぎようとした。


「どこに行かれるのですか?」


「……どこって、たった今言ったでしょう? お父様のところへ……」


「アリナ王女。残念ですが、それは叶いませぬ。ウルムンド王は、先ほど隠し通路から逃げられました」


「……は?」


一瞬、言葉の意味が理解できなかった。


父が、逃げた?


死にゆく国民を見捨て、自分だけ助かろうとしているというのか。


国を破滅へと導いた王としての責任も取らず、すべてを放り出して。


……いつかは、分かり合える日が来ると思っていた。


どれほど愚かな王であろうと、父は偉大な王たちの血を引く人間だった。


そして何より、私にとって、たった1人の肉親だったから。


いつか私が女王となり、父の汚名をそそぐことができたなら。


すべてを反省した父と、今度こそ普通の家族のように接することができるのではないか。


そんな未来を、夢見たこともあった。


けれど、そのわずかな希望さえ、今、砕け散った。


私は心の底から、父を嫌悪した。


自分があの男の娘であるという事実に、吐き気がした。


怒りで、目の前が真っ白になる。


「あの男の後を追います!!」


「ですから、それは叶いません。王女様」


「……!」


首筋に、針を突き立てられたような痛みが走った。


反射的に振り返ると、セバスが私の首に注射器を突き立てていた。


「……せ、ばす……?」


何が起きたのか、理解できなかった。


急速に力が抜けていく。足に力を入れようとしても、まるで自分の体ではなくなったかのように動かなかった。


私はその場に崩れ落ちた。


「長い間、貴方様にお仕えしてまいりましたが……残念ながら、私はずっとセシュリアの人間でございます。もちろん、私のほかにも、この城には何人ものスパイがおりましたがね」


セバスの声が、遠く聞こえる。


言葉は耳に届いているはずなのに、頭がうまく働かない。


「ウルムンド王は、貴方様を敵兵に差し出して逃げようとしておられました。娘が殺されている間、少しでもご自身が逃げる時間を稼げるように、と」


……何を、言っているの?


父が、私を?


「残念でしたね。貴方は捨てられたのです」


理解したくなかった。


頭が、その言葉を受け入れることを拒んでいた。


けれど、体は動かない。


声も出せない。


私にできるのは、ただ涙を流すことだけだった。


私の周りには、本当に、敵しかいなかったのだ。


信じていた父も。


長い間、仕えてくれていたセバスも。


私が守りたいと願った国も、もう、どこにもない。


意識が薄れていく。


遠ざかる世界の中で、最後まで私の耳に残っていたのは、セシュリアの兵士たちによって虐殺されていく国民の悲鳴だった。


***


私は、捕らえられた。


目を覚ましたとき、そこはセシュリア王国の城にある地下牢だった。


薄暗い牢の中で、私はしばらく天井を見つめていた。


起き上がる気力すら、残っていなかった。


──もう、どうだっていい。


その日から、私は悪夢を見るようになった。


燃え盛る街。


惨殺されていく国民。


処刑される貴族たち。


そして、私を呪い殺そうとするかのような、無数の視線。


彼らは皆、口々に私を責め立てた。


『お前のせいだ』


目を瞑っても、声は消えない。


耳を塞いでも、視線から逃れることはできない。


私は何度も謝った。


「ごめんなさい……殺してごめんなさい……止められなくてごめんなさい……助けられなくてごめんなさい……生きていてごめんなさい……」


何度謝っても、彼らの怒りは収まらなかった。


そして、最後に聞こえてくるのは、いつも同じ言葉だった。


『許さない』


……早く、私を殺してほしかった。


生きていることそのものが、耐えられなかった。


***


数日後。


天が最後に私へ味方してくれたのか、それとも、ただ新たな地獄が始まっただけなのか。


1人の男が、私を含む10人のアルセリオ出身の少女たちを、オークションで競り落とした。


目の前にいるのは、私のせいで家も、親も、人権も失った9人の少女たち。


彼女たちの人生を、少しでも取り戻してあげなければならない。


今からでも、遅くはないはずだ。


あの男が彼女たちに危害を加えようとするなら、すべての責任を私が負えばいい。


彼女たちだけは、守らなければ。


とにかく、許してほしかった。


私の罪を。


私の過ちを。


この、どうしようもない罪悪感を。


少しでも、償いたかった。


けれど。


『私たちがこんな目に遭っているのも、あんたたちのせいだってこと、忘れないでよね』


その言葉は、私の胸に深く突き刺さった。


結局、私は彼女たちから恨まれ、信用されることもなかった。


それも当然だ。


彼女たちの言うとおり、私は何もできなかったのだから。


それどころか、今の私には、彼女たちを守る力さえない。


見る夢は、日に日に酷くなっていった。


眠っても悪夢にうなされ、すぐに目が覚める。


ほかの少女たちは、シェフが用意した食事を美味しそうに食べていた。


けれど、私には何を口にしても味がしなかった。


日に日にやつれていく顔。


その変化を隠すために、少しずつ濃くなっていく化粧。


鏡に映る自分の顔は、まるで死人のようだった。


それでも私は、毎日、天に問いかけずにはいられなかった。


『私はいったい……何のために生まれてきたのだろうか?』


……と。

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