Scene49, -坂井平行-
うたた寝をしてしまっていた私が
あの夢から目覚め。
それからほどなくしてからの事だった。
世界中に舞い散る黒い紙切れたち。
私の能力【神の忘却】の発動。
世界が消えていくのをその目にしたのは。
やがて世界は消え。
この部屋だけが残った。
わたしの、唯一の世界。
この用務員室だけが。
用務員室のドアを開け。
ぼうっと外を眺め立ち尽くす。
「終わったんだな・・。すべて・・。」
しかし。
しばらくすると、彼がやってきた。
手に、わたしの能力の媒体である
あの黒い紙を握りしめ。
ゆっくりと歩いてくる。
「坂井くん・・・。」
彼は私の目の前に立つと
何も言わずにあのどこか寂し気な目で私を見つめてきた。
「・・今日は疲れたろう。」
「お入り。お茶を入れるよ。」
私は彼を部屋に招き入れ。
彼の為にお茶っ葉を取りに奥の戸棚へ向かった。
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石神外さんが湯呑を持って戻ってきた。
コポコポと給湯器のお湯が沸く音だけが聞こえる。
「さて・・。」
「どこから話そうかの。」
石神外さんが湯呑にお湯を注ぎながら話し始めた。
「その紙は。私の能力じゃ。」
「あの掲示板が掲げられたその日。」
「私があの時計塔に仕組んだもの。」
「あの数字が最後の数を刻んだ時に」
「私のこの能力が世界を終わらすように・・。」
「それは、世界への。そして私自身への」
「最後の試験のつもりじゃったのだよ。」
「私が、この世界を許せるかどうかのな・・。」
石神外さんが湯呑をテーブルに置き、正面へと座る。
「坂井くん君は・・」
「このダンゲロスの前に、ノロイダ事件の事を知ったと言っていたね。」
「あのノロイダ事件の起きた学校。」
「義正心学園と呼ばれていた学校。」
「それが、この旧校舎なんじゃ。」
「そして、ノロイダくんがこの学園に通っていた時。」
「担任の教師をしていたのが私。【石神外犬彦】なんじゃよ。」
石神外さんがズズズとお茶を一口すする。
「彼が学園内で迫害されていた事はわたしも知っていた。」
「彼が同級生たちにされた正義の行為についても。」
「その後の彼の最期についても何となくは聞いておる。」
「じゃがな。」
「彼の在学中。私は彼に何もしてやれなかった。」
「あの頃の私は彼に同情こそすれ。」
「救いの手を差し伸ばす事もしなかった。」
「・・私自身が。この世界を憎み。諦め。」
「誰かを救うなんて心を失くしていたのだからの。」
ぼくは、黙って石神外さんの話に耳を傾ける。
「彼の。ノロイダの呪いを世界から消したのは私じゃ。」
「あの呪いが世界中に広がったあの日。」
「私だけが何も被害を受けなかった。」
「その時に気付いたのじゃよ。」
「私は呪いを受ける前から不幸じゃった。」
「私は。あのノロイダと同じ種類の人間じゃった。」
「だから。彼の呪いを受ける事がなかったんじゃとな。」
ぼくも。石神外さんが淹れてくれたお茶を一口すすった。
「私は。」
「幼少のころから厳しい親にしつけられておっての。」
「特に学生の頃は。」
「学業以外の事には見向きもせんよう育てられておった。」
「同級生たちが楽しそうに友人と語らい。」
「遊び。恋をし。」
「そんな中でも私は学業だけに目を向け生きていた。」
「いずれその忍耐が。」
「未来を切り開き、誰よりも優れた人間になるのだと信じての。」
「今になって思えば。」
「青春を謳歌する学友たちを見下し」
「憐れんですらいたように思う。」
「じゃがな。現実は違った。」
「やがて学生の身分を終え。」
「社会に出た時。」
「私は中身のない空っぽな人間になっていたのだよ。」
「人との関りを避けて生き。」
「学問のみしか知らん私が」
「社会の中で大成するなんて絵空事だったのじゃよ。」
「どんな仕事についてもその環境に馴染むことができず。」
「気付けば私はいつも陰に追いやられ。」
「そして居場所を失う。」
「それからはあらゆる仕事を転々とし。」
「行きついたのが教師じゃった。」
「学校という世界しか知らない私の、唯一の居場所。」
「そこでなら私はうまくやれると思った。」
「じゃが。それも間違いじゃった。」
「私は。学校の中でも居場所のない人間だったのじゃからな。」
石神外さんがお茶をすする。
湯呑越しに。
目に涙がにじんでいるのが見えた。
「今でもまだ。」
「時々夢に見るんじゃよ・・。」
「あの日私が見た光景。」
「その日私は珍しく。」
「学校の昼休み。自習の合間にうたた寝をしてしまっていた。」
「目を覚まし。」
「顔を上げ、寝ぼけたままに見たその光景。」
「友人と語らう同級生たち。」
「笑い合う者。口論をする者。」
「泣きながら友人と語らう者。それを励ます者。」
「どれも。」
「私の知らない世界だった。」
「同級生たちがそれぞれに抱える自分の世界。」
「それは。」
「どれも美しく見えて。」
「その世界のどれとも交わる事のない私は。」
「どうしようもなく。孤独だったんじゃ・・。」
石神外さんの目から。
ポロポロと涙がこぼれ落ちて来る。
「私は。あの時から・・。」
「あの学生の頃から40年。」
「ずっと世界から取り残され生きてきたんじゃ・・。」
「ずっと。ずっと独りでな・・・。」
涙を拭う石神外さん。
ぼくは。
優しく語りかけた。
「今の・・石神外さんの話を聞いて。」
「ぼくもわかった気がします。」
「ぼくがこの世界にずっと感じていた違和感。」
「それは。
「人が人生の中で築きあげるそれぞれの世界。自分の世界。」
「その、どの世界にもぼくは入る事ができなかった。」
「ぼく自身が。他人の世界の中に立ち入るのをずっと拒んで生きてきていたんです。」
「ずっと感じていた、他人の思想を受け入れられない気持ち。」
「自分が、どの人とも違う世界を生きているような感覚。」
「人の心を知ろうとするのを避けて生きてきた自分自身の本当の気持ち。」
「ぼくも。」
「ずっと、世界と世界の狭間で孤独を感じていた人間だったんだ。」
「ぼくも、石神外さんやノロイダくんと同じだ・・。」
そんなぼくの言葉を。
石神外さんはフフっと笑って打ち消した。
「私も。初めて君と出会った時はそう思っていたよ。」
「君もまた。私と同じ種類の人間だとな。」
「だが。違ったよ。」
「君は私ではない。」
石神外さんがぼくをまっすぐと見つめて言う。
「君は。」
「このダンゲロスでどんな経験をしてきた?」
「何を見て。何を聞き。何を知ったのかな?」
「今の君は。」
「あの頃私が見た君ではない。」
「すっかり見違えた顔をしているよ。」
「・・・君は見つけたんじゃないかな。」
「私や、ノロイダくんが見つけられなかった。」
「この世界で君が生きるべき道を。」
石神外さんのその言葉を耳にしたその時。
ぼくの体の中でドクンとなにかが脈打った。
全身に、今までに感じた事のない熱が巡る感覚。
自分のしたい事が「できる」という確信。
これが。魔人覚醒・・。
ぼくの手の中で。
握りしめていた黒い紙が光り輝く。
わかる。この紙で。なにができるのか。
なにをするべきなのか。
石神外さんが「おおっ」と声を上げる。
「私は。」
「この能力に目覚めてから何度も自分を消そうと試みてきた。」
「しかし。私の能力は私自身には効果を示さなかった。」
「・・できるのかい?」
「その紙で。私を終わらせる事が・・。」
石神外さんが、ボロボロと涙をこぼし言う。
「頼む。坂井くん。」
「終わらせてくれ。」
「私を。」
「この世界から。この人生から解放してくれ・・。」
ぼくは、こくりとうなづくと
光る紙ごと石神外さんの手を強く握りしめた。
石神外さんの体が、
ぼくの握りしめた手からすぅっと消えて行く。
「ありがとう。坂井くん。」
「ありがとう。」
「君は・・君の世界を生きなさい。」
「君の信じる世界を・・・。」
石神外さんは影も形もなくなり。
ぼくはふたたび一人ぼっちになる。
湯呑のお茶だけが、細い湯気を立ち昇らせるだけだった。




