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惨めになる光

 探索開始とは言ったものの、実際のところはメンバーの誰一人とて、すぐさま何か『オロバ』に関わるものを見つけられるとは思っていなかった。そもそも情報がない以上、しらみ潰しに当てもなく探し回る他ないのだから、そんな行為に実りを期待する方が楽観的だというのは言うまでもない話だ。

 まして昨日には『ミシュナウムチルドレン』と遭遇、交戦さえしている。向こうも当然、警戒していることだろう……あるいはしばらく、身を潜めすらするかもしれない。そうした点を考えても一同が延々、何もない白銀の世界を歩き続けることになったのはある種の道理と言えた。

 

「……」

「そんで、メルクファルクとオルビスのおっさんが大暴れし出してさあ! いやーあん時は大変だったぜ、酔っ払ってファズの坊やまで煽り立てやがって」

「その場に居合わせたロベカル師とカイゲンさんがいなかったら、ずーばーり! あの店そのまま潰れかねなかったでしょうねえ。いやはやお酒は怖いものです、ええ」

「『クローズド・ヘヴン』が揃いも揃って何してるのよ……それに『タイフーン』に『山嵐』までいたとか、どういう飲み会……?」

 

 歩きがてら暇潰しの雑談。もっぱら語るのはゴッホレールとカームハルトで、聴き手はヴァージニアと時折シオン──彼女は概ねクロードと並んで歩いている──だ。

 数年前にあったという、飲み会における狼藉騒ぎを面白おかしく吹聴するゴッホレールへと、ヴァージニアは呆れもひとしおに呟く。

 

「メルクファルクったら、『善者』とすら呼ばれるくらいお人好しで有名な冒険者だったような……それが何で、『プロフェッサー』と組んで暴れちゃうのよ」

「あのおっさんはたしかにお人好し、ってかちょっとどうかしてるくらい繊細だぜ? 何でも自分のことみたいに受けとっちまうから、ストレスすげえんだよ」

「ずーばーり! 冒険者やってるのが不思議なくらいに過敏ですからねえ。とは言え、それでも『クローズド・ヘヴン』の一員としては申し分ない実力者ですよ、彼は」

「そんな実力者が酒に酔って暴れるとか、店からしたらとんだ迷惑ね」

 

 『クローズド・ヘヴン』が一員、メルクファルク──冒険者としての二つ名は『善者』だ──と『プロフェッサー』オルビスの、およそまともとは言い難い酒の席での狼藉。何やらストレスを溜めた末でのことらしいが、育ちの良いヴァージニアからすればひたすらに引いてしまう話でしかない。

 

「あのメルクファルクという人には、同僚ながら正直、理解できないものは感じますね」

「……」

「何にでも心を砕く、優しいと言えばそうでしょうが限度があります。人間も亜人も心の許容量というものには限りがあるものを、あの人は理解していないようにシオンは思うのです」

「……」

 

 話を横に聞きつつ、関連した話をクロードに投げ掛けるのはシオン。彼に並び歩いてあまつさえ密着してくる積極さだが、クロードの方はまるで意にも介さない。

 そんな無反応にもめげず、シオンは続けて口を開いた。

 

「クロードは『クローズド・ヘヴン』の中に、誰かお気に入りとかいますか? 実は誰彼のファンだ、とか」

「……」

「もしくはS級冒険者の括りでも構いません、そういう応援したい感じの人とかいますか? シオンとしてはもちろん『輝賢』がイチオシですが」

「……あのな、てめえ」

 

 うんざりとしながらも、クロードは応えた──自覚はあるが、ずいぶん口数が多くなってきている、自分。

 少なくともミスティに出会う以前ならば、このような戯言にはそれこそ耳一つ貸さなかっただろう。それが今ではこうまで反応するようになったのは、どういうことなのか。正直なところ、彼自身にも計りかねるところはあった。

 そんな内心を押し殺して、呟く。

 

「何で俺が誰ぞかのファンだってのが前提なんだ。いねえよそんなもん、うざってえ」

「ですがクロード、貴方はかつて『英雄』になりたかったがゆえに道を外したと聞きます。つまりはいたのでしょう? 目指すに値する、貴方にとっての『英雄』が」

「少なくともてめえら冒険者どものことじゃねえよ、ましてやてめえなんぞに誰が」

 

 吐き捨てる。彼にとって『英雄』とは、ひどくデリケートな話題だ。かつて憧れ、行き過ぎたあまりに道を踏み外した。そうして今では残骸めいた感傷だけを抱える、良くも悪くもクロードの思想の根底にあるもの。象徴。

 何でもないことのように問い掛けたシオンとて無論そこは分かっている。だからこそ聞いたのだ……彼のことを少しでも多く、深く知るために。クロードという男のことを、理解するために。

 その一助となり得る答えは、思わぬところから返ってきた。

 

「──ヴェガンさん」

「!」

「そこの……そいつは、昔からずっと自分のお爺さんを尊敬してた。ヴェガンという冒険者と、彼に纏わる同年代の冒険者たちすべてを、ね」

「ヴェガン、ですか」

「……ちっ」

 

 同郷出身のS級冒険者、『獅子』ヴァージニア。クロードとは近所同士の間柄だったがゆえ、彼の過去や考え方には一家言あるということなのだろう。たとえその表情と声音に、嫌悪と侮蔑があったとしても、である。

 ともあれシオンは情報を得た。忌々しげに舌打ちするクロードに、胸の痛む思いもあるが好奇心のまま、これまで得てきた知識の中から該当する人物を検索する。冒険者でも一等、知識の豊富な『輝賢』シオンの冴えの見せ所だ。

 

 すぐさま引き出せる知識があった。思い出しがてら、口にする。

 

「ヴェガン……70年から80年程前頃の冒険者ですね。戦前のため、まだランク制度が導入されていなかった頃にも関わらず華やかな冒険譚を数多く残した、なるほど『英雄』的な冒険者です」

「ほーん? 時代的にゃあロベカルの爺様の駆け出しくらいの辺りかねえ」

「ですね。それに何よりですが、かの『剣姫』リリーナ様の同期だったことでも知られています」

「リリーナ様のですか! なるほど、それはそれは」

 

 歴史についてあまり詳しくないゴッホレールやカームハルトではしばらくピンと来なかったが、シオンが『剣姫』の名を出した途端、驚きと共に理解を示したようだった。

 

 S級冒険者『剣姫』リリーナ。世界最強の冒険者として名高いその女は、亜人『堕天使』なる存在としても有名だ。

 天使だったが何がしかの事情により種族から追放されて以来100年もの間、人間社会において剣を振るい人々を救ってきた。先の戦争においても人間側の切り札として、『魔王』にも幾度となく肉薄したというその実力は紛れもなく英雄のものである。

 

 今では王国南西部において『勇者』に仕えるメイドとして過ごしている彼女こそ、クロードが尊敬する祖父ヴェガンの同期。そして華やかなりし冒険者黄金時代と信じて疑わなかったかの時代を牽引した、最高の英雄なのだ。

 英雄、だったのだ。ヴァージニアがやるせなく続ける。

 

「ヴェガンさん自体は私らの生まれる前に亡くなられたんだけどね。その伝説的な功績の数々は故郷の誇りだったよ。その血を引くクロードが、冒険者に憧れるのも当然だった」

「なるほど。では、その憧れが高じて冒険者となったのですね」

「……そして高じすぎて、堕ちたわけだ」

 

 ぽつり、溢す。自虐すら感じさせない温度のない呟きが、クロードの抱える虚無を垣間見せるような気がして。

 シオンは彼に耳を傾けた。それに応じるように、彼もまた……堪えかねたように、続ける。

 

「俺の同期として現れた、『勇者』セーマを知った。ドロスの奴から、その正体も聞いた……許せなかった」

「……何がでしょうか?」

「何の苦労もなしに最強になり、英雄気取りで戦争を終わらせた、ってな。『剣姫』をメイドにして侍らせている現状も含めて、祖父の世代を汚された気がして仕方がなかった」

 

 明かされていく動機に、ゴッホレールとカームハルトは互いに目を見合わせた。二人は魔剣騒動の折、『勇者』セーマの身の上を聞かされているのだ。

 

 王国が発動した邪法『勇者召喚術』により異世界から召喚・改造された人造亜人。それがセーマの正体だ。

 対『魔王』用決戦兵器として身体のすべてを改造され尽くした彼は、たしかに何ら苦労せず世界最強になったと言えるだろう。その後、戦争において味わった艱難辛苦と評することさえ余りある地獄とその果てに、彼が何を失い何を得たのか……それを知らなければなるほど、かつてのクロードが抱いた感覚にも理解できるところはある。

 

 しかして基本、彼の言い草は概ね逆恨みだ。どうあれ世界は彼により救われたのだし、『剣姫』リリーナとて彼女自身が望んで現在、メイドとして彼に寄り添っているのだ。何も関係のない第三者が物言いを付ける筋合いなど、どこにもありはしない。

 それを今のクロードも理解しているのだろう。自嘲の笑みを浮かべて、嘯く。

 

「見当違いの恨みの末に、俺は暴走してアインとリムルヘヴンに敗れた。そうしてなお死ねなかったのが今のこの様だ」

「クロード……」

「……下らねえこと喋っちまったが、良い機会か」

 

 そして向き直る。彼にしては珍しく、シオンやゴッホレールたちを真っ直ぐ見つめる形だ。

 澱んだ目、死んだ瞳。いつもの彼のまま、しかしはっきりと告げる。錆び付いた心を以てなお、軋みをあげる痛みを。

 

「俺は屑だ。今の話でようやく分かったはずだ……もう構うな。てめえらは後は天使どもとつるんで好きなように『オロバ』とやりあってろ。俺は俺で、一人で連中を殺す」

「……」

「うんざりなんだよ。てめえらみてえな、輝いてる奴らが。ただでさえ無様な自分が余計、惨めになる」

 

 恐らくはシオンたちに対しては初めてなのだろう、本音の吐露。かつて憧れた夢の体現者たちが、朽ち果てた残骸と成り果てた己の目の前で、今更になって輝いている。

 直視するのに一体どれだけの苦痛が伴うことか、他ならぬS級冒険者たちには決して理解しきれるものではない。

 

「てめえらは光だ。輝いて辺りを照らす、希望の灯だ。こんな死体に構ってる場合じゃねえだろ……責務を果たせ、S級冒険者ども」

 

 普段のクロードからすれば、決して言わないだろう賞賛。それだけにシオンは、彼が本気で言っているのだと思える。ゴッホレールもカームハルトもそうだ、三人揃って言い募る。

 

「クロード……私たちは貴方が思う程、大したものではありませんよ」

「S級だろうが『クローズド・ヘヴン』だろうが、結局は冒険者。がむしゃらに走って躓いて、それでもどうにかやり抜いてきただけさね」

「そうですね……だからこそクロードくん。君も、まだまだこれからなんですよ。そして我々は、そんな君だからこそ近くで見守りたいのです」

 

 先達として、後輩を導きたい。特にゴッホレールやカームハルトに関してはそのような思いが強いようで、彼らなりの考えや意向を語っていく。

 シオンのみ、もう少し個人的な考えからクロードの下にいたい様子だったが……どうあれ『クローズド・ヘヴン』の三人はここに至ってもなお、クロードから離れることは選ばなかった。

 

 もう一人、ヴァージニアが腕組みしていた。厳しい視線と声で、思うところを述べていく。

 

「私はあんたなんてもうどうでも良いんだけどね。どんな事情があれ、あんたは堕ちた。人間の敵として、ヴェガンさんの名にだって泥を塗ったんでしょうよ」

「……そうだ」

「そんでもこの三人が入れこんでんだし、私一人が抜けても仕方ないわ。ま、死体だか何だか知らないけど精々苦しんでなさい。これもあんたへの天罰でしょ、たぶん」

 

 突き放す物言いからは、真実クロードを認めていないことが窺える。先の三人がどのようなスタンスであれ、ヴァージニアはあくまでもクロードを人間の裏切り者と見るのだろう。離脱するつもりはないらしかったが、やはり敵対心は失くすつもりもなさそうだ。

 

「……結局、誰一人として失せねえのか」

「ごめんなさい。けれどシオンたちだって、シオンたちなりの思いがあるのです」

 

 期待がまったく通らず、現状のまま団体行動に組み込まれてしまう自分の立ち位置。沈痛な面持ちなクロードへ、どこか申しわけなさげに、けれど強い覚悟を秘めた声音でシオンが告げる。

 そうしてまた、探索は続いていくのだった。

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