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動き出す『子供たち』

 探索を続けて数時間。特に何も発見できないまま一行が、そろそろ近隣の村に辿り着くかというところまでに至ったところだ。

 雪の積もる道の向こうからやって来る、二人の行商人からクロードたちは気になる情報を入手していた。

 

「妙な風貌でした……猿のような、犬のような。それが群れて走っているのを、遠巻きに見たのです。ええ、村の近くでした。どうにも物騒ですので町の方に行きがてら、ギルドに調査依頼を出そうかと」

「村の人たちからもそのように頼まれていますので。依頼料まで預かっていますしね」

 

 行商人たちがそんなことを言うので、シオンはふむと考えた。妙な風貌の生物、まず間違いなく魔獣だろう。それが群れをなして村の近くにいるというのは、相当な手がかりだ。

 あるいは近々、村に何かを仕掛けるのかもしれない。これはゴッホレールやカームハルト、ヴァージニアも予測できたことであり、顔を見合わせて口々に言った。

 

「こいつぁ……結構まずくねえかねカームハルトくぅん」

「ですねえ。ずーばーり! このタイミングでこのような話を聞けたのは僥倖でしょう」

「ギリギリのタイミングかもね、これ。今ならまだ間に合うってことだけど」

 

 魔獣が村の周辺にて群れをなしていると言うならば、『オロバ』の標的がそこにある可能性は大いにあると考えるべきだろう。であれば今ここで情報を仕入れることができたのは、組織の尻尾を捕まえる意味でも、出るかもしれない犠牲者を守る意味でも、極めて価値のあることだ。

 すぐさまシオンが動いた。懐からメモ紙と万年筆とを取り出して軽快に書き起こしていく。

 

「……ん。それではお二方、町に着いたらギルドへ向かわれるのでしょう?」

「え、ええ。それはもちろん」

「それでしたらこれを、ギルド職員に渡していただけますか? 貴方方の依頼はシオンたちが引き受けたという署名です」

 

 そしてそれを商人に渡した。いかにも、『クローズド・ヘヴン』たるシオンを始めとした今ここにいるメンバーが、彼ら二人の出さんとする依頼を前以て受諾した旨が記載されている。

 困惑する行商人らに、シオンは今更ながら名乗った。

 

「シオンたちは『クローズド・ヘヴン』のシオン、ゴッホレール、カームハルト。そしてS級冒険者『獅子』ヴァージニアと……ええとクロード、貴方は何級でしたか」

「知らん。忘れた」

「……ええと。とにかく腕利きのクロード。貴方方の依頼とて、どうにかこなせるメンバーかと思います」

 

 本音か、冗談か。はたまた言いたくないのか。自らの冒険者の位階すら知らぬ存ぜぬのクロードに呆れつつ、シオンはしかして胸を張った。

 自信を見せて、行商人たちに納得と安心を抱かせねばなるまい──このメンバーになら事前依頼をしても問題ないと。

 

 依頼者と被依頼者との間に合意が取れていて、かつそのことを記した証文を以てはじめてギルドにも依頼として認定される。

 つまるところは今ここで信頼を得ねば、よしんば魔獣を撃退したとしても報酬はともかく、冒険者としての実績には加算されない可能性があるのだ。もはや頂点と言って良いS級の面々には大した話でないが、クロードにはもっと功績を積んで欲しいと考えるシオンにとって、そこは何より譲れぬ点だった。

 

「『クローズド・ヘヴン』!? そんな、世界的冒険者集団が何で三人も!?」

「し、しかも『獅子』まで……」

 

 そして彼女の目論見通り、盛大に驚いて見せたのが行商人たちだ。いきなり遭遇した冒険者たちが、あろうことか世界屈指のプロフェッショナルたちだなどと想定外も極まる。

 この辺りは連邦の中心部からはほど遠く、有名とは決して言えない土地だ。観光名所があるわけでもないためバカンスにも適さないこのような場に、なにゆえ『クローズド・ヘヴン』の面々だの『獅子』だのが屯しているのか。

 唖然とする二人に、シオンは目を細めた。

 

「成り行きですよ。さて、それではシオンたちは村へ向かいますね。たしかこのまま南下して、あと一時間程でしたか」

「え、ええ! お願いします、冒険者さん方!」

「この署名は必ずやギルドに出しますので! 報酬も、色を付けますから!」

「お、太っ腹! そいじゃ行くさね、皆」

 

 話が付いた途端、ゴッホレールが率先して言う。無論否やもなく、村のある方へと歩き出す一同。

 その背を、行商人たちは半ば夢見心地で眺めるばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かな雪原に呻く獣の声、多数。群れる愛しい異形らを眺め、『ミシュナウムチルドレン』ミーナはにこりと笑った。

 紫の長髪がにわかに風に揺れ、端正な顔立ちに儚ささえ演出している。幼くも不思議と妖艶さもある、不可思議な印象の少女だ。

 雪のちらつき始めた景色を眺め、彼女は問う。

 

「それで、シュロウ? 村を襲うのは分かりましたですが、『実験体』はどのくらい拐うです? あまり多くやり過ぎると、当たり前みたいに気取られるですよ?」

「ん──」

 

 問われたのは同じく『ミシュナウムチルドレン』シュロウ。黒髪をざっくばらんに伸ばした、全体的に気だるげなムード漂う少年だ。

 やはり面倒くさそうに、けれどしっかりした声音で答える。

 

「そりゃー、できる限り全員だろうよ。男も女も老いも若いも、関係なしにどいつもこいつも確保だ確保。村を襲う時点で気取られるもへったくれもないし」

「分かりましたですけど……大丈夫です? 今、あの村にはシュロウを退けた特務執行官たちがいるですよ? シュロウを退けたくらいですから、半端なことすると今度はシュロウが退けられるだけじゃ済まず、追撃されて私やムーロルーロまでやられる可能性だってあるですよ」

「返り討ちにあったことは事実だけどさあ、そこまで執拗に蒸し返さんでくれん? 少なくとも三回言うのは多いと思うんだけど俺」

 

 しつこく先だっての敗戦──単身で村に仕掛けた折、居合わせた特務執行官ことエルゼターニアとヴァンパイア・ハーモニに撃退された件だ──を当て擦る妹分に、シュロウは頬を引くつかせて頭を掻いた。

 自分でも言われて仕方ない失態とは思うものの、実際に言われると腹が立つようなことってあるよね、などと嘯きながらも続ける。

 

「つうかねミーナ、逆に今だからこそやるしかないんよ。むしろ絶好のラストチャンスなの、今だけが」

「今、だからこそ……?」

「恐らくこのまま行くと特務執行官は町に行って、風やら水の魔剣士だの『クローズド・ヘヴン』だのと合流する。一大勢力の出来上がり、ってなる。するとどうなる?」

「……『オペレーション・魔獣』の進行が、少なくともこの近辺では不可能になる、ですか」

「いやーこの近辺じゃ済まないわなあ、間違いなく。下手すると連邦全土に網張られるぞ」

「え。そんなに、です!?」

 

 目を見開くミーナ。風の魔剣士クロードとその仲間たちが、エルゼターニアやハーモニとの 合流を果たすと。それ自体は遠からずあるだろうと予想していたことだが、そこから何がどうなるかまでは思い至らずにいた。

 この連邦は小規模な集落が結合して一つの政治体制を構築した国だ。それゆえ各集落ごとに異なる特色があり、地域差が大きい。つまりは国を挙げての一致団結、という状態になりにくい風土があった。

 

 そこに目を付けてミシュナウムは『オペレーション・魔獣』をこの地で発動したのだ。連邦のあらゆる集落で活動し、たとえ気取られたとて先述の風土から包囲網を張られる恐れが低いため逃亡は容易。およそ悪事をなすに適した土地だった。

 それが今、連邦全土に包囲網が張られる危険性をシュロウは示したのだ。どういうことか視線で問う。一気に緊張が高まったミーナに、変わらず飄々とシュロウは返した。

 

「ただでさえ特務執行官は共和国のエリート公務員なんだ。それが国際的な発言権を持つ『クローズド・ヘヴン』なんてのと組んだらさ、どんな無茶でもやれちゃうわけ。連邦のぎくしゃくした各集落だって、嫌々ながらでも手を組むだろうさ」

「そうなる前に、せめて合流前の特務執行官だけでも潰そう、ですか? 多少性急でも、その方がメリットが大きいと」

「そういうこと。今度は上級を連れてきてるんだ、亜人以上の強さを持ってようが二人くらいならどうとでも殺れるでしょうよ」

「それは……そうですね」

 

 合流して、より厄介な事態を招く前に片割れを潰す。そう判断したシュロウに同意を見せて、ミーナは人知れず意気込んだ。

 もうすぐだ。もうすぐ『オペレーション・魔獣』の真髄たる『天命魔獣』が、産声をあげる。『わたしが望んだ夢、悲願、そして再会もきっと、叶う』。

 

 ならばあらゆる艱難辛苦とて乗り越えよう。特務執行官も風の魔剣士も『クローズド・ヘヴン』も、大いなる目的を達成するための壁にすぎない。

 そうして瞳に力を漲らせて、ミーナはふと呟いた。

 

「ムーロルーロもいてくれると、より確実だったんでしょうけど」

「新しい腕が馴染むまでもうちっとかかるみたいだし、しゃーない。まあ代わりにあいつのペットを借りられたんだし、何ぞあって数減らされても俺らにはダメージなし、なし」

「誰のとか関係ないです、シュロウ。ペットにゃんは可愛いんですから、大切にしてください」

「へいへい。相変わらずの動物大好き子ちゃんだこと」

 

 肩を竦めて妹分に答え、シュロウもまた雪原を見据えた。遠くには村が見える──今回の獲物だ。

 申しわけなさはある。控えめに言って自分たちの行いは悪だ、何の釈明もできない。狂った老婆の夢に費やされた人形が、三体揃って他者に迷惑だけをかける行為。老婆一人のみ救われ後は軒並み地獄に堕ちる、おぞましい所業だ。

 

「それでも。それでも、俺たちは『ミシュナウムチルドレン』なんだなあ──」

 

 自分たちの末路など決まりきっている。ミーナは無意識に受け入れ、ムーロルーロも自覚してなお、受け止めた。己だけだ、自覚も認知も果たして知識すらある中で、未だにぐずぐずと立ち止まっているのは。

 もう、何もかも手遅れなのだ……1000年前から。自分たちに降りかかった何もかも、遥かな過去に過ぎ去ったことの結果でしかなかった。そしてその先に、何かがあるわけでもない。

 

「『天命』は果たすさ、ミシュナウムの婆さん……そしたら最期に、あんたに一言くらいは言ってやれるだろう」

「シュロウ……?」

「いや、何でもない。さあ行くぞ魔獣ども、あの村の何もかも人間を襲え。俺たちのアジトへ引きずり込め。仲間を増やしてやれ……!」

 

 ならば最期に、遺すべきものを遺したい。

 そのためにシュロウは、進撃を開始した。

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