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行動開始

 クロードが目を覚ますと、寝る前よりも客人が倍に増えていた。ラテラン、リヨンに加えてミスティとシオンまでいるのだ。

 そもそも双子天使が未だここにいることにげんなりとしつつも、彼は身を起こした。途端に集まる、視線。

 

「あ、おはよーございまーす!」

「やーっと起きたんお兄さん。もうそこそこ朝だぜー」

「……まだいたのか、てめえら」

 

 開口一番天使らに向けての辛辣な声音。ひどくうろんげな淀んだ瞳を向けると、リヨンは苦笑しラテランは澄まし顔で告げる。

 

「誰かさんがいきなり眠り出すものですから、何となく退室するタイミングを見失いました。お兄さん、よく自己中心的とか言われません?」

「てめえらの都合で人を振り回す連中には言われたくねえな……っと」

 

 立ち上がり、窓から外を見る。陽もそれなりに高いが、昼というにはまだ程遠い頃合いのようだ。人々は行き交い、寒さの中でも懸命に日にを過ごしているのが見える。

 そうした風景を何の気もなく眺め、次にクロードはシオンとミスティに視線を向けた。この二人はいつものように──日常めいた物言いをするのも認めがたい話だが──朝の迎えに来たのだろう。そしてラテランやリヨンと出くわしたと言ったところか。

 

「なーなーシオン、ミスティ。このお兄さんいつもこんななんか? とんでもねー俺様って感じじゃん」

「我が道を行くと言えば聞こえは良いのでしょうが。リヨンの言うようにこれでは、むしろ傍若無人という表現の方が似合うように思えますわね」

「あ、あはは……」

「一見するとそうかもしれませんが、彼は優しく真面目な人ですよ。色々あって今、少しばかり自分と向き合うことに必死なだけなのです」

 

 どうしたことか打ち解けたように会話を重ねる彼女たち。クロードが寝ている間に、互いの紹介から挨拶、更には多少のやり取りまで済ませているようだ。

 しかして話の種にされるのはあまり、良い心地ではない。双子天使たちのような呆れならばまだ良いが、シオンやミスティのように何かを勘違いした美化めいた物言いではなおのことだ。

 億劫さを噛み殺して、クロードは告げた。

 

「下らねえ妄想を垂れ流すのは止めろ。俺はてめえらのことなんざどうでも良いだけだ……全員失せろ。俺は起きたんだ、もうここでくっちゃべってる必要はねえはずだ、羽付きども」

「ん、まあそらそうだね。ラテラン、用件も済んだし帰ろーぜ」

「やっとですね。まあお兄さんの寝顔、中々見応えはありましたから良しとしますが」

 

 席を立つ双子天使。ラテランにしろリヨンにしろ、羽が生えてなければ普通の、何処にでもいるような女の子たちだが……それでも彼女らは天使、それも『最上位天使』なのだという。

 亜人ゆえ強いのは確定として。果たして己を殺し得るのか。そこだけがにわかに気になるクロードの内心など知る由もなく、二人の天使は最後、にこやかに笑って手を振った。

 

「そんじゃお兄さん、シオン! 今後は対『オロバ』に向けてよろしくな!」

「今日の私たちはこんなところで失礼します。近々また、お会いしましょう。では」

 

 そうして家を出るラテランとリヨン。残されるのは家主のクロードと、シオンとミスティだ。

 少しばかりの沈黙の後、クロードがポツリ、呟いた。

 

「『クローズド・ヘヴン』にも粉かけたのか、あいつら」

「それはもちろん。そも今の貴方と組む以上、どうあれ我々とも協力関係になるのは至極当然の話ですからね」

「クロードさんにシオンさん! ゴッホレールさんやカームハルトさんはもちろん、ヴァージニアさんにリムルヘヴンさん、リムルヘルさん! あ、あとドクター・マッスルもね。すごいメンバーでの同盟になるんだもの、ワクワクしちゃうわ!」

 

 興奮したミスティが声高に叫ぶ。彼女の周りにいる冒険者は基本、恐ろしく腕の立つ上に有名人も多い。そんな彼ら彼女らが団結し、自分から父親を奪ったかもしれない巨悪と戦うのだ──更に言えば惚れ込んだ男が、その中核メンバーとなっている。

 すっかり英雄譚を特等席で見られるような、そんな心地でうっとりとするのは、年頃の少女らしいミーハーさとでも言えるだろう。

 微笑ましくもシオンが補足した。

 

「加えれば近くを訪れているらしい、『特務執行官』エルゼターニアとそのパートナー、ヴァンパイア・ハーモニ。この二人も加わればまさに向かうところ敵なしですね」

「雁首揃えてこんな片田舎でわちゃわちゃやるのかよ。冗談じゃねえ、てめえらで勝手にやってろ」

「と言われましても、核となるのは貴方と天使との間に結ばれた同盟関係ですからねクロード。私たちは言うなれば後から乗り掛かったに過ぎませんので。逃がしませんよ、ぶい」

「鬱陶しい……」

 

 半ば本気で、嫌気に塗れてクロードの顔がしかめられた。シオンにではなく、いつの間にやら謎の同盟の中核なぞに据えられようとしている現状が、ひどく煩わしい。

 端的に、勝手にやっていてくれと思う。『クローズド・ヘヴン』に『獅子』と『最上位天使』ならばそれだけでネームバリューはあるだろう。わざわざ死に損ないを組み込む理由があるようには、まったく思えないのだ。

 

 物好きが多すぎる、あまりにも──ため息を吐き、クロードはやはり死んだ瞳で、何もない虚空を見つめるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『最上位天使』、ラテランとリヨンねえ。いやはやまさか、天使なんてのと同盟関係になるとは」

「まったくです。ずーばーり! 『クローズド・ヘヴン』に加入してみるものですね。何とも得難い経験でしょう、ええ」

 

 雪原を歩く最中、ゴッホレールとカームハルトの感嘆が響いた。それを受けてクロードは無反応、シオンは耳を傾けてうんうんと頷いている。

 起床後、ミスティを自宅まで送り届けた後。ギルドへ赴いてゴッホレール、カームハルト、ヴァージニアと合流しての現在だ。魔獣絡みらしい依頼はなかったものの、周辺の捜索は必要ということでクロードの亜人狩りに同行する形で同行しているのだ。

 

「共和国でも天使が絡んでたって話、聞くけど……連邦にもいるのね。何なのかしら?」

「『オロバ』を内外から調べているとのことです。共和国にてはトリエントとエフェソスの二人が組織の一員として暗躍に参加していたそうで」

「傍迷惑ぅ……つまりは人間の都合なんて知ったこっちゃないってことじゃない。その、ラテランとリヨンって双子も今は味方になってくれそうだけど、いつ裏切るか知れたもんじゃないわね」

 

 嫌そうに顔をしかめてヴァージニアが言う。天使という亜人種が『オロバ』を巡り、手段を問わず接近を図っていることについてどうにも割り切れないでいる様子だ。

 特に共和国においては『ミッション・魔眼』を遂行する側として、人間に牙を剥いたというトリエントとエフェソスの例を受け、ラテランとリヨンとていつ似たような真似をしでかすかと不安があるのだ。これについてはシオンも同意を抱く部分があったのかふむと考え、やがて歩きながら、訥々と語りだした。

 

「たしかに、あの『天使』というのは概ね種族単位で独特の考えを持っているようです。自分たちの目的を最優先にし、そのためならば善悪など問わない……と、共和国に出向いた我々の仲間オルビスとファズによる報告にもそのように記していました」

「つってあの二人、直接天使とはかち合わなかったんだけどな。最終盤にちょろっと加勢して終いだってんだから締まらねえ師弟だわな、あいつら」

「ずーばーり! そこはタイミングの悪さというものですから。言うだけ気の毒でしょうゴッホレールさん」

 

 共和国へと出向している『クローズド・ヘヴン』のメンバー、オルビスとファズ。師弟でもある彼らからは魔眼事件に関しての調査報告が──それこそ『特務執行官』を始めとする主要人物から一から十までヒアリングして纏めた形で──為されている。

 それを踏まえてのシオンの発言ではあったが、ゴッホレールからすれば終結間際のタイミングにのこのこ出向いた間の悪いコンビに対しての、からかいであるとか苦笑いであるとかが先立つようだった。諌めるカームハルトに続ける形で、シオンは言った。

 

「直後の中央オアシス解放戦が無ければ、本当にスポット参戦でしかなかったわけですね。シオン的にはそれはそれでネタとして面白いとは思いますが……と、それはともかく。今回の場合はある程度、信用はできるとシオンは考えています」

「ふうん? 根拠は?」

「まず第一に、あのラテランとリヨンは『オペレーション・魔獣』に関してそこまで核心を突いたところまで近付けていません。それゆえにシオンたちに同盟を打診した以上、どうあれことの進捗が進むまでは向こうから切ってくることはないと考えられます」

 

 一つめ、指を立て持論を展開する。どうあれ同盟を持ちかけたのは向こう側、それもその目的は『オロバ』調査の進展を期待してのものだ。

 すなわちラテランとリヨンの二人では、現状打破が容易でないと彼女たち自身が自覚的だったのだ。それを踏まえれば、少なくとも調査がある程度進展するまでは天使からの裏切りがあるとは考えにくい、そうシオンは推察していた。

 

「第二。そもそも裏切ることによって彼女たちが得るもの、つまりメリットが現状、あまり無いように思えること」

「……うーん? それこそ、私たちと組んでの調査が進んだら、頃合いを見計らって離脱とかするんじゃ?」

「離脱はするかもしれませんね。ですが、裏切りに該当するだけの敵対行為への移行、とはならないとシオンは見ます。そもそも『オロバ』と相対する以上、似たような立ち位置のシオンたちと敵対する意味がありませんし」

「あー。離脱と敵対は別ってことね」

 

 二つめの理由、離脱と裏切りの違いについてヴァージニアも理解が及び、納得の声をあげる。

 結局何がどう転ぼうが、前提として『オロバ』は人間と天使共通の敵なのだ。であるならば協力関係にある人間を裏切り、単身組織と挑むような真似をするとも考えにくい。

 

「そして最後。ラテランとリヨンの言から察するに、天使は世界方々に『オロバ』絡みで戦力を投入しているようです」

「まあ、共和国の例もあるしね。それで?」

「逆に言えばつまり、連邦にはあの二人のみ派遣して、基本的にはそれきりなのでしょう。わざわざクロードに接触してきたのですから、少なくとも戦力面での天使側からの補充について、彼女たちは期待していないと考えられます」

 

 ラテランとリヨンは自分たち以外、連邦に天使がいるという話はついぞ話さなかった。もしもいるとすればクロードより先に、身内にこそ助けを求めていただろう。

 そこからシオンは天使たちの戦力が方々に分散されており、容易にひとところに集結できる状況ではないのではないかと当たりを付けたのだ。共和国におけるトリエントやエフェソスの話も踏まえれば天使の『上役』が現れる可能性もあり得たが、双子天使の口振りからはそうした援助への期待は持っていないように感ぜられた。

 

「つまりは現地の人間、つまりシオンたちですね……にさえ助けを求める程に彼女たちも逼迫しているということです」

「なるほど。そんな状況で裏切るなんてことは考えにくい、と」

「──最初から向こう側、って可能性についてはどう考える」

 

 不意に、クロードからの質問が飛んだ。そもそもの話、ラテランとリヨンひいては天使が『オロバ』と通じていない保証すら、ありはしないのだ。

 何なら敵でも構わないとすら考えている節があるクロードへと、シオンは向き直り答える。

 

「その場合でも、こちらからすれば願ったり叶ったりでしょう。敵陣の者がわざわざ寄ってきて、誘い出してくれるのですから」

「罠なんぞ食い潰せば良い、か。案外好戦的だな、『輝賢』」

「最初から警戒していれば、罠とはこちら側のものになり得るものですよ。シオンは、あの天使というものをそこまで信頼していません」

「……小難しいああだこうだは任せる。俺にはそんなもん興味はねえ」

 

 策士的な、罠であれば逆に利用するつもりのシオンへとクロードは端的に丸投げした。元より己はただ殺し、殺されるだけの身。なればこそ細工の類はもう、余人に任せるのみ。

 

「はい。お任せください、クロード」

 

 そして任されたことが嬉しいのか、シオンは無表情に目を細める。

 ともあれ今日もまた、探索が始まるのであった。

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