第三話
マリアがウォーレン邸に着くと、ブラッドと極少数の使用人に迎えられた。
軽く自己紹介をし、ブラッドにエスコートされ、応接室に通されると、開口一番「すまない!」とブラッドが頭を下げた。マリアは驚き、何の事か聞くと、
「マルティン令息に婚約者が居ると知らなかったんだ……」
と、ブラッドは頭を下げたまま答えた。
「どうぞ頭を上げてください。ウォーレン様のせいではないでしょう」
マリアがそう言うとブラッドは頭を上げたが、その顔は罪悪感に満ちていた。
「ウォーレン様のせいではありません。それどころか感謝しているくらいです」
「感謝?」
「はい!ルーカス様と婚約破棄できました!」
「……それは喜ぶことなのか?」
「はい!クズ男だったので!」
「……クズ男」
「クリスティーナ様とお似合いですよね」
「……お似合い?」
「クズ男と腹黒女」
「ブッ!」
ブラッドはマリアの言葉に笑った。苦笑するのでなく、心から笑えた。
「改めて、ブラッド・ウォーレンだ。ブラッドと呼んでくれ。末永くよろしく」
「マリア・ガルシアです。面白枠はお断りですよ、ブラッド様。私もマリアとお呼びください」
マリアは明るく(面白く)、場を和ませる雰囲気の持ち主だった。
ブラッドの唯一の心残りは、雪が溶けるように消えていった。
翌日、ブラッドはマリアに領地の案内をした。
「ウォーレン領は元々羊毛業が盛んでね。洗毛から染毛までしている。織り機がある家は絨毯を作ったりしているよ」
「凄いわ!見てみたいです!」
丘には羊の群れがのんびりと草を食べている。
この領地はゆっくりと時間が流れている。
「空気がおいしいわ」
マリアが深呼吸をすると、
「そうだね。王都の喧騒が嘘みたいだ」
ブラッドが頷いた。
「そろそろ休憩しよう」と丘の上の東屋にブラッドが案内する。そこから見える景色はのどかで、広がる緑と羊たち。
「……ごめん」
椅子に座ると、ブラッドが謝ってきた。マリアには何のことだかわからない。ここまでスマートにエスコートされてきた。何もブラッドに非は無いようだが。
「何がですか?」
「……」
ブラッドは一度空気を吸い込み、ある一点を指差した。
「あの山。この国と隣国の国境になるのだが、向こうでは良質のルビーが採掘されている。もしかしたら鉱脈が続いていて、こちらでも採れるかもしれない。
だが、我が領は拝領されたばかりで資金がない。ガルシア家から縁談が来たとき、援助してもらえるのではと、打算が働いた。金目当てで縁談を承諾した。すまない」
婚約破棄をしたばかりなのに、傷つけて申し訳ない。と、ブラッドは謝罪した。
ウォーレン領に着いて直ぐに謝罪され、次の日も謝罪するブラッドに、謝る必要はないとマリアは言う。
「ならば私も打算で縁談を申し込みました。鉱脈の可能性があるのは分かっていました。ガルシア家はこの地に目をつけていたのです。
まさか、ブラッド様も気づいていたなんて、凄いです!
もしルビーが採れたなら、ガルシアン商会にお任せいただきたく」
「それはもちろん!」
ブラッドはホッとしたようで、椅子の背もたれに寄りかかった。
「ブラッド様。この婚約はウォーレン男爵家とガルシア子爵家の政略結婚です。でも私は、縁を繋ぐのであれば、心も繋げられたらと思います。……それは可能ですか?」
「はい。僕もそう思います。クリスティーナとはそういう関係を作れませんでしたが……」
「私もルーカスとは無理でした」
「ははは」
「ふふふ」
よろしくお願いします。と二人はお辞儀をして笑い合った。
「ここは良い所ですね」
とマリアは出されたお茶を口にした。
「……ん?このお茶は?」
「ああ、この辺は桑の葉を煎じて飲むんだ。女性の肌にも良いらしくて、化粧水替わりに使っていたりもするんだよ」
「桑の葉!?では桑の木があるということですよね!」
「あ、ああ。ほらあそこの緑。あれが桑畑だよ。それにどこの家にも桑の木があるね。この辺では魔除けの木と云われているよ」
「ブラッド様!邸に戻りましょう!お父様に手紙を送らなきゃ!」
一週間後にはガルシアン商会の幹部や調査員を引き連れ、マリアの父アレックスがやって来た。
そして、領内を隈無く見て回り、領民と話し、少し渋い顔をして邸に帰ってきた。
「ブラッド殿。先ず羊毛ですが、商人に買い叩かれ過ぎです。王都では十倍で取引されている質の高いものでした」
「じゅ、十倍!?」
「そして、羊毛で作られた絨毯を領民に見せてもらったところ、伝統の意匠と技術の高さで、高品質のものでした。勿体ない……。これが売り物でなかったとは……」
アレックスが「こんな良いものがあるなんて、知らなかった……」と頭を抱えた。だが、直ぐに取り直し、
「ルビーの鉱脈ですが、調査の結果、かなりの確率で採掘できる事が分かりました。よく気付かれましたね」
ブラッドは「……良かった」と呟いた。
「もう一つ、この領の産業として、養蚕業を始めましょう。桑畑をお茶の為だけに消費するのは勿体ない事です。最初から布地を作るまでは行きませんが、絨毯を見る限り、技術を指導すれば可能でしょう」
「ええ!?……な、何だか頭の中が混乱してきました……」
頭を掻きむしりながら愕然としていたブラッドに、アレックスは話を続けた。
「ブラッド殿。この地は可能性を秘めた素晴らしい土地です。その領地を託されたのは、お父上、国王陛下の親心でしょう」
ブラッドは思わず涙を零し、
「親不孝をしてしまいました……」と言った。
アレックスは、「ええ。ですからこれから親孝行しましょう」と優しく声をかけた。
それから直ぐに、母ジュリアが選んだ建築業者が訪れ、国境の山の麓に鉱山労働者の街を作り、養蚕業の技術者を招き、領民の指導を任せ、羊毛の絨毯専用の作業場も作った。
急激な変化に戸惑う領民にはブラッド自ら足を運び説明した。
だが田舎領地には人手が足りない。
そこはジュリアが「危ない人間にこの地を踏ませることはしない」とガルシアン商会が選び抜いた者だけを移住させた。
ただマリアは牧歌的な雰囲気は無くさないで欲しいと注文をつけ、アレックスは難しいな……と苦笑いをしたが、癒しの場とするのも有りかと、考え込む姿に、アレックスについて商売を学んでいたブラッドは大商会ガルシアンの逞しさに脱帽した。
ウォーレン男爵領は、ガルシアン商会の力を借りて、有り得ない早さで発展していった。
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