新しい生活
春休みも終わり、今日から新学期。
うちの家族になってから初めてお留守番をする弥生がとても心配な俺。
「弥生、本当にひとりで大丈夫か?寂しくないか?」
「訊くの何回目?大丈夫だって」
「未桜には訊いてないだろ!」
「寂しいけど……、大丈夫!」
俺はいつからこんなに心配性になってしまったのだろうか……。
子を持つ親の気持ちが、今ならわかる気がする。
「何かあったら電話するんだぞ!」
「大丈夫だって!って言うか、寂しいのはお兄ちゃんの方なんじゃないの?」
ぎくぅ!
「ち、違う!寂しいんじゃなくて、心配なんだ!」
弥生の心はまだ癒えきっていない。ひとりになった途端、泣き出してしまうのではないのかと心配だ……。ここだけの話、弥生と離れるのは寂しい。
「はいはい、遅刻しちゃうよ。じゃあ、弥生ちゃんお留守番お願いね。何かあったら私でもお兄ちゃんでもいいから電話するんだよ。いってきま~す」
「弥生~、いってきま~す」
「未桜お姉ちゃん、春お兄ちゃん、いってらっしゃい~」
余談だが、弥生が俺たちのことを『春お兄ちゃん』『未桜お姉ちゃん』と呼ぶのは、未桜に言われてのことだ。未桜曰く、『家族になるってことは、弥生ちゃんは私たちの妹になるってことでしょ』とのこと。
俺は未桜に引っ張られながら家を出た。
「今日私バイトで遅くなるからよろしくね~、いってきま~す」
そう言い残すと未桜はさっさと行ってしまった。
未桜の通う高校は俺の通う専門学校とは逆の方向で、既に始業式も終わり授業も始まっているようだ。高校生は大変だね。
それに比べ俺は今日から新学期。
……
おっといけない、俺も学校に向かわねば。
心の中でもう1度弥生にいってきますを言い、自転車で学校へ。
学校に到着。
今日の授業を確認し、指定の教室へ。
「桃渓くん、おはよ~」
「おはよう、館花」
先に来ていた館花と挨拶を交わす。
「来て早々だけど、クロッキーの相手になって~」
「あいよ」
俺が適当なポーズをとり、館花がクロッキーする。ポーズを5種類ほどとり交代。朝のクロッキーは日課のようなもので、ほぼ毎日やっている。
お互いクロッキーを終えた後、チャイムが鳴り授業が始まった。
その日の授業は鶏の剥製のデッサンだった。授業は昼まで続く。その間、休憩などは各々とる感じだ。
昼になり授業終了。
時間内に描き切れなかったら続きはまた明日。という訳にも行かず、続きはまた来週だ。明日はまた別の授業がある。授業によっては午後も自主学習という形で学校に残って絵を描くこともできる。
片付けをしていると館花に声をかけられた。
「桃渓くん、駅まで一緒に帰ろ」
「うん。いいよ」
片付けを終え、館花とエントランスの方へ歩いていると……。
「あ、春くんにゆかりちゃんじゃん。やっほ~」
長谷川先輩がこちらに手を振っていた。
「長谷川先輩、こんにちは!」
「先輩、やっほ~」
「2人とも今帰り?私もご一緒していい?」
「いいですよ~」
「自転車取ってくるので、ちょっと待っててください!」
俺たちは学校を出て駅に向かって歩き始めた。
「そうだ、よかったら今から3人でご飯行かない?」
と長谷川先輩が提案。
「いいですね!どこ行きます?」
と館花が元気良く賛成。
「ごめんなさい、今日は……」
と空気を読めない俺。
「どうしたの?何か用事?」
「実は……」
俺は2人に弥生を飼い始めたことを話した。
「そっか、ちゃんと考えた結果なんだよね。うん。それなら早く帰ってあげなくちゃね」
「先輩何か知ってるんですか?」
「ちょっとね」
「って言うか桃渓くん、狛仁飼い始めたなら教えてくれれば良かったのに~!」
「ごめんな、ちょっと言うタイミング逃しちゃって」
「じゃあ、明日遊びに行ってもいい?それで許してあげる」
何を許してもらうんだろうか……。
「いいけど……」
「じゃあ約束ね!電車もう来ちゃうから!バイバ~イ!」
……
「……言うこと言って行っちゃったね」
「ですね……」
「ねぇ春くん、言いづらかったら言わなくてもいいんだけど、弥生ちゃんの飼い主、今じゃなくて、前のね。どうなったか訊いてもいい?」
長谷川先輩が目を細め、俺から少し視線を逸らしながら訊いてきた。
「はい……。皐月さんは……、亡くなられました……」
「そう……」
その後、長谷川先輩は何も言わなかった。
……
しばらくの沈黙の後、長谷川先輩が口を開いた。
「……明日、私も遊び行っていい?弥生ちゃんに会いたいし」
「いいですよ。弥生もきっと喜ぶと思います」
プシュー
「あ、バス来ちゃったから、もう行かなきゃーー」
「じゃあね、春くん。……頑張ったね」
俺は喉に何かが詰まったように上手く声を出せず、何も言えないまま、長谷川先輩は行ってしまった。
長谷川先輩を見送った後、弥生の待つ家へ。
家に入る前に深呼吸をする。
……
「よしっ」
皐月さんのことや、あの頃の弥生のことを思い出して沈んだ気持ちを振り払って、明るく声を上げる。
「ただいま~!」
「おかえりなさ~い」
尻尾を左右に振りながら走ってお出迎えに来てくれる弥生がとても愛くるしい。
「よしよし、寂しくなかったか~?」
「うん!春お兄ちゃんがすぐ帰ってきてくれたから!」
「よし、じゃあ、お昼ご飯にしようか」
「うん!」
俺がご飯の支度をしてる横で、台所の調理台に手を付きピョンピョン跳ねる弥生。ご飯が待ちきれない様子。
「よし、できた。食べようか」
「うん!!」
料理を持って席に着く。俺の隣にちょこんと座る弥生。
「いただきます」
「いただきま~す」
握った手でフォークを持ち、食べ始める弥生。
「美味しいか?」
「うん!美味しいよ!」
そういえば、狛仁用のご飯ってどんな味がするのだろうか。春、気になります!
「弥生、弥生のご飯少し食べてみてもいいか?」
「いいよ!はい!あ~ん」
ご飯を刺したフォークをこちらに向ける弥生。
「あ~ん、もぐもぐ」
うん、味薄いけど、まぁ、うん。美味しいな。うん。
「うん、美味しい」
「もうひと口食べる?はい、あ~」
「もういいよ、弥生の食べるご飯がなくなっちゃうだろ」
「……うん!」
少し迷った後、弥生は明るく返事した。
その後自分のご飯を食べると、いつもより味が濃く感じた。
食後、俺と弥生は散歩に出た。
「春お兄ちゃん今日帰ってくるの早かったね」
「そうか?」
「だってまだお昼だし」
「俺はいつも今日と同じ時間に帰ってくるぞ」
うちの専門学校は授業が午前中のみで、4年間学校に通う形になっている。午後は学費等を貯めるための時間や、自主学習の時間のために空いている。
「本当?!じゃあいっぱい遊べるね!」
「うん。そうだな」
今は弥生との時間を大事にしたい。
「よし、じゃあ遊ぶか!公園に出発!」
「しんこ~う!」
……
…………
………………
「疲れた……」
公園で弥生と走り回り、日が沈み始めたので家に帰ってきた。弥生の体力は底知らずで、ずっと走りまわっていた。
俺はというと、少し走っただけでバテてしまった。今度、ボールやフリスビーを買おう。そう心に決めたのだった。
「ただいま~」
ちょうど、未桜も帰ってきたようだ。
弥生が走って未桜を出迎えに行くのを横目に見る。本当に体力どうなってるんだ。
「おかえり~」
「弥生ちゃん、ただいま~。あ、砂まみれじゃない!ちょっとお兄ちゃん!」
「なんだ~ぁ?」
「弥生ちゃんとお風呂入ってきて!その間に洗濯と、ご飯作っちゃうから」
「え~、後じゃダメ?」
「今すぐ!!」
「はい……」
こういう時の未桜には逆らえない。
「ほら弥生、服脱ごうな~」
「うん!」
「結構汗かいたな~。うわぁ、本当に砂まみれだな、靴下の中まで……」
これは後で掃除機かけなきゃダメだな。
服を脱いだ後、ふたりでゆっくりお風呂に入った。
「ふぅ~、さっぱりした~」
「さっぱりした~」
「もうすぐご飯できるから、もう少し待っててね~。お兄ちゃんは掃除ね~」
「はい」
脱衣所と弥生がいたであろうところの砂を掃除し、リビングに戻る。
「終わったよぉ」
「お疲れお兄ちゃん。ちょうどご飯出来上がったよ~」
「ご飯~」
嬉しそうに飛び跳ねる弥生。
「今日はね~、弥生ちゃんのご飯も作ってみました~」
「おお~」
「おお~!」
「いつも市販のご飯じゃ味気ないからね~、店長から作り方訊いてきたんだ~」
「さすが未桜!俺たちにできない事を、平然とやってのけるっ!」
「はいはい。シビレたり憧れたりする前に食べよ」
「食べる~」
みんなそろって、いただきます。
「美味し~!」
「本当?!良かった~。私じゃ味見できないから心配だったんだ~」
「さすが店長だな」
「店長グッジョブ!」
弥生がサムズアップする。
「今度店長に報告とお礼言わなきゃ。ところで今日は何してたの?」
「今日は鶏の剥製の……」
「じゃなくて!弥生ちゃんと何してたのか!」
「弥生だって鶏の剥製のデッサンするかもしれないだろ?」
「デッサンってな~に?」
「……。後で教えてやろ……」
「教えんでいいわ!」
俺、しょんぼり。
「今日は公園行って遊んでたんだよな~?」
「うん!公園で追いかけっこした!春お兄ちゃんね、すぐ疲れちゃうからね、すぐタッチできるしね、春お兄ちゃんが鬼のときはね、絶対逃げ切れるんだよ~」
楽しそうに俺の体力がない話をし始めたぞ。
「すごいね弥生ちゃん!楽しかった?」
「うん!楽しかった!またやりたい!」
また?!
「また公園で追いかけっこしような~、あはは……」
体力、つけないとな。
「あ、そうだ。明日、館花と長谷川先輩が家に来るから」
「長谷川先輩はこの前会ったからわかるけど、館花さんって?」
「クラスメイトだ。まぁ明日会うだろうし、詳しいことはまた明日」
◇
次の日の午後。
「ペット連れてくるなんて聞いてないよ~!!」
今日家には、館花、長谷川先輩、あゆ、フローラ、ルナが来ていた。
「そんなこと言わないの。仲間外れにしたら可哀そうでしょ?」
と長谷川先輩。
それに続きフローラがーー
「そうだそうだ~!」
あっちでは館花と未桜が自己紹介し合って仲良くやってるし……。
「ひと見知りの弥生が怯えたらどうするんですか」
「弥生ちゃんなら、ほら、ルナと楽しそうにお話ししてるよ?」
「……」
俺がおかしいのか。
「なぁ、あゆ~」
「たしかに、あたしたちを連れて行くって伝えなかったゆかりたちも悪いわ。でも、……仲間外れは、寂しいわ」
「そうだな、俺が間違ってた……」
「あゆちゃんの言うことには素直なのね」
「あゆちゃんって呼ばないでって言ってるでしょ!」
「私からすれば、あゆちゃんはまだまだ子供よ~」
「にゃ~っ!!」
あゆが長谷川先輩に飛びかかるが……。
「あ、避けられた」
「まだまだね」
長谷川先輩はすぐ揶揄うんだから……。
「も~!!」
「いつから牛さんになったの~?」
……。
俺の周りをぐるぐるしないでください……。
「にゃ……っ!」
まずい転ぶ!
咄嗟にあゆを庇う。
ドシーン!
「あたたた……、大丈夫か、あゆ?」
「うん。ありがとう……」
俺と顔を見合わせた途端にあゆの顔が真っ赤になった。俺とあゆの顔は鼻がくっつきそうなくらい近い。
「私も混ぜて~!」
俺とあゆがくっついているのを見てフローラが飛び込んでくる。
「と~ぅ!」
「……!」
「!!!」
フローラが飛び込んできたことで、俺とあゆの唇が重なってしまった。咄嗟に唇を離す。
「ご、ごめんっ」
「……」
「ルナもおいでよ~」
フローラちゃんがルナちゃんを呼ぶ。
「うん……。えぃ!」
ルナちゃんが優しく抱き着いてきた。
「春お兄ちゃんは、私のお兄ちゃんなんだよ!」
と言いながら弥生まで飛びついてきた。
「モテモテね、春くん」
と長谷川先輩。
「いいな~、お兄ちゃん」
と未桜。
「あゆちゃんいいな……」
と館花。
事故とは言え、とんでもないことをしてしまった。……待て、1人おかしなこと言ったような。
事故のことはとりあえず置いといて、今はこの状況をどうにかしないと!
「みんな、見てないで助けてくれよ~」
「いいんじゃない?しばらくそのままで」
長谷川先輩はニヤニヤ笑みを浮かべている。
「館花!助けてくれ!」
「仕方ないな~」
そう言って館花がこちらに近づこうとしたその時。何かに躓いて転びそうになり、前に出した足が俺の股間に……。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!!!」
あゆに貸した春の上着は、ゆかりが家に遊びに来た時に返してもらってます。




