別れの季節
警察官に皐月さんの訃報を聞いた後、弥生と一緒に家に帰った。
弥生はショックを受け、出会った時以上に酷く落ち込んでいる様子だ。
「……」
かける言葉が見つけられない俺は、そばにいることしかできなかった。
皐月さんが亡くなって、弥生は本当にひとりぼっちになってしまった。
こういう時どうしても『たられば』を考えてしまう……。
もう少し早く弥生と出会っていれば……。皐月さんを探そうとしていれば……。俺が弥生に真剣に向き合っていれば……!
……
「……っ、嘘だよね。皐月ちゃん、いなくならないよね……」
「……」
「……っ!置いてかないでよぉ!!……ひとりにしないでよぉぉ!!」
弥生の、いっぱいになった涙が、感情が、一気に溢れ出した。
「うわあああぁぁぁぁんん……っ!!わあああああ……っ!!」
「……」
「皐月ちゃぁぁぁん……っ!!うわあああぁぁん……っ!!!」
「弥生……!」
慟哭する弥生を強く抱きしめる。
「うわあああぁぁん……っ!!」
「弥生……」
「うわあああぁぁぁぁんん……っ!!」
……
…………
………………
しばらく弥生は泣き続け、泣き疲れたのか眠ってしまった。
……
未桜に連絡するか……。
皐月さんのこと、伝えなきゃな……。
……
連絡を入れた後、俺は長谷川先輩の言葉を思い出していた。
『そりゃ、ペットを飼うってことは、命を預かるという責任が伴うことよ!簡単に飼えとは言わない!でも今こうやって面倒を見て、飼い主が見つからなかったら、はいさようなら?それは弥生ちゃんが可哀そうでしょ!真剣に向き合って考えてみて!』
「……弥生のこと、ほっとけないよな。……もうあんな、悲しい思いはさせたくない」
ガチャ、バタバタ
ドアの開く音が聞こえ、すぐ未桜がリビングに入ってくる。
「お兄……」
「し~っ」
人差し指を唇の前に立てるジェスチャーをする。
「ぁ、ごめん、弥生ちゃん眠ってるの?」
「うん。泣き疲れて眠っちゃった」
「……そっか」
部屋を移動しようかと思ったが、弥生が起きた時に周りに誰もいないと不安がるかもしれないので、そのまま小声で会話を続けることにした。
「未桜、アルバイトこっそり抜け出して来たのか?」
「そっ!……そんな訳ないでしょ!仕事にならないからって店長が……」
「……なるほど、店長が」
店長が帰らせてくれたのか。納得。
「それで話なんだが、俺は弥生を家で飼……違うな。家の家族にしたいって考えてる」
「うん、賛成!」
「でもその前に、弥生の気持ちを訊いてみないことには……」
「そうだね……」
……
「私、店長に話してくる」
「え、店に戻るのか?」
「弥生ちゃんには、お兄ちゃんが付いてれば大丈夫でしょ」
そう言うと、未桜は家から出て行った。
家の中が再び静まり返り、聞こえてくるのは弥生の寝息だけ。
……弥生。
「俺と未桜がずっとそばにいてやるからな……」
俺はそっと頭を撫でた。
……
…………
………………
夕方、目を覚ました弥生は慟哭することは無かったが、皐月さんのことを思い出し、静かに泣いていた。
……
弥生に家族になろうと言えないまま、3日が過ぎた……。
朝起きてリビングへ行くと、ずっと黙り込んでいた弥生が俺に話しかけてきた。急に話しかけられ少し驚いたが、すぐに落ち着きを取り戻した。弥生は小さな声で、『家に帰りたい』と呟いた。この場合”家”というのは俺の家ではなく、皐月さんの家のことだろう。
朝食や支度を済ませると、弥生とふたりで皐月さんの家へ向かった。皐月さんの住んでたアパートの前に着くと弥生は立ち止まった。アパートの前はとても静かだった。もうパトカーも警察官もいなかった。
俺がアパートに入ろうとしても弥生は入ろうとはしなかった。『家に帰りたい』と言ったので、無理を言ってでも大家さんに鍵を開けてもらおうと思っていた。それなのに、そのまま弥生はアパートの前で立ち止まって動かなかった。途中何度か『中に入らなくていいか』と訊いたのだが、弥生は黙ったまま部屋のある方を見つめていた。
その後、夕方になったら帰るという生活が1週間ほど続いた。
……
その日も朝から弥生に付き添い、皐月さんの住んでたアパートへ。俺は黙ってアパートを見つめる弥生を見ていた。
そして、約10日ぶりに弥生が口を開く。
「皐月ちゃん、本当に私のこと置いて行っちゃったんだね……。ひとりになっちゃった……」
「……」
「私、これからどうなるの……?」
……
「弥生。……俺たちの家族になってくれないか?」
「……!」
弥生がこちらを向く。
久しぶりに弥生の顔をまっすぐ見た気がする。
「……もう弥生をひとりにはさせたくない。悲しい思いはさせたくない。俺は弥生の笑った顔が好きだから、ずっと笑っていてほしい」
「……っ!」
「もう1度言うぞ。俺たちの家族に、なってくれ」
「うん……!」
その日から弥生は俺たちの家族になった。
◇
手続き等は、ほとんど店長さんが既にやってくれていていた。もちろん未桜も手伝ってくれた。
これからゆっくり、弥生と一緒に悲しみを乗り越えていこう。
……
皐月さんが亡くなった理由を後から聞いた。
時系列順に話すと、皐月さんは家族仲が悪く高校を卒業してすぐに家を出たらしい。家を出た後すぐに働き始め、弥生を飼うくらいの余裕はあるくらいの生活をしていたようだ。そんな中、知人や友人に裏切られ、お金も身寄りも拠り所も無くなり、いろいろ限界がきたのだろう。自ら命を絶ってしまったようだ。
皐月さんが弥生に辛いということを言えなかった……違うな、言えなかったのは、弥生に悲しい顔をさせたくなかったからじゃないかと俺は思う。
◇
未桜のアルバイトが休みの日、俺たちは皐月さんのお墓参りへ。
「ここに皐月ちゃんが眠ってるの?」
「そうだよ~。一緒に皐月さんに挨拶しよっか」
弥生が隣で手を合わせる未桜を見て真似をする。
「皐月ちゃん、こんにちは!」
「弥生、皐月さんに俺たちのこと、紹介してくれないか?」
「うんっ!……新しい家族の春お兄ちゃんと未桜お姉ちゃんだよ!」
そう言いながら弥生は明るく笑った。




