出会いの季節
「え……?家で面倒見るって言ったか?この子を?」
「うん……」
なんで家で……?それよりも、一体どこから狛仁を連れてきたんだ……?ハ……ッ!もしやペットショップから盗んできたんじゃ……!いや、流石にそれはないか。
「ーーとりあえず、どういうことか説明してくれ」
話を聞くためにリビングへ移動。
「それで、どういうことなんだ」
俺の対面に座る未桜に再度問いかける。
「今日ね、お店にこの子を引き取って欲しいっていう女の人が来てね、もちろん引き取りのサービスなんて全国どこのペットショップもやってないから、お断りしたの。それで、話を詳しく聞こうと思ったらね、その人がこの子をお願いって、この子を置いてお店から出て行っちゃたの。もちろん追いかけようと思って、私も店の外に出たんだけど、人通りが多くて見失っちゃった……。その後、お店に戻って店長にその出来事を話したの。そしたら、その女の人が見つかるまでのしばらくの間、店長がこの子を預かるって話になって……。でも、女の人を見失ったのは私の責任だから……。だからね!その女の人が見つかるまででいいから、家で面倒見れない?」
「ちょっとまて、店長が預かるって話はどこ行ったんだ?」
「あ……、それは、ね、……私がこの子を気に入っちゃって。責任感じてるし……」
こっそり連れて帰ってきてないよな……?
「店長はこの事、知ってるのか?」
「もちろん!ちゃんと話したよ!何回もお願いしたら了承してくれたよ!」
何回もお願い……。俺に相談も無しで……。
「まぁ、知ってるならいいか」
「だから、ね、お願い!!」
飼い主が見つかるまでなら……、まぁ、いいか。
未桜もペットショップでアルバイトしてることだし、知識もあるだろう。
「飼い主が見つかるまでな」
「やった!ありがとう!お兄ちゃん!」
店長もこの押しに負けたんだろうな……。
もし、飼い主が見つかったとして、この子はその後どうなるんだろうか。……俺が考えることではないか。
「それで、この子の名前は何て言うんだ?」
未桜の隣で俯いて座っている狛仁を見ながら問いかける。
「それがね、わからないの。女の人も何も話さずに行っちゃったし、この子に聞いても教えてくれないの」
一応、俺からも訊いてみるか。名前を尋ねる時は、まずは自分からだな。
「俺の名前は桃渓 春。こいつは妹の未桜。君の名前は?」
怖がらせないように優しく話しかける。
「……」
……答えてくれないか。しつこく話しかけると尋問みたいで、怖がらせちゃいそうだな……。
……
「弥生……」
!
「そうか、弥生って言うのか」
「お兄ちゃんすごい!私がいくら話しかけてもダメだったのに!」
とりあえず話せるみたいで良かった。
「そういえば、弥生のご飯とかってあるのか?」
多感な時期かもしれないから呼び捨てで。
「うん、店長からもらってきたよ。今晩と明日の朝のご飯、それとお試し用の狛仁用シャンプー。それと……」
店長、ありがとうございます。それと、うちの妹がすみません……。
「……そんなもんかな」
しばらく預かるなら、いろいろ買い揃えなきゃいけないな。
「ーー明日、いろいろ買い揃えに行くか」
「そうだね~。あ、私服見た~い!」
「お前の買い物しに行くんじゃないんだぞ」
「わかってるよ、弥生ちゃんの服!それくらいわかるでしょ~」
「……」
「私、弥生ちゃんとお風呂に入ってくるね!せっかく狛仁用シャンプーもらってきたし!じゃあ行ってくるね!」
返事をする間もなく行ってしまった。
それにしても、弥生の飼い主はどうして弥生を……。どうしても飼えなくなるような、やむを得ない事情があるんだろうけど……、家族や友人には頼まなかったんだろうか……。
◇
「どう?気持ちいい?」
鏡越しに見えるシャンプーハットを被った弥生。ギュッと目を閉じてて可愛らしい。
「……ねぇ、弥生ちゃん。うちの店に一緒に来た人のこと、訊いてもいい?」
さっきまで力んでいた瞼や肩から力が抜けるのがわかった。
「……皐月ちゃん」
「皐月さんって言うんだね」
弥生ちゃんは小さく頷いた。
「皐月さんって、どんな人なの?」
「いつも明るくて、優しくて、よく頭撫でてくれて……」
「ちょっと頭流すね、目しっかり閉じてて~」
シャワーのお湯でシャンプーが排水溝に流れていく。
「それでそれで?」
「でも最近は暗い表情してることが多くて……、どうしたの?って訊いても頭撫でてくれるだけで……」
「……」
「今日久しぶりにお散歩行くって言ってくれて、嬉しくて……。でも皐月ちゃん、私を置いてどこか行っちゃった……。皐月ちゃんに会いたいよぉ……。お家に帰りたいよぉ……」
「……!」
静かに涙を流す弥生ちゃんを、優しく抱きしめる。
「そっか、ごめんね……。会いたいよね……」
明日、皐月さんと弥生ちゃんの家に行ってみよう。
皐月さん、いるといいけど……
……
…………
………………
◇
「しゅっぱ~つ!」
「……」
「ほら、弥生ちゃん、出発って言ったら、進行って返さなきゃ」
「しゅっぱ~つ!!」
「し、しんこ~ぅ……」
朝からテンション高いな……。
昨日、風呂から上がってから少し仲良くなってたし……。
「ーーそれで、どこから行くんだ?」
「まずは、弥生ちゃん家!」
飼い主がいるかもしれないしな。
「ーー場所は、わかるのか?」
「公園が弥生ちゃんの散歩コースみたいだから、公園に行けばわかるんじゃないかな」
「じゃあ、公園に向かうか」
「しゅっぱ~つ!」
「しんこ~ぅ……!」
到着。
「ここが弥生ちゃん家か」
着いた所は公園を挟んで家とは反対側で、閑静な住宅地にあるアパートだった。
「ここの202号室か」
アパートの中は少し動物臭がするが、外見はとてもきれいだ。
階段を上り、202号室のドアの前で立ち止まる。
「ここが皐月さんの……」
「ん?皐月さん?」
ガチャガチャガチャ!
弥生ちゃんがドアノブを必死に下げようとするが、鍵が掛かっているためドアは開かない。
ドン!ドン!ドン!
「皐月ちゃん!開けて……!」
ガチャガチャガチャガチャ!
皐月さんっていうのは弥生の飼い主の名前か。
「とりあえずインターホン押してみよう、な?」
そう言うと弥生は、ドアノブからゆっくりと手を放した。
これだけガチャガチャやっていれば、気づいて出てきそうだが……。
ピンポ~ン
家の中からも微かにインターホンの音が聞こえてくる。
……
「出て……こない、ね」
「そうみたいだな」
弥生は俯いたまま微動だにしない。
「一旦出直すか。昨日言った物を買い揃えて、その後またここに戻ってこよう」
「弥生ちゃん、また後で来よう?ね?」
ここに残るって言うかもしれないと思ったが、弥生は小さくだが頷いた。
未桜のおかげ……かな。
「いらっしゃいませ~」
ペットショップに到着。
「店長~、来たよ~」
「あら~ん、未桜ちゃんいらっしゃい、そ・れ・に、春ちゃんも♡いらっしゃい♡」
ペットショップ埴原の店長、埴原 慎吾さん。前にも言ったが、母の親友だ。そしてオネエだ。
「こんにちは店長、昨日は未桜が迷惑をかけたみたいで、どうもすみません」
俺が頭を下げると
「いいのよん♡そ・れ・に、昨日はちょ~っぴり忙しかったから、未桜ちゃんが面倒見るって言ってくれて、正直助かってたのよん♡それで今日はその子に必要な物を買いにきたのね。ゆ~っくり見てってちょ~だい♡」
このように寛大な心の持ち主だ。だが怒ると、ものすごく恐い。
今は店長のことより弥生のことだな。
「ーー未桜、何が必要なんだ?」
「ご飯と、服、それにシャンプー、あとは歯ブラシとかかな」
「おっけ」
未桜と弥生と一緒に中を見て回る。結構いい値段するな……。こんな物まで?!などと思っている中、未桜が商品をぽんぽんとカゴに入れる。
「弥生ちゃんは何色が好き?」
俯いてずっと無言でついて来ていた弥生に未桜が話しかけた。
「赤……」
「赤色ね、おっけ~」
未桜が弥生に似合いそうな服を見繕う。おいおい、買いすぎじゃないか……。
……
買い物を終え、一度皐月さんの家に戻ってみたのだが、まだ留守のようだった。なのでまた出直すことに。
それで時間をつぶす……じゃなくて、弥生と仲良くなるため公園へ移動。
公園で元気に遊ぶ……とも行かず、ベンチで休憩。全員。
「なぁ、せっかく公園に来たんだし、何かしようよ」
「荷物持ち疲れたから、ちょっと休憩~」
「荷物持ってたの全部俺だろ!未桜はリード握ってただけじゃないか!弥生も何か言ってやってくれよ~」
「……」
朝から弥生は俯きっぱなしだ。
「皐月さんと会ったとき、弥生の暗い顔見たらきっと落ち込むぞ。だから、笑顔」
弥生に俺の顔が見えるようしゃがみ、に~っと歯を見せて笑ってみせる。
「くすっ……」
「そうだ、辛い時こそ笑え」
「うん……」
もう1度、歯を見せて笑ってみせる。
「なにそれ、お兄ちゃん、変な顔~」
あははと笑う未桜。それに釣られて弥生も笑う。
「あはは!」
「あはははは!!」
「ふふっ」
「なんだか楽しそうじゃん、私たちも混ぜて~」
声のする方を見ると、長谷川先輩とフローラちゃん、ルナちゃんが立っていた。
「昨日ぶりだね、春くん」
「そうですね、こんにちは長谷川先輩、フローラちゃん、ルナちゃん」
「その子は彼女?」
長谷川先輩の視線の先は……。
「違いますよ!妹です!」
「どうもこんにちは、妹の未桜です」
「なんだ、妹ちゃんか~、どうも初めまして、長谷川 莉乃です。春くんの彼女です♪」
長谷川先輩がパチッとウィンク。
「ちょっ!長谷川先輩!」
「冗談よ~、本当は春くんの1個上の先輩よ。耳まで真っ赤にしちゃって可愛い~」
「私たちも自己紹介する~!フローラです!」
「ルナです……」
「2人合わせてーー」
「「フロルナです」」
なにそれ……。
「なにそれ……」
長谷川先輩も?!
「1度言ってみたかったんだ~、ふたりで考えたんだよ」
「うん……。ふたりで考えた……」
「そうなんだ……。それで、その子は?」
「この子は弥生です。……事情があって今、預かってる……って感じです」
長谷川先輩が俺の顔をじっと見つめ、顎に手を当て考える動作をする。
「……未桜ちゃん、いきなりで悪いんだけど、弥生ちゃんと一緒にうちの子たちと遊んでもらってもいい?」
「え、長谷川先輩……?」
「……はい!いいですよ!」
「ありがとう、未桜ちゃん」
「弥生ちゃん、フローラちゃん、ルナちゃん、向こうで一緒に遊ぼうか」
「え~!はじめも遊ぼうよ~!昨日約束したじゃん!」
「フローラ、春くんは今から私と大事な話があるの。後で合流するから、ね」
「わかった……。じゃあ後でね!」
「ごめんね、未桜ちゃん。お願いね」
「任せてください!」
未桜は弥生たちの手を引いて広場の方へ。
「春くんもごめんね、……でも何か困ってるんでしょう?なんだか、言いづらそうにしてたし。私でよければ、話してくれない?」
「……はい」
俺は長谷川先輩に弥生のことを話した。
……
「そういうことね。……それでもし飼い主の方……その皐月さんが見つからなかったら、春くんはどうするの?」
「どうしましょうね……」
「どうしましょうね、じゃないでしょ!最悪、殺されちゃうかもしれないのよ!」
「……」
「そりゃ、ペットを飼うってことは、命を預かるという責任が伴うことよ!簡単に飼えとは言わない!でも今こうやって面倒を見て、飼い主が見つからなかったら、はいさようなら?それは弥生ちゃんが可哀そうでしょ!真剣に向き合って考えてみて!」
そうだよな……、あまりにも無責任すぎだったよな……。
「……わかりました」
「困ったことがあったら相談に乗るから、ね?」
「ありがとうございます……、長谷川先輩」
よく揶揄ってくるけど、ずっと面倒を見てくれる……。
長谷川先輩には、頭が上がらないな……。
「真剣に向き合って、考えてみます」
「よし、じゃあ遊びに混ざりに行こうか」
「はい!」
◇
公園で遊び、長谷川先輩たちと別れた後、皐月さんの家へ再び行くが、まだ留守のようだったため、帰宅。
「少し遅くなっちゃったな」
「急いでご飯作っちゃうから、お兄ちゃん弥生ちゃんと先にお風呂入っちゃって」
「おう、って、はぁ?!」
「シャンプーとかは今日買ったやつ使ってね」
「ちょっ!ちょっと待て!」
さすがにまずい気がする。いくら狛仁とはいえ、体は……。
「あ、パジャマ?それも袋に入ってるから。……ハッ!もしかしてお兄ちゃん、ロリコ……」
「入ってきます!!」
俺は弥生を連れ脱衣所へ。
……
「よし、入るか」
「うん……」
ブラシで髪をとかし、服を脱ぎ風呂場に入る。体はあんまり見ないようにしなきゃな。
「……なに、これ?」
俺の股間を指さしながら。
「よっし!まずは頭洗ってやるからな!シャワーかけるから目閉じろ~」
何も聞こえなかったな!よし!
頭をシャンプー。わしゃわしゃ。尻尾もシャンプー。わしゃわしゃ。
「よし、じゃあ流すからな~」
……
次は体か……。
「前の方は自分で洗えるよな?背中は洗ってやるから」
ごしごし。背中、小さいな……。
皐月さんに会えたとしても、弥生は……。
「よし、流すぞ~」
「次は俺が洗う番だから、弥生は湯舟に浸かっててな」
湯舟に弥生を入れる。
頭を流し、シャンプーしながら弥生に話しかける。
「今日楽しかったか?」
「うん」
「みんなで何して遊んでたんだ?」
「だるまさんがころんだ」
「上手く止まれたか?」
「うん。フローラちゃんがね、すぐ動いちゃうから」
「ハハッ!鬼ばかりやってたのか!」
「うん。くすっ」
弥生と、こんなに話せたのは初めてだな。こうやって普通に笑えるのか。もう、あんな寂しそうな顔はさせたくないな……。
「また明日、弥生の家に行ってみような」
「うん」
……
…………
………………
「あれ?お兄ちゃん、弥生ちゃんのシャンプーで頭洗ったでしょ~」
え、まじ?くんくん……。
「しまった、間違えた~!!!」
夜空の星が輝く下で、皆の笑いがこだまする。弥生も楽しそうに笑ってるし、まぁいいか。
◇
次の日、未桜はアルバイトのため、弥生とふたりで皐月さんの家へ。
「今日は会えるといいな」
「うん!」
アパートの前にはパトカーが数台止まっていた。何かあったのかなと思いつつアパートの階段を上り2階へ。202号室のドアの前に警察官が立っていて、声をかけられた。
「ここの部屋の人のお知り合いの方ですか?」
「あ、いえ、でもここの部屋の……、皐月さんのペットを預かってて……」
「そうですか……、昨夜、皐月さんのご遺体が川で発見され……」




