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裏技

 クイトは手帳を取り出して読んでいた。


「何をやっているんだ?」


 ハムバの質問に、クイトは手帳を読みながら答えた。


「ここで行方不明になった捜査班が残した記録を調べているの」

「記録を紙に書いていたのか?」

「ギルドの貸し金庫に残っていたのを見つけたの。一度目を通したけど、この巣穴に関する記録も残っていたはずよ」

「巣穴を歩きながら読むのは感心しないな」

「普通ならね。索敵(センシング)は任せた。信頼しているからね」


 ハムバはあきれた様子だった。


「まあ、任せておけ。旧式とはいえ装甲強化服(フル・アーマー)の索敵能力は、人間より優れている」

「頼りにしているわよ」


 クイトは重要な部分を二度読みした。神竜の巣穴は地下三十六階。十二階までは物理攻撃を得意とする魔物が中心。十三階から二十四階までは魔法攻撃を得意とする魔物が中心。それより下はハイレベルの混成部隊。武力と魔力、両方が高いレベルを要求される、まさに難関だ。パーティー全員がレベル三十五以上は欲しい。だが間接的ではあるが、抜け道はなくはない。かなりのギャンブルになるが、当たれば攻略の条件は満たせる。クイトは腹を決めた。


「今日中の攻略はあきらめる。今日一日は経験値稼ぎに徹するわ」


 一同は無難な選択だと思ったが、アイリーンは違った。


「アンタならなんとかなるんじやないか。伝説(レジェンド)で、ドラゴンを乗り回しているそうじゃないか」

「どちらも間違い。まだ伝説(レジェンド)じゃないし、ドラゴンに乗ったのは一回だけよ」

「一回で充分だ。普通の冒険者じゃ、一回すらできないだろう」

「ここのドラゴンは別格なの。風竜よりランクが三つも上、天と地ほども差があるわ」

「案外臆病者(チキン)だね」

「ほめ言葉ありがとう。無謀な真似をして死に急ぐ馬鹿よりは、はるかにマシよ」

「ちっ」


 アイリーンは挑発に乗らないクイトにイライラした。


「先任、では具体的な作戦は?」

「二十階あたりまで潜る。そこならボロ儲けできる可能性があるわ」


 質問したハムバだけでなく、他の三人も躊躇(ちゅうちょ)した。


「一階の雑魚がトロールキングですよ。そりゃ二十階なら相当強い魔物が出るでしょうから、経験値は稼げるでしょう。でもリスクが高すぎませんか?」

「リスクがあるのは否定しないわ。でも『虎穴に入らずんば虎児を得ず』って言うじゃない」

「彼女が言っているのはそういうことではなく、リスクが高すぎてリターンが得られる前に全滅しないか、またリスクに見合うだけのリターンが本当にあるのか、ということだろう」

「前者については否定しないわ。でも私はボロ儲けと言ったのよ。ローリスク・ハイリターンな経験値の稼ぎ方があるの。全体で見れば、そのリスクをとる価値はあるわ」

「そんな方法が本当にある? そうならみんながすでにやっているはず」

「俺もそう思う」


 イリリにハムバが加勢した。


「入り口のハードルが高いから、誰でもできるわけじゃない。だからあまり知られてないの」

「ゴチャゴチャ言ってないでさ」アイリーンがしびれを切らした。「とにかく潜ってみて、無理そうだったら引き返す。それじゃ駄目なの?」


 アイリーンが珍しく役に立った。



 一行は十二階の出口になんとかたどり着いた。


「ハード過ぎますよ」キョーコは回復薬(ポーション)の栓を抜くとグビグビと飲み干した。「Bランクの中ボスが雑魚なんて。魔法の援護(バックアップ)がなかったら、死んでますよ」


 キョーコは感謝の視線を、やはり回復薬(ポーション)を飲んでる二人に向けた。


「うむ、仲間への感謝を忘れてはいけない」


 一人で納得してうなずくハムバに、アイリーンが恩を売った。


「だったらアタシに感謝しな。その長槍(えもの)、アタシが鑑定したドロップ品だよ」

「もちろん感謝している。銃弾が切れて困っていたのだからなおさらだ」そうは言ったものの、ハムバもやり返した。「だが体を張っておまえを守ったのは俺だぞ」


 確かにハムバの装甲強化服の正面は傷だらけになっていた。しかしクイトとキョーコの鎧の傷は、それと比べるとはるかに少ない。その差は歴然だったが、幸か不幸か、ハムバは自分の装甲強化服を見ることができない。鏡がなければ自分の顔を見れないのと同じだ。

 他の四人から見れば、二人は文字通りレベルが低かった。実力も、会話も。


「ここから先は、敵の様子が変わる」回復薬(ポーション)を飲み終わったクイトが言った。「物理攻撃から魔法攻撃が主体の魔物に変わる。前衛だけでなく後衛にも脅威が及ぶ」


 やはり三人の表情が冴えなくなった。アイリーンまで。


「後衛は敵の攻撃の無力化を中心にし、攻撃は前衛に任せろ」

「うむ、攻撃は黒騎士に任せておけ」


 ハムバが誇らしく言ったが、返ってきたのは信頼ではなく質問だった。


「黒騎士って何?」

「俺が率いている小隊の名前だ」ハムバは優しくハナナに答えた。「いかにも強そうだろう」


 クイトは「オメガ7」の作者を連想した。間違いなく偶然だろうが。他の四人はというと、しらけていた。


「だからロボットを黒く塗っているの?」

「ロボット……まあ、そうだ。黒は高貴な色だ」

「高貴ねぇ」


 ハナナへの答えを聞いたアイリーンは吐き捨てるように言った。

 このやりとりを見ていたクイトは、やはり頭が痛かった。この二人をなんとかしなければならない。


「ではポジションを変えよう。ハムバをセンターにして、私がレフトに回る」


 予想通り四人は嫌な顔をした。


「よし、任せておけ」


 花形ポジションを与えられたハムバはご機嫌だったが、もちろんクイトには魂胆があった。ハムバに自分を過大評価していることに気づいて欲しかった。そうでなければ成長は始まらない。そのためにはパーティー全体のリスクを一時的に増やすのも仕方ない。リスクをとるとしたら、まだ階が浅い今しかない。クイトはそう考えた。もちろん嫌な顔をした四人は同意したわけではないだろうが、反対はしなかった。

 パーティーは十二階から十三階に降りた。


「リーダー、注意すべき敵は?」


 イリリは如才なくクイトに訊いた。


「二十四階までで最強の敵は上級悪魔(グレーターデーモン)だ。強力な攻撃魔法を使ってくるうえに、こちらの魔法を一切受け付けない。攻撃魔法だけでなく、状態(ステータス)異常の魔法も効かない。魔法を封じることも、魔力(MP)を減らすこともできない。それどころかこちらの魔力(MP)を奪う魔法を使える。そして戦闘が長引くと、仲間を呼ぶ」

「うぇ、嫌な相手」


 誰も声に出さなかったが、全員がハナナの言葉に同意していた。考えうる限りのいやらしい条件を備えている。同意の言葉をあげても士気が下がるだけだ。

 クイトはモノクル機能をオンにして、ハナナを見た。紫音の手帳の情報が正しければ、そろそろ開眼してもおかしくない。はっきり言えば、開眼してくれないと困る。だがクイトは何も言わなかった。過剰なプレッシャーを与えて萎縮されては困る。クイトの見立てでは、ハナナはプレッシャーに弱いタイプだ。


 そして試練(エンカウント)はやってきた。クイトたちの前に現れたのは、八体の魔物だった。前衛は邪神像四体、後衛はイーヴィルメイジ三体とグレーターデーモン一体。可能性はゼロではなかったが、まさか十三階初の戦闘で登場するとは、クイトは思っていなかった。だがリスクをとった以上、そのツケは払わなければならない。


「後衛は攻撃魔法が効かない。前衛の殲滅を最優先。イリリは前衛に攻撃魔法、ハナナは補助魔法。息(ブレス)の麻痺(スタン)攻撃があるぞ。後は各自で対応!」


 クイトが指示を出し終わるのとほぼ同時に交戦が開始された。クイトとキョーコは邪神像と斬り合いになった。邪神像たちが揺れ、わずかなひびが入る。イリリの攻撃魔法の効果だが、邪神像は魔法耐性が高く、思ったほどの効果が上がらない。今度はクイトたちが熱波と衝撃に襲われる。イーヴィルメイジの攻撃魔法だ。ハナナの回復魔法で苦痛が、ダメージが薄らいでいく。クイトの顔の近くをかすめて矢が飛ぶ。イーヴィルメイジの一人の額に命中し、メイジが悲鳴を上げて倒れる。矢はアイリーンが放ったものだ。致命的(クリティカル)な効果が込めてあったらしい。


「アタシには指示がなかったから、自分の判断でやらせてもらうよ」


 アイリーンの声だ。悪くない判断だ。クイトは返事をする暇がなかったが、アイリーンを止めないことで肯定した。

 一番苦戦していたのはハムバだ。突いた長槍が的から外れ、長槍の間合い(レンジ)の内側に邪神像二体に入り込まれた。長槍を捨てて、二対一のど突き合いを演じる羽目になった。

 全員が電撃に襲われた。グレーターデーモンの魔法攻撃だ。体が灼けるように熱く、痺(しび)れる。ハナナの回復魔法と同時にイリリのダメージ軽減魔法がかけられる。攻撃魔法の効果が薄かったので、切り替えたようだ。悪くない判断だ。クイトが、続いてキョーコが邪神像に一撃を見舞う。だが固くて大ダメージを与えられない。メイジの攻撃魔法が前衛のクイトたちをすり抜けた。アイリーンのうめき声が聞こえたが、すぐに矢が逆向きに飛んだ。再びメイジの額に穴が開く。今度はメイジは悲鳴を上げる間もなく倒れた。



 戦闘は十分近くも続いた。ようやく終わったとき、クイトたちはボロボロになっていた。戦闘が長引いた結果、グレーターデーモンに仲間を呼ばれ、結局グレーターデーモン三体を倒す羽目になった。


「回復薬(ポーション)の飲み直しだな」


 クイトはそういうと、五人分の瓶を異空間から取り出して、四人に投げて渡し、自分も飲んだ。そのときハナナをモノクル機能オンで見た。グレーターデーモン三体分の経験値が高かったおかげで、レベルが上がっていた。これが吉と出たかまでは確認できなかった。

 ハムバは四苦八苦していた。装甲強化服はボコボコになっていた。思うように動かない。とうとうあきらめたハムバは、緊急脱出装置を内側から使った。


「酷え目に遭った。こりゃ一時撤退して出直しだな」


 敵を一体も倒せずぼやくハムバに、クイトは冷たい視線を浴びせた。


「撤退はしない。方針は伝えたはずだ」

「だが状況は変わった」


 クイトに反論したハムバだが、冷たい視線を浴びせているのはクイトだけではないことに気づいた。


「少なくとも、私たちは変わっていない」

「俺は装備を失った……」


 クイトはハムバの反論を許さなかった。


「アイリーン、ドロップアイテムの鑑定を頼む。使えそうな武器と防具を見繕(みつくろ)ってくれ」

「いいけどさ、料金を請求していいかい?」

「パーティーの安全じゃ安いか?」

「安全……ねぇ」


 アイリーンに浴びせられた視線と言葉で、ハムバの血圧が上がった。


「では妹の名誉でどうだ?」

「……いいだろう。クソでも妹は妹だからな」


 アイリーンはアイテムを拾い始めた。肌の色でわかりにくかったが、顔が赤くなったハムバに、クイトは言い放った。


「私たちが頼んだわけじゃない。勝手についてきたんだ。撤退したいのなら止めない。だが私たちは任務の遂行を優先する。一人でお先にどうぞ。その度胸すらないのなら、アレの中に戻れ。私たちが戻ってきたとき、回収してやる。そのときアレが鉄の棺桶になっているかもしれないがな。まあ、私たちが戻ってこられるという仮定の話だがな」


 ハムバが全くの馬鹿ではないことを祈りつつ、クイトは続けた。


「偶然だが私の世界にも黒騎士と呼ばれた部隊がいた。装甲強化服ではなく戦車部隊だった。その戦いの苛烈さは、こう形容された。『黒騎士の戦士に休息はない。あるのは鉄の棺桶だけだ』。おまえも黒騎士を名乗るのなら選べ。棺桶の休息か、さもなくば任務と生存のための戦いか」


 空気は一気に緊張感をはらんだ。


「ほらよ。鑑定終わり」


 アイリーンは無造作に武器と防具を床に放り出した。


「クイトの言う通りさ。どっちか選びな。どっちも中古だけど」


 ハムバはクイトが危惧したほど馬鹿ではなかった。

 ハムバが身支度を整えるのを待って、クイトは命じた。


「各自、ステータスを確認」


 クイトは全員が自分の右手を見るのを目視で確認した。


「レベルが上がってます」とキョーコ。

「同じく」今度はイリリ。

「アタシも」とアイリーン。

「私も上がった。新しい呪文を覚えた」ハナナの言葉にクイトは密かに期待を寄せた。

「俺は変わらん。もう少しだったが」ハムバはぼやいたが、あまり周囲に気にしてもらえなかった。


 クイトはハナナに質問をした。


「新しい呪文は何だ?」

「『アトランダム』の呪文。『何が起きるかわからない呪文』? こんなの使えるの?」


 ハナナの疑問にイリリが答えた。


「正確には八種類の効果があり、そのどれが起きるかわからない呪文。他の呪文では得られない効果ばかり。賭博性があるが、状況によっては使えると思う」

「パルプンテみたいですね」


 キョーコの言葉にハムバは眉をしかめた。


「そんな呪文は知らん。ハマンとマハマンなら知っているが」


 クイトはにやりとした。


「この世界でしか習得できない呪文だ。これで待望の荒稼ぎができるぞ。ハナナ、グレーターデーモンが現れたら、その呪文を使え」


 ハナナはその理由を訊こうとしたが、その前に敵が現れた。敵の中にグレーターデーモンがいた。普通なら不幸の連続だが、今のクイトには幸運だった。


「ハナナ!」


 クイトにうながされて、ハナナはアトランダムの呪文を使った。敵の声が聴こえなくなった。


「『沈黙による支配』の効果」


 イリリの言葉にクイトがうなずいた。


「敵の魔法を完全に防ぐ効果よ。一発で出るとはラッキーだ。グレーターデーモン以外の敵を倒せ」

「この中ではグレーターデーモンが一番強いですよ?」


 キョーコの不安をクイトは否定した。


「大丈夫だ。グレーターデーモンだけ残せ」


 ハムバも不安を覚えていたが、先ほどの手前、クイトには逆らいにくかった。パーティーはグレーターデーモン以外の敵を倒し、後は二匹のグレーターデーモンだけになった。

 仲間の魔物か倒されていく間、グレーターデーモンたちは呪文を唱えようとしたが、沈黙に支配されてできなかった。グレーターデーモンには魔法が効かない。普通なら。だがアトランダムは例外だ。


「後は防御に徹しろ」

「なぜだ?」


 さすがにハムバも疑問と不安を抑えきれなくなった。


「先任は私だ。なんならどっちが先任か、今決着をつけてもいいぞ」


 同士討ち(パーティーアタック)すら辞さないクイトの強硬な態度は、ハムバの予想を越えていた。さすがにハムバも従わざるを得なかった。グレーターデーモンは怖い。だが今のクイトはもっと怖い。


 呪文をあきらめたグレーターデーモンたちは、触角を振るわせて分泌物を出して、仲間を呼んだ。


「よし、増えた数だけ倒せ」


 グレーターデーモンは魔力メインの魔物で、武器による戦闘は苦手だった。攻撃力も防御力も、同格の魔物の中では一番弱かった。前衛が武器を振るい、後衛からアイリーンが矢を射る。イリリが前衛に攻撃力と防御力を上げる魔法をかけ、ハナナが負傷者を治療した。グレーターデーモンは増えた数だけ倒された。そうするとグレーターデーモンはまた仲間を呼んだ。

 これをしばらく繰り返しているうちに、パーティー全員がクイトの意図に気がついた。それからは誰も疑問も文句も口にせず、黙々と戦った。

 この戦闘を延々と三時間も繰り返した。


「疲れたな。もうここら辺で終わらせよう」


 クイトの指示で、グレーターデーモンを全滅させた。


「よし、ステータスを確認」


 全員が自分のステータスを確認した。


「じゅ、十万も経験値が上がりました! レベルが一気に五も上がりました。ステータスも急上昇です!」

「私は二十万! レベルが六つ上がりました」

「経験値が七万五千、レベルが二つ上昇」

「んーと……レベル三十、三十代! 一回の戦闘で? マジ?」

「お、俺がレベル二十六! 達人(マスター)の仲間入り?」

「どう。凄いでしょう」


 クイトがドヤ顔で言った。


「裏技中の裏技、『グレーターデーモン養殖技』よ。高い経験値が稼げるグレーターデーモンを、楽に沢山倒せる方法よ」


 キョーコが疑問を口にした。


「先輩の黒刀でもよかったんじゃないですか?」

「それじゃあ私たちも魔法が使えなくなる。後衛の二人は経験値が稼げない。それにグレーターデーモンは武器戦闘が苦手とはいえ、私たち前衛も無傷じゃすまない。ハナナに治療してもらう必要があるじゃない」

「「「「なるほど」」」」


 イリリ以外は異口同音に答えた。


「入り口のコンビニで買った回復薬(ポーション)はほとんど使っちゃったわ。でもこの巣穴、中でコンビニを営業しているの。三階下よ。その前に軍資金を回収しないとね。アイリーン……」

「言われなくてもわかっているよ。今日は喜んでただ働きさせてもらうよ」


 こうしてクイトたち六人は丸一日裏技に没頭した。そして全員レベル三十五以上という目標を達成した。

 意気揚々と帰る途中、キョーコはクイトのレベルを見た。四十九のままだった。


「先輩だけ、レベルが上がりませんでしたね」

「さすがに五十になるのは、簡単じゃないわ。あの程度の経験値では無理。だから伝説(レジェンド)と呼ばれるのよ」

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