失踪
クイトたちが夜になってギルドの本部の宿屋に戻ってみると、ホッパーが待っていた。
「クイト様、お待ちしてました」
心配そうなホッパーの表情に、クイトたちも不意に心配になった。
「なに? 私たちならこの通り平気だけど」
「ギルド長がどこへ行ったか、ご存じありませんか?」
「いいえ。まさか、行方不明?」
「そのまさかです」
クイトたち四人は顔を見合わせた。クイトが引き続き代表してホッパーに訊いた。
「なぜ私たちに訊ねるの?」
「ギルド長が本部を出たのは、クイト様ご一行が本部を出た直後なのです。人と会う用ができたと申していたので、ひょっとしたらクイト様かと思ったのですが」
「いいえ。そんな約束も用もなかったけど」
「そうですか」
用が全くないと言えば嘘になるが、会っていないのは事実だ。
「以前にはそういうことは?」
「ありません。今回が初めてです」
「家族や親戚には?」
「問い合わせてみましたが、どこにも寄っていないそうです」
「それは心配ね。私たちも探そうかしら?」
「あ、いえ、それには及びません」
ホッパーは今度は恐縮した。
「すでにギルドのかなりのメンバーが探していますので」
「そう。じゃあ私たちは休ませてもらうわ」
部屋に戻ったクイトたちは、議論を始めた。
「どう思う?」
第一声を切ったのはクイトだった。
「アタシたちに濡れ衣着せようとして失敗したから、トンズラしたとか?」
「うん、ありそう」
「そうは思わない」
キョーコとハナナに異議を唱えたのはイリリだった。
「アーンリがギルドを出たのは自分たちの直後。アイリーンを捕らえてハムバたちを退けるよりも早いタイミング」
「俺もその線は薄いと思う。イリリとは理由は違うが」
全員がクイトに注目した。
「そもそも日本出張所の俺たちがここまで出張ってきたのはなぜだった?」
「マリエル出張所内部に容疑者がいたからでしょう」
即答したのはキョーコだった。
「つまり、日本出張所の俺たちなら容疑者にはならない。具体的に誰かは知らんが、俺たちの派遣捜査を決めた偉い人間はそう判断したわけだ。その俺たちに濡れ衣着せるのは無理筋が過ぎる。そんなことをしたら、かえって自分が疑われる。アーンリもその程度の判断はできるだろう」
「そうかもしれませんね」
キョーコは同意しつつも、アーンリへの疑問がぬぐえなかった。
「でもアーンリの態度は初めから不自然じゃなかったですか? アタシたちに非協力的でしたし。事件を真面目に解決する気がないんじゃないかと思いましたよ」
「自分で事件を解決したかったんじゃない。手柄を私たちに横取りされたくなかったのかも」
歳の割にはハナナは鋭かった。
「プライドの高いエルフなら、充分あり得る」
「……まあ、そうかも」
キョーコは妥協したが、クイトは違った。
「でも自力で解決するつもりにしては、肝心の捜査がお粗末すぎるな。例えばハムバのことをどう思う?」
三人は返事に困った。誰も返事をしないので、クイトが先を続けた。
「はっきり言って無能だと俺は思う。あのレベルの人物を小隊長に据えているようでは、マリエルの特務課はよほど人材に困っているか、アーンリには人を見る目がないんだろうな」クイトはちょっと間をあけて、先を続けた。「でなければ、事件を迷宮入りさせたくて、わざと無能に捜査をやらせているかだ」
「先輩はどっちなんですか?」キョーコが問いただした。「アーンリを有罪だと思っているんですか? 無罪だと思っているんですか?」
「まだわからない」クイトは正直に答えた。「どちらとも考えられる材料がある。だがどちらとも考えられない物もある。この失踪だ」
三人はクイトの話に引き込まれた。
「この失踪、アーンリがシロでもクロでも説明がつかない。シロなら失踪する必要がないし、したら要らない疑惑を招くだけだ。クロなら自白に等しいが、このタイミングはないだろう。キョーコが言ったが、アイリーンを使って俺たちに罪を着せようとした、という筋書きも無くもないが、筋書き自体がお粗末すぎて説得力がない。本当にクロならギリギリまで協会に留まって、特務課課長の権限を使って隠蔽工作なり妨害工作なりを続けたはずだ」
「私たちをデーターベースから遮断したり、巣穴に出入り禁止にしたみたいに?」
キョーコの質問に、クイトはうなずいて答えた。
「俺はアーンリの行方不明は、失踪ではなく拉致の可能性があると思っている」
場に緊張感が走った。
「犯行グループにトカゲの尻尾切りをされたとか?」
「犯人にでっち上げられたのかも?」
キョーコとハナナの疑問に、クイトは憂鬱な顔をした。
「その可能性も無くはないが、逆の可能性を忘れているぞ」
「「逆?」」
キョーコとハナナがハモッた。
「拉致したのは協会かもしれない」
今度は二人は戸惑った。
「正確には逮捕かな。アーンリの有罪が確実になったので逮捕したんだ」
「協会の誰が逮捕したんですか? 捜査しているのは私たちですよ」
キョーコは裏事情を知らない。ハナナもだ。疑問に思うのも当然だとクイトは思った。
「公安だよ。俺たち特務課は、世界間にまたがる犯罪者が縄張り。それに対し、協会内部の犯罪者を縄張りにしているのが公安だ」
「コーアンなんて組織、あったの?」
オダダ人のハナナは、こういう点は素朴だ。だが日本人のキョーコはそれに比べればすれていた。
「噂には聞いたことがありますけど、実際には見たことありませんよ。公安って、マリエル出張所にあるんですか?」
「それは俺も知らない。だが日本出張所にはある。俺たち特務課は、他部署と比べれば秘匿性が高い。だから他の課が数字で呼ばれているのに対し、特務課には数字がない。数字から存在を推定されないためなんだが、公安は特務課よりも更に秘匿性が高い。公安は別の組織の皮を被って化けているんだ。日本出張所の場合は九課だ」
キョーコとハナナは思わずイリリを見た。
「九課が研究部門だというのは本当だ。だが一口に研究といっても範囲が広いし、専門性が高いから外から見たら何をやっているのかよくわからない。だから隠れ蓑としてはうってつけなんだ。九課の中に公安が紛れ混んでいるんだ」
クイトがそう言った後、三人は無言でイリリの言葉を待った。しばらく経って、イリリが口を開いた。
「九課には守秘義務がある」
キョーコはそれを肯定の返事と受け取った。
「アタシの十倍も経験値があったのは、そういう訳ですか。光学迷彩だけではなく、公安9課も現実にあるとは、協会は凄いですね」
これは純粋に感心しているのか、それとも厭味が混じっているのか? キョーコの言葉は、はたから聞いていると判断しづらかった。
「イリリは本当にコーアンなの?」
「九課には守秘義務がある」
「何を訊いてもその返事しか返ってこないと思うよ」クイトはハナナに教えた。「イリリから情報を聞き出そうとしても無駄だろう」
イリリは無言だった。ご理解が早くて助かる、などという軽口をたたく性格ではなかった。ここ数日でそのことを承知していたキョーコは、クイトに訊いた。
「先輩はいつから公安を疑っていたんですか?」
『イリリ』ではなく『公安』と言ったのは、当然の気配りだった。
「昨日の朝、捜査の早期打ち切りを告げられたときからだ。事件が解決していないのだから、当然捜査そのものは続くはずだ。俺たちに代わって捜査を引き継ぐのは誰か? 考えてみたら候補は一つしか浮かばなかった」
「でも、それだとおかしくない?」ハナナが疑問を出した。「私たちの捜査が終わって、自分たちが捜査を始めてから逮捕するのが自然じゃない?」
「逃亡の恐れがあるから、早めに逮捕したんじゃない?」
キョーコの見解に、ハナナは納得しなかった。
「でも私たちに黙っているのは、おかしいよ。連絡ぐらいあってもいいと思う。私たちの捜査を混乱させているじゃない」
「何かアタシたちにも秘密にしておきたい事情があるのかも」
キョーコの言葉で、ハナナはイリリの方を思わず振り向いた。だがクイトに言われたことを思い出して、視線を元に戻した。
「そんなことを言いだしたらきりがないと思うけど」
ハナナはそう言うと、期待がこもった視線をクイトに向けた。キョーコもそれにつられた。
実はクイトはこの展開を一番恐れていた。クイトも合理的な説明を思いつけずにいたのだ。だが上手いタイミングで邪魔が入ってくれた。
『クイト、聞こえるか?』
仮想空間に割り込んできたのは、ハムバだった。クイトは通信経路を確認した。ナノマシン間によるダイレクト通信だった。ナノマシンによる通信可能距離は短い。ハムバはすぐ近くに来ていることになる。
『聞こえてる。何か用か?』
『直接会って相談したいことがある。今そちらに向かっている。後五分ほどで着く』
『分かった。待っている』
仮想空間の通信は三人にも伝わっている。クイトは会話の説明を省いて、三人に念を押した。
「公安の話はハムバには黙っていよう。それ以外の話もだ」
予告通り、ハムバは五分後にやってきた。予想外だったのは、アイリーンを連れていたことだった。
「大変なことになった」ハムバは前置き抜きで、話を切り出した。「ギルド長が行方不明になった」
「知っている。ホッパーから聞いた」
クイトは正直に答えた。ホッパーが話せばすぐ判ることだ。隠しても意味がない。
「ホッパー? ああ、ギルド長の小間使いか」
「ところで、なぜアイリーンが一緒なんだ?」
クイトの質問に、ハムバは意外そうな顔をした。
「彼女は俺が保護している」
「保護?」
「彼女は事件の重要な関係者だ。犯行グループに命を狙われるかもしれないだろう」
クイトはハムバへの評価を正しかったと確信した。重要人物はアーンリで、アイリーンではない。アーンリが拉致または逮捕された時点で、アイリーンの利用価値は無くなっている。それにアイリーンはさっきまで、神竜の巣穴で自分たちと一緒に行動していた。大したことを知っていたわけではないが、知ってることはすでに洗いざらい自分たちにしゃべってしまったことは、犯人にも容易に想像できるだろう。口封じの必要はない、犯人はそう思うはずだ。どう考えてもアイリーンを保護する必要などない。あえてやるとしても、部下にやらせればいいレベルの話だ。この程度の判断もできないのか? クイトは少々どころではない程度に、ハムバにあきれた。
アイリーンの方は不機嫌そうだった。それに少々不安そうにも見えた。妙に落ち着きがない。機嫌が悪いのはトンチンカンな騎士のせいかもしれないが、落ち着きがないのがクイトには気になった。
「いつから一緒なんだ?」
「神竜の巣穴を出たときからだ」
「じゃあ、ずっと一緒だった?」
「その通りだが、それが?」
「なんでもない。単なる確認だ。それより、ギルド長は見つかったのか? ホッパーの話では大規模に捜索しているみたいだが」
「見つかっていない」
ハムバの表情が渋くなった。鬼の渋面とはこんな感じになるのか、クイトはどこか醒めた感覚で、そんなことを思った。
「事故か? それとも事件なのか?」
「それも判っていない。全ては捜査中だ」
クイトは視線をキョーコたちに向けた。キョーコとハナナの顔には、「無能ね」と言いたげな表情が張りついていた。仮想空間通信はハムバにも筒抜けだ。クイトは目の表情を変えて、視線の印象を変えた。どうやら効果があったらしく、二人の表情が急に引き締まった。ハムバは全然気づいていない。危機管理を任せるには呑気すぎないか、クイトの中でもハムバの株価は右肩下がりだった。
「事情は分かったけど、具体的に何を相談しに来たの?」
「いや、これからの捜査方針をどうしたらいいかと思ってな」
表情には出さなかったが、クイトは更にあきれた。あわよくば新事実、そこまで行かなくても推理の手掛りぐらいは持ってきてくれるのかと期待したが、こんなしょうもない相談だったとは! ちらりとキョーコとハナナの顔を見ると、クイトと同じ様にあきれたみたいだ。違うのは、それが顔に出ていたところだ。クイトはまたさっきと同じことをやって、二人の表情を元に戻さなければならなかった。クイトの中ではリーマン・ショックが起きていた。
「上司の指示を仰げばいい話でしょう」
馬鹿げた会話だと思いつつ、クイトは対応した。
「課長は行方不明だ」
「係長──具体的な肩書は知らないけど、ナンバー2がいるでしょう」
「係長は四カ月前、行方不明事件の捜査中に怒竜の巣穴で殉職した。今の先任は俺だ」
クイトは軽い目眩を覚えた。
「つまり、マリエル特務課の今のナンバー2はハムバなの?」
ハナナの驚きは顔を通り越して、口に出てしまった。
「そうだ。課長が見つかるまではナンバー1だな」
「係長以外にも、殉職者が大勢出たんですか?」
キョーコの質問は、受け取り方によっては厭味に聞こえなくもない。だがクイトが聞いた感じでは、キョーコが厭味を言っているのか、マリエルの特務課を心配しているのか、はっきりとは判断できなかった。
「係長のパーティー全員、合計四人が殉職した」
「それはお気の毒に」
クイトはそれにふさわしい表情を作ってお悔やみの言葉を述べたが、頭の中は別のことを考えていた。ハムバが厭味と受け取らなかったのは良かったが、これは金融危機、いや世界恐慌だな。マリエル特務課には最初から期待はしていなかったが、その面倒まで見るのはごめんだ。足手まといだけでも迷惑なのに、おんぶに抱っこまでやっていられるか!……とはいえ、頭数は必要だ。
「私たちは神竜の巣穴の捜査を継続する」クイトは結論を先に伝えることにした。「アーンリの方はすでに大規模に捜査をやっているようだ。土地勘がない私たちが加勢するのは無意味だろう」
「アタシも巣穴に行きたいな」
ようやくアイリーンが口を開いた。
「おい、家族だろ。妹が心配じゃないのか? 妹が行きそうなところなんか、アンタが一番分かりそうじゃないか」
「分かんない。分かんない」
アイリーンは首を振って、ハムバの言葉を否定した。
「バカ妹とは何年も会ってない。今朝連絡が来たときはびっくりしたさ。ギルド長として、普段どんな生活を送っているかなんて、全然知らない。それにアイツが自分の意思でいなくなったとは限らないだろう」
「拉致でもされたというのか」
ハムバの追求に、アイリーンは逆襲に出た。
「じゃあ反問。アーンリが失踪して、アーンリ自身に何のメリットがある?」
ハムバはちょっと考えた。
「犯行がばれたので逃走」そう言ってから、気がついた。「あ、いや、特に無いな……うん」
「あ、そう」
やれやれと思いながら、クイトが発言した。このままでは話が先に進まない。
「ハムバはどうする? 巣穴に行くのか?」
「俺か? ギルド長の方も心配だしな」
「抜けるのなら補充要員を紹介してくれ」
「補充?」
「あの巣穴の攻略には、やはり達人クラス六人以上が必要だ。信用できるのなら、部下でもギルドの客でもいい。心当たりはいないか?」
「うーん。適当な人物がいない」
「では決まりだ」
さすがにハムバはむっとした。
「おい、勝手に決めるな。巣穴に行くのは、俺がいなくてもいいだろう。最初は四人でやっていたじゃないか」
「エルフの神話で状況が変わった。神竜が犯人の可能性が出てきたんだ。真相究明には制覇が不可欠になったんだ」
「ギルド長の捜査でも真相は究明できる」
「それはどうかな」
今度はアイリーンが口を出した。
「巣穴へのアプローチの方が近道だと思うけど」
「素人が、何を分かったような事を」
「冷静に考えてみなよ」
意外なことにアイリーンが説得を始めた。
「アンタが加わったとしても、アーンリの捜索が劇的に速くなるわけじゃないだろう」
「……まあ、そうだな」
ハムバは不承不承頷く。
「でもアンタが参加しないと、神竜の巣穴の捜査は中止される。劇的どころか致命的に遅くなる」
「確かにそうだ」
「なら優先順位は明らかだろう」
ハムバはイマイチ納得していない様子だった。そこでアイリーンは更に言葉を紡いだ。
「アタシならそう考えるね。アーンリもそうだろう。アンタが神竜の巣穴の捜索を打ち切ったとしたら、たとえ事件が解決したとしても、アーンリがそれを知ったらどう思うかね?」
ハムバの小役人心理をくすぐる戦術か、なかなか姑息だとクイトは思った。アイリーンに対してアウトローに近いイメージを持っていたクイトにとって、こういう腹芸が出来るのは意外だった。
「まあ決めるのはアンタさ。アタシはちゃっと言ったぞ」
芸が細かい。ここでアイリーンの言葉を無視すれば、それは完全にハムバの責任になる。だがアイリーンの言葉に乗れば、アイリーンに責任を転嫁できる余地が生まれる。これまた責任を回避したがる小役人心理を巧みに突いている。こんな腹芸をアイリーンはどこで身につけたのだろうか。
「そうだな。優先順位を考えれば、俺は神竜の巣穴に行くべきだな」
ハムバは正しい判断を下したものの、そのプロセスで小役人ぶりを発揮し、クイトたちからの評価をかえって下げてしまった。
ハムバたちが帰った後も、クイトは考え込んでいた。その様子を見ていたハナナが不安になった。
「お義兄ちゃん、心配なの?」
「事件を整理していたんだ。アーンリの失踪だが、公安は無関係かもしれない」
「「えっ!?」」
キョーコとハナナは思わずイリリを見たが、その視線はかなり複雑になっていた。
「じゃあ、アーンリはなぜ失踪したんです?」
キョーコに訊かれたクイトは、ちらりとイリリを見たが、すぐに視線をそらした。
「憶測を言うのは控えるよ。真相を暴くのは明日か、最悪でも明後日でいい」




