尋問
クイトは急遽借りた宿屋の部屋の前で待っていた。部屋のドアが開いて、キョーコが顔をのぞかせた。
「先輩、準備ができましたよ」
キョーコに言われて、クイトは部屋に入った。エルフの姿を見て、ちょっと眉をひそめた。エルフの女は下着姿で縄で縛られて、椅子に座らされていた。
「下着の中は調べたか?」
「もちろん。体の中も調べましたよ。捕虜の扱いは陸自で訓練を受けましたから」
「陸自が亀甲縛りを使っているとは知らなかった」
「そこはアタシの趣味です。手足は手錠で拘束しています」
クイトはキョーコの趣味を詮索しないことにした。どう転んでも面倒なことになるし、そんな時間もない。
「身元が判るものはあったか?」
「これです」
クイトはキョーコからカードを受け取った。クラウンギルドのゲストカードだ。会員が非会員の友達と一緒にギルドの施設を利用する際、発行されるカードだ。
クイトはカードを裏返してみた。ゲストの名前は『アイリーン』となっていた。ホストの名前は『アーンリ』だ。やはり家族らしい。
「こんなものもありました」
クイトはキョーコからチラシらしきものを受け取った。『危険代行業。猛獣退治からスタントまでなんでも引き受けます』。その他にアイリーンの名前と連絡先が書かれていた。
失敗したのに性懲りもなく尾行を続けたことといい、あっさり捕まったことといい、身元が判るものを持ち歩いているところといい、いかがわしいチラシといい、いかにも素人だ。マリエル出張所の特務課員ではなさそうだ。アーンリはなぜ部下を使わなかったのか? やはり気になる。部下を信用していないのか? それとも部下に言えないような仕事なのか? 話を聞き出さないと、話が始まらない。
クイトはしゃがむとアイリーンと同じ高さの顔で訊いた。
「もう一度訊くわ。私に何か用かしら?」
アイリーンの方は屈辱にまみれていた。下着姿で縛られている今の状況も屈辱だが、その前の身体検査はそれ以上の屈辱だった。おそらく一生忘れられないだろう。手も足も出せない状況だが、せめて相手の顔につばでも浴びせたい。そう思っていたところに、クイトの方から顔を近づけてきた。まさに好機、溜めていたをつばを──吐かずに飲み込んでしまった。
クイトは圧倒的な存在感をかもし出していた。最初の任務で奴隷たちを仲間に引き入れたときのように。アイリーンはクイトに飲まれてしまった。
「『仏の顔も三度まで』、これは私の世界のことわざよ。これが最後よ。私に何か用かしら?」
アイリーンは口の中がカラカラだった。しゃべろうとするがうまくいかない。それでもクイトが右手を懐に突っ込むのを見て、あわててしゃべった。
「ア、アンタに用はない! ただアンタを見張ってくれと頼まれたんだ!」
「誰に頼まれた?」
「い、依頼人のことはしゃべれない」
クイトは懐から右手を抜いた。短剣を握っている。
「安心しろ。私は寛容だ」クイトはそう言ったが、声は氷のように冷たかった。「そがれるのは耳がいいか? 鼻がいいか? 好きな方を選ばせてやる」
「どっ、どっ、どっちも嫌だ!」
「自分で決められないのなら、私が決める。私の決定にキャンセルはない」
クイトは短剣をなめた。これは芝居だとわかっているキョーコたち三人も、思わず震え上がった。
「それでは決定を行動で伝え……」
「い、妹だ! 妹のアーンリだ!」
クイトたちにはちょっと意外だった。姉妹か従姉妹だろうと思っていたが、姉妹ならアーンリの方が姉だと思っていた。
「それで、妹思いのお姉さんは、何をねだられたんだ?」
「だからアンタを見張って……」
クイトが短剣を素早く振った。刃はアイリーンの右頬すれすれをかすめた。アイリーンは怖くて目を閉じた。右耳をそがれると思ったが、痛みがない。おそるおそる目を開けてみると、短剣は髪を少々切っただけのようだった。
「アーンリはギルド長だ。私の監視だけならギルドの部下を使うはずだ。だがおまえはギルドの一員じゃない」
クイトは左手で、ゲストカードとチラシをアイリーンの目の前に突きつけた。
だがクイトの方もおかしいと感じていた。こんな尾行もまともにできない素人に何ができるというのか? いや、ひとつだけある。クイトはアイリーンから離れると、窓から外を見た。いつの間にか通りから人の姿が途絶えている。
黒い装甲強化服を装備した四人が宿屋を包囲していた。二人がドアから、残る二人が屋根からワイヤーを使って窓から突入する用意を整えていた。さらに一人、遠方から狙撃手が部屋の窓に照準を合わせていた。
万全の態勢のはずだったが、指揮官は不安を覚えた。狙撃手が見ている映像をモニターしていたが、一分ほど前から人の姿が完全に消えた。五人とも消えた。出口であるドアと窓は完全に押さえている。指揮官は最悪の事態を想定した。誰かが個人で持ち運べるマイクロ異世界門を持ち込んだ可能性だ。そうなったら手遅れだ。指揮官は決断した。
『黒騎士小隊、突入!』
ドアと窓を破って、黒い人型ロボットにしか見えない四人が部屋に突入した。が、見事に空振りに終わった。部屋の中にいたはずの五人の姿が見えない。指揮官はカメラを赤外線モードに切り替えた。どこかに隠れているのなら、体温でわかるはずだ。しかし赤外線でも見えない。これは本当に異世界へトンズラされたか? 指揮官はあせった。
不意に大きな物音が立った。指揮官が振り向いてみると、部下三人が床に崩れ落ちていた。右腕の自動小銃の銃口を振り回して周囲を警戒した──が、不意に視界がブラックアウトした。そして全身にものすごい重量がかかり、体を支えきれず、自分も床に崩れ落ちた。すぐに装甲強化服の主動力が切れたとわかった。
銃声が聞こえた。非常用動力は生きていたので、マイクとスピーカーは生き残っていた。至近距離での銃声だ。味方の狙撃手のものではない。
『状況クリア』
女の声が聞こえた。おそらく部屋に隠れていた狙撃手のものだろう。味方の狙撃手の装甲強化服の救助ビーコンを、マイクロマシンが受信した。負傷して行動不能だが、今のところ命は大丈夫だ。
『これは、ロボット?』
別の女の声だ。まだかなり若い。
『いや、人間だ。オーライズ製FA2E型装甲強化服。ただし改良前の、背中側の防御の脆弱性が改善されていない旧式のものだ。マリエル出張所の特務課の正面装備だ』
新たな女の声。こちらは大人の声だ。
『やっぱりマリエル出張所の特務課ですか?』
再び狙撃手の声。
『そうだと思うが、こいつらからも話を聞く必要があるな。こいつが指揮官か』
大きな音が立つのと同時に、視界に光が差し込んできた。装甲強化服の緊急脱出装置を外から起動したとわかった。目の前に真っ黒な刀身が現れた。
「再会のあいさつは後回しだ。一緒に来てもらう」
クイトは黒刀をタルサス人の支店長に突きつけた。
六人は倒産して使われなくなった空き家の農場に移動した。
「先輩、よくこんな場所が見つかりましたね」
「運がよかった」
実は先に捜査に来ていた紫音たちが使っていたアジトのひとつだった。だが紫音の名前を出すと、相手にヒントを与えてしまう。クイトは黙っていた。
「名前は?」
クイトの質問に、椅子に拘束されているタルサス人は反発した。
「訊きたいのはこっちだ。貴様ら、協会内部の人間だな。どこの支部だ? 彼女をどうするつもりだ?」
「質問しているのはこちらだ」クイトは譲らなかった。「名前がないのなら、こっちで勝手に名前をつけさせてもらう」
タルサス人はちょっと渋い表情をした。
「……ハムバだ。こっちが名乗ったんだ。そっちも正体を明かせ」
「日本から来た」
「日本? そういやつい最近も日本から応援と称して人が来ていたな。そいつらもグルか? 彼女をどこに売るつもりだ? 今まで何人売った?」
キョーコとハナナが反論しようとしたのを、クイトが手で静止した。
「なぜそう思う?」
相手が勘違いしているのなら、それを利用して聞き出せるだけの情報を聞き出そう。クイトはそう考えた。
「なぜ? マリエルを中心に人身売買が行われているのは、いくつもの状況証拠から明らかだ。だがそんな、複数の世界にまたがる大規模な人身売買をできる組織なんて、滅多にない。協会内部の不正を疑うのは当然だろう」
「だが異世界門を管理しているのは、マリエル出張所だ。まずマリエル出張所内部の人間を疑うのが、自然なはずだ」
「調べたが不正に使用された形跡はなかった。残った可能性は、異世界からマイクロ異世界門を持ち込む方法だ。おまえらもそうだろう。さっきは一時的に世界を移動して、姿を隠したんじゃないか!」
ハムバの声が大きくなっている。意外と単細胞だ。この際、洗いざらいマリエル出張所内部の情報を聞き出そう。
「なぜ私たちがあの宿屋にいることがわかった?」
「マリエルの特務課をなめてもらっては困る。その程度の情報は集められる」
「情報源は?」
「しゃべると思うか?」
「おまえも知らないのか?」
ハムバの表情が少し変わった。案外わかりやすい男だ。
「課長からのじきじきの命令で出動したんだ。課長の家族が狙われているってな。ずいぶんなめた大胆な真似をしてくれたな」
なめてはいないが、なめられてもしょうがない。クイトたちはそう思った。
「ちょっと待って」意外なことにアイリーンが口をはさんだ。「アーンリの命令って、本当なの?」
これは好都合。こちらが訊きたいことを代弁してくれる。クイトは流れに任せることにした。
「本当だ」
「本人に直接会ったの? 本人の口からそう言われたの?」
「いや、特務課の業務連絡でだ。直接会ってはいない」
「アタシと同じか……」
どうやらアイリーンも、アーンリから直接依頼されたわけではないらしい。ハムバも話の流れがおかしくなっていることに気づいたようだ。
「なぜそんなことを訊く?」
「アタシがこの人たちに捕まったのは、アタシが尾行に失敗したからなんだ。そして尾行を依頼したのは、妹のアーンリなんだ」
ハムバの表情が変わった。
「つまり、こいつらは、アンタに目をつけて捕まえたのではなく、アンタがちょっかい出したから、捕まったってことか?」
「その通りよ」
「その原因を作ったのが、課長だというのか?」
「そうよ」
そろそろ種明かしをするころだ。クイトはそう思った。
「私たちは冒険者連続行方不明事件の捜査をするために、日本出張所から派遣された特務課だ」
「なんで日本出張所が捜査をするんだ?」
ハムバは自分の縄張りを侵された気分になった。
「私が聞かされた理由は二つある。ひとつはマリエル出張所の特務課が失敗したから」
ハムバはわかりやすい感情変化をした。
「ちょっと待て。俺たちは失敗なんかしていないぞ! 捜査は継続している。まだ犯人の特定ができていないだけだ」
それを失敗と呼ぶ。五人はそう思ったが、いかにも強そうなタルサス人を怒らせる気にはなれなかった。
「もうひとつの理由は、容疑者がマリエル出張所内部にいるからだ」
やはりハムバの表情変化はわかりやすかった。
「まさか、課長が疑われているのか?」
「彼女も容疑者の一人だ。もっとも犯人と断定はできない。今の話を聞いた限りでは、彼女が直接会って指示を出したわけではなさそうだからな」
「……あのクソ妹になりすましているやつがいる、かもしれないってこと?」
アイリーンの質問に、クイトはうなずいた。
「その通りだ」
しかし『クソ妹』とはえらい言いようだ。姉妹の仲は悪そうだ。
「アーンリを恨んでいる人間に心当たりは?」
クイトの問いに対して、ハムバとアイリーンは微妙な表情をした。
「課長はなにしろあの性格だからな。もっともエルフ全般はあんな感じだ。いるかもしれないが、特定の個人の名前は浮かばない」
「一番恨んでいるのはアタシだろうな」
アイリーンの言葉は全員の注目を集めた。
「知っての通り、アタシの家はエルフの世界でも屈指の名家だ」
ハムバはどうか知らないが、クイトたち日本出張所の四人には初耳だった。だがアイリーンは自分のことは知ってて当然という態度だ。アーンリ同様自己中らしい。エルフ全般はあんな感じというハムバの言葉は正しいらしい。
「本当は長女で嫡子のアタシが家を継ぐはずだった。ところが見ての通りだ。両親は正義のエルフなのに、アタシは黒人エルフ。暗黒エルフ、暗黒エルフってさげすまれた。両親もアタシのことを恥だと思っている。アタシに替わって、浮気相手の人類の女との間にできたアーンリが家を継ぐことになったのさ」
エルフの世界にも人種差別はあるらしい。暗黒エルフは差別語らしい。クイトは注意すべきこととして記憶した。
「ま、アイツを恨むのは筋違いだってことはわかってるよ。アタシが肌を選べないように、アイツも母親を選べなかったんだからな」
ちょっとしんみりした空気になりかけたが、それを読めたのか読めなかったのか、ハムバが空気を変えた。
「で、日本の特務課さんよ」
「私たちの名前は知っているはずだ」
「失敬、クイトさんよ。訊きたいことがある」
「答えられる質問なら」
「アンタたちは本当にマイクロ異世界門を持ってないのか?」
「その人たちはそんな物は持ってないよ」
アイリーンが代わりに答えたが、百聞は一見にしかずだ。クイトは異空間からイリリの呪文入り断熱シートを取り出し、自分に掛けた。ハムバの目が丸くなった。
「キョーコ、ハムバの拘束をといて、狙撃用のゴーグルを貸してやれ」
キョーコが言われた通りにすると、ハムバはゴーグルでクイトを見た。
「信じられん。可視光でも赤外線でも捉えられない光学迷彩があるとは」
クイトは素早くシートを異空間にしまった。
「納得してもらえたかな?」
「もうひとつ質問がある。アンタたちは捜査で何かつかんだのか?」
「まだだ。私たちより先に捜査に行ったメンバーが神竜の巣穴で行方不明になった。鍵はそこにあるとにらんでいる」
ハムバは支店でのやりとりを思い出した。
「……そういうことか」
「あの、お取り込み中すまないんだけど」アイリーンが口をはさんだ。「アタシの拘束もといてくれない? あと縄が食い込んで痛いんだけど」




