尾行
「昨日は派手に暴れてくれましたね」
執務室の椅子に座っていたアーンリの声は怒りで震えていた。こめかみに浮き上がった血管も震えていた。エルフも怒ると血圧が上がるらしい。いやアーンリの場合は混血エルフだからで、純血エルフは上がらないのかもしれない。こういう展開になると予想していたクイトは、アーンリの怒りをよそにアーンリを観察していた。
「火竜をドラゴンキラーで脅迫し──とぼけても無駄ですよ。クイトさんが黒刀を持っているのは調査済みです──土竜の口をダイナマイトで爆破し、風竜をタクシー代わりにしましたね」
『たくしーって何?』
ハナナが仮想空間で質問した。
『乗合馬車の仲間だよ。仮想空間の会話はアーンリにも聞こえてるぞ』
「『その通りです!』」
アーンリは現実と仮想空間の両方で同時に怒鳴った。なかなか器用だ。くだらないとわかっていたが、クイトは思わず感心した。
「火竜は極度のトラウマに悩まされ、土竜は怪我が治るまで冷たいスープしか摂れず、風竜は従業員たちが次々と辞めて巣穴の営業ができない」
ドンという音が響いた。アーンリは執務用の机を叩いた。クイトたちの方は椅子も勧められず、立って話を聞いていた。
「これらの後始末に私がどれだけ苦労すると思っているんですか!」
なんだ、結局自分の心配か、やっぱり嫌なやつだ。四人は大小の違いはあれ、そう思った。
「お言葉を返すようですが……」
「聴く耳を持ちません!」
アーンリはクイトの発言をさえぎったが、クイトは次の台詞を用意していた。
「では私たちは日本出張所に帰らせてもらいます」
「なんですって!」
アーンリの顔は真っ赤になった。エルフも人間種族だけあって、血の色は赤いらしい。
「おや、聴こえたんですか? おかしいですね。聴く耳を持たないはずなのに」
「私をどこまで愚弄するつもりですか!」
せっかくの美貌がだいなしだ。鏡を取り出して見せてやろうか。クイトは不意に思ったが、さすがに自重した。
「ジョークの度が過ぎたようです。真面目な話、目立つのも捜査のためです」
アーンリは次の言葉を待った。立場上、捜査のためと言われれば耳を貸すしかない。
「もし一連の事故が事件なら、囮役の私たちは、犯人に目をつけられなければなりません」
「目立ちすぎるとかえって敬遠される可能性は考えなかったんですか?」
アーンリは一本取り返したつもりだったが、クイトは返し技を用意していた。
「私たちはあと三日で捜査を終わらせなければなりません。地味な捜査をやっていたら、時間切れになります。可能性が高そうな方を選ぶのは当然でしょう」
アーンリは黙った。反論がないか探した。
「その捜査ができないのなら、日本出張所に帰るしかありません」
「捜査をしなくていいとは言っていません。とにかく、この顛末は日本出張所の特務課の課長に抗議します」
「課長ですか? ああ、失敬。現地採用の私たちは自分の課長が誰か知りませんが、本部採用のあなたなら話は別なんでしょうね」
「言いたいことはそれだけですか」
アーンリのは声は女性とは思えないほどドスが利いていた。
「粉骨砕身の努力をし、事件の解決に取り組みます」
口論では勝てないと思ったのか、アーンリは右手でクイトたちをしっしと追い払う仕草をした。
「先輩、やっぱりあのエルフ、ムカツキますね」
Sランクの巣穴へ向かう途中、キョーコがクイトに話しかけた。
「でも先輩があんなこと言うなんて、意外でしたよ」
「うん、意外だった」
「同感」
クイトは少々事情を説明した。
「仮想空間は使うな。実は犯人は商会、ひょっとしたら協会にいるかもしれないんだ」
「「えっ!」」
キョーコとハナナは驚いた。ひょっとしたらイリリもそうかもしれないが、イリリは素早く状況分析に移っていた。
「つまり、内部の人間が手引きしていると?」
「その可能性は高い、と紫音は考えていた。上の連中もそうらしい」
「それじゃあ犯人は……まさかあのエルフ?」
キョーコのは個人的な感情が混じった憶測だったが、クイトは否定しなかった。
「彼女も容疑者の一人だ。だから俺たち日本出張所の特務課が狩り出されたというわけだ」
事の重大さに三人は黙ってしまった。最初にそれを破ったのはイリリだった。
「内部犯行だと仮定して、犯人の目的は?」
「有力なのは異世界間の密輸だ」
「ちょっと待ってください」キョーコが新たな疑問を出した。「確かにマリエルは複数の世界と繋がっています。密輸のルートとしては最適でしょう。でも行方不明と密輸の間に関係があるんですか?」
「密輸品は人間、つまり人身売買だ」
キョーコとハナナの表情がいっきに厳しくなった。
「そんな無法が許されるんですか!」
「許されないから、私たちがここにいるんじゃない」
「あっ、そうね」
キョーコはハナナに一本取られた。
「人身売買が合法な世界はある。どちらかと言えば、そっちの方が多い」クイトはちょっと言葉を区切って、付け加えた。「俺の前世もそうだった」
何と言ってよいかわからず、三人はまた黙ってしまった。
「だが誘拐と密輸は明らかに犯罪だ」
「そうです」
「そうだよ」
「同意」
三人はクイトの言葉に同意した。
ちょうど三人は街道から小さな街に入った。
「見て。観光地のここは人間の見本市みたいな場所よ。私たち人類も大勢いるし、他の人間種族も大勢いるわ」
人込みの中なので、クイトはそれ以上は話さなかった。だが言いたいことは全員わかった。人身売買が当たり前の世界から来た悪人が何を考えそうか、簡単に推測できた。また内部犯行説の根拠も推測できた。異世界への移動は異世界門を使わなければならない。そして異世界門を所有、管理しているのは……
「ちょっと情報を集めましょう」
クイトはそう言うと、クラウンギルドの支店に立ち寄った。
ギルドの建物に入ったクイト一行は注目を集めた。ドアの音を聞いたら振り向く人間は多い。しかし自分と関係ないとわかると、顔の向きを戻す。だがクイトたちを見た人間は、視線をクイトたちに浴びせ続けた。クイトはそれを無視してカウンターの受付に話しかけた。
「すまない、白竜の巣穴の情報が欲しいんだが」
「クイト様ご一行ですね」
受付のドーナ人は、白地にまだらな黒の髪をしていた。ダルメシアンやホルスタインに似ていた。
「残念ですが、クイト様ご一行は巣穴に入れません」
「なんで?」
キョーコが訊いた。受け付けのドーナ人が答える前に、彼(彼女)の肩を叩いた人物がいた。
「支店長」
「ホーリー、後は私が対応する」
支店長と呼ばれたタルサス人の男性は、身長は百八十センチほどの体格のいい人物だった。人類と比べると、口角と目尻がつり上がっている。そして額から二本の短い角が生えている。ここまでは日本の伝承の鬼に似ている。肌はチョコレート色、背筋に毛が生えている。ここは合わない。
「クイト様、貴方たちは巣穴への挑戦が禁じられました」
「誰がそんなことを決めたの?」
キョーコが支店長の姿に少し引いたので、クイトがたずねた。
「ギルド長です」
ずいぶん思いきった手に出たな。クイトはそう思いながら質問を続けた。
「理由は?」
「ドラゴンに対する過剰な暴力です」
なるほど、ほかの冒険者に嫌われるわけだ。だが例外があるはずだ。
「どの巣穴も駄目なの?」
「いいえ、ひとつだけ認められています」
「神竜の巣穴?」
「その通りです。よくご存じですね」
「女の勘よ。神竜の巣穴までの地図をもらえないかしら?」
「あのエルフ!……先輩、やっぱり怪しくないですか?」
神竜の巣穴に向かう道中、キョーコは怒りをぐつぐつ煮えたぎらせていた。
「そうとも言えない。保身に走っただけかもしれない」キョーコに比べればクイトは冷静だった。「まあ、昨日は確かに派手にやらかしたからな。ああ言われても反論は難しいな」
クイトは冷静であったがゆえ、思案していた。AからSSSへ一足飛びはリスクが大きい。一日で攻略するのは難しいだろう。二日に分けるか? それでも予備日が一日残る。最悪、三日に分けて攻略する手もある。
「でも神竜の巣穴のデータにアクセスできない。危険」
イリリの言う通り、マリエル出張所のデータベースからクイトたちは閉め出されていた。
「俺たちのはゲスト権限だからな。特権ユーザーには勝てない。ここはちょっと黒いな。俺たちが遭難するように仕向けているとも考えられる」
三人の間に緊張感が走った。
「だが断定するのは早いぞ。出入り禁止を通達したのはアーンリだろうが、データーベースへのアクセス遮断をやったのは、別人かもしれない」
「もしそうだとすると、犯人は商会の現地職員ではなく、協会の職員の可能性が高くなる」
イリリの言葉にクイトはうなずいた。
「あまり嬉しくないシナリオだな。もうひとつ嬉しくないことがある。リアクションをするな。俺たちは尾行けられている」
三人は後ろをふり返りそうになるのを、がまんした。
「間違いないの?」
「それをこれから確認する。リアクションするなよ」
ハナナにそう答えると、クイトは右手をポケットに突っ込んだ。そしてハンカチを取り出すとき、わざと右手の手袋を落とした。そしてハンカチをポケットにしまうとき、落とし物に気づいたふりをした。
「ごめんなさい。落とし物をしたわ」
クイトはそう言って道を後戻りした。それにつられて全員が足を止め、後ろを見た。自分たちの後ろには、肌が黒い女のエルフがいた。いかにも冒険者という出で立ちで、腰に細身の剣を下げ、背中に長弓と矢筒を背負っている。クイトは拾った手袋のよごれを払うふりをして、エルフに追い越させた。そして三人の元に戻った。尾行する側とされる側の立場が逆転した。
「さすがは先輩、うまいですね」
キョーコが小声でささやいた。
「前世じゃ何度も同じ目にあっているからな。特務課でもな」
やがて街道は別れ道にさしかかった。前を行くエルフは、クイトたちの目的地とは違う道に進んだ。
「尾行けますか?」
キョーコの問いをクイトは否定した。
「あんまり藪を突つかない方がいい。とりあえず目障りなのを追い払えたんだ。向こうも尾行に気づかれたことをわかっているだろう。舞い戻ってこないさ」
だがクイトの予想は外れた。
「あのエルフ、また尾行けてくる」
三人はクイトと一緒に歩いていたが、クイトが後ろを振り向いたところを誰も見ていない。どうやってクイトが尾行に気づくのか、三人には不思議だった。
「また追い越させる?」
「俺にあいつ以下の馬鹿になれって言うのかい? 同じ手は二度も使えないよ」
ハナナの質問に、クイトは否定的な答えをした。
「じゃあどうします?」
キョーコの質問にクイトは即答した。
「もうすぐ次の街に着く。そこで決着をつける。あのエルフには気になるところがある。捕縛して尋問しよう」
「気になるところって何?」
ハナナだけでなく、キョーコも疑問に思っていた。だがイリリは気がついていた。
「肌の色が違うが、顔が似ている」
クイトたち一行は街に着くと、四人が別々の道に別れた。黒いエルフの女は一瞬迷ったが、クイトの後を尾行した。クイトは商店街の小道の角を次々と曲がり、やがて人気がない裏通りへ入った。エルフがその後を追って裏道へ入ったら、クイトが自分の方を向いて待ち構えていた。
「私に何か用かしら?」
クイトは両腕を組んで、武器を持っていなかった。だがその声色に危機感を覚えたエルフは、剣を抜こうとした。だが途中であきらめた。自分の背中に剣の切っ先が突きつけられているのを感じたからだ。残りの三人はエルフの背中側にいた。
「剣は抜かずに捨てた方がいいですよ」
エルフの女はキョーコの忠告を受け入れた。




