基地
風竜の巣穴の中央には大きな縦穴が開いていた。その縦穴にカランコロンと大きな鐘の音が響いた。
「みなさーん、ご主人様のお帰りですよ!」
鐘を鳴らしたドーナ人が体の大きさに似合わぬ、鐘の音と同じ大きな声でさけんだ。
それを聞いたのか、地下一階に力自慢のトルリ人が集まってきた。地下一階には太い丸太の柱が何本も立っており、柱には四本の横木かついている。トルリ人たちは横木にとりついた。
「それではいきますよー。よいしょ、よいしょ!」
ドーナ人のかけ声に合わせて、トルリ人たちは横木を押した。丸太の柱たちが回転し、その力が歯車に伝わった。
縦穴の天井が重い響きをとどろかせ、天井が左右に割れて開いた。
開いた天井から風竜が舞い降りてきた。
「「「「「おかえりなさいませ、ご主人様」」」」」
いつの間にか巣穴の従業員たちが全ての階の縦穴の周りに集まっていて、風竜を出迎えた。風竜は優雅に羽ばたきながら、縦穴を降下した。
「ネズミが四匹侵入した。片づけておけ」
風竜はそう言い残すと、縦穴の底に着陸した。再びトルリ人たちは横木を押して、柱を逆回転させた。天井と穴の底が閉じた。
クイトたちはそれを目撃していた。
「ネズミって、アタシらの事ですか!」
「それ以外に考えられない」
頭にきたキョーコにイリリが冷静に応じた。
「しかし、この巣穴は何人の従業員を雇っているんだ? かなりリッチなドラゴンだ」
クイトは少々あきれ気味だった。
「だからあんなに入場料が高かったわけですね」
キョーコはまだ怒りが収まらない。クイトの方は冷静に縦穴の階数を数えていた。
「この縦穴は十一階を貫いてるな」
「えーっと、この巣穴は十二階だったね」ハナナはデータベースにアクセスし直していた。「やっぱりドラゴンの居間は一番下なんだ」
「だから地図がドーナッツ状になっていたわけですね。まるで悪の秘密基地です。先輩、名案があります」
こういうときの名案が名案だったためしがない。だがキョーコを冷静にさせるためには、発散させてやる必要がありそうだ。
「どんな名案だ?」
「この縦穴を降りるんです。一気にドラゴンを直撃するんです!」
「却下だ。あれを見ろ」
クイトは縦穴の反対側を指した。メンバーがその方向を見てみると、十数個の檻が並んでいた。よく見ると羽がある魔物らしいものが入れられている。
「こんな見晴らしがいい場所を降りたら、すぐに発見される。あいつらに包囲されるのがオチだ」
「そこです! 敵もそう考えているでしょう。そこに隙が生まれるんです!」
「どんな隙だ?」
「あいつらが追いつけないスピードで降りるんです」
「どうやって軟着陸するんだ?」
クイトに問い返されて、キョーコはきょとんとした。
「……できませんか? さっきみたいに」
三人はいっせいに首を横に振った。
「仮に一階の高さを三メートルだとすると、縦穴の深さは三十メートルだ。そんな高さから飛び下りるなんて、オダダの魔法じゃむりだ」
「そうですか」
竜頭蛇尾とはこのことだな、とクイトは思った。キョーコは魔法を知らないのだから、こんな迷案が出てくるのもしかたないのかもしれない。
「地味に行こう」
イリリの言葉にクイトとハナナはうなずいた。
「現状ではそれがよさそうだ」
クイトはそう言って、一同を率いた。
風竜の巣穴の管制室は騒然となった。
「管制室よりE班へ。第一中隊を出撃させよ」
『こちらE班、D班が迎撃しただろう?』
「D班は全滅。繰り返す、D班は全滅」
『なんてこった!』
「敵は六階を突破、七階のB2ブロックを前進中」
『E班より管制室へ。全中隊を出撃させる。敵を包囲する。いいか?』
「こちら管制室、許可する。F班およびG班へ。第二防衛線を構築せよ。繰り返す、第二防衛線を構築せよ」
管制室で働いていたトルリ人の一人が、腕で額の汗をぬぐった。
「なんだ? こいつら、強すぎる!」
クイトたちは地味に行ったつもりだったが、巣穴の従業員たちの目には派手に映った。
「全員達人なんてあり得ないだろう!」
「ウチじゃなくてSSかSSSに行けよ!」
風竜の巣穴はギミックに凝りすぎて、強力な魔物を充分配備していなかった。実は風竜はクイトたちが思ったほどリッチではなかった。風竜の趣味に予算をかけすぎて、魔物の配備に充分な予算を回していなかった。それをカバーするために、風竜が巣穴の上空で冒険者を待ち受けるようになったのだ。
クイトたちの方は首をひねっていた。
「先輩、敵が弱いと思いませんか? これなら前の巣穴の方が強かったですよ」
「そうだな。まだ戦力を温存しているのかな?」
「その可能性は高い。だが別の可能性もある」
全員がイリリの方を振り向いた。
「敵の戦力が不足している可能性」
「ふむ、まあ確かにあるな」クイトは理解を示したが、同時に戒めた。「でもそれを前提にはできないな」
「希望的観測を前提にしてはいけない。危機管理の鉄則」
イリリはわかっていた。
「罠に注意しつつ、前進するしかないな」
クイトはそう言って、先を急いだ。
風竜の巣穴の管制室はパニック寸前になった。
「十階を突破されたぞ!」
「十一階で最終防衛ラインを引くしかない!」
「管制室からガーゴイル隊を除く全隊へ。十一階に集結せよ! 繰り返す、十一階に集結せよ!」
『N班、了解』
『P班、了解』
『R班、了解』
「こちら管制室、O班、Q班、応答せよ!」
『こちらP班、O班、Q班は全滅した。繰り返す、O班、Q班は全滅した』
「なんてこった!」
「残りは三班だけか?」
『N班から管制室へ。わが班は戦力半減状態。再編成中』
さらに管制室にうめき声が響いた。
クイトは十一階に着くと、少し回り道をした。縦穴に接する場所へ行った。
「先輩、こんな所に来て何をするんですか?」
「いや、保険をかけようと思うんだ」
「「「保険?」」」
ハナナは保険そのものさえ知らなかった。
「敵が弱すぎる。どうも俺たちを誘っているような気がするんだ。敵は十二階で決戦に持ち込むんじゃないかな?」
「そう考える根拠は?」
イリリの問いに、クイトは上を指さした。
「あれだよ。空飛ぶ魔物。十二階のドラゴンの居間は天井が開く。そうなればあいつらが上空から襲撃できる」
「上からの奇襲作戦ですか。確かに一利あります。地上部隊の天敵は航空機です」
「それで、ホケンってどうするの?」
「あいつらが降りてこられないようにする」
そう言うとクイトは異空間から虫かごを取り出した。中には大きな蜘蛛が入っている。先ほどは不気味がって、誰も手を出さなかったものだ。
「この階に網を張ってもらう」
クイトはそう言うと、蜘蛛を取り出して、欄干に置いた。
『愚か者が!』
管制室に怒号が響いた。
『貴様ら何をしている?』
「ご主人様、敵への迎撃態勢を整えているところです」
トルリ人の一人がおそるおそる風竜に答えた。
『十一階の防衛ラインは却下だ。十二階のわしの居間を決戦場とする』
「ご主人様自らが戦うのですか?」
『違う。敵が居間に侵入したら、天井を開いてガーゴイル隊を突入させる。それと同時にわしは上へ移動する。そうしたら天井を閉じて、居間を密室にする。そこで総攻撃をかけろ。残存兵力は全部居間に集めろ。相手は四人だ。数で圧倒すれば倒せる』
今まで数の優位で倒そうとして失敗したのだが、風竜に逆らえる人物はその場にはいなかった。
「わかりました。全ての兵力をご主人様の居間へ移動させます!」
クイトたちは戦わずに、ドラゴンの居間の入り口に到着した。
「どうやら先輩の読み、当たったみたいですね」キョーコは感心したが、同時に疑問も呈した。「でも蜘蛛の巣で防げるんですか?」
「ただの蜘蛛じゃない。特務課特製のカーボン・ナノ・チューブを紡ぐ蜘蛛だ。強度は鉄線の百倍以上、それなのに極細。高速で衝突したら、凄惨な結果になる。いよいよ決戦の場に突入するぞ。全員ステータスを確認」
クイトたち四人は自分の右手を見た。
「いいか?」
クイトの問いに三人はうなずいた。
「突入する!」
クイトたちは扉を開けて、風竜の居間に突入した。
「来たか、ネズミどもが」
居間の中央に居た風竜は、相変わらず上から目線だった。
「ネズミじゃありません!」
「客だよ、客」クイトがキョーコに加勢した。「ちゃんと入場料は払ったぞ。それに見合うサービスを提供してもらわないとな」
「わしの貴重な魔物を倒して、経験値を稼いだだろうが!」
「あんなの数のうちに入らない。Bランクの地竜の巣穴の方が強かったぞ」
クイトの言葉に、風竜は一瞬言葉が詰まった。身に覚えがある、ありすぎる。だが風竜の態度は変わらなかった。
「では最高のもてなしをしてやろう」
風竜の言葉と同時に居間の天井が開き始めた。風竜は羽ばたき始めた。
「逃げるのがもてなしか?」
風竜の手の内は見透かしていたが、クイトはとぼけて挑発した。
「ネズミの相手などという下賤なまね、わしの仕事ではない。わしの精鋭で充分だ!」
天井が完全に開くと、風竜は浮上を始めた。同時に三十匹以上のガーゴイルが檻から放たれた。風竜と入れ代わりにガーゴイルたちが突入した。ここまでは予定通りだが、その直後、風竜は信じられない光景を目にした。突入したガーゴイルたちはそのまま地面に激突し、ミンチになった。風竜はもっとよく見ようとしたが、居間の天井つまり十一階の床が閉じてしまった。
さらに驚きが風竜を待っていた。十階に浮上しようとしたが、何かに引っ掛かって浮上できなかった。力ずくで浮上しようとしたら、背中に何かが食い込んで痛みを感じた。
驚いたのは居間に全員集合していた魔物たちも同じだった。切り札のはずのガーゴイル隊が、訳もわからずミンチと化した。
クイトたちは自分の周囲にできたミンチ、正確にはところ天の臭いに鼻を曲げた。ハナナは吐き気さえ覚えた。
「臭いな、コレ。さっさと残りも片づけるか」
クイトは周囲を見回した。多勢で包囲しているはずの魔物たちは脅えた。
「総員戦闘開始。武器・魔法使用自由!」
クイトがそう宣言した後は、一方的な殺戮になった。戦う前から魔物たちは戦意を失っていたのだ。
その様子は、音を通じて風竜にも伝わった。骨肉を斬る音。魔法が爆発する音。魔物たちの悲鳴の数々。阿鼻叫喚の地獄絵図が風竜の脳裏に浮かんだ。
やがて音は止んだ。次に話し声が聞こえた。
『片づいたな。宝物庫はどこだ?』
『発見した』
『イリリ、でかしたぞ』
『先輩、これ見てくださいよ。宝物庫はほとんど空っぽですよ』
『どれどれ、ありゃ、この巣穴のドラゴンは、貯金より散財の方が好きみたいだな』
『ホント、これなら前の巣穴の宝箱の合計の方が多いよ』
『有り金全部もらっていこう。大した荷物にもならないし』
やがて扉を開ける音が聞こえた。それが階段を上る足音になった。だが風竜は動くことができなかった。クイトたちが風竜の前に姿を現した。
「やあ、待っててくれたんですか? 今度は相手をしてもらえますか?」
いけしゃあしゃあと言うクイトに、風竜は腹を立てたが、ここは我慢した。我慢せざるをえなかった。戦うにも十一階と十二階に行動範囲を限定されたのでは、勝ち目がない。風竜は空を飛んでこそ、その実力が発揮できるのだ。
「ネズミ呼ばわりしたことは謝罪しよう」これは風竜にとっては屈辱だった。だがさらなる屈辱に耐えなければならなかった。「宝の一部は残して欲しい」
「それはまたなぜ?」
クイトは予想がついていたが、とぼけてみせた。
「全部もっていかれたら、従業員に給料を払えなくなる。この巣穴を維持するのには、大勢の従業員が必要なのだ」
「なるほど」
クイトは上を見上げた。全ての階の従業員たちが上から様子を見ていたが、クイトの視線が上がったとたん、全員が頭を引っ込めた。
「ふむ、従業員たちをただ働きさせるのは、確かに可哀そうですね。いいでしょう。今月の給料分はあきらめましょう」
クイトは上から感謝の拍手を浴びた。風竜は人望が乏しいようだ。
「でも交換条件があります」
風竜は巣穴から羽ばたいた。その背中にクイトたち四人を乗せて。
「一度やってみたかったんだ。竜騎兵は経験がないからな」
屈託なく言うクイトに、三人は心配の視線を向けた。
「先輩、こんなことして大丈夫ですか?」
「お義兄ちゃん怖いよ」
「さすがにやりすぎ」
「大丈夫。マリエルのドラゴンは高度な知能を持っているんだ。損得勘定くらいできるさ」
クイトは風竜に聞こえるよう、大声で言った。風竜は苦々しく思ったが、損得勘定を忘れるわけにはいかなかった。
クラウンギルドの本部がある街の近くに、風竜は舞い降りた。何事かと思った人々が大勢集まってきたが、風竜が怖くて遠巻きに様子をうかがっていた。大勢の視線を集める中、クイトたちは竜の背中から降りた。
「約束は守ります」
クイトはそう言うと、宝がつまった大きな袋と空の小さな袋を取り出した。大きな袋の宝の一部を小さな袋に移した。そして小さな袋を風竜に差し出した。風竜は右足で素早くそれをつかんだ。
「お金が貯まったら、またお邪魔します」
「二度と来るな!!」
風竜は怒鳴った。土竜で経験していたクイトたちは備えていたが、備えていなかった野次馬の一部は驚き、思わず倒れた。風竜はそのまま飛び去った。
「それじゃあ宿へ帰るぞ」
クイトたち一行は、大勢のヤジ馬たちの中、クラウンギルドの本部に戻った。




