登山
クイトたち一行は、森の山道を登っていた。
「お義兄ちゃん、まだ?」
今度はハナナがぐずり出した。
「予め調べただろう。風竜の巣穴はこの山の火口にある。今は九合目だ。あと少しだよ」
「階段の次は登山ですからね」
キョーコがハナナに理解を示した。もっともキョーコはハナナと違ってバテてない。精神的なストレスに理解を示したようだ。
ふいに目の前が明るくなった。森の出口が見えた。だがクイトは足を止めて、手で全員を制した。
「森はここで終わりか。普通なら森林限界と考えるところだが……」
クイトが言いたいことは、キョーコにはわかった。
「この山の標高は六百メートルですよ。高尾山とほぼ同じ。いくら世界が違うといっても、低すぎませんか?」
「他にも気になることがある」イリリが付け足した。「他の巣穴では巣穴の入り口で料金を取られた。しかしここでは山道の入り口で取られた」
「冒険はすでに始まっている、と言いたいわけ?」
元自衛官だけあって、キョーコは危機に敏感だった。だが巣穴の迷宮という非日常的な環境では、その危機感は思ったほど働かないようだ。危機感より好奇心の方が旺盛らしい。
「斥候を出すか」クイトが無難なプランを出した。「俺が一人で森の外に出てみる」
「大丈夫?」
「大丈夫だよ」
クイトはハナナを安心させようとした。
「援護します」
キョーコがそう言うとイリリもうなずいた。
「いや、必要ない。危なくなったら尻尾を巻いて戻ってくる。手を出すな」
クイトはそう言い残すと、一人で森から出た。
広葉樹林の森の中の地面は腐葉土だったが、外は岩場だった。草も生えていない。足元は石だらけで、油断すると滑落しそうだ。
クイトは気配を感じて空を見上げた。いつの間にか鳥が集まっている。マリエルの鳥は腹が空色のものが多い。下から上を見上げたとき、迷彩になる。だが今は陽が傾いていることもあり、見分けることができる。いずれも大型の鳥だ。猛禽類に違いない。十羽ほどが山頂の上空を旋回している。クイトは辺りを見回した。地面にはなにもいない。身を隠すものがないうえに、食料になりそうな植物もない。こんなところに小動物がいるはずがない。獲物がないということは、猛禽たちの目的は……
クイトは危険を感じた。猛禽の一羽が降りてくる。自分を目掛けた急降下だ。さらに何羽もの猛禽が続いてくる。クイトは両手で頭をカバーしつつ、ダッシュで道を戻った。
森の出口ではキョーコが弓に矢をつがえていた。イリリは呪文を唱えている最中だ。
「だめだ、手を出すな! 相手は魔物じゃない。マリエルの原生種だ!」
クイトは大声を出した直後、右腕に痛みを感じた。どうやら猛禽に右腕を足でつかまれたらしい。なんとか必死に振りほどこうとするが離れない。そのまま森の入り口にスライディングする。そこでようやく猛禽は離れた。
クイトは右腕を見た。防具のおかげで怪我はしなかった。しかし防具の籠手に爪の跡が残っている。籠手がなかったら、右腕を千切られていたかもしれない。再生医療があるとはいえ、改めて冷や汗が出た。心配して寄ってきた仲間たちにそれを見せた。
「大丈夫だよ。籠手があったら助かった」
それを見た仲間たちは安堵した。そのうちの一人は表情には出さなかったが。
大きな吠声で、クイトは後ろを振り向いた。猛禽たちは再び旋回運動に戻っていた。その中央にドラゴンが浮かんでいた。
「あれが川の主ならぬ山の主、いえ空の主というわけですか」キョーコはドラゴンをにらみつけた。「残念ですが弓じゃ届きません」
「威力は小さくなるが、魔法なら届く」
「それも駄目だ」クイトはイリリを止めた。「冒険者は巣穴以外での戦闘を禁じられている」
「それってずるいよ」
ハナナのいきどおりに、キョーコだけでなく珍しくイリリも同感のうなずきをした。
「それをなんとかするのもAランクの試練というわけだ」
クイトはさらりと言ってのけたが、さてどうしたものかと思案していた。
「先輩、異空間から何か取り出せないんですか? 姿が見えなくなるマントとか」
キョーコの言葉にクイトは渋い表情をした。
「俺のは四次元ポケットじゃないぞ」
「それ何?」
「便利な道具が無限に取り出せる夢のポケットだよ」
クイトはハナナに簡単に説明した。日本のアニメコンテンツがオダダ人にも絶大な威力を発揮することは知っていた。だからハナナに青い猫型ロボットを教えるつもりはなかったし、そんな時間も必要もなかった。
「本当にそんなのあるの?」
「ないよ。だから夢のポケットなんだ」
「なんだ」
だがクイトは異空間の物を取り出すことにした。自分一人で名案が浮かばないのなら、メンバーの意見を聞くのは有益だ。もちろん決断して責任を取らなければならないのは、やはり自分だ。
クイトは異空間から全ての物を取り出して並べた。
「色々ありますね」
キョーコの感想は、他の二人の感想でもあった。
「経験上、役に立ちそうな物を選んでいるんだ。だが無限に入れられるわけじゃない。この荷物の重量は、俺の体重に加わるからな。いつも何を加えて何をあきらめるか、悩むんだ」
キョーコはやはり黒刀に目をつけた。黒刀に手を伸ばした。
「やっぱりコレじゃないですか」
「そいつは駄目だ。すでにギルドから疑われている。同じ日に二回も使えない。それにマリエルの鳥には効果がない」
「マリエルの鳥は魔力を呼吸していないんですか?」
「そうだ。ドラゴンはマリエルでも特別な存在だ」
「そうですか」
キョーコは手を引っ込めた。
今度はハナナが手を伸ばした。アイテムのひとつを取り上げた。
「これ何?」
ハナナはアイディアがあったわけではなく、見知らぬ物があったので、手にとったようだ。
「暗視ゴーグル。暗闇でも物が見える眼鏡だよ」
「ふーん」
ハナナは自分の目に当ててみた。それを見ていたキョーコにアイディアが浮かんだ。
「暗くなるのを待つのはどうです? マリエルの鳥も鳥目かもしれません」
思いつきを口にする前に、本当に鳥目かデータベースで調べるべきだ。イリリはそう思ったが、それを口に出さない知恵をつい最近身に付けていた。
「そいつも駄目だ。時間制限がある。この巣穴は24時間営業じゃない。日没の前に巣穴に入らなければならない」
「照明弾はある?」
イリリはアイテムを選ばず、逆に有無を質問してきた。クイトはイリリの意図が推測できた。目つぶしに使うつもりなのだろう。
「あいにくだがない。いつもなら一発は入れるんだが、今回は持ってきてない。いつも天井がある巣穴の中じゃ、使い道がないからな」
「残念」
そういや昔、「残念!」が決め台詞の一発屋の芸人がいたな。クイトは思考がなかなかまとまらなかった。
「これは?」
ハナナは今度は金色のシートを取り上げた。驚くほど薄い。
「断熱材。熱をさえぎる布だよ」
「こんなに薄いのに?」
「そうだよ。寒いときはこれにくるまれば寒さを防げるし、火事のときに被れば熱さを防いでくれる」
断熱材はJAXAの宇宙輸送船に使われているものと近いものだった。値段は同じ重さの本物の金より高い。
今度はイリリが手を伸ばした。一見何の変哲もないペンを取り上げた。
「これは?」
「マジックペン。文字通りのマジックペンだ。インクに魔力蓄積効果がある微粒子が混ぜてある。呪符を作るときに使うペンだ」
イリリは自分が持っているペンと、ハナナが持っている金色のシートを見て、言った。
「作戦ができた」
キョーコは本当に大丈夫か心配したが、それを口に出さない知恵は以前から身に付けていた。三人が見守る中、イリリは四枚目のシートの呪文を書き終えた。イリリはマジックペンをクイトに返すと、呪文を唱え、シートに一枚ずつ魔力を込めた。四枚のシートは透明になった。シートを持っていなければ、それが存在すると気づかない。キョーコはナノマシンのモノクル機能をオンにした。確かにイリリのMPは減っている。
だが透明のシートを被ったら、自分の姿も透けて見えるのではないか? キョーコはふと思ったが、シートを被ったクイトとハナナの姿が消えた。自分が持っているシートの裏側を見ると、金色のままだった。自分が言い出したのに、本当に姿が見えなくなるマントに驚いた。イリリもシートを被ったのを見て、キョーコもそれに習った。
「さっきも言った通り、効果は三十分しか保たない」
「「「了解」」」
イリリの言葉に、三人は言葉で答えた。姿が見えないのだから、うなずいてもわからない。
「作戦通り、俺が先頭になる。森の外は小石だらけだ。歩けば足音がするし、小石が動く。それを頼りに続いてくれ」
クイトはそう言うと、森の外に出た。クイトが言った通り、足音が聞こえ、踏まれた小石が動くのが見えた。キョーコはそれを頼りに、クイトの後へ続いた。
四人は一列縦隊で火口を目指した。風竜と猛禽の視力は可視光の領域が人間と違い、赤外線も見える。つまり鳥目ではない。だが断熱材は四人の体温が発する赤外線を遮蔽した。その代わりシートの中は暑くなった。四人は汗をかいたが我慢した。風竜たちに襲われる方が大変だ。
四人は火口の縁を越えた。後は下り坂だ。
「あわてるな。慎重に歩け」
クイトはそう声をかけたが、「うまくいかなくなる可能性があるものは、必ずうまくいかなくなる」というマーフィーの法則が働いた。
「きゃっ!」
バテ気味だったハナナが足を滑らせた。その拍子にシートがめくれあがった。視界が広く視力がいい風竜はそれを見逃さなかった。ハナナはあわててめくれたシートを戻したが、すでに遅かった。風竜はクイトたちに接近してきた。
「走れ!」
クイトは指示を出した。状況は変わった。こちらの存在がばれた以上、急ぐしかない。クイトたちはかけ出した。
突風がクイトたちを襲った。風竜が羽ばたいて、風を作ったのだ。今度はイリリとハナナのシートがめくれた。
「もう少しだ!」
クイトは仲間を励ましたが、風竜は確実に迫っている。クイトはリスクを取ることにした。
「シートを捨てろ!」
全員がシートを手放した。シートは風竜の風に舞い、宙を飛んだ。シートの裏面がちらちらと見えた。それが風竜の視線を射止めた。光り物が大好きな風竜は、条件反射でシートを追った。その隙にクイトたちは巣穴の入り口に飛び込んだ。
「危なかった」
ハナナの言葉を聞いたクイトは答えた。
「危ないのはこれからだよ」




