地底
「先輩、深いですね」
「予め調べておいただろう? この巣穴は地下五十階だ」
キョーコとクイトの会話は何度も繰り返された。他の二人はもちろん、本人たちも飽きていた。それでもキョーコは愚痴をこぼさずにいられなかった。クイトの方は無限地獄を終わらせようと思った。
「新宿に行ったことはあるか?」
「それくらい、ありますよ」
「都庁が四十八階建てだ」
うげぇ。キョーコは声ではなく、表情で発言した。それは他の二人にもわかったが、肝心の話の内容はチンプンカンプンだった。
「シンジュクって何?」
義妹の質問で、クイトはハナナたちが新宿を知らないことを思い出した。協会は過剰な世界間の干渉を禁じている。観光業で栄えているマリエルの方が例外的な存在なのだ。
「新宿は俺たちの世界の地名だよ」
「そこにはトチョーという四十八階建ての建物があるの?」
「そうだよ」
「トチョーって何?」
「役場」
「役場! そんなにいっぱいお役人がいるの?」
「新宿がある東京都は人口が多いからな。約千三百万人だ」
ハナナは無口した。数字が大きすぎてついていけないのだろう。クイトたちの村は約四十戸、人口約二百人だ。オダダでは人口二千人なら立派な都会に分類される。またクイトが知る限り、オダダで一番高い建築物は四階建てだ。
「リーダー、時間が心配」
イリリに言われてクイトは時刻を確認した。今日は三つの巣穴を巡るハードスケジュールだ。確かに時間が足りなくなりそうだ。
「よし手を打つ。みんな接続してくれ」
四人が仮想空間を共有した。そこにクイトは立体地図を描いた。
『これがデーターベースで調べた、この巣穴の地図だ。俺たちはここまでこのルートを通ってきた』
地図に線が描かれた。その一ヶ所が明るくなっている。
『ここが現在位置だ。見て分かると思うが、この巣穴のほとんどのフロアは、登りと降りの階段が一つずつしかなく、フロアの対角線上に配置されている。階段を使うと否応なくフロアを横断しなければならない。そこで近道をする』
『そんなものがあるなら、最初から使ってくださいよ』
キョーコの抗議にクイトは答えた。
『これを見てもそう言えるかな? これが近道だ』
地図の現在位置から新しい線が引かれた。確かに長さはかなり短くなったが、気になる点がいくつもあった。
『垂直に降りているところがいくつもありますよ……って、落とし穴じゃないですか!』
『その通り。落とし穴にわざと落ちて、階段を使わないルートだ』
『『うげぇ』』
今度はキョーコとハナナの感情が、思わず仮想空間に漏れだした。直前の火竜の巣穴では、罠に散々苦しめられたのだ。
『これらの落とし穴は、底に魔物が待ち構えている穴だ。魔物の出入りのための通路がある。そこを通らせてもらう』
『でもそれだと魔物と戦う必要があるよ』
クイトはハナナを諭した。
『俺たちは経験値を稼ぎに来たんだ。好都合だろ?』
クイトの戦術はこうだった。クイトとハナナがオダダの空飛ぶ魔法を使って、四人をゆっくりと穴に降ろす。その間キョーコの弓とイリリの魔法で頭上から魔物を狙い撃ちにする。穴に降りたらクイトとキョーコが白兵戦で残敵を掃討する。これは上手くいった。魔物は落とし穴に落ちた冒険者を襲うという前提で選ばれていた。上からの攻撃に上手く身を守れる魔物は少なかった。
快進撃でキョーコの機嫌は直った。自衛隊で戦闘ヘリの搭乗訓練を受けたことはなかったが、対戦車ヘリで戦車を追い回すのはこんな感じだろうかと思った。
「いいですね。やっぱり最初からこれにしとけばよかったです」
そんなキョーコをハナナは半ばジト目で見た。
「そう思うのは、キョーコが魔法を使ってないからだよ。魔法を使う方は大変なんだから」
「ごめんなさい。魔法が使えないから、そこまで考えてなかったわ」
クイトは異空間からMPの回復薬を三本取り出した。
「これを使え。こうなるかもしれないと思って、コンビニで多めに買っておいた」
そう言って回復薬をハナナとイリリに渡すと、自分もグビグビと飲んだ。
当然キョーコの分はない。それは本人もわかっていたが、他人が飲んでいるのを見ると、好奇心が沸いてきた。
「なんか栄養ドリンクを飲んでるみたいですね」
「『みたい』じゃなくて、『そのもの』だよ。栄養ドリンクと違うのは、確実に効果があるという点だ」
クイトはナノマシンのモノクル機能をオンにして、自分の右手を見てステータスを確認した。
「よし、ドラゴンは次のフロアだ」
「いらっしゃいませ」
クイト達は五十階で思いもかけない人物に迎えられた。ドーナ人だ。クイトは白と緑の渦巻き模様の髪に見覚えがあった。マリエルに来た日、ギルドで部屋に案内してくれたドーナ人だ。
「これは奇遇ね。こんな所で副業?」
クイトは女言葉に切り替えた。このドーナ人がどこまでクイト達のことを知っているかわからない。
「いいえ、これもギルドの仕事です。火竜からお客様がドラゴンキラーを持ち込んだとの苦情が寄せられました」
キョーコ達三人はきょとんとした。クイトもそうだったが、表情だけだった。
『リアクションをするな。黒刀のことだ』
クイトは仮想空間で三人に教えた。
「あら、何のことかしら? 私たちはそんなものは知らないけど」
「故意ではなくても、持ち込んでしまうお客様はいらっしゃいます」
「では、ドラゴンキラーとかいう物は、どんな物なの? 反則なの?」
「一撃でマリエルのドラゴンに致命的なダメージを与えてしまう武器のことです。ドラゴンキラーの持ち込みは反則です」
「具体的に教えてくれない? 私たちが持ち込んだというドラゴンキラーは、どんな物なの?」
「剣です」
「剣なら幾振りか持っているけど。貴方もそうでしょう」
クイトに急に話を振られたキョーコは、無言でうなずいた。ポーカーフェイスは、スポーツの試合で慣れている。
「改めさせていただきませんか?」
「仕方ないわね」
クイトはため息をつくと、持っている剣を全て床に置いた。キョーコもそれに習った。
「では失礼します」
ドーナ人は剣を調べ始めた。
『先輩、黒刀は出さないんですか?』
『しっ』
クイトはキョーコを仮想空間で静止すると、現実でドーナ人に話しかけた。
「そういえば、まだあなたの名前を聞いていなかったわね」
「私ですか? 私はホッパーと申します」
ホッパーは剣を調べながら答えた。
「武器鑑定の技能もあるの?」
「はい。冒険者のみなさんを補助するのが私の仕事です」
ホッパーはそう答えながらも、鑑定を続けた。それはすぐに終わった。
「はい、問題ありません。ですが」
「他に何か問題でも?」
「赤竜はお客様が何もないところからドラゴンキラーを取り出したと言っております」
クイトはちょっと眉をひそめてみせた。
「隠してる可能性がある、と言いたいわけ?」
「申し訳ありません」
「謝る必要はないわ。それが当然でしょう。身体検査してもいいわよ」クイトはそう言って両腕を広げて見せたが、すぐに付け加えた。「その前に教えて。あなたは男性なの? それとも女性?」
クイト達は男か女かの返事を期待したが、ホッパーは斜め上を行った。
「私は中間性です」
クイト達は解釈に困った。
「確かギルドの定義では、人間種族は雌雄二性のはずだけど」
「その通りです。私は雌雄同体です」
「つまり両方の生殖能力を持つの?」
「はい」
『ふたなり!』
キョーコの感情が仮想空間に漏れだした。
『先輩、ふたなりですよ。本物のふたなり!』
『ねえ、フタナリって何?』
今度はハナナが仮想空間で質問した。イリリはデーターベースで答えを見つけたが、それを外には出さなかった。
『その話は後回しにしよう』
クイトはやれやれと思いながら、ホッパーとの会話に戻った。
「だから外見では男女の区別がつかないわけね」
「その通りです」
「ドーナ人は全員が中間性なの?」
「いいえ。中間性は八割で、残りの二割は完全な男性と女性です。あの……」
クイトはホッパーの言いたいことを察して、先回りをした。
「身体検査をしていいわよ。みんなもいいわよね」
三人全員がうなずいた。
「ねえ、フタナリって何?」
ハナナが質問を蒸し返した。
「データーベースに載っている」
イリリは不親切というより、自分の口で答えたくなかったようだ。
「先輩、ドーナ人を日本に連れて帰れませんかね? ドーナカフェとか開いたら、儲かりますよ」
キョーコの発言に、クイトは軽い目眩を覚えた。
「それいいかもしれない。あのモコモコ、触ってみたい」
ハナナまで便乗してきた。ここはバシッと言うべきだろう。
「種族は違っても、ドーナ人は人間なんだ。猫カフェじゃあるまいし、ペット扱いはひどいだろう」
「猫カフェじゃなくて、メイドカフェ……」
「ドーナは種族であって、職業じゃない。種族差別と批判されても仕方ないぞ。職業は選べるが、種族は選べないんだ。だいたい協会が認めるわけないだろう」
だがキョーコはあきらめが悪かった。
「じゃあマリエルに日本人が来れるようにしたらどうです?」
「観光か? とりあえず俺に言わず上申してみろ」
クイトとしてはこれ以上、この話題に付き合いたくはなかった。
一同が最後の扉を開いてみると、さえぎる壁がない広い土間が広がっていた。
「ここ、ドラゴンの居間ですよね?」
「データーベースの地図ではそうなっている」
キョーコの確認にイリリが同意した。
「地面だけで何もない」
ハナナは途方に暮れていた。
「それだけじゃない。あるべき物がない」
「「あるべき物?」」
キョーコとハナナが同時にクイトに聞き返した。一方イリリの方は気づいていた。
「床」
「その通り。つまりドラゴンが居るのは……」
クイトが最後まで言い終える前に、全員が気づいた。地面が振動している。空間の中央の地面が割れ、何かが地中から飛び出してきた。それはクイト達が居る場所を正確に襲ってきた。
クイト達は一斉に逃げ出した。ハナナは出遅れたので、クイトが抱えてその場を離れた。何かはクイト達がいた地面を強打した。どうやら大きな太い尻尾らしい。すかさずキョーコとイリリが反撃を試みようとしたが、尻尾はブンブンと暴れ回り、手がつけられなかった。
「無理をするな! 尻尾じゃ傷つけても大してダメージにならない」
クイトがそう指示を出すのとほぼ同時に、尻尾は地面に吸い込まれて行った。再び尻尾が出るのを一同は待ち構えたが、それは空振りに終わった。今度は尻尾が出た穴からものすごい土煙が上がり、広いはずの空間のほとんどが視界が効かなくなった。
『ここからは会話は禁止。コミュニケーションは仮想空間のみで行う』クイトは続けざまに指示を出した。『もう一回尻尾が来るぞ。なんとかかわせ』
前者はともかく、後者は無茶な注文だと三人は思った。だが文句を言うひまはなかった。クイトの言葉通り、尻尾がキョーコに向かって振り降ろされた。キョーコはなんとか飛びのいてかわした。
その間クイトは異空間からリング状の物を多数取り出していた。魔法を使ってそれらに火をつけると、あたり一面にばらまいた。それらは派手な音を立てて、あっちこっちへ飛び回った。その正体に気づいたのはキョーコだった。
『これは、ネズミ花火ですか?』
『そうだ。地中に居る土竜はどうやって俺たちの位置を特定していると思う?』
『音、正確には振動』
真っ先に答えたのはイリリだった。
『俺もそう思った。そこでネズミ花火をばらまいた。これで土竜は混乱しているはずだ』
クイトの言葉通り、尻尾は振り上げられたまま、微動だにしない。
『ここで土竜には二つの選択肢がある。ネズミ花火が消えるのを待つか。無差別攻撃を……』
クイトが仮想空間で言い終わる前に、尻尾は手当たり次第にネズミ花火を叩き出した。
『今だ。今なら移動しても気づかれない。集合してくれ』
クイトの指示に従って、四人は再集合した。
『イリリ、水の魔法を使ってどの程度の水が出せる?』
クイトの問いにイリリは即答した。
『具体的な必要量を教えてほしい』
『この土地を水浸しにできる程度だ』
『一人では困難。補助が必要』
『わかった。俺も手伝う』
二人の会話にキョーコが割って入った。
『でもネズミ花火が消えますよ』
『俺たちが再集合できた時点でネズミ花火の役割は終りだ』
クイトとイリリが水の呪文を唱えた。空気中の水蒸気が凝縮し、雨となって土に降った。たちまち地面は水浸しになった。
それとほぼ同時に尻尾が穴に引っ込んだ。
『ネズミ花火が消えたので攻撃を止めたんですか?』
キョーコが訊いた。
『それもあるが、もっと深刻な理由がある。息継ぎだ。土竜でもさすがに地下では呼吸はできないだろう。さっきみたいに息継ぎをするはずだ』
『『『さっき?』』』
仮想空間で三人の質問がハモッた。
『土煙だよ。あれは土竜が息を吐いたからできたんだ。土煙という煙幕を作って敵の視界を奪い、最大の弱点である息継ぎの瞬間を攻撃させない作戦なんだ』
『でも、土が湿ったから状況は変わる』
イリリの仮想空間の言葉に、クイトは現実で力強くうなずいた。
『キョーコ、特殊弾は残っているか?』
『えーと、火矢が五本に投擲弾の炸裂弾が六個。同じく毒弾八個に酸液弾が四個』
『上出来だ。好きなのを選べ。土竜が息を吸い込む瞬間に食わせてやれ。イリリ、魔法攻撃は何ができる?』
『何でも。中規模威力なら全属性が選べる』
『土竜に食わせることができるものなら好きなのを選んでいいぞ』
『お義兄ちゃん、私は?』
『攻撃が失敗した場合に備えて防御の用意』
『わかった』
『先輩は?』
クイトはにやりと笑って、異空間から円筒を取り出した。
『それは、ダイナマイトですか!』
『ダイナマイトって何?』
オダダで生まれ育ったハナナはダイナマイトを知らなかった。
『爆薬よ。トンネルなんかを掘るときに使う、岩も砕く爆薬よ。先輩、そんなの使って大丈夫ですか?』
『爆発するのは地中だ。この巣穴の強度なら大丈夫だろう』
『いや、それもありますけど、そんなの使ったら、ドラゴンが死にませんか?』
『魔力にも頼っているんだ。大丈夫だろう』
クイトは心の中で、たぶん、と付け加えた。
一同が見えないところでそんなやりとりをしていると、穴から空気が吹き出した。だが地面が濡れているので土煙が立たない。空気の吹き出しが止まったとたん、クイトは合図を出した。
『今だ!』
三人が一斉にそれぞれの攻撃を繰り出した。ダイナマイトを投げたクイトは、昔の映画を思い出した。
『理力とともにあらんことを』
残りの三人は、この意味不明の言葉を聞いたが、質問をした者はいなかった。攻撃が成功したかを見守る方が重要だった。
空気と一緒に異物を飲み込んだ穴は、一瞬遅れて爆発した。穴の周囲の土砂以外にも、生臭い物が飛び散った。すり鉢状になった穴は陥没した。さらに数秒経つと尻尾が出てきた。尻尾は一個の宝箱をクイト達の前に置き、左右に揺れた。
『降参の合図だ。これを渡すから帰ってくれということらしい』
クイトは宝箱を開けてみた。残りの三人は息をのんだ。宝箱の中は金銀宝石であふれていた。
「これは見事な宝だ。でも苦労したわりには箱が小さいな」
クイトが声に出してそう言うと、尻尾は猛スピードで地中に引っ込み、また現れると、無造作にクイト達の前に一回り大きな宝箱を投げ出した。
クイトが大きな宝箱を開けると、やはり金銀宝石が詰まっていた。
尻尾は今度は前後に揺れた。しっしと追い払うような仕草に見えた。
クイトは大きな宝箱を持ち上げた。それに習ってキョーコは小さな宝箱を持ち上げた。
「今日はこれで帰ります。傷が治ったらまた来ます」
クイトがそう言うと、尻尾はまた猛スピードで穴に引っ込んだ。すると今度は土竜の頭が現れた。
「二度と来るな!!」
土竜は煙や折れた歯や血やら肉片などを吐き出しながら怒鳴った。
こうして帰途についたクイトは、三人に告げた。
「これからこの巣穴の最後にして最大の試練が待っているぞ」
「試練ってなんです?」
キョーコは嫌な予感を覚えた。
「階段を登るんだ」
「「うげぇ」」
キョーコとハナナがまたハモッた。
「先輩、アタシにも飲めるドリンクありませんか? この際気休めでもいいです」




