中級
『まず状況を説明する』
クイトが朝イチで、仮想空間でパーティーのメンバーに呼びかけた。
『すでに知っていると思うが、捜査を四日以内で終わらせるよう、日本の出張所から連絡があった。そこでスケジュールを前倒しする』
『唐突ですよね。なにかあったんですか?』
『俺にも分からない。俺たちが知らないところで、事態が進展しているようだな』
自分の外には出さなかったが、クイトは不快と不安を抱えていた。最大の当事者である自分たちを差し置いて、捜査が勝手に何者かに揺さぶられている。何が起きるか予測できない。こういう仕事には不確定要素がつきものだが、少ない方がいいに決まっている。なにより支援が得られるかわからない。(今のところはそれほどではないが)迷宮という危険の中に飛び込むのには勇気が要る。後ろで何かゴソゴソやられたのでは、背中を鉄砲で撃たれるのではないかという不安が生まれる。不安は勇気の天敵だ。
『私たちに黙っているのは、おかしくない?』
ハナナはクイトと同じことを感じたようだ。なかなか賢いと思いながらも、クイトはハナナの不安を払拭しようとした。
『特務課というのは、特殊任務が専門だ。身内であっても、広めたくない話もあるんだろうな』
『そういえば、日本の特務課の課長は、身元が公開されていませんね。MI6みたいに』
『それ何?』
『それは?』
ハナナとイリリが同時に質問した。
『イギリスという国の諜報機関、要するに協会の特務課に似た組織よ。機密保持と誘拐・暗殺防止のために、課長の身元が伏せられているの』
『でもマリエル出張所の特務課の課長はアーンリでしょう? 公開されているじゃない』
『以前にも言ったが、マリエル出張所の特務課には、他の出張所の特務課の応援が頻繁に来ている。課長が誰かはっきりさせておかないと、不便なことが多いんだ。天秤にかけた結果、公開することにしたんだ』
『なるほど』
ハナナは納得した。イリリの方は無言だった。イリリが知りたかったのはMI6が何かであって、非公開の事はすでに知っていた。
『では話を戻すぞ』クイトが話題を本筋に戻した。『最初のスケジュールでは、一日にひとつの巣穴に挑戦するはずだった。それを増やす。今日はAからCの三つのランクに挑戦する。明日はSとSSの二つだ。明後日は本命の「神竜の巣穴」だ』
『それだと三日じゃない?』
『一日は不測の事態が発生したときのための予備日だ。他に質問は?』
『今日行く巣穴は?』
イリリがまっさきに質問した。
『「火竜の巣穴」、「土竜の巣穴」、「風竜の巣穴」だ。今のうちに下調べしておいてくれ』
パーティー一同は、Cランクの火竜の巣穴にやってきた。
「今日は時間がない。二時間で制覇するぞ」
クイトはメンバーに宣言した。
「この巣穴を選んだ理由は?」
イリリが質問した。
「調べてあると思うが、この巣穴は罠が多い。トラップの回避でも経験値が稼げる。上昇するステータスは知性と敏捷性が主になる。どちらも職業によっては、通常の戦闘では稼ぎにくいステータスだ。経験値稼ぎと同時にステータスのバランスを整えておこう」
「確かにアタシのステータス、知性が伸びてません」
「いずれ魔法が使える聖騎士辺りに転職する必要があるかもしれない。ステータスが硬直化する前に手を打った方がいい」
「魔法ですか。確かにあこがれますね」
キョーコの発言は、魔法がなかった世界の人間らしいとクイトは思った。現実はそうではないと知っていたが、わざわざモチベーションを下げる必要はない。クイトは一同を率いて、入場料を払って巣穴に入った。
三度目だが、やはりキョーコとハナナはキョロキョロした。
「今までと様子が違いますね」
「火山性の洞窟のイメージだな。ここのドラゴンは多少は裕福らしいな」
「『ヒョージュンシヨウ』じゃないね」
「火竜だから溶岩ですかね」
「それはドラゴンに直接訊けばいい」
「先輩、やる気満々すね」
「俺はいつでもそうだぞ。ただし冷静さを失わない範囲でだ」
クイトは異空間から杖を取り出した。
「今日はなんで杖を?」
キョーコに問われたクイトは、杖の端を見せた。
「トラップ対策だ。側は木だが、中身は違う」
クイトが見せた杖の地面に突く方の端の面積の大部分は銀色だった。
「ひょっとして、銀?」
ハナナの問いに、クイトは首を横に振った。
「アルミだ」
「なんだ、アルミですか」
「アルミ? すごい!」
キョーコとハナナの反応は真逆だった。
「なんでアルミがすごいの?」
「だってアルミだよ。幻の金属だよ。金より高いんだよ」
かみ合わない議論に首をひねっているキョーコに、クイトが解説した。
「アルミがどうやって精錬されているか、知ってるか?」
「いいえ」
「俺たちの世界では、電気分解で精錬されている」
「電気分解?」
キョーコはさらに首をひねった。キョーコは電気分解といえば、学校の授業でやった水の電気分解しか知らない。クイトはそれは予想していた。普通の人はそうだろう。
「鉱石を砕いて、化学薬品と混ぜる。それに馬鹿高い電圧をかけて、無理やり電気を流す。電気の熱で融けた鉱石は化学薬品と反応して、純度の高いアルミのイオンが電極にくっつく。かなりアバウトだが、そうやって精錬しているんだ」
「はあ」
キョーコはわかったのかわからなかったのか、わからない返事をした。
「オダダは鉄道ができるまで、発電所がなかった。ではどうやってアルミを精錬したらいい?」
「……やっぱり魔法ですか?」
「そうだよ。ごく一部の人しか作れない魔法の金属だよ」
「なるほど」
キョーコはいったん納得したが、次の疑問を出した。
「でもなんでアルミの杖が要るんですか?」
「アルミは特定の属性の魔力を通す性質がある。完全ではないが、魔法を使った罠を検知できる可能性がある」
「知りませんでした」
「それにアルミは軽いから、持ち歩くのが楽なんだ。鉄と比べたら段違い。オダダでは魔法を生業としている人にとっては、とても大切なものなんだ。私も欲しいな」
クイトはハナナの羨望の視線に、きっぱりノーを出した。
「これはやれない。この杖は俺のものじゃない。特務課の備品だ」
「ちぇっ」
「アタシらの世界に来れば、アルミはいくらでも手に入るんですけどね」
「本当? 今度買ってきてよ!」
ハナナの目がキラキラした。キョーコは人間の目が本当にキラキラするのを初めて見た。
「駄目だ。協会のオダダへの禁輸品リストには、アルミが載っている」
クイトに駄目出しされ、ハナナはすねた。
「ちぇっ」
「先を急ごう」
会話に加わらなかったイリリが催促した。
クイトは杖を地面につけて前進した。
「そうやって魔法の罠を探しているんですか?」
「魔法の罠とは限らない」
そう言った直後、クイトは立ち止まった。クイトは杖で自分の足元と、少し先の地面を叩いた。
「音が違いますね」
「この先は地面の下が空洞になっているな。キーストーンはたぶんこいつだ」
クイトは杖で地面の石を叩いた。地面が割れて、穴が現れた。
「古典的な落とし穴」
イリリの言葉にクイトはうなずいた。
「こういう罠を見つけるのにも役に立つ。というより、こういう罠を見つける方が多い」
キョーコは落とし穴を覗き込んだ。
「かなり深いですよ。落ちたらしゃれに……」
キョーコはクイトに襟首を捕まれ、後ろに引っ張られた。次の瞬間、キョーコの頭があった空間に火柱が立った。
「な、な、なんですか、今の?」
「落とし穴に落ちた冒険者を襲うため、火炎系の魔物を配置していたんだろう」
「あ、悪質ですね」
「悪質でない罠なんてない。ついでに油断した冒険者を丸焼きにするためにも、魔物を配置したんだろう」
キョーコはぐうの音も出なかった。
二時間後、パーティー一同はドラゴンの居間の前に無事に到着した。だがキョーコとハナナは、目つき顔つきが変わっていた。
「ここがドラゴンの居間の入り口ですね」キョーコはデーターベースで確認した。「通る場所が一ヶ所しかないということは、罠を仕掛ける絶好のポイントですね」
「うん、何があるかわからない」
ハナナが同意した。
「一番ありそうなのは落とし穴ですか」
「ううん、扉を開けたら上からものが落ちてくるかもしれない」
ハナナが視線を扉からそらした。一同がその視線を追ってみると、二、三○キロぐらいありそうな石が何個か転がっていた。
「どちらにしても、トリガーはやっぱり床ですね。赤外線探知機なんて、この世界にはありませんし」
キョーコはそう言うと、石を一個持ち上げた。
クイトは、実はキョーコは間違っていることを知っていた。クイト達の世界には、赤外線追尾ミサイルの名前にもなった、ガラガラヘビがいる。獲物の体温を赤外線で捉えて、襲撃する肉食獣はこの世界にもいる。だが今は罠の心配はないので、黙っていた。
「それっ!」
キョーコは扉の前に石を投げた。ズドンという音を立てて、石は銅製の扉を少し凹ませて地面に落ちた。
「床ではないですね」
「扉かもしれない。扉が開いたら罠が発動するんじゃない」ハナナはそう言うと、クイトに頼んだ。「その杖を貸して」
ハナナはクイトから借りた杖を使って、少し離れた場所から扉を開けようと押した。
「ううん、固くて押しても開かない」
「手伝います」
ハナナとキョーコは協力して、杖で扉を押した。その様子を見ていたクイトは、心の中でため息をついた。用心深くなったのはいいが、知性のステータスは上がっていないと思った。
「扉がひしゃげたから開かないんだ。俺に任せろ」
クイトは二人から杖を取り返すと、呪文を唱えた。扉は居間の中に吹き飛んだ。
『痛っ!』
居間の中から声が聞こえた。
「こんな所に罠を作ったら、ドラゴンやこの巣穴の従業員まで困るじゃないか。同じ理由で、居間の中にも罠はない」
クイトは二人にそう言ったが、先頭に立って、慎重に居間の中へ入った。
クイトが一歩中に入ったとたん、火柱がクイトたちを襲った。だがクイトは手首の魔方陣を使って、ミサイルの高温を遮断した結界を張った。
自分の息が通用しなかった竜は、さらに不機嫌になった。
「この無礼者が! 扉を壊しただけでなく、わしの頭に当てるとは!」
だがクイトの方はしれっとしていた。
「悪意はありません。罠を警戒したら、たまたまそうなっただけです。貴方が居間のどこにいたのかわからないのに、貴方の頭を狙えるわけがないでしょう」
だがドラゴンはこの程度の言葉では納得しなかった。
「黙れ! 串焼きになりたくなかったら、さっさと帰れ」
クイトは肩をすくめた。
「串焼きですか。それは私も気が進みませんね。貴方を串焼きにするのは」
「な……」
「手を打ちませんか? 貴方の財宝の百分の一で妥協しましょう」
ドラゴンは目を白黒させた。ここまで傲岸不遜な冒険者は初めてだった。
「何を考えている? わしを串焼きにできると、本気で思っているのか?」
クイトは無言で、異空間から黒刀を取り出した。それを見たドラゴンに冷や汗が流れる。
「……二百分の一でどうだ?」
「百」
「百五十」
「百」
ドラゴンは百分の一で妥協した。
帰り道、一同を代表してキョーコが訊いた。
「先輩、なんでドラゴンは妥協したんですか?」
「黒刀だよ」
クイトの返事は少々意地が悪かった。
「いや、そうじゃなくて、なぜドラゴンは黒刀を見たとたん、妥協したんですか?」
「黒刀の特徴は知っているか」
この問いに答えられるのはキョーコだけだった。
「あらゆる魔力を吸収する、ですよね?」
キョーコの返事を聞いて、ハナナとイリリは納得した。二人とも黒刀に強い違和感を感じていた。その正体がわかったのだ。
「マリエルのドラゴンは、進化の過程で魔力を取り込んだ。ドラゴンの器官の幾つかは、化学反応だけではなく、魔力によって動いている。そのため生存には魔力が欠かせない。例えるなら、魔力を呼吸しているようなものだ」
「じゃあ、魔力を根こそぎ奪われたら、窒息死するんですか?」
「その通り」
二人の会話を聞きながら、イリリはデーターベースにアクセスして、話の内容の確認をとっていた。
「彼らにとって、黒刀は一酸化炭素のような猛毒なんだ。近くにあるだけでも危険極まりない」
「魔法の力で生きてる生物って、並列世界でも珍しいんですか?」
データーベースで調べる方が早い。イリリはそう思ったが、それを口に出さない知恵をつい最近身につけていた。
「かなり珍しい。マリエルが希少種の宝庫となっている理由の一つだ」
そんな会話を交わしているうちに、一同は巣穴を出た。




