入門
「いらっしゃいませ」
小竜の巣穴の前で、ドーナ人が出迎えてくれた。今度は赤、白、青の縞模様だった。クイトは勝手に「フランス」と心の中で名付けた。フランスはモノクルをかけて驚いた。
「あの、ここは初心者用なんですが」
「上級者は駄目なのか。そういう規則なのか?」
クイトに問われて、フランスは答えた。
「いいえ、そういう規則はありません」
「この世界での冒険は、これが初めてなんだ。まずはどんな傾向の魔物がいるか確認するんだ。用心が長生きの最大の秘訣だ」
「なるほど、そうですか」
フランスはそれ以上疑わず、入場料を受け取って、クイト達のパーティーを巣穴に入れた。
キョーコとハナナは、キョロキョロと迷宮の中を見た。
「意外と明るいですね」
「照明が点いているからな」
クイトの言葉にハナナは驚いた。
「何で迷宮なのに照明が点いているの?」
「松明を火で燃やしたら、空気が汚れる。最悪の場合、一酸化炭素中毒が起きかねない。だから白色LEDで間接照明をしているんだ。電気で点くから空気を汚さないし、寿命も長く、安いし、エネルギー効率も悪くない。配線が面倒だが、それさえ済めば手入れが簡単だ。近くの滝で水力発電をしているんだ。もちろん照明を取り付けたのは、ドラゴンと契約したバーガー商会、つまり協会だ。LEDは八世界ではオーバーテクノロジーだが、協会は必要だと判断した。ドラゴンや冒険者を一酸化炭素中毒で死なせたら、大変なことになる」
「知らなかった」
「マリエル出張所のデーターベースに記録されている」
イリリに指摘されて、キョーコとハナナはデーターベースにアクセスした。
「本当ですね」
「準備不足」
「そうですか」
イリリに言われて、キョーコとハナナは不機嫌になった。反論ができないので、なおさらだった。
キョーコは前衛として、クイトの隣を歩いていた。不意にクイトが立ち止まったことに気づかなかった。
「おい、危ないぞ!」
クイトに声を掛けられたキョーコは、クイトの方に振り向いた。そのとき、右腕を物凄い力で引っ張られた。
「ええっ!」
キョーコは右腕を見た。透明な何かが右腕を包んでいた。
クイトは右手を出して、手首の魔方陣を使おうとした。だがイリリが火炎魔法の呪文を唱える方が早かった。イリリが作った炎が、透明な何かを焼いた。
「熱っ熱っ熱っ!」
炎がキョーコの服の右袖に燃え移った。クイトが水魔法で作った水を、キョーコの右腕にかけて炎を消した。
「な、な、何ですか、今の?」
「スライムだ」
キョーコはクイトの返事に驚いた。
「ホントですか? スライムって、丸くて弱いんじゃないんですか?」
イリリの言う通り準備不足だとクイトは思ったが、それは口にしなかった。駄目押ししなくても懲りただろう。相手はファンタジーの初心者だ。この程度の失敗で反省してくれるのなら、安い買い物だ。
「それは有名なゲームが作った都市伝説だ。本物のスライムじゃない。今のはボックススライムと呼ばれるやつだ。迷宮の通路を全身で遮断して、引っ掛かった獲物を自分の中に取り込んで、窒息死させた後、酸で消化する魔物だ」
「え、えぐいですね」
「丸いボールスライムというのもいる。人間の顔に張りついて、窒息死させた後、やはり酸で消化する。そいつに張りつかれると、命が助かっても顔面が大変なことになる」
「もっと、えぐいですね」
「だからフェイスマスク付きのかぶとを薦めたんだ。スライムには武器による攻撃が通用しない。決まった形がないから変形するだけで、ダメージを与えられない。火炎魔法が一番効果がある。スライムは魔法が使えない戦士の天敵だ」
キョーコの頭にアイディアが浮かんだ。
「真っ二つに切断したら、いいんじゃないですか?」
「分裂して、二匹の小さなスライムになる」
「スライムって、実は怖いんですね」
キョーコとハナナは、クイトが引率してくれてよかったと思った。一番下のランクでこうなのだ。いきなりSSSに行ったら、確かに死んだだろう。
「みんな、自分のステータスを確認しろ」
それぞれがステータスを確認した。
「経験値が二、上がった」
ハナナが最初に報告した。
「私は四」
イリリは淡々と言った。
「俺は三だ」
「アタシは一増えただけで、HPが四減りました。右腕を火傷しました」
クイトはみんなに告げた。
「戦闘に勝てば、最低、一は経験値が増える。だが勝利に貢献した度合いで、経験値の分配が決まる。ハナナ、キョーコを治療しろ」
ハナナは治癒魔法を使った。
「あっ、火傷が治りました。HPが戻りました」
「MPが減ったけど、経験値が二増えた」
「治癒魔法は戦闘以外でも経験値が貯められる。あまりお世話になりたくないが、ハナナは経験値を稼ぐ機会はそっちの方が多い。戦闘ではあまり貢献できないからな」
「なるほど。みなさん、じゃんじゃん怪我してください」
「嫌だ」
「嫌よ」
クイトとキョーコは即座に答えた。
「このパーティー、アンバランス過ぎない?」
小竜の巣穴の管制室にいた、トルリ人が同僚に話しかけた。トルリ人は物作りが得意で、迷宮やそのトラップなどの製作を任されることが多い。ドワーフ的な立ち位置だが、外見はドワーフに似ていない。男性は二メートル近い身長がある。穴堀りには相当な体力が必要なのだ。
「うん、アンバランスだ。勇者は目茶苦茶強いが、女戦士と修道女はレベルの割に経験値が低い。魔法使いは、ややまともだ」
同僚のトルリ人が答えた。彼らは冒険者のレベルに合わせて、魔物とトラップを選ぶ管制室で働いていた。
「この反応、商会の回し者だ。お宝を渡しても問題ない」
「たぶん勇者がパーティーの経験値稼ぎに来たんだろう。勇者がいるから遠慮する必要はないな。稼がせてやろう」
クイトたちの四人パーティーは、小竜の巣穴では最大の難易度を突きつけられた。コボルトが百人規模の大軍で襲ってきた。通路は狭く、二人が並ぶのが精一杯の幅しかなかった。クイトとキョーコが剣を振るって最前列のコボルトを倒し、二人の怪我をハナナが治療し、イリリが魔法で後続のコボルト達をなぎ倒した。三十分ほど戦闘が続いた。ようやく戦闘が終わり、全員がステータスを確認した。
「やった! 経験値が二百五十アップ、三倍になりました」
「経験値が百五十も上がったけど、MPがかなり減っちゃった」
「経験値が三百上昇、MPが三分の一に減少」
「ハナナとイリリはこれを使え」
クイトは手首の魔方陣を使って、アイテム袋を取り出した。その中からMPを回復する回復薬を取り出して、二人に渡した。
「巣穴の入り口のコンビニで買っておいた。遠慮なく使え」
「ありがとう」
「感謝」
二人が薬品を飲んでいるあいだ、キョーコは地面を調べていた。
「お金になりそうなアイテム、ありませんね。あっ、財布を見つけました」
キョーコはコボルト達の財布を拾った。
「どれも小銭ばかりです」
「どれ? 雑魚はそんなものだろう。全部集めれば、薬品の値段以上はあるな。黒字だ」
ハナナは眉をひそめた。
「死体から奪うのは、ちょっと抵抗がある」
「冒険では必要」
イリリの指摘に、ハナナは不承不承同意した。
「うん。それはわかっているけど」
クイトはかぶとを脱いで、頭を掻いた。
「Eランクにしては、難易度が高いな。俺たちのレベルを見て、調整しているな。この先もサービス満点だろう。うってつけだ。稼がせてもらおう」
「でも百匹って、異常じゃありませんか?」
「そんなことはない。世の中にはそういう迷宮もある。俺が以前冒険した某M&M世界では当たり前だった」
「でもどこから沸いてくるんですか? 生態系とか大丈夫ですか?」
「協会が養殖している」
イリリがクイトより先に答えた。
「協会がクローンを促成栽培できる装置を持ち込んで、魔物を大量生産している。ただしマリエル本来の生態系を脅かさないよう、迷宮の外には出られないようにしている。死骸はクローンを作る原料としてリサイクルされている」
「なんか可哀そう」ハナナが感想を口にした。「冒険者に殺されるためだけに、産まれてくるなんて」
一瞬で、空気が重くなった。
「そんなことを言ったら、家畜だって可哀そうだろ」
「そうよ。漁や狩猟だってできなくなるじゃない」
「でもそれは、私たちが食べるためだよ。他の動物を食べなければ生きていけない。これは私たちが背負った原罪だよ。私たちは多くの犠牲の上で生きていることを忘れてはいけない。だから命を大切にしなければならない。でもこれはそうじゃない。経験値という数字のために殺しているだけ」
クイトとキョーコは困った。まさか迷宮の中で、道徳や宗教の議論をするはめになるとは思っていなかった。
「なら、帰ればいい」イリリは突き放した。「一人で帰ればいい。パーティーは三人で冒険を続ける。危険になるけど、行方不明になった人たちを見殺しにはできない」
ハナナはイリリに有効な反論ができなかった。
「ううん、帰らない。行方不明の人たちは見捨てない」
その後もパーティーは大軍に襲われた。ゴブリンの大軍、オーガの大軍、トロールの大軍。オークの大軍のときは、魔法を使えるオークもいた。イリリがオークの魔法を無力化している間に、前衛を片づけたキョーコが弓で、オークの魔法使いを退治した。
「弓の腕も思ったほど鈍ってませんでした」
キョーコは弓矢をクイトに渡した。クイトはそれを異空間にしまった。キョーコは再び地面を調べた。
「おっ! お宝らしいものを発見」
キョーコは、オークの魔法使いが持っていたきれいな石を拾った。それをクイトが鑑定した。
「薬やアイテムの材料になるな。道具屋で売れば金になる」
クイトはそう言うと、アイテム袋を取り出して、幾つもの石をしまった。このときキョーコの頭にくだらない疑問が浮かんだ。鑑定は勇者ではなく、盗賊のスキルのはずだ。クイトは現世で転職したのだろうか? 自分でもくだらないと思ったので、クイトに質問しなかった。
クイトはマリエル出張所のデーターベースにアクセスした。
「次の部屋にドラゴンがいる」
他の三人もアクセスして確認した。
「遂にラスボスですね」
キョーコは意気込んだが、クイトはそれを否定した。
「いや、この巣穴の冒険は終わりだ」
「引き返すんですか?」
キョーコの疑問をクイトは否定した。
「ドラゴンとは戦わず、話し合うんだ」
そう言うと、クイトはドラゴンの部屋に入っていった。三人もそれに続いた。
クイト達のパーティーを見て、ドラゴンは不機嫌そうな顔をした。
「そこの勇者、おまえのレベルはこの巣穴ではチートだ」
クイトは透明なカードを取り出した。
「実は我々はこういう者です」
ドラゴンはカードを見ると、なぜか納得した。
「そうか。ではここの宝は預ける」
「拝借します」
クイトはそう言うと、ドラゴンの金銀宝石をかき集めて、リュックに詰めた。
「では失礼します」
クイトはドラゴンにそう言い残すと、迷宮を逆戻りした。キョーコとハナナは納得できない表情をした。
「先輩、これはどういうことですか?」
「俺たちはサクラなんだよ」
「サクラですか?」
「そうだ。たまには誰かが冒険に成功しないと、リピーターが去ってしまう。そこで俺たちが宝を持ち帰って、リピーターを繋ぎ止めるんだ。そうすれば、この巣穴は繁盛する。この宝は商会が後でドラゴンに返却するんだ」
「なるほど」
キョーコは感心したが、ハナナは納得できないようだ。
「それって、冒険者をだましているんじゃない?」
「サクラでない冒険者が成功することもある。宝くじみたいなものさ。ドラゴンの方も自分が巣穴にいるときに盗られたんだから、自分にも責任がある。留守を狙われる方が理不尽だ」
そう言った後、クイトは少し解説した。
「サクラがいつも同じメンバーじゃ不自然だ。だから他の出張所の特務課が時々応援に来るんだ」
「そういうわけですか」
キョーコはアーンリの態度の理由が少しわかった。アーンリは応援が来るのを当たり前だと思い込んでいるのだ。それでも、部下を失った自分の責任に気づかないのは、おかしいと思った。
四人は巣穴から出た。
「おかえりなさいませ」
フランスが出迎えてくれた。
「戦利品だ。ギルドの私の金庫に入れてくれ」
クイトはそう言うと、中が見えるようにリュックを降ろした。その場に居合わせた冒険者たちの目の色が変わった。
「一部しか持ち帰れなかった。惜しかった。これが私の会員カードだ」
クイトは透明なカードをフランスに渡した。それを見たフランスは察したようだった。
「それでは金庫にしまっておきます」
小柄なフランスは、リュックを抱えて、えっちらおっちらコンビニに運んで行った。カードを持って戻ってきたフランスを、冒険者たちは急かした。
「早くしてくれ!」
「俺らを入れろ!」
フランスはカードをクイトに返した。
「それでは入場を再開します。順に並んで、入場料をご用意ください」
フランスは、冒険者たちから入場料を取った。
「それじゃあステータスを確認しよう」
クイトに言われて、三人は自分の手を見た。
「やった! 経験値が八百突破しました。あと二百でレベルが上がります!」
「経験値が五百になった! これなら三千二百も達成できるよ」
「経験値が二千オーバー。レベルが二十八に上昇した。MP、敏捷性、知性が上昇」
クイトが微笑んだ。
「上々の出だしだ。明日はDランクに挑戦するぞ」
「えーっと……途中を飛ばして、Aランクに行ってもいいんじゃない?」
ハナナの言葉を、クイトはいさめた。
「駄目だ。場数を踏むのが目的だ」
ゲームのご都合主義を何とか合理的に説明できないか、というのが第二部のテーマの一つです。難しいですね。
忙しいので不定期投稿になります。
ご理解ください。




