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聖地

 マリエルは並列世界の中でも珍しい、交易・観光世界だった。太古に絶滅した種族が建設したと考えられている、常設の異世界門(ゲート)が七つ存在し、七つの世界と常に接続されていた。マリエルはハブ空港ならぬハブ世界だ。古くから七つの世界との交易と観光業で繁栄していた。だがその繁栄は綱渡りの連続だった。七つもご近所があれば、帝国主義や軍国主義にかぶれる世界はいつの時代にもある。その世界が真っ先に攻めてくるのはマリエルだ。かといって大規模な軍隊を保有すると、他の世界から警戒される。七つの世界から同時に攻められたら、ひとたまりもない。あっちの世界と自由貿易協定(FTA)を結び、こっちの世界と軍事同盟を結ぶなどを繰り返して、外交の綱渡りで独立を維持してきた。繁栄しすぎるのもまずい。他の世界から美味しい獲物に見られるからだ。多少うらやましいが、戦争をしてまで占領するのは割に合わない。そう思わせなければならない。マリエル人の間では、表は地味だが、裏地が派手な柄の服を着るのが粋だとされていた。他世界の人間種族(ヒューマンズ)には質素なふりをして、マリエル人同士では裏地を見せあって、密かにファッションを競うのだ。

 だからマリエルはしたたかだった。それは政治も経済もだ。マリエル商人は手強い。他の七世界の人間種族からはそう思われていた。マリエル商人と互角に商売ができれば、どの世界に行っても大儲けできると言われるほどだった。そのマリエル商人からも手強いと思われている商人がいた。バーガー商会だ。八世界とは別の世界から来た商会だ。バーガー商会はマリエル商人とは別の戦略を採っていた。異種族との取引だ。

 マリエル人は気づいていなかったが、マリエルは多種多様な生物が繁栄している、生態系の奇跡のスポットだった。色々な生物種が八つの世界を往復するうちに、独自に進化して独自の生態系を築いていた。その頂点が、高度な知性を持ったドラゴンだった。他の世界でもドラゴンやそれに似た動物がいたが、人間種族と同等かそれ以上の知性を持ったドラゴンは、マリエルのドラゴンしか知られていなかった。バーガー商会は、そのドラゴンと取引をした。

 ドラゴンは誇り高く、パンダ扱いをされるのを嫌った。その威信を高めるため、時々は空を飛んで吠えたが、普段は山腹に掘った巣穴に隠れて、神秘性を高めた。しかし巨体を維持するためには大量の食事が必要だ。それに本人たちにも理由はわからないが、光る物が好きだった。金銀宝石が好きなのだ。食事のために巣穴を留守にしている間に、人間に巣穴からお宝を盗まれるのが悩みだった。

 そこでバーガー商会がドラゴンに商談を持ちかけた。巣穴の管理を商会が行い、留守の間を守る。その代わり巣穴にいるときは、お宝を狙う冒険者を入れる。このとき商会が入場料を冒険者から取る。巣穴を迷宮(ダンジョン)にして魔物を配置して、冒険者を妨害する。冒険者のレベルに合わせて出現する魔物を調整して、「あと一歩だったのに!」と思わせる所で退散させる。こうしてリピーターを作って、何度も挑戦させて、金を搾(しぼ)り取る。また巣穴の入り口には冒険者のための有料キャンプ場や、武器、防具、薬など冒険に必要な商品を揃えたコンビニを設営して、冒険者に金を払わせる。巣穴の中には迷宮の中でコンビニを経営しているものもあった。通常価格の五倍という値段でも、客は後を絶たなかった。こうして得た利益を、ドラゴンと商会で山分けし、その一部を食費にして、人類の食品市場からドラゴンの食料の一部を調達した。市場で一定量の買い物をしてくれるドラゴンと商会は、農家にとって大切な顧客になった。農家は巣穴の周囲の環境を大切にした。ドラゴンに立ち去られたら困るからだ。そしてバーガー商会は、八世界の外で財宝と経験値稼ぎのツアーを企画し、冒険者をマリエルへ招き、ドラゴンの巣穴に挑戦させた。

 マリエル商人も負けていなかった。これに便乗して、冒険者ギルドを作ったのだ。入会した冒険者から会費を取る代わりに、様々なドラゴンの巣穴の情報を提供した。冒険者向けの宿屋や商店や酒場もギルドの中に作った。物価は少々高いが、便利なので多くの冒険者が利用した。利用者が増えれば、情報も多く集まる。幾つものギルドが作られ、利用者獲得競争が行われ、淘汰(とうた)された。結局三つのギルドだけが生き残った。

 一攫千金と高い経験値を狙う冒険者の間では、マリエルは聖地になった。冒険者たる者、一度はマリエルに行くべし。そんな評判ができた。それと同時に、冒険者の体験談で、マリエルの独自の生態系が広く知られるようになった。バーガー商会は、それを目当ての一般観光客のツアーも企画した。このツアーは人気商品になった。マリエルそのものが巨大な動物園になった。そのうえ一度に八つもの世界を観光できるのだ。

 それに他の七世界も便乗した。山荘や海水浴場、温泉街などリゾート施設を作って、観光客の取り込みを狙った。八世界全ての利害が一致した結果、八世界は史上、最も平和で豊かな時代を迎えた。その中でバーガー商会の存在感は大きかった。



 八世界の外から、バーガー商会の異世界門(ゲート)を潜って、マリエルに四人パーティーの冒険者たちがやってきた。バーガー商会の手荷物検査は厳しかった。マリエルにはないオーバーテクノロジーは持ち込み禁止で、カメラの類も持ち込めなかった。写真や動画はツアーガイドが撮影して、旅行が終わった後、観光客に配られた。もちろん動植物の持ち込みや連れ出しはできなかった。マリエルの生態系を壊す危険は冒せなかった。冒険者も、ドラゴンの巣穴以外での戦闘を禁じられた。持ち帰ってよいのは、思い出と巣穴で回収したアイテムと経験値だけだった。

 四人パーティーは剣と魔法の両方が使える勇者タイプを隊長に、勇者(ヒロイン)と女戦士(アマゾネス)が前衛、回復役の修道女(プリーステス)と女魔法使い(ウィッチ)が後衛という構成だった。職業としてはよくあるパターンだが、四人全員が女性だった。

 男性と比べれば、女性の冒険者はかなり少ない。人類に限って言えば、これは進化の必然だ。種を存続させるためには、出産ができる女性を保護する必要がある。その役割を男性が担うようになっている。女性には生理と妊娠というハンデがあるのだ。危険な役割を担うために、男性は女性より高い身体能力を持っている。だから冒険者には男性の方が向いている。だからといって男性の方が優れているわけではない。言い方は悪いが、男性は女性を守るための使い捨てなのだ。どの人間種族でも平均寿命は女性の方が男性より長い。

 女性冒険者は数が少ないが、女性だけのパーティーは意外に多い。男女が混じったパーティーは長続きしないことが多いのだ。

 パーティーは、バーガー商会が出資している最大手のクラウン冒険者ギルドに入った。


「いらっしゃいませ」


 ドーナ人の受付嬢が迎えてくれた。ドーナは八世界の中で、最も貧しい世界だった。資源にも気候にも恵まれず、他の世界への出稼ぎによる貿易外収支の黒字で、貿易赤字を穴埋めしていた。ドーナ人は成人でも身長が一メートル位の小柄な人間種族だった。髪はパステルカラーでカールして、羊のようにモフモフしているアフロヘアだ。クリクリした黒いつぶらな瞳、小さい鼻、薄い唇、四頭身、寸胴。ぬいぐるみみたいな愛くるしい外見から、サービス業に従事している者が多い。他の人間種族から見ると、外見や声では男女の区別がつかない。それどころか髪の色と模様以外では、個人の区別も難しい。受付嬢はピンクの髪を持っていた。


「新規入会の方ですか?」


 受付嬢は初めて見る顔なので、そう推理した。


「いや、会員カードを持っている」


 勇者は透明なカードを取り出して、受付嬢に手渡した。それを受け取った受付嬢は驚いた。カードに刻まれた文字を読んだ。


「え、え、Sカードですね! 間違いありません!」


 受付嬢は驚いて大声をあげた。その言葉でギルドにいた全員が、パーティーに振り向いた。そのほとんどがモノクルを着けた。モノクルはバーガー商会が販売している冒険者用の装備で、片目にかけると見ている相手の強さを数値化して表示してくれるという、大ヒット商品だった。勇者の数値を見た冒険者たちは、全員驚いた。表示されたレベルは四十九だった。

 冒険者の間では、レベル二十五以上は達人(マスター)と呼ばれる。達人になれるのは、千人に一人と言われている。レベル五十以上は伝説(レジェンド)と呼ばれる。伝説になれるのは、百万人に一人と言われている。その伝説にもう一歩のところまで来ている。ほとんどの冒険者は、これだけレベルが高い冒険者を見るのは初めてだった。他のメンバーを見ると、女戦士が二十六、修道女が二十五、女魔法使いは二十七、全員が達人だった。「凄え!」とか「マジかよ!」とか「キター!」という言葉が冒険者の間から漏れた。


「ギルド長に伝えます!」


 受付嬢はカードを持って、階段を登っていった。少し経って戻ってきた。


「ギルド長が会いたいそうです」


 受付嬢はカードを返しながら伝えた。


「わかった。案内をしてくれるか?」

「はい!」


 受付嬢はパーティーを、ギルド長の部屋へ案内した。

 ギルド長の部屋には、執務用のデスクと来客用の応接セットがあった。ギルド長も女だった。人間(ホモ・サピエンス)とエルフの間に産まれた、ハイブリッド・エルフだ。正確に言えば、エルフはエリファルシュリアニュヌイフと呼ばれる世界の人間種族だ。エリファルシュリアニュヌイフ人と呼ばれるべきだが、他の人間種族には言いにくいし、本人たちも自分の名前を別の人間種族は正確に発音できないと、やや優越感が混じった態度で、エルフと呼ぶことを認めていた。

 エルフは他の世界の伝説に登場するエルフとよく似ていた。長く伸びた尖った耳、百八十センチ前後の身長、スリムな体型、ストレートの髪、そして男女を問わず全員が美形。人間との間に産まれたハイブリッド・エルフも、その特徴を持っていた。ハイブリッド・エルフは最初はハーフエルフと呼ばれていたが、「半分(ハーフ)とは何事だ! 半人前扱いは差別だ!」という主張が出て、混血(ハイブリッド)と呼ばれるようになった。それでは長いのでハイエルフと省略して呼ぼうとしたら、「純血種より高い(ハイ)というのは逆差別だ!」という主張が出て、少々長いがハイブリッド・エルフと呼ばなければいけないことになった。他の人間種族はエルフの自己主張にうんざりしながらも、エリファルシュリアニュヌイフより呼びやすいので、ハイブリッド・エルフと呼ぶようにした。


「ようこそ、マリエル出張所の特務課へ」


 ギルド長はそう言った。

 バーガー商会の正体は、並列世界相互扶助協会だった。八世界の平和と繁栄のためには、異世界との交流が不可欠だと判断したのだ。

 ギルド長は執務用の椅子から立ち上がると、右手の拳を左胸に当てる、この世界のエルフ流の挨拶をした。いつもの習慣で握手のために右手を差し出したパーティー一同は、その真似をするしかなかった。


「そちらへどうぞ」


 ギルド長はパーティーに応接セットの椅子を勧めた。そして自分も椅子に座った。


「まだ名乗っていませんでしたね。私は……」

「アールウィンティアリィリガティさんですね」


 ギルド長は勇者に自分の名前を先に言われて驚いた。それも正確な発音でだ。


「通称はアーンリ。私たちには発音が難しいので、通称で呼ばせてもらえませんか」

「ええ、もちろんです」


 微笑む勇者に自分のセリフを取られたアーンリは、笑顔を崩さなかったが、心中は穏やかではなかった。ハイブリッドとはいえ、エルフの自尊心を少々傷つけられた。


「私はクイト、オダダから来ました」


 勇者の自己紹介に、アーンリは小さく反発した。


「オダダですか? 聞いたことがありません。そこにも出張所があるのですか?」

「オダダは日本出張所の管轄です」

「日本? この前タイムマシン騒ぎを起こしたところですか?」

「あそこは私の出身に近い世界です」

「そうでしたか」


 雰囲気が悪くなりそうなのを察して、女戦士が自己紹介した。


「私はキョーコ、日本から来ました」


 修道女と女魔法使いもそれに習った。


「私はハナナ、オダダから来ました」

「名前はイリリ、以下同じ」


 アーンリはパーティー一同を見回した。


「同郷の方が多いですね。現地採用ですか?」

「そうです」


 クイトが答えて、全員がうなずいた。


「そうでしたか。私は本部採用でした。最初は心細かったんですが、みなさんは大丈夫ですね」


 クイトはアーンリの厭味(いやみ)を無視することにした。


「問題の巣穴について教えてもらえませんか」

「どうぞ」


 アーンリが答えると、四人のナノマシンに巣穴の情報が流れ込んできた。だがクイトは満足しなかった。


「マリエル出張所のデーターベースにアクセスする権限をもらえませんか?」

「ゲスト権限でよろしいですか?」

「はい」


 クイトはナノマシンを使って確認した。


「問題ありません。対策を検討したいので、宿舎を用意してもらえませんか?」

「ギルドの宿屋でよければ」


 アーンリはクイトの答えを待たず、応接セットのテーブルの上の小型機械のスイッチを押した。すぐにドーナ人の従業員が来た。白と緑の渦巻き模様の髪だった。


「ご用は何でしょうか?」

「一等室に空きはあったかしら?」

「ございます」

「この人たちを案内して」

「かしこまりました」


 アーンリはさっさと立ち上がって、執務に戻った。



 四人はバス・トイレ付きの個室に案内された。日本のホテルのスイートルームと比べると、悪い意味で桁違いだが、この世界では贅沢(ぜいたく)な方だった。それぞれが荷物を部屋に置いた後、クイトの部屋に集まった。


「先輩、ムカツキませんか?」キョーコは不満そうに言った。「あのエルフの態度」

「どんな世界にも、ああいうのはいるんだろうな。いちいち腹を立てたらきりがない」

「まあ、そうですけど」


 キョーコこと芹沢恭子は、自衛隊体育学校第2教育課、略称「特体」、俗称「金メダリスト養成学校」に所属していた、元五輪代表のアスリートだった。種目は柔道、レスリング、アーチェリー、射撃の四つで、全てで国内大会の優勝経験があった。剣道の有段者でもあり、スーパーアスリートとして注目されていた。二回、四つの種目全てで、五輪代表に選抜されたが、いずれも柔道の最初の試合で負傷してしまい、全ての種目を棄権するはめになった、悲劇のアスリートでもあった。最初の五輪で棄権したときは、カムバックを誓って実現したものの、もう一度同じ悲劇に襲われた。周囲からカムバックを期待されたが、怪我が慢性化していたこともあり、少し自分の中で気持ちを整理したくて、自衛隊を退職した。

 そんなとき、並列世界相互扶助協会の人材募集を知った。自分は自衛隊とスポーツという狭い世界しか知らないことに気づき、もっと広い世界を見たいと思って、応募して採用された。キョーコの期待は七割が期待通り、三割が期待外れだった。異世界の人間との交流は期待通りだったが、配属先は期待外れだった。課長の人柄を知らなかったキョーコは、異世界との交渉を担当する第七課を志望したのだが、特務課に配属されたのだ。特務課の訓練は、自衛隊とあまり変わらなかった。協会からインプラントされたナノマシンのおかげで、ほとんどの怪我が完治したときは嬉しかったが、特務課から離れるときはナノマシンを除去すると言われ、やはりそんなに美味い話はないと思った。ナノマシンがあったとしても、国際オリンピック委員会はそれをドーピングと見なすかもしれない。

 仕事は「オメガ7」に似ていた。チーターを倒すための特殊部隊だ。「オメガ7」は自衛官の間ではベストセラーだった。自衛隊の中の唯一の娯楽施設である隊員クラブには、どの基地や駐屯地でも「オメガ7」が置いてあった。特務課でのキョーコの初任務は、タイムマシン騒ぎだった。CICを占領する第一班の一員として、やまと改に乗り組んだ。宇宙船にも驚いたが、もっとも驚いたのは、クイトが異空間から黒刀を取り出した瞬間だった。このときキョーコは初めて魔法を見た。この瞬間から、キョーコの期待は七割から十割に変わった。その後、クイトは実は日本人だと知ったときから、クイトに興味を持った。

 キョーコはナノマシンのモノクルの機能をオンにした。自分の手を見るとレベル二十六だった。千人に一人の達人と呼ばれるのなら悪くはないと思ったが、クイトを見ると四十九になった。最初にこのことを知ったとき、この差は何だろうと思った。異空間から黒刀を取り出したときは確かに凄いと思ったが、それだけだろうか? それが知りたくて、ストーカーにならない範囲で、クイトを調べてみた。だが協会の情報管理は厳重だった。クイトの前世が本物の勇者で、妻子持ちだということ以外はわからなかった。そこでこの任務に志願した。


「キョーコの言う通りだよ。お義兄いちゃんは悔しくないの」


 クイトの義理の妹のハナナは、好奇心で協会に入ることにした。ハナナにとってオダダは退屈な場所だった。姉のウタタがハヤトを出産して跡継ぎができたこともあり、ハナナの協会入りを両親が許してくれた。協会での適性検査の結果、ハナナは治癒魔法に高い適性があることがわかった。協会はハナナを採用し、治癒魔法を訓練させた。協会の期待通り、ハナナは高位の治癒魔法を使えるようになった。医療を担当する第三課への配属が決まっていたが、この任務を知り、一度だけという条件で、特務課に同行することになった。本人の希望だけでなく、クイトの推薦もあった。もっともクイトは本意で推薦したわけではなかった。クイトは浮気をしたことが一回だけあった。任務を遂行するための不可抗力だったが、やはりウタタには知られたくなかった。それがなぜかハナナに知られてしまった。『小姑一人は鬼千匹にむかう』ということわざ通りだった。


「あんなのをいちいち相手にしていたら、きりがない。あと、お義兄いちゃんと呼ぶな。今の俺は女という設定になっている」


 ナノマシンの働きで、クイトの声は女性の声に変換されていた。喉仏も引っ込み、胸が大きくなっていた。髭もなくなっていた。

 ナノマシンは実に便利だが、万能ではない。胸や髭はホルモンバランスの調整でできるし、声や喉仏は声帯の周りの器官の変形でできる。だが皮膚の色は簡単に変えられない。全ての皮膚細胞のメラニン色素を変えるのは、協会の技術でも危険だ。


「女言葉じゃなくて、男言葉で喋っているよ」


 ハナナの反撃に、クイトは一瞬ひるんだ。


「男の冒険者に舐(な)められないように、男言葉を使っているんだ」

「そんな設定、いつできたの?」

「……ついさっきだ」

「女になった感想は?」


 今度はイリリに訊かれた。クイトはこの任務に就くまで、イリリとは面識がなかった。特務課には達人クラスの魔法使いの女性メンバーは残っていなかった。そこで急遽(きゅうきょ)、研究部門の第九課から、イリリが貸し出されることになった。


「思ったより大変だな。特にコレ」


 クイトは自分の胸に触った。クイトの胸は、巨乳というほどではないが、平均より大きかった。


「肩はこるし、動くときに邪魔になる。紫音の様に貧乳にしておけばよかった」

「なぜそのサイズを選んだ?」


 イリリの追求に、クイトは応じた。


「紫音と比べられると、女装には自信がない。だから女らしさをアピールした方がいいかと思ったんだ」

「それ、本当?」


 ハナナは意地の悪い笑みを浮かべた。小姑の攻撃に、クイトは嫌な予感がした。


「お姉ちゃんがハヤトにお乳をあげてるとき、お姉ちゃんを見るお義兄いちゃんの目、目つきが変わるよ」

「そんなことないぞ!」

「考えられる可能性は二つある。一つは子供に対する嫉妬。妻の愛を独占していたのに、それを子供に奪われたことに対する嫉妬。もう一つは妻に対する嫉妬。出産と授乳は母親にしかできない。その特権に対する嫉妬。この場合、自らに乳房を求めたので、後者のケースの可能性が高い」


 イリリの攻撃に、クイトは反撃した。


「第三の可能性があるだろ! ハナナが勘違いしている可能性だ!」


 キョーコは三人のやりとりを、少々呆(あき)れて見ていた。これがレベル四十九の人物なのだろうか? 少々憐(あわ)れに思えたので、助け船を出した。


「先輩の女装、なかなかいいと思いますよ。主任と比べられるのは、かわいそうですよ」

「そうか?」

「胸を大きくしたのは正解ですよ」

「そうだよな」


 そう言われたとき、クイトはあることに気づいた。


「そういえば、君はタイムマシン騒ぎのときには、配属されていたな」

「はい」

「俺と紫音が横須賀に行ったとき、すでにいたな」

「そうですよ」

「紫音は俺を指名したとき、俺がいた世界が一番近いという理由を挙げたが、君もそうじゃないか。俺と同じ世界の出身だ。横須賀には君を連れて行けばよかったんじゃないかな。紫音も嫌いな女装をしなくてすんだはずなのに」

「アタシは無理です。日本国内ではちょっとした有名人ですから。あの世界にもアタシがいました。誰かに気づかれたら、騒ぎになっていましたよ」

「なるほど。そうだな」


 クイトは本来の目的を思い出した。


「雑談はこれぐらいにして、作戦を検討しよう。コンタクトしてくれ」


 四人のナノマシンが、情報と意志を共有できる仮想空間を作った。仮想空間には幾つかのメリットがあった。他人に盗み聞きされないこと。意思疎通が高速でできることなどだった。声という手段を使うより、考えを直接伝える方が、速くて正確なコミュニケーションがとれた。


『まず状況を確認しよう』


 クイトが仮想空間で発言した。


『何組もの女性のパーティーが行方不明になる事件が起きた。協会つまりバーガー商会としては放置できない。捜査のため、紫音たちのパーティーが囮捜査に行ったが、これも行方不明になった。この任務の目的は、行方不明のパーティーたちを救出し、事件の真相を突き止め、対策を打つことだ』

『マリエル出張所の特務課の仕事ではありませんか?』


 キョーコが疑問を出した。


『すでにやったが失敗した。それで日本出張所が応援を出したんだ』


 キョーコはアーンリに対する怒りが増幅した。わざわざ応援に来てやったのに、あの態度は何だ?

 仮想空間で地図が広げられ、クイトが一点を指した。


『紫音たちが遭難したのは、「神竜の巣穴」だ。神竜の巣穴のランクはSSS(トリプルS)、パーティー全員が達人以上でないと挑戦できない、最難関の巣穴だ』


 多少無理をしてでも、パーティー全員を達人に揃えた理由はこれだった。


『最終目標は当然これだが、その前に幾つかの巣穴に挑戦する』

『のんびりしている暇はありませんよ』


 キョーコは反論したが、すぐにクイトに言い返された。


『多重遭難を繰り返すのは一番まずい。ファンタジーでの実戦経験があるのは俺だけだ。後衛の二人は全く実戦経験がない。レベルはステータスと経験値で決まるが、ステータスだけでレベルが高くても、経験が無いと勝てない。三人にはある程度の場数を踏んでもらう。本命はその後だ』

『わかりました』

『わかったよ』

『了解』


 三人は納得した。


『最初は一番低いEランクから手をつける。まずは手近な「小竜の巣穴」にしよう。俺がランクを上げても大丈夫だと判断するまで、ランクは上げない。いいな?』

『いいですけど、判断の基準はどうするんです?』


 キョーコが再び疑問を出した。


『モノクル機能を最高レベルでオンにしてくれ』


 クイトに言われ、三人はその通りにした。ナノマシンのモノクル機能には、市販品より高度な機能が備わっていた。レベル以外のステータスや経験値を見ることができた。


『自分の手を見てくれ。自分のステータスがわかる』


 三人は自分のステータスを見た。HPやMPなどの値が表示された。


『一番最後の経験値を申告してくれ』

『一一五』

『〇』

『一二一五』


 イリリの自己申告に、残りの三人は驚いた。全員がイリリを見た。その通りだった。


『アタシの十倍以上も経験値があるの! なんで?』

『第九課には守秘義務がある。その質問には答えられない』


 特務課の男性魔法使いを、自分のようにナノマシンで女性化しなかったのは、これが理由だったのか、とクイトは気づいた。第九課でイリリが何をやっているのか知らないが、任務が終わるまで詮索はしない方が良いだろうと思った。必要のない藪を突付くのは、面倒なことになりそうだ。身内なら、なおさらだ。


『事情を抱えているのは、どの課も同じだ。詮索はよそう』


 クイトにそう言われて、三人はクイトの顔を見た。三人のうち少なくとも二人は驚いた。


『二千万オーバー! 先輩、どうやってそんなに稼いだんですか?』

『お義兄いちゃん、特務課ってそんなに大変なの?』

『俺のは前世の分も入っているんだ』

『先輩が前世で勇者だって話、本当だったんですね。アタシは前世がない新生人です。初期値が違います。うらやましいです。チートです。まるでスーパーサイヤ人です』

『いいことなんてないぞ。前世があったらあったで、大変なんだ』


 これはクイトの本音だった。クイトは前世と現世の二つの世界を生きてきた。全く異なる世界、全く異なる価値観、全く異なる倫理観。ある意味、矛盾した人生と言える。前世で勇者だったことから、現世でも勇者を演じることを要求される。異世界では、現世の倫理観では悪とされていることを、堂々と行い、それを自慢することを、度々(たびたび)要求された。何度も人生を迷いそうになったし、これからも迷いそうになるだろう。ひょっとしたら、本当に迷うかもしれない。


『話がずれてる』


 イリリに指摘され、クイトは話を戻した。


『ハナナの経験値を基準にしよう。ハナナの経験値が五十以上になったら、Dランクに挑戦しよう。後は二倍ずつしきい値を上げて、百、二百、四百を目安にランクを上げる。それでいいか?』


 ハナナは緊張した。それを見たクイトは、仮想空間で声をかけた。


『そんなに難しく考えなくていいぞ。ランクが上がれば魔物が強くなる。一度に稼げる経験値が増える』

『それでもSSSだと……三千二百も必要になる!』

『一千以上はないとSSSはきついぞ』

『アタシも自信ありません』

『問題ない』


 キョーコとハナナは、半ばジト目で、イリリを見た。

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