和解
あかぎのCICにAIの声が響いた。
『敵は攻撃を中止しました。しかし艦内のシステムを全て奪われました。私は完全に無力化されました』
つまり、AIはCICの状況を見ているが、何もできないということだった。
CICに二人の人物が入ってきた。紫音と母親の鷹野だった。
「クイト、黒刀を退いていいぞ。だが鞘には収めるな」
紫音は、二人は抵抗しないと思ったが、フィリリが魔法を使う可能性までは否定しなかった。
「この馬鹿、人様にどれだけ迷惑をかけたと思っているの! おまえは危うく世界を破滅させるところだったのよ!」
母親の叱責に、息子は反論した。
「タイムマシンのことか? そんなの俺も気づいていたさ。だから時間移動をできないように機関を改造していたぞ。調べてみろ、本当だとわかるぞ」
「第二班、聞いていたか? 可能なら確認しろ」
紫音は指示を出した。その一方で鷹野親子は罵倒合戦を再開していた。
「日本国民の血税で造った護衛艦をネコババしたじゃない!」
「お袋だって、研究費の一部を、自分の趣味に使っていただろう!」
「スケールが違うわ!」
「モラルは五十歩百歩だ!」
「この中二病! キャプテン・ハーロックの真似なんて止めなさい!」
「俺にこの名前を付けたのはお袋じゃないか!」
クイトの頭に疑問が浮かんだ。
「名前は鷹野鉄郎だろう?」
「それは仕事で使う通名だ。戸籍上の名前じゃない。AI、CICのディスプレイを制御できるか? 俺の本名を教えてやれ」
『アイ、コピー』
CICのディスプレイに名前が表示された。
「鷹野八亜六九?」
その場にいた何人かが吹き出した。
「この名前のせいで、俺がどれだけ辛い思いをしたかわかるか?」
クイトは紫音に訊いた。
「紫音なら理解できるか」
「多少はわからなくもない」
「『シオン』なんてマシじゃないか。俺のはキラキラネームを通り越して、ゲラゲラネームだ! 二十世紀のヤンキーか? なんで999の鉄郎にしなかったんだ!」
吹き出した人間は、笑い声をあげた。
「止めろ。誰であれ、名前を笑うな」
紫音の制止で、全員が笑うのを止めた。
「それは違うわよ」
母親は船外服の胸からメッセージボードを取り外して、指タッチで文字を書いた。
「二十世紀のヤンキーは、やたらと画数が多くて、不吉なイメージの文字を使うのよ。例えばこんなふう」
母親はメッセージボードを見せた。「覇唖露苦」と書かれていた。
「お袋、本当にボケたか?」
息子は呆れた。本人以外は全員そうだった。
「でも名前を理由に、海賊をしていいわけないでしょう!」
母親は叱責を続けた。
「俺は義賊だ。悪いことはしていない。襲うのは金持ちだけだ。襲う相手は傷つけないし、むしろ喜ばせている。保険があるから損はさせていない。稼いだ金は恵まれない子供たちに寄付をしているし、俺を見習う人も大勢できたぞ」
「まあ、裁判になれば、情状酌量の理由になるな。だが違法は違法だ。それに保険の掛け金をつり上げて、おまえの被害に遭わない加入者に損害を与えている」
紫音の言葉に、母親が加勢した。
「そうよ、違法よ。前科者よ。こんな真似をするから、いつまで経っても嫁が来ないのよ」
「うるせい。嫁ならいるぞ。ここに」
息子はフィリリの肩を抱いた。その場にいた二人以外の全員が目を丸くした。
「悔しかったら、あと七ヶ月長生きしろ。そしたら孫の顔を拝ませてやる」
母親のこめかみに血管が浮き出た。
「アンタ、リア充になりたくて、この娘を手篭にしたの?」
「お母様、それは違います」
フィリリに「お母様」と呼ばれて、母親の気勢が削がれた。
「私の方から求婚したんです。他の世界で生きるのは大変だと言って何度も断られたんですけど、何度も求婚して、結婚させてもらったんです」
母親は眉間にしわを寄せた。
「それ、本当なの?」
「はい」
「この厨房のどこがいいの?」
「子供のように純粋で、真直ぐなところです」
母親はため息をついた。
「アナタは洞木ヒカリか?」
「誰のことだ?」
紫音はクイトに訊いたつもりだったが、フィリリが答えた。
「洞木ヒカリは一九九五年にテレ東系列で放送された『新世紀エヴァンゲリオン』の登場人物です。碇シンジ、綾波レイ、惣流・アスカ・ラングレーのエヴァンゲリオンのパイロットたちの中学のクラスメートで……」
フィリリのアニメトークを聞いた、特務課全員が同じ感想を持った。
「こんな任務に命を懸けたのか? これなら放置した方がよかった!」
交渉担当の七課の課長も、アホらしいと思った。だが仕事は仕事だ。淡々と事後処理を行った。その結果を特務課に伝えた。
「あかぎはナノマシンを除去して修理した後、元の世界に返すことにしたわ。その世界は、接触するのは時期尚早と判断して、しばらく接触しないことになったわ」
「あの三人の処遇はどうするんですか?」
クイトの質問に、美登里はため息をついてから答えた。
「鷹野親子を元の世界に戻すことはできない。あの親子は並列世界とワームホールを知っている。戻したら元の世界の軍隊が、ワープを求めてオダダに侵略してくるわ。特務課には息子の方が創った異世界門を破壊して、研究データーを破棄してもらうわ」
「それは別働隊がすでに実行中です」
紫音の言葉に、美登里は笑みを浮かべた。
「迅速ね」
「それが特務課です」
「三人、いや四人はオダダに滞在させることにしたわ。産まれてくる赤ちゃんの幸せを考えたら、両親と祖父母がいた方がいいわ」
「でも、あの鷹野親子はオダダにオーバーテクノロジーに持ち込みかねませんよ」
クイトの危惧はもっともだった。
「もちろん二人にはオーバーテクノロジーを持ち込まないように言い渡したわ。その代わりに別の研究テーマを与えたわ」
「別のテーマって何ですか?」
クイトの質問に、美登里は意地の悪い笑みを浮かべた。
「魔法の科学的な解明よ。二百万の世界でも、魔法は経験則がわかっているだけで、誰も科学的な解明ができていない。そう言ったら目を輝かせたわ。特に母親の方は。レンズ越しでもわかったわ」
「姉……課長も意地が悪いな」
「でもこれが最善だと思うわ」
「そこは否定しませんよ」
「それにオダダなら監視役もいるし」
クイトは、自分が全員の視線を集めているのに気づいた。
「それも俺がやるんですか?」
「他に誰がいるの」
美登里の言葉に全員がうなずいた。
「防疫処置はすませたわ。すぐにオダダに連れて行って。君のためにも」
「はい、急ぎます!」
クイトはようやく我が子の顔を見れた。ウタタに抱かれた小さな命は、健やかに眠っていた。
「男の子よ。名前はハヤト」
「ハヤトか、いい名前だ。ようこそ、オダダへ。俺が父親のクイトだよ」
クイトは赤ん坊の手にそっと触った。赤ん坊の小さな手が、クイトの小指をつかんだ。クイトは思わず涙を流した。クイトが連れてきた三人も、涙腺がゆるんだ。
「次は俺たちの番だ」
「そうね。幸せになるのよ」
「赤ちゃんは可愛いわ。孫ができるのも悪くないわね」
クイトは自分の村の長老に仲介を依頼して、フィリリの村の長老を紹介してもらった。フィリリの村の長老に立ち会ってもらい、フィリリの家族に鷹野親子を紹介して、事情を話した。フィリリの父親は怒った。クイトは当然そうなると思っていたので、用意しておいた切り札の一つを使った。
「お気持ちはわかります。でもフィリリさんのお腹の中にいる子供は、貴方の血を受け継いでいるんです。他人の子供ではありません。貴方の孫です。孫はどうでもよいのですか。そんな訳ないでしょう。お孫さんの幸せを考えてください。何が一番お孫さんのためによいですか?」
オダダ人は人情話に弱いことをクイトは知っていた。フィリリは実家に戻ることを許され、鷹野親子は村の空き家に住むことになった。
一ヶ月後、監視役の仕事を務めるために、クイトはフィリリの村を訪ねた。目に見えてお腹が大きくなったフィリリに話を聞いた。意外なことに、鷹野親子はオダダの生活に馴染んでいた。母親の方は知恵袋として村の役にたっていた。その内容を聞いたが、井戸から水を汲み上げるときは滑車を使う方が楽だとか、生活の知恵の範囲で、オーバーテクノロジーとは言えない内容だった。本人にも会ったが、魔法の研究という大テーマのためなら、この程度の約束は守ると言った。息子の方も真面目に働いていた。彼の本質は善人だった。真面目に働く理由を訊いたら、子供のためだと言った。
最後にフィリリに鷹野親子の仲を訊いた。
「私にもよくわかりません。口論をしていたかと思うと、突然一緒に喜んだりしています。でも私にもわかることがありました。松本零士先生の代表作は『銀河鉄道999』だという意見は、三人とも一致しました」
オダダの賢者たちが日本に来たとき、中野ブロードウェイとアキバに寄らなかったのは幸いだった。クイトはそんな無意味な感想を持った。
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