戦端
豪華客船の襲撃に成功し、アルカディア号ことあかぎは、襲撃現場からワープアウトした。
戦闘指揮所にいた男は、そばにいた女性に気遣った。
「フィリリ、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
女性は額に汗を浮かべていた。
「大丈夫よ」
「しばらく海賊稼業は止めよう。おまえの体が心配だ」
「でも……」
「おまえが大切なんだ。無理はさせたくない」
安っぽいメロドラマのような会話は、あかぎのAIによって中断された。
『警告、未知の宇宙船が接近中。戦闘艦の可能性が大。レベル5まで迫ってきます』
男は心の中で舌打ちした。
「艦種の特定を急げ」
『日本のやまと級と推定されます』
男は少し驚いた。
「やまと級は全て退役したはずだ!」
『その通りです。やまとは記念碑として残っていますが、宇宙船として飛べる状態ではありません。むさし、しなのは解体処分され、最後のかいは訓練艦として去年まで運用されていましたが、今は解体作業中です』
「ならやまと級ではないだろう」
『その通りですが、観測データーは変わりません。可能性としては、かいが再艤装されたか、やまと級の五隻目が秘密裏に建造されていたことが考えられます。光学画像の撮影に成功しました』
CICのディスプレイに画像が表示された。確かにやまと級の真っ黒な艦体だ。やはり戦闘艦と考えるのが妥当だ。男は艦体に白い文字らしい物があることに気づいた。
「白い文字らしい物を拡大しろ」
ディスプレイいっぱいに拡大された。
『「301+」と読めます』
「確かにそうだな。『301』は、宙自ではやまとの艦番号だ。やまとを復活させたのか? こんな真似をしそうな人物は一人しかいない。近距離用の宙自の通信回線で呼びかけてみろ」
『アイ、コピー。……相手が呼びかけに応答しました。映像回線を開きます』
新たな画像がCICに表示された。船外服を着て、腕組みをした人物がいた。
『久しぶりだね、アルカディア号の諸君』
男は片手を頭に当てた。
「やっぱりお袋か! 何の真似だ。こんなことをして?」
『アンタの中二病を治療しに来たのよ。何よ、その格好? アンタはもう五十歳よ。コスプレは卒業しなさい』
「五十じゃなくて四十だ。自分の子供の年齢を十歳も間違えるな!」
このとき、やまと改のCICにいたクイトと紫音は、心の中でツッコミをいれていた。「四十でも充分年寄りだ」
「お袋だって、今デスラーの真似をしたじゃないか。お袋だけには言われたくないね!」
『私は親よ。親の言うことをきけないの? 産んでもらって、シングルマザーで育ててもらった恩を忘れたの?』
「産んでもらったところまでは感謝していい。だが育児は感謝しねえ! 育児施設に俺を預けて、仕事に没頭してたじゃないか。何ヶ月も顔を見せなかったことなんか数え切れねえ。一緒に飯食ったことなんか、一年でも十回くらいしかなかったじゃないか!」
『アンタを養うために、お金を稼いでいたのよ』
「嘘こけ! 俺は知ってるぞ。松本零士先生の『宇宙戦艦ヤマト』の漫画一冊に、ボーナスを全部使ったことがあっただろう。育児より自分の趣味を優先させていたじゃないか!」
『はて? そんなことがあったかしら?』
「都合が悪くなると、認知症の振りをするな! お袋のサイトにアップロードしてあるぞ!」
『誰かに改ざんされたのかしら?』
「そんな訳ないだろう! 世界最高レベルのセキュリティを備えているじゃないか」
『完璧なセキュリティは存在しないわ』
「そんな原則論は言い訳に過ぎねえ。もうお袋に支配されたくない。宇宙の海は俺の海だ。俺の果てしない憧れだ。俺は自由に生きるんだ!」
もしその場に二十世紀人がいたら、こんなツッコミを入れたかもしれない。「おまえはもう洗脳されている」
『アンタ、やっぱりガキね。今頃反抗期? 私が再設計したやまと改で、本物の愛と正義を教えてやるわ』
「今頃そんなポンコツを引っ張り出して、どうするんだ? 勝てるわけないだろう」
『正義が必要なとき、ヤマトは何度でも復活するのよ。「愛で動く不死身の宇宙戦艦」それがヤマトよ』
「そのネタ、マイナー過ぎる! ホビー・ジャパンがGDW社のシミュレーションゲーム『インペリウム』の日本語版を販売したとき、日本人のゲームデザイナーが冗談で作ったユニットのことだろう。それもコンピューターを使わないボードゲームだ。当時でも知っている人間はまれだ。しかも一九八〇年代の話だ。一世紀も前のネタ、わかるやつなんかいないぞ!」
『ダウト! アンタはわかったじゃない』
「お袋の教育のせいだ。俺を育児施設に預けるとき、情操教育と称して、二十世紀のアニメを見せるようにリクエストしていたの、知ってるぞ!」
クイトと紫音は、鷹野があかぎの出現位置を正確に予想したところまでは感心したが、今は呆れていた。
「この事件、要するに親子喧嘩なのか?」
クイトの言葉に紫音はうなずいた。
「そうらしい。並列世界中、史上最大の親子喧嘩だな。世界の存亡をかけた親子喧嘩だ」
「馬鹿馬鹿しい。本気で放置したい」
「同感だが、特務課としては放置できない。これは誘拐事件でもある」
二人の会話は、男にも聞こえていた。
『そこの紫のやつ! 俺は誘拐なんかしていないぞ』
「オダダ人の少女を乗せているはずだ。解放しろ」
紫音が反論した。
『解放も何も、彼女は自分の自由意志でアルカディア号に乗っているんだ』
鷹野はコホンと咳をした。
「やはり実力行使しかないわね」
『望むところだ』
こうして並列世界中、史上最大の親子喧嘩は始まった。




