打診
横須賀の港湾を、一組のカップルが歩いていた。
「女装は嫌じゃなかったのか?」
クイトの質問に紫音は答えた。
「嫌でも任務よ。仕方ないじゃない。ここ、カップルのデートの定番なんだって。野郎二人のカップルは不自然じゃない。目立っちゃうわ」
ナノマシンの作用で、紫音の声は女性の声に変換された。喉仏も引っ込んでいた。胸も少し膨らんでいた。二人は、特に紫音は目立っていた。紫色の髪をした美少女は嫌でも目立った。この世界のこの時代の日本では、女性の間では、あり得ない色に髪を染めるのがファッションになっていた。だが紫は珍しい。まだ紫色の染料を日本で販売している化粧品会社はなかった。本性を知っているクイトは、自分の右腕にしがみついている人間を、うっとうしく思っていた。
「カップルとして充分目立っているよ。目立ち過ぎる。紫色の髪は」
「じゃあ私が髪を染めて、あなたが女になった方がよかった?」
「現状を維持しよう。男の娘、乙……イタッ!」
紫音はクイトの右腕をつねった。
「物事には何でも限度があるのよ」
「すまん。発言を撤回し、謝罪する」
『女装』は威嚇球だが、『男の娘』は危険球らしい。クイトは紫音のストライクゾーンがよくわからなくなった。
二人の前に二隻の戦艦があった。
「これが三笠か。一九〇五年、日本海海戦の連合艦隊旗艦で、多数の砲弾を受けながらも、バルチック艦隊を殲滅した武勲艦だな」
「日本以外の国では対馬海戦と呼ばれているわ。ロシアの皇帝に戦争遂行をあきらめさせた海戦ね。ペルシア戦争の戦局をひっくり返したサラミス海戦、ナポレオンに英国侵攻をあきらめさせたトラファルガー海戦と並ぶ、世界三大海戦の一つね。日本が保存するのも納得ね」
カップルはもう一つの戦艦を見た。
「これが護衛艦やまとか。この世界で初めて重力制御推進で飛んだ宇宙船、ロケットの常識をひっくり返した革命を起こした艦か」
「後の情報公開で、たった一隻で、ルナ2駐留艦隊十一隻を、ほぼ無傷で殲滅したことが判明した、三笠以上の武勲艦ね。やっぱり日本が保存するのも納得ね」
「デートの場所はこっちだったな」
「そうよ。行きましょう」
二人は宇宙自衛隊の広報センターに入った。やまとは二階建ての広報センターの一部になっており、二階より高い部分は建物の屋根から艦体が突き出ていた。
二人は怪しまれないように、普通の観客に混じって、宇宙自衛隊の活動や装備を紹介する展示を見て回った。そしてやまと艦内のカフェにたどり着いた。カフェには待ち人がすでに来ていた。写真で顔を知っていた二人は、待ち人のいるテーブルに行った。
「同席してよろしいでしょうか」
クイトの質問に、黒髪より白髪の方が多い、分厚いレンズの眼鏡をかけた老女は答えた。
「クイトさんとシオンさんね。どうぞ」
二人は席についた。クイトが切り出した。
「鷹野洋子さんですか?」
「はい」
「護衛艦やまとを設計した、鷹野元防衛技官ですね?」
「その通りよ。そちらの用件は?」
「この場で話すのは、はばかられます。別室を用意しています。そちらに移動してもらえますか?」
「いいわよ。でもこれを飲み終わるのを待って。ここの梅昆布茶は美味しいの」
鷹野は梅昆布茶をすすった。クイトは、なぜこのカフェのメニューに梅昆布茶があるのか、不思議だった。
三人はホテルの貸し会議室へ移動した。
「ここなら盗聴と盗視への防備がしてあります。安心してください」
紫音はそう言ったが、鷹野に言い返された。
「私としては、あなたたちが何者か知る方が、安心できるわ」
「実は私たちはこういう者です」
紫音は名刺を差し出した。
「ふうん。やっぱり並列世界は存在したの」名刺を受け取った鷹野は確認した。「ウチの馬鹿息子の仮説は正しかった?」
「そうです」
紫音が答えた。
「馬鹿息子が何をやったのか、詳しく教えてもらえるかしら?」
鷹野は紫音から詳しい話を聞き出した。
「つまり、馬鹿息子は並列世界で魔法使いを誘拐して、ワープ航法を実現させた、というわけ?」
「その通りです。魔法が実在することは信じられないかもしれませんが」
「そんなことないわよ。ワープをしていること自体は、否定できない事実よ。その手段は今の科学では説明できない。『ゲーデルの不完全性定理』は正しいわ。魔法を否定できる根拠はないわ。でも信じるだけの根拠もない。つまり意見を保留するわ」
そう言うと、鷹野はバッグから紙パックのドリアンの果肉入りの飲むヨーグルトを取り出し、ストローを刺した。
「それで、私に何を求めるのかしら? 馬鹿息子を涙で説得するの?」
鷹野はそう言って、ドリアンの臭いを周囲に振りまきながら、ヨーグルトを飲み始めた。
「そうではありません。あかぎに勝てる方法があるか、お訊きしたいのです」
「前提条件がわからなければ、答えようがないじゃない」
「その通りですね」
紫音は同意して説明を始めた。鷹野はヨーグルトを飲みながら聞いた。鷹野がヨーグルトを飲み干して、パックをぺしゃんこにするのと同時に、紫音は説明を終えた。
「『可能な限りこの世界の技術を使って』ね。はっきり言って、難しいわ。あかぎは全く新しい世代の宇宙船よ。重力制御を上回る慣性制御を備えた宇宙船よ。確実に勝ちたかったら、慣性制御の戦闘艦が必要ね。でも慣性制御の戦闘艦は、この世界にはあかぎしかない。あかぎ級二番艦のあまぎは、馬鹿息子が設計データーを消去したせいで、一部は設計からやり直している。いつ竣工するか見通しが立たない。他の国では慣性制御の成功すらできていない。あかぎのコピーを造れるかしら?」
「やってできないことはありませんが、時間がかかります。それを悠長に待っている場合ではありません」
「いつ時間移動をされるか、わからないものね。それで、どの程度の宇宙船なら用意できるの?」
「艦体の規模で言えば、やまと級です。でも重力制御エンジンなら、現在の物を使用できます。武装も武器市場から調達できます。やまと級より高性能の艦になるはずです」
「ゴミ箱、あるかしら?」
クイトが差し出したゴミ箱に、鷹野は潰した紙パックを捨てた。クイトはこのゴミ箱を片づける清掃員に同情した。
「やまと改か。個人的にはやってみたいけど、これは個人の問題じゃないわね。うーん」
鷹野は考え込んだ。しばらく考えてから、言った。
「慣性制御には、運動エネルギー兵器は通用しない。ミサイルも同じ。レーザー兵器か、高熱エネルギー兵器でないと駄目。やまとだと、副砲か艦首砲ね。でも副砲は対空迎撃用だし、艦首プラズマ砲は射程距離が短い。射程距離にあかぎを捉える前に、あかぎの艦載機や主砲に沈められるわ。仮に射程距離に入ったとしても、迎撃される。まともに殴り合いをやって勝てる相手じゃない」
クイトはその言葉に疑問を感じた。
「プラズマを迎撃できるんですか?」
「プラズマ砲を使えばいいのよ。プラズマは荷電粒子だから、複数のプラズマ流が近距離で交差すれば、互いの電荷で干渉が起きて、プラズマ流の軌道が変わるわ。プラズマ流の速度は、光速と比べればかなり遅い。敵が発射したのを見てからでも間に合う場合が多い。あかぎには対プラズマ用にも使えるプラズマ砲が四門備えられているわ。知らないの?」
「すみません、勉強不足でした。やっぱり無理ですか?」
「沈めるのはね。でも沈める必要はないんでしょう。ゲートとやらを通過させるために、しばらく動きを封じればよいのね?」
二人は期待して、次の言葉を待ったが、はぐらかされた。
「教えてもらえない? 協会が使えるオーバーテクノロジーとやらを」
しばらく鷹野から紫音への質問が続いた。だが鷹野は納得できなかった。
「やっぱり無理みたいね。でも紫音さんは博識ね。リケジョなの?」
「いいえ、知識は協会のデーターベースにアクセスして、得ているんです」
「通信機を使っているように見えないけど、ウェアラブル端末を使っているの?」
「いいえ、体内のナノマシンを使っているんです」
そう答えて、紫音は失敗したと思った。話す必要がないオーバーテクノロジーを話してしまったと思った。だが鷹野はそこに食いついた。
「ナノマシン? それ、詳しく教えてくれない?」
再び鷹野が紫音を質問責めにした。何度か質問した後、鷹野が最後の質問をした。
「これから言う機能を持ったナノマシンが作れるか、教えて」
鷹野の言葉を聞いた紫音は、少しデーターベースを検索してから答えた。
「専門家に相談しないとわかりません。なぜそのナノマシンが必要なのか、教えてください」
「いいわよ」
鷹野は作戦を説明した。
クイトは微妙だと思った。




