海賊
その後を紫音が継いだ。
「そこで俺たち特務課の出番だ。ワープする宇宙船を俺たちが捕獲して、その世界から切り離す。最悪でも、宇宙船を完全に破壊する。そうすれば、その世界からチートを消すことができる」
紫音の言葉を聞いて、クイトが訊ねた。
「ワープをする宇宙船は一隻しかないのか? 同じ宇宙船を造れる者はいないのか?」
「そうだ。だがその宇宙船が問題なんだ。そいつはその世界でも最先端の技術を使って造られた戦闘艦なんだ。しかも質が悪いことにワープする。どこに出現するか予想ができない」
「この前みたいにオーバーテクノロジーを使えばいいんじゃないか?」
クイトの疑問はもっともだった。だがクイト以外に疑問を口にした者はいなかった。事情を知らないのは自分だけらしいとクイトは気づいた。
「本部に上申したが、拒否された」今度は紫音が渋い表情をした。「宇宙空間での戦闘は、痕跡を完全に消し去ることが困難だ。可能な限り現地の技術を使えと言われた」
紫音が渋い表情をするのも当然だ。そう思ったクイトも渋い表情になった。
「相手がチートできるのに、こっちは駄目か。しかも最先端の技術を使われている。こんな条件で勝算があるのか?」
「それをなんとかするのも特務課の仕事だ。そこで現地の技術者の協力が必要になるわけだ」
「それが標的の母親か。でも標的って、どんな人物なんだ?」
クイトの問いに、紫音は言葉ではなく行動で答えた。紫音が壁に触れると、人物の顔と情報が壁に表示された。
「日本防衛省防衛装備庁の開発研究本部に勤務していた鷹野鉄郎防衛技官。問題の宇宙船、日本宇宙自衛隊の護衛母艦あかぎの開発プロジェクトの主要なメンバーの一人だ。標的はあかぎのメインフレームにトラップを仕掛けていた。あかぎが竣工したときに、トラップを作動させて、たった一人であかぎを乗っ取った。その後、ワームホールのチートを使って、海賊稼業をしている」
「海賊って、宇宙海賊か? 漫画みたいな世界だな」
「おまえがいた世界より、およそ半世紀進んだ世界だ。それに重力制御というオーバーテクノロジーを手に入れている。重力制御推進のおかげで、惑星間の観光旅行も当たり前の世界だ」
「その旅客船を襲っているのか?」
「あかぎは護衛艦の母艦として造られた。ワープして旅客船に接近し、護衛艦を格納する格納庫に旅客船を閉じ込める。船内に乗り込み、旅行客から金目の物を奪ってから解放する。これが最も多いパターンだ」
「被害者はどの位の数だ?」
「五千人以上だが、死傷者は一人もいない。標的は『漢は弱者を傷つけない』というポリシーを掲げている。抵抗した者も、武器を取り上げて取り押さえるだけで、殺傷はしない。最近では『最も安全な海賊』として知られていて、アルカディア号に襲われる経験を楽しむ旅行客もいる」
またまた意味不明な単語が出た。
「アルカディア号って何だ?」
「標的があかぎのことをアルカディア号と呼んでいるんだ。巨大な護衛母艦が迫ってくるシーンは迫力がある。だ捕した旅客船に乗り込むときの演出も凝っている」
紫音は旅行客が撮影したと思われる動画を表示した。
「標的は撮影を認めないが、これは没収を免れた数少ない映像だ」
豪華客船のホールと思われる場所に、武装した黒ずくめの男たち、およそ十人が現れた。男たちは銃を天井に発砲した後、乗客に銃口を向けた。乗客達の中には、悲鳴を上げる者もいた。
そこへボサボサの長髪で、右目をアイパッチで隠し、左の頬に傷跡がある男が現れた。正面に髑髏が描かれた黒いスキンタイトスーツを着て、黒いマントをたなびかせ、腰にサーベルを下げていた。変装はしていたが、鷹野鉄郎だとわかった。
「俺は宇宙海賊のキャプテン、ハーロックだ!」
女性の乗客たちの一部から、黄色い悲鳴が上がった。
「あなた方を傷つけるつもりはない。ただ我々の活動と、貧しい子供たちを助けるため、身に付けている宝石や貴金属を渡して欲しい」
トレイを持った部下たちが乗客の間を回った。乗客たちは大人しく宝石や貴金属を渡した。だが一人の男が一部を拒んだ。
「この時計と指輪だけは勘弁してくれ。親父の形見と結婚指輪なんだ!」
自称ハーロックは、つかつかと男の所に歩いてきた。
「その話は本当か?」
男は黙ってうなずいた。
「あなたを信用しよう。取り上げるな」
自称ハーロックはそう言うと、元の位置に戻った。多数の女性から歓声と拍手が送られた。
部下たちが一回りして戻ると、自称ハーロックは言った。
「みなさんにご迷惑をかけた。俺の本意ではない。お詫びする」
そう言うと自称ハーロックは、部下に囲まれて引き上げて行った。その背中に女性の歓声と拍手が送られた。
動画を観ていたクイトは、こめかみを押さえていた。
「これが海賊か? まるでアトラクションじゃないか!」
それでも疑問が頭に浮かんだ。
「一人で乗っ取たんだろう。部下はどこから来たんだ?」
「この画像を解析した結果、人間ではなく人型ロボットだとわかった。発砲したのは空砲だ」
「完全にアトラクションだ」
「旅行客も盗られた物に保険を掛けておけば損はしない。そういう旅行客を目当てに、わざと海賊に襲われやすい航路を採るツアーを企画をする旅行会社まである」
紫音が壁に触れると、企業の広告が出てきた。『貴方もキャプテン・ハーロックに逢えるかもしれない! 火星旅行一ヶ月の旅(※貴重品には必ず保険を掛けてください)』と書かれていた。
紫音が先を続けた。
「保険会社の中から、こういう旅行会社を訴える裁判を起こす会社も現れている。最近は養護施設に、キャプテン・ハーロックを名乗る者からプレゼントが贈られるようになった。最初にやったのは本人だろうが、それを真似した行為が頻繁に起きるようになった。『ハーロック現象』と言われている。それが標的の人気とカリスマ性を高めている」
話を聞いていて、クイトは馬鹿馬鹿しくなった。
「馬鹿馬鹿しい。できれば、放置したいな」
「俺もそうしたいが、そうもいかない」
クイトは再び疑問点を訊いた。
「標的はどうやってワームホールを手に入れたんだ?」
「標的は自力で並列世界の存在に気づいたらしい。個人の趣味で異世界門を創ったようだ」
さすがにクイトも疑問に思った。
「異世界門って、個人の趣味で創れるのか?」
「常識で判断すれば、不可能だ。だが標的は非常識なほど頭がいい。あかぎの主要なシステムのほとんどを一人で設計したくらいだ」
「さっきのアトラクションをやったやつが?」
「標的は様々な意味で非常識なんだ。標的が世界を移動した痕跡が見つかった。その中にオダダがある。そのときにオダダ人を誘拐したようだ。標的がオダダへ移動したとき、行方不明になったオダダ人がいる」
紫音は再び壁に触れた。別人のデーターが表示された。少女だった。
「名前はフィリリ。地球の時間に換算すると十六歳のときに行方不明になった。今は十八歳のはずだ」
「彼女の魔法でワープをしているのか?」
「その可能性が最も高い。彼女の救出も問題だが、最も大きな問題は、この事実をその世界から隠蔽することだ。ワープを欲しがっている連中は、オダダ人を誘拐するために、標的が創った異世界門を使ってオダダに来るだろう」
クイトの背筋を冷たい物が走った。失敗すれば、オダダは侵略される。確かにオダダではこの話はできない。
紫音が先を続けた。
「AIの推論も使って作戦を立てた。あかぎを丸ごと異世界門で別の世界に移動させる。その大きさの異世界門は作れる。問題はどうやってあかぎに異世界門を通過させるかだ。あかぎをワープできないようにして、その足を止める必要がある」
そこまで聞いたクイトは推理した。わざとだ捕されて、白兵戦に持ち込み、フィリリを奪還する。それが一番確実な様に思えた。
「最初はわざとだ捕されて、白兵戦に持ち込むことを考えたが、この作戦は却下だ」
「なぜだ?」
クイトの問いに、紫音は答えた。
「問題は、だ捕される旅客船をどうやって調達するかだ。本物の旅客船に中に混じって入ったら、無関係な多くの人を巻き込むことになる。中古の旅客船を購入することならできるが、船籍なしじゃ食いつかない。ダミーの旅行会社や船舶会社を作るなどの準備が必要だ。手間と時間がかかり過ぎる。その間に時間移動をされたら手遅れだ。それに、戦闘中に想定外の場所へワープをされたら作戦は失敗する。標的は鹵獲を免れるために、ワープをする確率は高い。下手をしたら、それが時間移動になるかもしれない」
紫音はそう説明した後、本命を説明した。
「今回は正攻法で行く。あかぎと交戦して、移動ができない状態まで損傷させる。その後、異世界門を通過させる」
これにはクイトだけでなく、紫音直属の四人も眉間にしわを寄せた。
「みんなの不安はわかる。成功するかどうかは、これから確認する。つまり現地の技術者の意見を聞きに行く。クイト、俺に同行しろ」
クイトはオダダから連れてこられたとき、何らかの仕事をさせられるのはわかっていたが、自分がやる必然性はないように思えた。
「また俺か? 勇者を演じる必要はないだろう」
「特務課の中で、これから行く世界に最も近い世界の出身はおまえなんだ。他のメンバーだと不審に思われる真似をするかもしれない」




