消滅
「ワープだって?」
移動の車の中で、クイトは紫音に訊き直した。
「光の速度を超える移動方法の一つだ。だが思考実験の一つで、実現は不可能と思われていた」
クイトは考えた。
「過去形ということは、誰かが本当にやってのけたのか?」
「そうだ」
「俺が呼ばれたということは、その誰かはチートを使ったのか?」
「そうだ。さっきも言ったが、ワープは論理的にも技術的にも不可能と思われていた」
クイトは話の先を読んだ。
「科学で説明できないのが魔法だ。魔法をチートとして使ったのか?」
「そうだ。おまえもよく知っている魔法だ」
「そんなたいそうな魔法、聞いた記憶が……」
クイトは思いついた。
「ひょっとして、ワームホールなのか?」
「正解だ。ワームホールを作って通る宇宙船が現れた。時空のトンネルを通って移動することによって、見かけ上、光を超える速度で移動する宇宙船だ」
「凄いな。おまえが好きな『宇宙戦艦ヤマト』が実現できるのか」
「別に好きなわけじゃない。冗談のネタにしただけだ」
車が異世界門を通過した。周囲の風景が変わった。クイトも紫音も、それ以外に微妙に環境が変わったことを感じた。そこはクイトがいた日本の、並列世界相互扶助協会の出張所だった。
クイト達は所属する特務課の部屋に向かった。そこには思いがけない人物がいた。
「おかえり、紫音とクイトくん」
交渉担当の七課の課長で、紫音の姉でもある深井美登里がいた。一目見たら忘れられない緑の髪の持ち主だ。
「私から報告するわ。状況は芳しくない。例の世界の日本政府と接触してみたけど、彼らが一番欲しがっているのは、ワープの技術よ。それこそ、協会が一番渡したくない物なのよ。一時的に彼らとの接触を絶ったわ」
「現地人の協力は得られませんか」
紫音が確認をとろうとした。
「日本政府は無理ね。他の国も同じ。でも個人ならスカウトできそうな人物がいるわ」
「誰ですか?」
「標的の母親」
「人情で解決できますか?」
「肉親じゃなくて、現地の科学者としてなら当てにできるわ」
クイトたちとは別のメンバーは四人いた。この四人が紫音の直属の部下だった。特務課の職員のほとんどは、労務管理をするだけの上司がいる人材プールに所属していた。任務があるたびに、必要に応じて人材が割り当てられるようになっていた。クイトもそうだったが、今のところ紫音の下で一回しか働いたことがなかった。直属の四人はわかっているかもしれないが、来たばかりのクイトには話がわからない。クイトは二人の問答に割り込んだ。
「状況を説明してもらえませんか? オダダから来たばかりで、全くわかりません」
美登里はクイトに訊いた。
「紫音から何も聞いていないの?」
「オダダが侵略されるかもしれない、ということと、ワープできる宇宙船が現れた、というところだけです」
美登里は今度は紫音を見た。
「急いだもので」
やれやれという表情で、美登里が言った。
「それじゃあ急いだ意味がないじゃない」
クイトはため息をついた。それなら子供の顔を見ればよかったと思った。
「オダダでは詳しい説明ができませんから」
「それもそうね」
クイトは、またため息をついた。美登里が説明を始めた。
「ワープがワームホールを使うのは知っている?」
「ええ、紫音から聞いています」
「ワームホールの入り口はブラックホール、出口はホワイトホール、これはオッケー?」
「はい。知っています」
「じゃあホワイトホールって、具体的には何?」
クイトは答えられなかった。
「わかりません」
「ホワイトホールは、実はブラックホールなの」
クイトは驚いた。
「それはおかしいでしょう!」
「ただのブラックホールじゃない。時間が逆転したブラックホールなの」
クイトには理解できなかった。
「逆転って、どういう意味です?」
「時間が未来から過去に流れているのよ」
クイトは更に驚いた。
「そんなことがあり得るんですか?」
「科学の思考実験の上なら、あり得るわ。それに魔法では実際あるでしょう。日本人の君なら知っているでしょう」
それでもクイトが納得できない部分が残った。
「普通に考えれば、ワープ自体は問題ないと思いますが」
「大ありよ。ワームホールの中には時間が逆転した部分がある。それを利用すれば、タイムマシンが作れる。宇宙船は過去の宇宙に行くことができる。『親殺しのパラドックス』は知っている?」
クイトは思い出そうとした。
「聞いたような気がしますが、思い出せません」
「時間旅行者が自分が産まれる前の過去に戻って、自分の親を殺したとする。そう仮定したら、どういう結果になる?」
「親が殺されたら、子供は産まれないから……あっ、矛盾する!」
「そうでしょう。どの世界も因果律に支配されているわ」
わからない単語が出てきた。
「インガリツって何ですか?」
「原因がまずあって、その後に結果が起きる。この順番が因果律よ。でもタイムマシンができたら、それが覆される。因果律を根拠に、タイムマシンは作れない、そう主張する科学者が多数なの」
「でもワープができるのだから、タイムマシンもできるんですね。もし因果律が覆されたら、どうなるんですか?」
「誰にもわからないわ。因果律に支配されている世界の理論は、全く当てはまらない。だからわからないのよ」美登里はため息をついてから続けた。「協会は二百万以上の世界と接触したわ。でもタイムマシンがある世界は一つもなかった。疑似タイムマシンならたくさんあったけど」
またわからない単語が出てきた。
「疑似タイムマシン? それは何ですか?」
「元の世界とよく似た異世界へ移動する機械よ。でも作った者たちには、それがわかっていないの。本当のタイムマシンは存在しなかった。これはどう解釈したらいいかしら?」
クイトは考えた。
「可能性は三つあると思います。一番目は、たまたまタイムマシンがない世界とだけ接触していた。二番目は、タイムマシンは科学でも魔法でも製作不可能だった。三番目は、因果律が覆された世界は消滅してしまう」
「よくできました。一番可能性が高いのはどれ?」
クイトは少しためらった後、答えた。
「三番目です」だがクイトはそう答えた後、発言を続けた。「ひょっとしたら、問題の宇宙船も、疑似タイムマシンじゃないんですか? 過去ではなく、異世界のホワイトホールと繋がったワームホールじゃないですか?」
美登里は首を横に振った。
「その可能性は協会も調べたわ。でも否定する結論が出たの。今のところ、宇宙船は超光速航法しかしていない。でも時間移動をいつしてもおかしくない状況よ」
「そのことを、その世界の政府に伝えたんですか?」
クイトの質問に、美登里は渋い表情をした。
「難しい判断だけど、したわ。そしたら彼ら、何て言ったと思う?」
「わかりません」
美登里もこれ以外の答えは期待していないだろう。
「協力する代わりに、ワープ以外の超光速航法を教えろって、そう要求したわ。高い対価を吹っ掛けて断ってやったわ」
「何を吹っ掛けたんですか?」
「太陽系をまるごと寄越せって。超光速航法が手に入ったのなら、別の星系へ移住できるはずだから、問題ないだろうと言ってやったわ」
クイトは、美登里が相当腹を立てていたことが、理解できた。
「自分たちの宇宙が滅亡するかもしれないっていうのに。目先の損得勘定しかできない政治家と官僚は、どこの世界にも蔓延しているのよ」
いい意味でも悪い意味でも、普段はクールな美登里が、ここまで感情を表すのを、クイトは見たことがなかった。クイトは、美登里と紫音の世界の地球が滅亡したことを、思い出した。世界を救うために存在しているのが協会だ。二人はそのために働いている。地球どころか世界が滅ぶことなど、この姉弟には耐えられないのだろう。
拙著『宇宙護衛艦やまと』を書くとき、ネタの『宇宙戦艦ヤマト』の1作目を観ました(それ以外のアニメもいっぱい観ました。あれを書くための労力は大変なものでした)。その第四話『驚異の世界!!光を飛び越えたヤマト!!』の中で、ヤマトは初めてワープをします。このとき真田技師長が乗組員(視聴者)に空想のワープを解説するのですが、その中で、とんでもないことを言っています。
「(ワープに失敗したら)三次元と四次元の間に挟まって、ヤマトだけでなく宇宙全体が吹っ飛ぶかもしれません」
おいおいおい! ヤマトだろうが、ガミラスだろうが、そんな無謀が許されるわけないだろう! 当然そう思いました。では逆にワープが本当にそんな物騒なものだとしたら、どんな話になるのだろう? そう思いついた結果が、この第一・五部です。




