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決戦

 宮殿の周囲に潜んでいた、武装した特務課の歩兵チームは、どさくさに紛れて宮殿に侵入した。クイトは右手首の魔方陣から光のワイヤーを放って、宮殿の二階の窓を破った。光のワイヤーは二階の天井に届いて、張りついた。クイトは光のワイヤーを巻き取って、宮殿の二階に侵入した。周囲に誰もいないことを確認して、再び手首の魔方陣を使った。

 手首の魔方陣には複数の使い方があった。そのひとつは持ち物を異空間に出し入れすることだった。持ち物を異空間に入れれば、外見ではわからないように隠すことができた。また手を使って持つ必要もない。ただし異空間に入れた持ち物の重量は体重に加わるので、無制限に物を隠したり運んだりすることはできなかった。それでも密輸に悪用されたら大変なことになる。協会が日本に隠蔽(いんぺい)している魔法の一つだった。

 クイトはヘルメット、ガスマスク、防弾ジャケットなどの装備を取り出して着用した。次に拳銃を取り出してホルスターに収め、自動小銃を手にした。その姿は現代の兵士そのものだった。強(し)いて違いを言えば、野戦用の迷彩服ではなく、雪原用の白い服だった。白い壁の宮殿の中では、野戦用はかえって目立つ。クイトは十歳ぐらいのときに読んだ漫画を思い出した。タイトルは確か「オメガ7」だった。現実の政治とはほど遠い軍事アクション漫画だ。しかし中世の宮殿を舞台に、現代兵器と魔法が戦うというシチュエーションの漫画は存在するのだろうか?

 クイトにインプラントされたナノマシンが、特務課の歩兵チームとの接続を確立した。クイトには味方が集めた情報を見ることができ、宮殿内がどうなっているか、手にとるようにわかった。それはチームのメンバーも同じだった。クイトが見ているものを知ることができた。

 チームの役割は、クイトを無事に皇帝の所に送り込むことだった。指揮は七四式にいる紫音がとるが、紫音が必要だと判断したら、指揮を現場にいるクイトに委ねることになっていた。

 四つのチームは皇帝の部屋がある宮殿の二階の中央に向かっていたが、途中で親衛隊と遭遇した。特務課は宮殿内の構造を把握していたが、やはり地の利は親衛隊の方にあった。第一チームは出会い頭の待ち伏せ攻撃を受けた。先頭のリーダーが通路の角を曲がった瞬間、待ち構えていた三人の兵士から銃で撃たれた。三発のうち二発が胸に命中した。親衛隊の兵士たちは敵を倒したと思ったが、敵は倒れなかった。それどころか反撃してきた。火縄銃の弾は、防弾ジャケットの繊維を破ることができなかった。撃たれたリーダーは自動小銃の三点射で、待ち伏せしていた敵を撃った。親衛隊は訳もわからないまま、二人が撃ち殺された。三人目はかろうじて逃げ出せた。


「ば、化け物だ! 銃じゃ殺せない。魔法だ、魔法使いを呼べ!」


 大声で叫んだ兵士は、背中を撃たれて死んだ。だがその死は無駄にはならなかった。親衛隊は魔法で第一チームに反撃を試みた。リーダーは魔法による火炎攻撃を受けたが、壁の影に隠れてなんとかかわした。これは容易に突破できない。胸を強打したリーダーはぼやいた。


「火縄銃でも結構痛いな」


 すぐに部下たちに手振りで指示を出し、状況をナノマシンで報告した。


『こちらガンマ1、敵魔法使いと交戦中。前進は困難』


 全てのチームが交戦状態になった。その状況を見たクイトは舌を巻いた。四つの戦場は、自分が中央に進むための抜け道を作るように分散されていた。紫音の指揮は、クイトも一目置くほど見事だった。味方が作ってくれた血路をクイトは進んだ。彼らに犠牲者が出る前に、決着(ケリ)をつけるつもりだった。

 だが宮殿中央の防御は予想以上に堅固(けんご)だった。宮殿二階にいた親衛隊は戦意を失っていなかった。クイトは親衛隊の一部と遭遇した。クイトの方が先に気づき、とっさに横の通路に隠れた。そのとき手榴弾を手に取り、安全ピンを抜いて、親衛隊がいる方へ投げた。

 親衛隊は自分たちに転がってくる手榴弾に気がついたが、それが何なのか知らなかった。彼らが何もしないうちに爆発が起きた。親衛隊は全滅したが、その爆発音がクイトの位置を他の親衛隊に教えた。クイトは失敗したと思ったが、後悔は後回しにして先を急いだ。

 クイトの周囲に味方はいなかった。ナノマシンから敵の情報を得ることはできなかった。だが前世の経験が役に立った。聞こえてくる重い足音で、鎧で重装備した兵士が後ろから追いかけてくるのがわかった。同時に軽い足音で、前から軽装備の兵士か魔法使いが迫ってくるのがわかった。クイトは即断した。挟み打ちになる前に、速度を上げて、前方の敵へ向かった。前方の敵と遭遇した。

 クイトは今度は催涙弾を用意していた。敵に気づくと同時に催涙弾を撃った。敵はその速度に対応できなかった。攻撃を始める前に催涙ガスを浴び、視覚を奪われた。クイトは消音器(サイレンサー)を付けた拳銃で、敵の頭を狙い撃った。全員の頭を撃った。クイトは前世で、戦場で油断して敵に背後を襲われて死んだ戦友を何人も見ていた。走りながら全員を殺したことを確認し、そのまま前進した。

 クイトはまた前方から大勢の足音を聞いたが、すぐに消えた。待ち伏せだとわかった。ナノマシンの宮殿の見取り図を確認した。待ち伏せに適したポイントが見つかった。迂回路はあるにはあったが、待ち伏せポイントに近すぎる。足音で気づかれてしまう。しかしここで止まれば、追ってきた重装備の敵に捕まる。クイトは一計を案じた。

 親衛隊は緊張して、侵入者が来るのを待っていた。ここを突破されたら、皇帝の部屋の扉の前の防衛線しかない。わざと迂回路を用意して、地雷を仕掛けておいた。それに迂回路は待ち伏せポイントに近い。万一地雷原を突破されても、足音で気づく。万全の準備で、侵入者が目の前に現れた場合に備えた。

 だが、その備えは無意味に終わった。親衛隊は後ろから銃声を聞いた。クイトが自動小銃で親衛隊に銃弾をばらまいた。親衛隊はクイトの移動に全く気づかなかった。クイトはオダダにあって、この世界にはない、浮上して移動する魔法を使って迂回路を通過した。

 後衛の魔法使いたちが最初に倒された。前衛の兵士たちは、魔法使いたちが邪魔になって、クイトに反撃できなかった。魔法使いたちが全滅した後、クイトはこの世界の魔法を使った。手首の魔方陣から大きな炎を放った。兵士たちを魔法から守ってくれるはずの魔法使いは一人も残っていなかった。前衛の兵士たちは高温で焼かれ、苦しんだ。


「土葬の方がよかったか? 悪いが火葬で我慢してくれ。爆死よりはマシだろう」


 クイトは全員の頭を銃で撃って、楽にしてやった。そして前進を再開した。

 クイトが前進を再開して少ししたら、重い足音が消えて、爆発の音がした。それ以来、重い足音は消えた。追ってきた親衛隊が、味方の地雷を踏んだのだ。クイトは地雷原を知らなかったので、そのときは何が起きたかわからなかった。だが脅威の一つが消えたことはわかった。

 皇帝の部屋の扉への通路は、二十メートルほどの一直線の長い通路だった。閉ざされた扉の前には、銃を構えた兵士二人と、魔法使い二人が待機していた。侵入者が部屋に入るには、身を隠す場所がない長い通路を進んでくるしかない。四人は侵入者が現れるのを、緊張して待った。

 クイトが通路の入り口に姿を現した。四人はクイトが突撃すると思っていた。クイトを確実に仕留められるところまで引きつけて攻撃するつもりだった。だがクイトは突撃をしなかった。クイトではなく、見たこともない物が突撃してきた。

 クイトはもう一発残っていたミサイルを発射した。ミサイルを撃ち尽くしたランチャーは、クイトの手の中で粉々に崩れた。どういう原理かわからなかったが、それを考える暇はなかった。入り口前から逃げて、防御魔法を展開した。プラスチック爆薬が爆発した。クイトも危うくダメージを受けそうになった。二千度の高温だ。敵の生死を確認する必要はないだろう。ひょっとしたら、皇帝も焼死しているかもしれない。

 だがクイトの見通しは甘かった。クイトが通路を進んでみると、四人は跡形もなく燃え尽き、周囲の壁はまだ火で燃え、金属製の扉は溶けてなくなったが、皇帝の部屋には火の粉の一つもなかった。部屋の奥には皇帝が座っていた。いかにも偉そうな服を着て、いかにも豪勢な椅子に座っていた。クイトは写真で皇帝を見ていた。ナノマシン経由で顔認証も行った。本物に間違いない。皇帝は侵入者を見て、言った。


「その姿、この世界の者ではないな。どこから来た?」


 クイトは答えず、部屋に入ろうとしたが、目に見えない物に阻まれた。手首の魔方陣を使ってみたが、効果がなかった。


「無駄だ。これは王家を守る最後の魔法だ。この世界の魔法は通用しない」


 そう言って皇帝は立ち上がり、傍(かたわ)らにあった大剣をつかんだ。例の魔剣だと思ったクイトは、異空間から最後のアイテムを取り出した。黒刀だった。

 皇帝が魔剣を振ると、光弾が現れた。それはクイトに向かってきた。クイトは黒刀を抜いて、光弾を斬るように振った。光弾は消えた。クイトが更に見えない壁に刀を振った。魔法の壁が消滅した。クイトは皇帝に向かって突撃した。

 驚いた皇帝は、何度も魔剣を振ったが、結果は同じだった。光弾が生まれたが、同じ数だけ消滅した。互いの刃が相手に届く間合いに入った。皇帝は魔剣を頭上に振りかぶったが、魔剣はもはや、この世界の冶金技術で作られた、ただの鋳造の剣にすぎなかった。皇帝は剣の達人でもなかった。隙だらけだ。クイトの敵ではなかった。そのまま黒刀で心臓を貫くこともできたが、殺すのは最後の手段だ。クイトは余裕を持って、振り下ろされた大剣を黒刀で受け止めた。二つの刃(やいば)が激突したにもかかわらず、クイトは衝撃をほとんど感じなかった。大剣の刀身に黒刀が食い込んだ。まるで温めたナイフをバターに刺すような感覚だった。太剣は切断され、その先端は大剣を振ったときの遠心力で、クイトの頭上を越えて、クイトの後ろに飛んだ。クイトはすかさず黒刀を振り降ろした。大剣を持っていた皇帝の両腕を切断した。この世界の魔法は手首の魔方陣がなければ使えない。皇帝は武器も魔法も使えなくなった。

 皇帝は呆然とした。黒刀の切れ味は抜群で、痛みを感じることはなかった。切断面から血が吹き出していたが、他人事のようにしか思えなかった。やがて痛感が腕を襲ってきた。それに耐えられず、皇帝は両膝を床についた。


「ば、馬鹿な、あり得ん。俺はこの世界で最強なのだぞ! 最強の魔法と武器を手に入れたのだぞ! こんなことはあり得ん!」


『俺TUEEE』か。ラノベの主人公そのものだな。クイトはそう思った。だが現実はそんなに甘くない。皇帝が手首の魔方陣を失ったので、クイトは黒刀を鞘に納めた。黒刀は刃こぼれもなく、血や油も付いていなかった。魔力以外のものも吸収するらしい。クイトは改めて凄い刀だと思った。普通の剣なら人間を斬るたびに、刃に血や油が付いて、数回で滑って切れなくなる。前世の戦場では幾振りもの剣を持参する剣士もいた。金銭的に余裕がある者は、血や油が付かない魔法をかけた剣を持参した。だがこの黒刀には魔法が使えない。クイトにもこの黒刀は信じられない存在だった。

 クイトはひざまずいた皇帝を見下ろした。ヘルメットとガスマスクを外して、異空間にしまった。自分の顔を見せた。


「『井の中の蛙、大海を知らず』、俺の世界のことわざだ。おまえには想像もつかない世界は幾らでもある」


 皇帝はその言葉を文字通り痛感した。


「貴様、何者だ? どこから来た?」

「並列世界相互扶助協会・特務課だ。協会の日本出張所から来た。協会はおよそ二百万の世界と交流している」

「に、二百万!」


 皇帝は協会の存在を知らなかった。


「おまえの様に世界間の秩序を乱す者を処罰するために編成された特殊部隊、それが特務課だ。安心しろ。殺しはしない。今すぐにはな」


 皇帝は言葉を失い、うなだれた。言葉の代わりに、苦痛によるうめき声が口から出た。

 この様子は特務課全員が見ていた。紫音はすかさず次の手を打った。


「皇帝を討ったぞ!」


 大音量の声が宮殿中に響いた。その声に、兵士も奴隷も一瞬気を取られた。更にプロジェクションマッピングを使って、宮殿の壁の何カ所かに、皇帝が魔剣を折られ、両腕を切断されて、ひざまずく姿が映された。音声も再生されたが、協会に関する部分は、台詞(せりふ)が差し替えられた。そこから先は合成画像が映された。上からスポットライトが皇帝に当たり、皇帝の体が光の粒子に変化して、上昇して消えた。


「裁きを受けるため、皇帝が神の御前(みまえ)に引きずり出されたぞ!」


 プロジェクションマッピングを知らない人間たちは、これを神の奇跡だと信じた。兵士は全員戦意を失い、次々と降伏した。奴隷たちが降伏した者を殺さないことを、彼らは見て知っていたのだ。

 プロジェクションマッピングは宮殿の中だけではなかった。首都の空にも映し出された。このために特務課は天気が曇りになる日を予想して、実行日を決めた。首都全体に届く声を作るのは難しかったので、映像には字幕が入っていた。

 クイトは最後にひと芝居うった。


「『神は自らを救う者しか救わない』、奴隷たちはそれを実行できた。地上での俺の使命は終わった。後は予言者に任せて、神の御心(みこころ)のままに帰ろう」


 プロジェクションマッピングの中で、クイトの姿も光の粒子に変わり、天へ消えていった。


「いい演技だ。やっぱり立派な勇者だよ」


 七四式の中で、紫音は呟いた。



 皇帝は火薬を秘密にしていた。国民には銃を与えなかった。クーデターを防ぐため、軍隊にも必要なときしか貸し与えなかった。全ての銃と大砲は宮殿に集められて、忠誠心が高い親衛隊が管理していた。その宮殿を奴隷たちに占領された。人口は国民より奴隷の方が多い。皇帝と宮殿を失った国民は、何もできなかった。

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